第四章3 体でも技でも心でもないモノ
咲月は戦いの終わりを知って物陰から出てきたるい達に優し気な笑みを浮かべた。そうして束の間の穏やかな時を感じていると不意にトゥルーハートが苦しみだした。鮮血を吐き出すと力無く崩れ落ちる。
「ごふっ!」
「なっ! 自害したのか!?」
いや、そんな事をするヤツらじゃないと思い直した咲月は何かの作戦だろうと警戒する。そうしているとるいが震えた声で呟きをもらした。
「お、おにい……さん?」
「!」
咲月は異常に気が付く。自分でも気づかない内に自らの手がトゥルーハートの胸元にナイフを突き刺しているという事に。
「なにが起きて…………」
はっ、とその理由を悟って絶望したように独りごちる。
「そうか……どおりで姿が見えないわけだ。お前は初めから俺の中に居たのか!」
理解すると共にまるで別の人格に乗っ取られたかのように咲月の顔は半分だけ表情を変える。そして邪悪な笑みで語りだす。
「何を言ってるのかしら? 初めから居るも居ないもない。私は貴方、貴方は私」
「俺はこいつを殺す気なんて無かったんだぞ!」
「嘘よ。本当は殺したくて堪らなかった。今までそのためにずっと耐えてきたんだもの。あー、最高の気分だわ。凄くスッキリ爽快! うふふふふ、あはははははは!」
「違う! …………違うんだ。確かに殺したいとは思っていたさ。だけど、俺にはそれ以上の感情があった! それが俺を正しい方向へと導いてくれるはずだったんだ!」
「全部台無しねぇ。でもそれをしたのは誰? 貴方でしょ?」
「お、俺は…………!」
自分の行いに動揺を隠せない咲月に地の底から響くような声が聞こえてくる。
「よくも…………やってくれたな」
「ギャラン=ドゥ……違うんだ、これは…………」
「人の心を弄び、挙句残虐に殺すなど度が過ぎている。お前は悪魔だ。私達に勝つために人を止めたお前に人の身で勝てぬというのなら、もはや一欠けらの人間性も必要ない! 私は貴様を憎しみのままに殺す!」
咲月の凶行に混乱していたクララを振りほどいて壁に叩きつけ、ギャラン=ドゥはトゥルーハートの体で水晶玉のような『マリーの世界』を天高く掲げる。太陽はすでに覆い隠され、昼間であるというのに辺りはほのかに暗くなっている。
「まずい! このままじゃ…………クララ!」
「………………」
打ちどころが悪かったのか、クララは倒れたまま動かない。そう長く気絶しているようなタマではないだろうが、今の状況ではあまりに遅すぎる。
咲月は自分だけでどうにかしようとするが、心が乱れてしまって集中する事ができない。異能は裏切る事のない至上の力だが、弱者に従いはしない。
(くそっ……くそっ! 完全に勝っていたのに俺が怒りと憎しみを捨てきれないばかりに!)
後悔しながら何故か頭によぎった影を思った。
(のかな…………!)
