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「スイ、それ取ってくれ」
朝起きると、キミの姿はなかった。どこに行ったのか気にはなったけど、聞くこともできなければ聞く気もなかった。
僕は今、サキと一緒に食事をしている。一日二回の食事を、僕は毎回違う人と取ることになっていた。
昨日はフジ、ダイと一緒に食べた。今日はサキ、ゼンと。明日はデン、ヨシと。そう決まっている。
「なんで?」
「取れないからだろバカ」
「どうして?」
「見りゃわかんだろ!」
そう言ってサキは腕を伸ばした。その腕は、僕の隣にある醤油を取るのに、全然届いていなかった。僕が腕を伸ばしてみる。簡単に届いた。
「はい」
「最初からそうしろよ……」
サキは受け取った醤油を、卵にドバドバとかけていた。黄色かった卵は、どんどんと黒ずんでいく。
「早く死ぬよ」
「あん? 死なねーよ。 スイこそ死ぬぞ。肉食え肉」
「嫌」
「なんで」
「サキみたいにはなりたくないから」
「そのままでいい、早く死ね!」
サキと食事をしていると、いつもこうなる。サキが怒って僕が死ぬことになる。でも、別に嫌じゃない。だってこれは、昔からだから。
僕はサキが嫌いなわけじゃない。サキも僕を本気で殺すことはない。だからきっと、これは仲がいいってことなんだと思う。
「今日は?」
「このあと」
「いいよなお前は。こっちはいつ以来だよ。ただ飯食ってるだけじゃねーか……」
「だからだよね」
「食い終わったならさっさと消えろ!!」
色んなモノが投げられてきたから、僕は部屋から出て行く。当たると痛いから。そうじゃなかったら、もう少しゆっくりと飲み物を飲んでいたかったけど。
食事が終わると、僕にはやることがあった。サキはやっていないらしい。サキだけじゃない。フジもダイも、ヨシもやっていないらしい。
「こんにちは、ウエ様」
真っ暗な部屋。明かりの位置はわからない。でも、僕がこう声をかけると、部屋に明かりが灯る。
「よく来たね、スイ」
明かりが灯ると、ウエ様の声が聞こえてくる。姿は見えない。でも、ウエ様は人らしい。一回聞いてみたことがあった。
ウエ様は何? と。帰ってきた答えは、私は人だよ、というもの。だからウエ様は人らしい。
「調子はどうかな?」
「普通」
「それは何より」
いつも通りのやりとりの後、僕の頭にはいつも通り、ヘルメットが被せられる。せっかく明かりが灯ったのに、すぐに真っ暗になってしまった。
「さっそく始めるよ」
「うん」
「頑張りなさい、スイ」
いつも通りのやりとりが終わると、ザーという音が聞こえてくる。そして浮かび上がってくるのは、青い世界の中に、楕円形がいくつも組み合わさった塊。
十個に割ったら上から四つ目くらいに中心が見える塊は、上に行ったり下に行ったり、右に行ったり左に行ったりと、激しく動きまわっていた。
だから僕は銃を構える。このヘルメットを被ると、僕の手にはいつも銃が握られていた。それを塊に向けて、撃つ。
最初は一発も当たらなかった。ウエ様は、まだスイには早いよ、と言って慰めてくれた。
毎日撃っていたら、当てることができるようになった。ウエ様は、よくやったね、と言って褒めてくれた。
壊れた塊のそばに、新しい塊が何個も現れてくる。僕はそれに向けても撃つ。撃つ。撃つ。
外すことなんかない。だって、褒めてくれたのはいつだったのか、思い出せないくらいだから。今日は全部で八個。バラバラになった塊は、青い世界には映えなかった。
「お疲れ様」
ザーという音が聞こえなくなると、代わりにウエ様の声が聞こえてくる。ヘルメットが外される合図だった。
「お見事だよ」
「ありがとう」
明かりが灯った部屋に一人で立つ僕。これが何かは全然わからないけど、いつも何故かこの瞬間だけ、変な気持ちになる。
「また明日、ここにおいで」
「うん」
