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魔法使いの弟子の弟子 in France



「まさか…こんなところまで来るとは思ってませんでした…」

 


二人は夕陽照り返るレンガ造りの、近世ヨーロッパ風石畳の街に立っていた。



「こんなところとは失礼な。お菓子作りといえばここ。パティシエ、パティシエールならだれでも憧れる地ですよ?」


 真面目腐って行っているが、店長の顔は可笑しそうに歪んでいた。実は笑いをこらえるのに必死だったりする。


 いきなり国際線に載り、機内泊してみればいつの間にか…



「いやだって普通思いませんよ! たかだかバイト先の店長との旅行でフランス、しかもパリなんて!」


 と言う事だ。



 いつの間にかパスポートが取られていて、こんなサプライズ的ドッキリ企画なんてあったもんじゃない。


 オレンジ色の光がガラスから反射して、光の幻想を紡ぎだす中、サキは店長の胸のあたりをポカポカとぶっていた。


 少ししてサキが落ち着いたころ、というか飽きたころ、店長はサキの頭に手を置いて言う。



「落ち着いたなら行きますよ、暗くなる前にたどり着かないとあの人開けてくれないからね?」



「あの人?」



 歩き出した店長をサキも追う。



「着けばわかるさ。優しくもあり、厳しくもある人だよ。取りあえず、失礼のないようにね」



「はぁ…もちろんですケド…」



 サキは内心よく解っていなかった。人物的に正反対の評価で、しかもありがちという二重の混乱。


 まぁ、逢えば分かるのだろうけど。





 二人は通りを遡り、細い路地の一つに入り込む。建物と建物の間の、およそ道とはいえないほど狭い、人が一人やっと通れるくらいの細い路地…



「ちょ、まってくださいよぉ」


「そうもいかないんだよ」


 サキはあちこち擦りながら一生懸命進んでいるというのに、店長はずんずん進んでいく。サキよりも大きい大の大人の男が、だ。


 サキは平均より若干小柄、しかも細身。店長も細身だが、女性のそれと比べれば体格は良い。


 そんな不思議要素がまたここに…



「なんでそんなに進めるんですかぁ…」


「慣れですよ。身体の回し方、骨格の動かし方、そんなもんです」


「うそだぁ~…」


「ほら、もうすぐだから…」



 と、その瞬間、サキの視界から店長が消えた。



「ほぇっ? て、てんちょー!?」


「大丈夫。目の前に居るから。そのまままっすぐ来てごらん」



 そんな事言われても、目の前にまだ道はあるし、曲がる所もないのにいきなり人が消えるとは…


「てんちょー…」


「大丈夫だよ。痛くも痒くもないから」



 いくら言われても、姿見えないし不安はぬぐえない。でも、帰るわけにもいかない。というか、旅費は全部店長持ちだし。



「~~~~っ! もう、死んだら呪いますからね!」


「はいはい…」



 呆れた声を出す店長。サキは思い切って、路地を進む。目を閉じて…


 五歩進んだ時、サキは腕を引っ張られた。



「わわっ」



「はい、到着」


 今まであった圧迫感がなく、薄暗さも感じられない。


 サキはゆっくりと目を開けた。



「ほぇ~…」


 感嘆の声が、思わずもれてしまう。




 そこは、秘密の庭園だった。


 建物に囲まれた、それでいて、光あふれる庭園。四季折々の草花が咲き乱れ、街灯の上にはフクロウの像が象られている。


 風が渦巻き、空気はとても清浄。木々には小鳥が宿り、楽しそうに歌っている。


囲う建物の一階は、皆何らかのお店。ジュエリーショップ、雑貨屋さん、お菓子屋さん、衣装屋さん…他にもよく解らないけれど、可愛いお店がいっぱいあった。



「どうやら…間に合ったようね」


 そんなお店の一つ、お菓子屋さんから一人の老女が出てきた。


 品の良い、優しそうな雰囲気をまとい、その奥に在る生命力が、未だ波打っている。彼女の格好は、パティシエールそのものだった。



「急ぎましたから。締め出されたくありませんし」


 店長は彼女と親しげに話す。



「いつも余裕を持って来なさいと言っているでしょう。こっちもひやひやしながら待っていたんですからね」


「はは…すみません。でも、お久しぶりです。お会いできて嬉しいです」



 そう言って彼女を抱きしめる。


「ようこそ。よく来たね」


 彼女も店長を抱きしめ、彼の頭をポンポンと撫でた。


「それで、彼女が貴方の秘蔵っ子ですか?」


「ええ、アゼガミ サキと言います。サキさん。此方へ」


「は、はひっ!」


 遠くから様子をうかがっていたサキは、動揺しながらも二人に寄って行く。



「よく来てくれたわね。クレオ=アマーティです」


「アゼガミ サキです。てんちょーの店のバイト兼正社員見習いです」


 差し出された手を握り、サキは挨拶をする。

 それはとても硬くて、ざらざらで、とても優しくて、温かかった…


「まぁ、こんな可愛い子を捕まえるなんて、キクカも罪ね」