いつまでも終わらない日食で時間軸に影響が出始めているのが分かった。仮に時を越えていなければ正しい時間の中で即座に敗北している所だろう。
蛹が羽化するかのように姿を変化させたトゥルーハートは背後より光を放ち、その神々しさと威圧感で文字通りの“神”として降臨する。
「タイムリーパー、お前はここに辿り着くまでに何人の“それ”を犠牲にしてきた?」
「!?」
あの少女の事が脳裏によぎったのは偶然ではなかった。思考を読み取られたのだ、ギャラン=ドゥに。神に。
「私が殺してやる価値も無い。己の罪の重さを思い知るがいい!」
神が姿を消すと共に地面が泡立ち、そこから人型が這い出てくる。それは暴走して街を破壊していた“のかな”達だった。感情が無いはずだというにその瞳の光は怒りと憎しみに燃えるかのように揺らめく。
「GURURU…………」
「止めろ……そんな目で俺を見るな!」
「GAAAAAAA!」
「止めてくれぇぇぇぇぇ!」
怯えた咲月はロクな抵抗もできずに殴り飛ばされ、武器を落としてしまう。だが、もはやそんな事は関係なかった。折れた心ではどこか逃げ道を探して無様にはい回る事しかできなかったのだから。
だが、どこにも逃げ場所などない。のかな達に追い詰められた咲月は襲い掛かってくるそれに目を閉じて身構えるのが精いっぱいだった。
「はぁはぁ……うわああああああああ!」
恐怖のあまり声を上げるが、目の前に何かが割り込んだ事を知って、おそるおそる目を開けた。
「わた……しは…………のかな……の…………」
「!?」
頭に大きなリボンを付けたのかなの一人が咲月を庇うようにそこに居た。いや、一人だけでは無かった。色違いのリボンを付けた四人がまるで歪完全な神に抗うようにそこに居た。
「わた……しは…………のかな……の…………」
何か呟きながらリボン達はのかな達に攻撃を受け続ける。だが、どれほど傷つけられようとも反撃せず、ひたすらに耐え続ける。
その様子にいたたまれなくなった咲月は嘆くように叫ぶ。
「俺なんかを守る必要は無い! 止めろ! 止めてくれ!」
「GAAAAAAA!」
訳が分からなかった。どうして咲月を守るのか、どうして戦おうとしないのか。おそらく理屈ではない。ありのままを受けいれるしかない。傍観者である咲月には目の前で起こっている事だけが真実だった。
「わたしは―――の体」
のかな達に嬲り殺されるように赤リボンは死んだ。
「わたしは―――の技」
のかな達に押しつぶされるように青リボンは死んだ。
「わたしは―――の心」
のかな達に抉られるかのように黄色リボンは死んだ。
「わたしは―――の」
のかな達に切り裂かれるかのように緑リボンは…………。
「悪いがお前にはまだ死んでもらっては困るのでな」
黒い影が戦場へと降り立つとのかな達の間を駆け抜け、一蹴する。そして守るように緑リボンの前に立つと敵を睨みつける。
「天羽…………」
咲月を一瞥した狂志郎は尋ねるように聞く。
「お前が『コンス』か?」
「……そうだ。それがなにか?」
「………………違うな」
「違う?」
狂志郎は納得できないような顔をしたが、割り切るように語る。
「まだ戦えるか? 流石に俺一人ではこの物量は対処に時間がかかる」
「ああ。でも武器がどこかに行ってしまった。こんな状況じゃ探すのは無理だ。俺はこの子を連れて逃げるくらいしかできないだろう」
「逃げている暇などない。俺達に残された時間はあとわずかだ。かつて時間跳躍した地点を越えれば俺達の存在は通常の時間軸へと移行し、その時点で負けだ」
「だとしても俺にできる事なんてあるのか? もっと言うなら俺達の勝つ手段はあるのか?」
狂志郎は緑リボンを見て言った。
「希望はまだ潰えていない」
その瞳は強い意志を持ち、目の前の少女が奇跡を起こす事に一片の疑いも無いようであった。それを見て弱気になっていた咲月も少し冷静になり、自分にできる事を考え始めた。
