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10.酔ってるよね?

「着いたよー」


七海はユッサユッサと自分の膝に頭を乗せたままの男の体を遠慮なく揺すぶって、更に頬っぺたをペチペチと朱くなるくらい掌で叩いた。


「うーん……」

「起きてくれ~!重いんだけど……!」


そしてブニィーンと七海は黛の頬を摘まんで、容赦なく引っ張った。

すると呻きながら漸く黛が目を開ける。


黛は寝惚け眼のままポケットの財布から一万円札を抜き出し運転手さんに渡した。こんなに眠そうなのに、変な所でしっかりしているな……と七海は感心した。

しかしグラグラしている体をそのまま道路に放置するわけにもいかず、タクシーにはそのままマンション前に待機して貰い、いったん七海は黛を部屋まで連れて行く事にした。玄関までだが唯達と何度か行った事がある。


だらりと弛緩する体を支えつつ何とかエントランスで鍵を開けさせる。

と言っても暗証番号と指紋認証なので、鍵を鍵穴に入れるような事はせずカードを翳す作業はそれほど手間取るものでは無かった。庶民の七海は物珍しくてその作業を思わずガン見してしまう。以前は唯と話しながら後をついて行っただけなので、黛の手元など見ていなかったのだ。


エレベーターに乗って三階へ。低層マンションなのでそれでも最上階だ。

高層マンションの方が立派に見えて低層マンションよりずっと高価に感じていた七海だが、大人になって理解した。単純に戸数が少ない方が折半する土地代が高くなるのだ。


「はい、玄関着いたよ~」


ピカピカした立派な玄関に黛を下ろす。電気は付いておらず、誰もいないようだ。

できるだけ大きな声で言ったのに、黛はぐったりと玄関の壁にもたれたまま靴も脱がない。


「ちょっと……!せめてベッドに寝なよ」


グラグラ容赦なく揺さぶったが、黛は「……ねみぃ……」とだけ言って目を開けない。

仕方なく靴を脱がせスイッチを探して玄関を明るくし、腕を引っ張った。

まるで幼稚園の時にやった『大きなカブ』の劇みたいだ。と七海は思った。おばあさんとか、娘とかねずみとかを呼び出す前に、何とかヨロヨロと黛が立ち上がってくれたのでそのまま腕を引っ張って奥へ進んだ。


「あ、そうだ水……飲んどかないと」


目の前に立派な革張りのソファがあったので、そこに黛を座らせた。

フカフカでゆったり眠れそうだと思ったので、寝室まで連れて行くのは諦めてここに放置しようと七海は考えた。


失礼かとは思ったが、勝手に冷蔵庫を開ける。七海の予想通りミネラルウォーターがあったので、それを持って黛の所へ戻った。


黛はダランとソファに横になって眩しいのか腕を目の上に置いている。今にも寝落ちしそうに見えた。七海はソファの前に膝をついて再び体を揺すり「水飲んでー!脱水症状になるよ。医者の不養生を地で行くなぁ~!」と訴えた。すると漸くゆっくりと体を起こし、黛はペットボトルを受け取って、口にした。そうしてフルフルと頭を振っている。少しは寝惚けも取れただろうかと思い、七海はサッサとタクシーに戻る事にした。


「じゃ、帰るから。オートロックだったよね?ここ」

「……泊まってけよ」


黛らしくない少し弱い声音でボソリと呟かれた。


「なあに?もしかして寂しいの?」

「……」


大家族に囲まれている七海には、温かいはずのこの部屋はうすら寒く感じた。立派で豪勢だがひと気の無い室内は確かに寂しく感じる。こうして黛の家の中に入ってみて―――黛が幼馴染の本田の家に入り浸っていた理由が、初めて分かったような気がした。


しかし七海はピシリと宣言した。


「タクシー待たせてるから。じゃね」


そう言って立ち上がった時、グイッと手首を引かれて体が傾いだ。

さきほどタクシーに乗せられた時を思い出し、七海は呑気に既視感を感じていた。

ドサリとソファにもつれ込み、気付くと黛は両腕を支えに七海の上に覆い被さるような形になっている。


七海は眉根を寄せて怪訝な表情で黛を見上げた。


「ちょっ……何?」

「明日久し振りに休みなんだ、泊まってけよ」


瞳を細めてそう言う黛の整った顔を見ている内に、それまで意識していなかった事が急に鮮明に七海に迫って来た。

誰もいない部屋で二人切りだと言う事と、自分より大きな男の体に捕まってしまったという事実に今更ながら気が付いて、彼女の顔からサァッと血の気が引いた。


すると相手の表情が妙に意味のあるものに見えてくる。

トロンとした黛の瞳は壮絶に色っぽく思えて来てしまい、七海の心臓はドキリと跳ねた。


「な、何する気……」


先ほど焼き鳥屋でした会話を、七海はフラッシュバックのように思い出した。


(ま、まさか……ナニする気じゃ……!二年も彼女いないって言ってたし、まさかまさか私で発散しようとか考えてないよね?そう言えば聞いた事がある―――疲れた時の方がやりたくなるって……)


二十五歳ともなると、七海も結構な耳年増になっていた。実践は全く伴っていないが……。


そんな事を考えてパニックになり怯えた表情を見せ始めた七海の顔を、マジマジと見入っていた黛は、やがてプッと噴き出した。


「別に何もするつもり無かったけど―――もしかして、して欲しいのか?」

「へ?」

「そう言えば、キスもした事無いって言ってたもんな」

「そんな事言ってな―――」


ちゅっ。


と唇を軽く啄まれた。


ショックで固まる七海を面白そうに眺めて、目尻を下げた男が楽しそうに微笑んだ。

固まりつつもその微笑みの美しさに、七海は茫然と見惚れてしまう。




「……続きもするか?」



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