「クレオさん…眼鏡にかなったと言ってください…」


「何言ってるの。今まで数多くのバイト希望を断っておいて」


 クレオは楽しそうに、サキを物色する。


「さぁさ、立ち話もなんだから、お入りなさいな!」


 そう言って、クレオは先にお菓子屋さんに入って行く。


その後に苦笑いでいる店長と、当惑して放心するサキが残った。



「……―――」


「……―――」



「キクカって誰ですか?」


「僕の名前ですね」



「は!?」


 思わず、首が鳴る勢いで店長を見てしまうサキ。だってキクカって明らかに女の…


「そういう反応があるのは目に見えていたから、言わなかったんだけどね」


「かかか、か、可愛すぎですてんちょー! 寧ろ反則と言っても良いです!」



「力説をありがとう…」


 店長はすたすたと店に入って行く。



「ちょっと待ってくださいよ~、キクカてんちょーっ」


「…―――」











 お店の中はとてもシンプルだった、木が基調になったヨーロッパのお菓子屋さんのイメージそのもの。


 ゴシック調のインテリアは、しかしそんなに重たくない。シンプルだけれども、とても品がある素敵なお店だ。

 


そして、ショーケースがあるのに何も飾られていない。棚にも、テディベアなどはあるのに、お菓子は一切飾られていなかった。


「相変わらずですね、此処は」


「当然、一切変えていませんからね。あ、テディは新調しましたよ?」


 クレオにつて、二人は店の奥へ。クレオの生活空間へと通された。


 リビングルームは本当にどこにでもあるような家のモノだった。


 テレビもあるし、やわらかそうなソファもあって、小さなテーブルの上には、クッキーの袋が籠に置かれている。



「適当に寛いで頂戴。今お茶を入れますからね」


「あ、手伝います!」



 サキはそう言って立ち上がろうとするが、店長に制された。


「まぁ良いから…」


「そうそう、お客様は、じっとしてて」



 クレオは楽しそうに鼻歌を歌いながら、キッチンでお湯を沸かし始める。


此処のキッチンはリビングダイニングと直結のカウンターシステムキッチンだから、店長の店のように時間の流れが違う、と言う事もないようだ。


 当たり前のように時間は流れ、当たり前のように紅茶が淹れられる。


 三つのティーカップがお盆に載せられ、運ばれてきた。



「サクラの紅茶よ。お好みでこれも入れてみて」


 そう言って出されたのは、チェリーブロッサムのジャム。


クレオもソファに座り、ちょっとしたお茶会が始まった。


日当たりの良いリビングで、小さなお茶会。心安らぎ、つい笑みがこぼれてしまう。そんな光景…



「そう言えば、跡取りは決まったんですか?」


「そうね…貴方ほどの逸材は現れなかったけど、店を任せられる子は見つかったわね。彼も今はニホンに行ってるはずよ」


「…そう、それはよかった…」



 その時の店長は、なぜかとても安堵した表情だった。


 クレオも優しく笑って言った。


「安心しなさい。もう怒っていませんよ。寧ろ今は感謝いているくらい。こんなに素晴らしい子を連れてきてくれたのだからね」


 そういって、サキを見て微笑む。


 さっきからサキは話についてけてなかった。


「え~――っと…?」


「あなた、何も聞いてないの?」


「えっと…まぁ、多分…」


「キクカ…」



 じろりとクレオが店長を睨む。その凄みたるや…店長に冷や汗と苦笑いが浮かぶほどだった。



「わかりましたよ… サキさん。此処は僕がかつて働いていたところで、クレオさんは僕のお師匠様なんだ。お菓子作りの面でも、それ以外でもね」


「は…はぁああああああ!?」


「やっぱり知らなかったのね…」


「言う必要性がなかったもので」


 口を開いたまま固まっているサキを横に、二人は会話を再開していた。



「相変わらずの無精ですね…これはまたしごき直さなきゃいけないのかしら?」

 威勢よく腕まくりするクレオ。



「それは勘弁してください… 本当はこうなる筈じゃなかったんですから」


 店長は座っていて出来ないのに、後ずさりした。


「言い訳はいけないわ」


 ずいっと迫る。


「いや、その…」



 サキは口を開けたまま二人のやり取り、その光景に圧倒されていた。


 あの、飄々とした店長が押されている…


 なんか…クレオの凄さがとてもよく解ったサキだった。



「ちゃんと、貴方から説明しなさい。私が呼んだわけではないんですからね」


 ちょっと怒り気味のクレオと店長(ちょっと涙目なのは内緒)とやっと驚きがおさまったサキは気お取り直した。


 店長は諦めたように、それでいてとても楽しそうに告げた。


「サキさん、魔法使いになる気はないかい?」


「…―――?」



 本日一番の驚き… というか、一度で内容を把握できなかった。


「えっと…今すぐというわけではないけど、店を継ぐ気はないかい? という意味なんだが… それで、より的確に後押しをするために、魔法使いにならないか、と言う事なんだけど」



