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ひものはなし

作者: masuken

強い光ほど濃い影を落とすように、

街が発展するほど目に見える華やかな部分とは裏腹に、それに覆い隠された部分が増えていく。



ここ、ポレトロ•ヒルのヴァーマー通り20丁目にあたるマキンヌ公園。


一人の刑事がマルボロをくわえて立っていた。

名前はスミトロヴィッチという。


これで今月は5件目にあたる。 男は足下に倒れる死体を眺めながら、頭を掻いた。

よくわからない事件だ。



彼が担当する地区では今辻きり魔を追跡している。 

辻きりは、主に夜、時には昼の路地裏で犯行を繰り返していた。


この事が夜のローカルニュースを賑わせている。



だが犯行理由はまるでないように思えた。 前回はジョガーの背中を突然後ろからナイフで一突き、今回の被害者もたまたま買い物の帰りだっただけで、まるで犯人は突然発狂したかのように女性を両手で絞殺している。


スミトロヴィッチは心理学には詳しくなかったが、人の心の仕組みには少し興味があった。


ニュースで人気アイドルグループのメンバーの男がなんの前触れもなく自殺したというニュースを

やっていた事があった。 彼は前日に最近発売されたばかりの最新の時計を買っていたのだ。

とても次の日に自殺する男の行動とは思えない。


また、ある時は連続刺殺魔のニュースを見た事があった。

ニュースキャスターは言った。

「犯人は交友関係も広く学校でも人気者だったということです。」


まさかそんな人物が殺人や自殺をするなんて誰も考えなかったという。


スミトロヴィッチにも今回の事件の犯人が人を無差別に殺さなければならない理由など何もないように思えた。

もっとも、人を無差別に殺さなければならない理由などというものがあったとしてもスミトロヴィッチには想像もおよばないが。


スミトロヴィッチは、殺人や放火事件に出くわすと、犯人は悪魔に取り付かれたのだと思ってしまうことがあった。


人の心というのは、悪魔が入り込む隙間があるものなのかもしれない。




そういえば、と、子供の頃に祖母から聞いた「悪魔の(ひも)」の話を思い出した。


スミトロヴィッチは3代にわたってこの街に住んでいるが、当時この街は洗濯物を

するために多くの家が地下室を備えていたそうだ。

地下室には洗濯機や乾燥機が置かれたり、服を吊るして乾かしたりといったことを

していたため、暗く湿気の多い空間だった。


「そういう暗くてじめじめした場所には、紐が住んでるから気をつけるんだよ。

紐はお日様の光に弱く、湿気がないと死んでしまう。だから地下の洗濯室が大好きなのさ」

祖母はよくそう口にした。


紐はミミズくらいの長さで目に見えないほど細い。空気のようにふらふらと空中に漂っており、

そして人の口や鼻、耳の穴から体内に入ってくる。 そして脳まで辿り着くとその人はまるで別人になったかのような行動を始める。

例えどんなに善人であったとしても、その紐が体内に入ってしまうと他人を傷つける

ような行動をとってしまうことがあるという。




「最近のよくわからない事件もその紐のせいかもしれないな」

子供が大人の目の届かない地下室で遊ばないようにでっち上げた話なんだろうと思いつつ、

スミトロヴィッチはそんな冗談をつぶやいた。


それから2週間後、また事件が起きた。 今回は殺人事件ではない。

ある男の自殺だった。



スミトロヴィッチはすぐに1ブロック離れた現場のミッショニー地区に向かった。

男の歳は29歳、公務員、1960年代に建てられた

古ぼけた、まだわずかに白い壁が印象的なアパートメント•ハウスに一人で住んでいた。


建物の正面は古い通りで、あまり人通りはなかった。


男の部屋は3階だった。

不思議な事に、以前からその部屋に住んでいた人たちは立て続けに殺人や窃盗、放火などの事件を起こしていた。


彼は部屋のドアを開け、室内の調査を始めた。

男は台所にあった果物ナイフで自分の腹部を刺し、死んでしまったらしい。


隣の部屋の住人たちにも話を聴いた。 しかし誰の話を聴いても言うことはみんな一緒、

男は人柄もよく、会えばいつも笑顔で突然自殺する理由など思いつかないという。

またしてもよくわからない事件だ。



なんらかの精神病を患っていた可能性があるのか、あるいは意味もなく自分を刺してしまったのか。

しかし人が自分の意志をなくして自分を刺してしまうことなんてあるのだろうか? またいつかの謎の自殺や殺人鬼のニュースがスミトロヴィッチの頭をよぎった。



その時、キッチンの流しの横に備え付けられた下水用の配管に小さな穴が開いていることに気づいた。 大きさは直径10センチ程、その奥に黒い闇を覗かせていた。


まさかとは思ったが、興味本位でスミトロヴィッチは大家を呼び、尋ねた。

「このアパートには地下室がありますか?」

大家は言った。

「ああ、今は行く事もないけど。昔は洗濯室として使っていたよ。それがどうかしたかい?」


スミトロヴィッチはまた別の質問を投げかけた。

「この配管は地下室にもつながっているのかな?」

「ああ」


大家の話では、配管は一旦地下室を通り、下水までつながっているらしい。


スミトロヴィッチが考えていたのはこういうことだ。

つまり、地下室の配管のどこかにも同じように穴が空いている。

そこから紐が配管に入り込む。 

そして3階の男の部屋の台所の配管まで登ったところで

その破れた穴から出て、紐が男に取り憑いたのではないだろうか。


なにしろこの部屋の住人は、みんな何かしらの事件を起こしてしまう。

部屋になにか問題があると考えてみたくはなる。



彼はそんな迷信を元に事件を推測している自分に苦笑いした。

しかし、その時にはもうすっかり地下に空いているかもしれない配管の穴を見つけたくなってしまっていた。


たしかにそれは不毛な行為であり、業務として行うにはふさわしくなかったかもしれない。

しかし、スミトロヴィッチは度重なる自分の頭で理解できない事件に出くわすうちに、なにか自分を納得させる理由が欲しかったのだ。



この建物の地下に行くには1階まで階段で降りて、そこからはエレベーターを使う。

すぐに地下に向かいたかったが、一人で広い地下にある配管を見つけて調べるのも骨が折れると思われたので

応援を一人呼んだ。

ワイアットという新米の部下だった。


彼が到着すると、すぐに

二人でエレベーターに乗り込んだ。おもむろに正面の扉が閉じられる。


年代物のエレベーターがきしみ、一瞬ぶっきらぼうに体が浮き上がったかと思うとすぐに元に戻り、

しばらくすると扉が開いた。


ぬめっと顔にまとわりつくような重たい空気がエレベーターに流れ込んで来る。


そのとき、不気味な音、いや声と思われるものが聞こえた。人でも獣の鳴き声のようでもなく、

もっと別な存在から発せられる悲痛や悪意に満ちた声だった。


祖母はなんといっていた? 紐は口や鼻、耳の穴から体内に入ってくる。

もしそれが本当なら、念のため顔を覆うようにマスクかなにかを装備してくればよかったかな。


そんなことを考えた次の瞬間、隣に立っていたワイアットがスミトロヴィッチの首を力一杯閉め始めた。




アパートの地下から2発の銃声が響いた。



次の日、また新聞を怪事件の記事が飾った。

今度は刑事のコンビがお互いを銃殺。

人々は囁き合った。


最近はよくわからない事件が多い。


-----------------------終わり---------------------

(c)masken

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