(どこかにあるはずだ。この子を元に戻すための方法が)
咲月は少し思考し、やがて自らが思いついた事の恐ろしさに驚いた顔をした。だが、それ以外に方法がないだろうと理解すると意を決して前へと歩き出した。
「おい、迂闊に前に出るな。死にたいのか」
「ああ、その通りだ」
予想外の答えに狂志郎は思わず聞き返す。
「……なに?」
「俺が……“私”がこの子を奪ったのだというのなら、それを返す以外に元へと戻す方法はない。だけど、私の中にある怒りと憎しみはもはや自分じゃコントロールできないんだ。俺の意思でのかなへと返すことはできない。でも、私が俺の一部であるというのなら俺が死ねば一緒に死ぬ。そうすれば奪われた物は自然とあるべき場所に還っていくだろう」
「お前…………」
「GAAAAAA!」
のかな達に殴られ、切り裂かれ、噛みつかれながらも咲月は気丈に叫ぶ。
「俺が憎いか!? ああ、そうだろうな! なら、もっと本気で来い! 俺はまだ生きているぞ! 俺はまだここに居るぞ!」
先ほどの話は聞こえずとも決死の態度で何をしているのか理解したるいは悲痛な叫びをあげる。
「だめだ……だめだよ、お兄さん! 死んじゃだめだよ! なのかと一緒に居るのが夢だったんでしょ!? だったら死んじゃだめだよ! そんなの……そんなの絶対だめだよ!」
「るいちゃん…………」
咲月は優しい声で言った。
「これでいいんだ。俺はね、本当はここには居られなかったはずなんだ。でも、我儘言ってなんとかしてもらったんだ。そのツケを払わなくちゃいけない時が来ただけなんだ。これはきっと俺に与えられた罰なんだ」
「分からない、私には分からないよ!」
るいは泣きながら言った。
「罪だとか罰だとか、そんなのここには無いよ! だってみんな苦しんでるじゃないか。どこかに居る本当に悪いヤツが考え出した事に従わされてるだけじゃないか! 私にはそんなの分からない、分かりたくもないよ!」
るいは救いを求めるかのように叫んだ。
「誰か助けてよ! 魔法少女なんでしょ!? どうしてみんな動かないの! 誰でもいいから助けてよ! ねぇ…………誰か!」
ぐり子は困惑したように言う。
「止めなさい。あの化け物達がこっちに向かってきたらどうするの。私達なんて一瞬で殺されるわよ」
「あれは化け物なんかじゃない! あれは……あれは私の友達で魔法少女で……落ちこぼれかもしれないけど立派な魔法少女なんだ! こんな時に黙ってなんか居られるはずないんだ…………!」
「GURURU」
「まずい」
ぐり子はのかな達に気づかれた事を悟り、るいの手を引いて逃げる。だが、瞬く間に囲まれ、無駄と分かりつつも持ってきていた警棒を構えて威嚇する。
「るい、あなたって本当に疫病神ね。別に恨んだりはしないけど、死ぬ覚悟はできているのかしら?」
「………あと少し……あと少しで思い出せそうなんだ」
「……往生際が悪いのね。私が死ぬまでに思い出せないと間に合わないわよ。せめてあなたが死ぬまでには思い出してよね。じゃないと私が無駄死にだわ」
軽口を叩くぐり子だが、その体はわずかに震えていた。本当は恐怖していたのだろう。しかしその瞳に怯えは無く、気丈に自らの運命を見つめ返していた。
「やめ、ろ…………」
「!」
刹那飛んできた火の鳥がのかな達から二人への注意を奪い、視線をその方向へと向けさせる。そこではクマ印が杖を支えに今にも死にそうな息遣いで立っていた。
その右手は呆れたように言う。
「『馬鹿者め、いくら不死炎といえども一度絶えれば二度と火が灯る事は無い。お前が一番分かってるじゃろうが今は生きてるだけで精一杯じゃ。有象無象と同じように一度死んだら終わり。だというのになぜ立ち上がる?』」
「決まっている……魔法少女だからだ!」
「『愚かな。そんな称号に何の意味がある? 魔法少女じゃと誰かがちやほやしてくれるのか? 魔法少女じゃと人に命令できたりするのか? 魔法少女じゃと大金持ちになれたりするのか?』」