 尻すぼみなる店長。サキの脳は一時停止していたが…



「はぁああああああ――――!?」


 再稼働した時の驚きたるや…何度目か判らない叫びを再び、それも今迄の中での最大音量で上げるのだった。



「そそそ、そそ、それってどういう事ですかぁ!?」


「いや、そのまんまだけど」



「い、いやいやいや、でも、なんかこうっ! はぁ!? 意味わかんないっす! 店継ぐって…」



 ボリュームが一切落ちないまま、叫び続けるサキ…


「だからそのままの意味だって。正社員見習いっていったでしょう。うちはチェーン店じゃないからね、店をなくしたくないなら、君が継ぐしかないんだけど。それか、嫌なら、また僕が別の人がいれば探して、そっちにするけど」



「ふぇぇぇ… でも~…私で良いんですかぁ…?」


「アナタ以外いないのよ。キクカはこう見えて頑固ですからね。自分が気に入った人しか雇わないし、相当入れ込んでいる人しかこんな事言わないのよ。師匠の私が保証するわ」


 クレオは楽しそうに言った。



「そ、そりゃ、嬉しいですけど…」



 さすがに、こんな大事なこと、今すぐ返事なんてできない。


「まぁ、考えると良いさ。そう長く時間はあげられないけどね。こっちに居るあと5日の間に答えてくれればいい」


「…―――っ」



 サキは言葉が出なかった。店長が、怖かった。今まで見た事のない顔だ。冷徹な試験官のような…経営者の顔だった…


 サキはその考えを誤魔化すために言葉を紡ぐ。



「そ、それはそうとして、魔法使いってどういう事ですか?」


「それもそのまんまだよ。童話に出てくる魔女みたいに、自由自在とはいかないけど、普通じゃ出来ない事は出来るようになるね。それなりの代償は必要だけど」



「誰でも魔法使いになれるんですか!?」


 店長がなんかヒトならぬ力を持っているのは何となく感じていたが、魔法使い… 前に行ってた気がするけど、ジョークかと思っていた…



「誰でもって…そんなわけないでしょう…」


「それもひっくるめて、アナタには素質・才能があるっていうことですよ。まぁ、誰でもなれるわけじゃないけど、少ないわけでもないのよ? ただ、多くの人にはその機会がないだけ。アナタはその意味でとても幸運な人」



 クレオは優しく言った。彼女も店長の師匠である以上、魔法使いなのだろうけど…


「そ、そうなんですか…」


 サキはちょっと嬉しかったりした。自分がちょっとだけ特別で、幸運だということ。店長たちの仲間に入れる事が。



「すぐに返事は出来ないですけど、前向きに検討してみます!」


 サキの元気のいい返事がこのお茶会の終了の合図となる。


「さぁ、一応話もまとまった事だし、晩御飯にしましょう! サキちゃん、手伝ってくれる?」


「はいっ!」



 サキは、残りの紅茶を飲み干す。そして、不思議な事に気付いた。ちょうど良い温度から、全く冷めていない…


 クレオの方を見ると、彼女は悪戯っぽく笑ってウィンクした。


 サキもにっこりと笑っって、彼女のあとについてキッチンに入る。



――へへっ、魔法使いか~…――





 その夜…サキが寝静まっった頃のリビングで、寝間着姿のクレオと店長は張りつめた空気の中話をしていた。



「魔法使いがその正体を明かせるのは、一度に一人だけ…」


「ルールは熟知しています。彼女がどんな選択をしようと、覚悟の上です…」


「最悪の場合…どうするつもりです…」


「どうもこうも…今までどおり、何も変わりませんよ」



 店長はクレオの眼を見れていなかった。そう、何も変わらない。何も変わらないのなら、どんな事が起きても、平気。



「僕は…きっと怖れているんでしょう。こうなったのは僕所為だ、といわれることを。だから、選択権を全て彼女に投げた。彼女の人生だ。彼女が決めればいい。ぼくはどうあっても、それを受け入れるつもりです」



 それが一番、傷つかないなら…



「そうやって逃げ続けるのですね… 此の先何年も、何十年も、何百年も…」


 クレオは目を伏せた。彼女の唯一の教え子…今となっては彼女にも跡取りは出来たが、それでもキクカは違う。


 彼女が此方の世界に引き込み、そして、苦しんでいる…同じ思いを、サキにはさせたくないのだろうという事は、容易に察せた。

 でも、それ以上に…



 彼女に目じりには大粒の涙が今にも溢れそうなほど溜まっていた。


「サキに選択をゆだねるなら、全てを教えなければフェアではないわ」


「それも解っています。明日から、少しずつ…」


「…ごめんなさい。私には、何もしてあげられません」



「承知の上です。承知の上で、私も彼女を連れてきました。良い結果だったら、貴女にしてもらわなければならない事は沢山ある。期待してますよ、師匠」


 店長は軽い調子で言う。だが、クレオを一切見ないままだった。



 


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