いつも通りの会話が終わると、明かりは消え、真っ暗な空間へと戻る。僕はすぐに出て行くことに決めていた。この変な気持ちは、そうしないと収まらないから。
「おす」
出て行く先は、僕の部屋。そこに戻ると、収まるから。そこにしか行くところがないから。そして着いた先には、キミがいた。
「こんにちは」
「なんだよ、変な顔して」
変な顔? 変な顔って、どんな顔だろう。そもそも、普通の顔ってどんな顔だろう。
「なにもないけど」
「これか、これ」
そう言ってキミは、僕に向けて小指を立てる。小指がどうしたんだろう。突然何を言い出したんだろう。キミはキミでも、変な人に変わりはなかった。
「キミはどうしたの?」
「ん?」
「起きたらいなかったけど」
そう。今思い出したけど、キミは僕が起きたらここにはいなかった。聞く気はなかったはずだけど、気付いたら聞いてしまっていた。
「ん? いてほしかったのか?」
「全然」
「……」
やっぱりわからない。どうしてだろう。今日は、キミに会うまではわからないことは一つしかなかった。
それなのに、キミに会ってから、わからないことだらけになってしまった。どうしてだろう。全然わからない。
「俺も忙しいんだよ」
「何をしてるの?」
「……飯食って、寝てる」
ご飯を食べる。そして寝る。僕と一つしか変わらない生活。僕はこの生活を、忙しいと思ったことはなかった。でも、一つ欠けているキミは忙しい。
一つ増えている僕は、もっと忙しいのかな。きっと忙しいんだろう。だから僕も、予定を済ませたかった。
「僕も寝るから、忙しいよ」
「……待て待て。今から?」
「うん」
「おかしいだろ! 寝過ぎだろお前! 何考えてんだよ何時間寝てんだよ!」
何を考えているか? ちょっと考えてみたけど、特に何も考えていなかった。何時間寝るのか? ちょっと考えてみたけど、考えたこともなかった。
ただ、ウエ様と会ったあとのよくわからない変な気持ちが、寝たらなくなっているから寝るだけだから。
「考えないとダメなの?」
「……まぁ、考えるに越したことはないよな」
言ってからわかったけど、僕はちゃんと考えていた。変な気持ちをなくすために寝ているんだった。
「考えてた」
「……めちゃくちゃだな、お前」
「寝たら治るから」
「何が?」
「変な気持ちが」
「……」
何を考えているか聞かれたから答えたのに、キミは黙りこんでしまった。頻りに胸元を探りながら。僕も変な気持ちになる時はあの辺りが変だけど、キミも変な気持ちなのかな?
「どうしたの?」
「……お前もう、さっさと寝ろ」
「どうして?」
「嫌だから」
「なんで?」
「俺が危ないからだよっ!!」
キミが危ない? どうしてだろう。でも、寝ろと言われたから、やっぱり寝ようかなと思った。だから僕はベッドへと潜り込む。
「……聞いていいか」
「なにを?」
「……いや、やっぱいいわ。寝ろ」
やっぱりわからない。キミは本当にわからない。でも寝ろって言われたから。言われなくても寝るつもりだったけど、僕は目を閉じる。そして、すぐに意識を手放した。
目が覚めると、キミの姿はなかった。そしてやっぱり、僕の変な気持ちもなくなっていた。ベッドから起き上がり、食事へと向かう。
「やぁ」
食事場所へと着くと、もうゼンが座っていた。にこやかに手を振って、もう食べ始めていた。
「やあ」
「どうだった?」
また同じ話題が始まる。サキとゼンだけじゃない。フジもデンも、みんなが同じ話をする。
「どうもないよ」
一回目はこれからのこと。二回目はそのこと。毎日毎日、同じ話をする。
「スイが羨ましいよ。僕もウエ様と久しぶりに会いたいなぁ」
「ゼンは会ったことがあるの?」
あれを会ったというのかな。声が聞こえていただけだったけど。
「……あれ? どうだったっけ?」
「知るわけないじゃない」
「あはは、ほんとだよね」