「………………理屈じゃないんだ」
クマ印は語る。
「ここに魔法少女が居るならば立ち上がらなくちゃいけない。それがどんなに無謀で無駄に思える事だったとしてもだ。生きる事に意味が必要だというのなら死んでしまえ。人間は無価値なんだ。無価値なものがどうして意義を持てる? 何かを為すために生まれて来たとか、勝手に決めるんじゃない。私は無価値だ。だからこそ負けられない。私に価値が無いと決めつけるヤツだけには! 自分自身だけには!」
杖でのかな達を殴り飛ばし、返り血を浴びながらクマ印は吠える。さながら燃える尽きる前の炎がより一層燃え上がるかのようにその輝きは儚く、そして脆い。
「ごぷっ…………!」
不意に自らの胸を貫いた異形の腕をクマ印は茫然と見つめる。やがて引き抜かれるとおぼつかない足取りでふらふらと歩きだし、るいの前で倒れ込んだ。
「ラブハートさん!」
駆け寄って汚れる事も構わずに体をゆするるいにクマ印は苦笑する。
「るいちゃん……汚れちゃうよ? 血は服に着くと落ちにくいんだ………お家の人が困っちゃうよ…………?」
「あああ…………ラブハートさん…………」
泣き崩れるるいに触れようとした自らの右手をクマ印は咎める。
「止めろ、NO」
「『しかし、このままではもうじき死ぬぞ。どうせ殺されるのを待つだけの小娘じゃ、少しくらい命を吸ってもいいじゃろう?』」
「それは私の為だろう? その気になれば私の意識なんてお前は簡単に吹き飛ばせたはずだ。そうしなかった理由は分からないけど、まだ我儘が許されるというのならこのままで居させてくれ」
NOはため息をついて言った。
「『貴様というヤツは…………呆れたものじゃな。最後まで好きにすればよい』」
「ありがとう」
クマ印は血まみれの口で言う。
「るいちゃん、お願いがあるんだ」
「おね……がい?」
「私の名前を呼んでほしい」
「名前……? どうして……?」
躊躇いながらもクマ印は語る。
「私は嫌な過去から逃げるためだけに自分の名前を消した。あなた達が彼女の名前を思い出せないのは多分そのせいだ。彼女は私と何か関係があるんだろうから」
「でも……呼ぶとまずいから隠してたんでしょ? 一体何が起きるの?」
「………………誰からも認識されなくなるだけだよ」
クマ印は淡々と語った。
「大人になって自分と関わり合いの薄いクラスメイトを覚えていないように“居た”という事だけはなんとなく分かっても個人として認識する事はできなくなる。だけど今から死んでいく私には大したことじゃない」
るいは自分の事のように叫んだ。
「全然大した事じゃなく無いよ! 誰もラブハートさんの死を悲しんでくれないんだよ! 『誰か』じゃなくて『ラブハートさん』が生きていたって事をみんな忘れちゃうんだよ!」
「……るいちゃん」
自分の事のように訴えるるいを見てクマ印は微笑んで言った。
「私は『幸せ者』だ。こうして悲しんでくれる人が居るんだから」
「るいだけではないわ」
「そうだね、ぐり子ちゃんもだ」
過去と決別するためにクマ印は自らの名前を消した。その決断はけっして軽い気持ちで行ったものではない。その覚悟を取り消すというのなら、罰を受ける事は避けられないのだろう。だとしてもクマ印に後悔は無かった。運命が魂すら奪い去ろうとも自分の生きたいように生きて、死にたいように死ぬ。それだけは何者にも奪われる事なく自由だったからだ。
「私は“あの世”があるとは考えていない、死んだらそれまでだ。でも死んだはずの私は今ここに居る。奇妙に思ってたけど、やっと分かった。それはきっとこの瞬間の為だったんだろう」
クマ印は近づけられたるいの耳にそっと呟いた。驚いた顔でるいは繰り返すとその言葉を紡いだ口を見返し、やがて微笑みと共に輪郭がぼやけていく体を見送ると立ち上がって前を見つめた。