そう言ったゼンは、にこやかにハンバーグを口に運んでいた。ゼンと一緒にいると、僕も笑いたくなってくる。別に笑わないけど。
僕の前には焼き魚が置かれていた。でも、ハンバーグにしても良かったかなって思った。
「スイは明日も?」
「うん」
「いいなー。ねぇスイー、僕と変わってよー」
食事が終わり、飲み物を飲んでいると、急にゼンが僕に飛びかかってきた。いつも通りのこと。だから僕はいつも通りに、ゼンの頭を押さえてくっつかれないようにする。
「ウエ様に言ってみる?」
「あはは、冗談だよ。そもそも僕はやったことがないしね」
冗談だって言ってるけど、ゼンは僕にくっつこうとするのをやめない。別にくっつかれるのが嫌なわけじゃなかった。
最初の何回か、くっつかれても無視してたら、事あるごとにくっついて来るようになってから、面倒になった。別に嫌じゃないけど。
だから僕は、もう絶対にくっつかれない。ただ最近、ゼンの力が強くなってきたような気がする。
「それじゃ、また明々後日ね」
「うん」
次にゼンと会うのは明々後日。明日の明日の明日。その次に会うのは、そのまた明日の明日の明日。きっとその時は、両手が必要になるんだろうな。急にだけど、そう思った。
「おす」
食事が終わり部屋に戻ると、キミがいた。相変わらずキミは、黒と白だった。
「メシか?」
「ううん。食事」
「それをメシって言うんだよ……」
もう既にわからない。何がわからないかって、なんでこうすぐに知らない言葉が出てくるのかがわからなかった。
「物知りだね、キミって」
「お前が知らなさすぎるんだよ」
そんなことはきっとない。僕は知らないことが多い。そう思っていたけど、そんなことはなかった。
キミといる時以外は、わからないことなんかないから。きっとキミが知りすぎているだけ。
「何食った?」
「焼き魚」
「なんの魚だよ」
「なんの魚って、なに?」
どういうことだろう。焼き魚って、魚を焼いた料理だって思うけど。魚になんの魚もあるのかな。
「色々あんだろ、シャケとか、サバとか……」
「あ、知ってる。マグロだったよ」
「んなわけねーだろっ!」
シャケとかサバとかは聞いたことはなかったけど、マグロは知ってた。マグロは魚。だからあれはマグロを焼いたもの。そう思った。でも、違うって言われた。何が違うんだろう。
「なんで?」
「焼かねーよ!? 見たことも聞いたこともねーよ!? ……なら以外に美味いかもじゃねーかぁ!!」
「美味しかったよ」
「でもぜってー違うからな、お前が言ってる焼き魚は……」
だから、何が違うんだろう。全然わからないけど、もうどうでもよくなってきた。後は寝るだけだから、もうそれ以外はどうだってよかった。
「キミはなにを食べたの?」
「俺? オンナ」
「へー。美味しかった?」
「……あぁ」
「僕も食べてみたいな」
「……まだ早いな」
よくわからないけど、美味しかったらしい。そして僕には早いらしい。オンナってなんだろう。食べてみたいな。
「お前そもそも何歳?」
「十七」
「……」
口を大きく開いたキミは、喋らなくなった。どうしたんだろう。僕が十七歳って、何かおかしかったかな。というか僕って、十七歳だっけ?
何歳って言葉を聞いたのも、今が初めてなような気がする。でも、僕は十七歳。それだけは確実だった。
「……俺はノーマルなんだよ」
「なにが?」
「アブノーマルなら俺今普通に働いてるからな!? ……ってノーマルでも普通に働けよぉーーー!!」
キミは頭を抱えながら膝から崩れ落ちて、床をゴロゴロと転がっていた。なんだろう。楽しいのかな。でも僕はやりたくなかった。やりたくないって、心の底から思った。
「寝ていい?」
「はぁっ、はぁっ……おう、寝ろ。さっさと寝ろ。俺も落ち着かないとダメだからな」
わかる日が来るのかな。別に来なくても、なんの問題もないと思うけど。得る必要のない許可も得て、僕は意識を手放した。




