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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編4:夜明ケモノタチ
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第三章5 夜明ケモノタチ

 やがて家に帰ってきた咲月はベッドに倒れ込むと大きく息を吐いた。

NO(エヌオー)、居るか?」

「『なんじゃ? 餌の時間か? それとも遊んでくれるのか?』」

 咲月は仰向けになって傍らに寄ってきた猫のNOを見る。

「もう一人の(わたし)は番長さんに()りついてると思うんだ。お前の意見を聞かせてほしい」

「『ありえんな。あの小娘はともかく、共に居るわらわを誤魔化せるはずはない。一瞬程度ならともかく、長期間など絶対にありえん』」

「……そうか。なら、あれは本当に偶然だったのか」

「『それより、こちらは『チェン』を招集する事に決めた。記憶の統合をしてないあやつが素直に協力してくれるとは思えん。上手く立ち回れよ、ご主人様』」

「分かってるさ。けど、俺がチェンの相手をするなら執行管理局の相手は誰がするんだ?」

「『分からん。そもそもシェーラが消滅(ロスト)してしまっているためにわらわ達の知る歴史とは少し異なっておる。今の所、教団へのコンタクトは無いようじゃ。因果律の関係から来る事だけは確実じゃが、味方であるかどうかは怪しくなってきたな』」

「天羽達にはそこまで期待はしてないさ。邪魔にさえならなければいい」

「『真っ当に行けば、“神”になられる前に倒せる、か。しかし、物事は常に最悪を想定すべきじゃと思うがの』」

「考えても無駄だ。“のかな”無しじゃ勝てない。神に勝つにはRE:Dの力が必要だ。それが無かったらどうあがいても同じ結末になる」

「『のかな……か。あの小娘の欠片、そしてRE:Dの力を秘めた者。奪われたとなれば少し厄介になりそうじゃの』」

「その心配はない。この世界にわざわざもう一人の(わたし)が連れてくるわけがない。取り戻す事はできないが敵にもならないという事さ」

「『口惜しいのぅ……せっかくの切り札を持ってこれんとは。後の不安要素は何じゃ?』」

「ギャラン=ドゥだ。あまりに巧妙な立ち回りで神へと到達した。そのせいで手の内がほとんど分かってない。自らを苦境に追い込んだお前にも全く執着せずに淡々と目的を果たすためだけに撤退を優先した。狂人でありながらその異常なまでの冷静さと判断力が恐ろしい。下手をすれば俺達が同じ時間に戻ってきた事も察しているかもしれない」

「『彼奴(きゃつ)はわらわ討伐隊の中でもブレインじゃったからな。まさか“おたま”をあんな風に使ってピンチを乗り越えるとはな。あの時だけはわらわも知性の敗北を認めざるを得なかったぞ。いやぁ、まさか“おたま”がのう…………いまだに信じられん、どうやって“おたま”で……………』」

「おたま?」

「『おそらく、こちらが時間を超えておる事はもう知られているじゃろう。どんな荒唐無稽な事柄でもそれしか道理がなければ信じるのが彼奴じゃ。こうなるとどこまで読み切れるかの勝負になりそうじゃの』」

「とはいえ、俺のやる事は決まってる。得意な土俵で戦ってやるつもりはない。向こうに読まれたとしても、そのまま押し通してやるさ」

「『その考えは正しい。己の有利な場所に引き込むのが戦いというものじゃ。わざわざ相手の陣地で戦ってやるほど阿呆な事も無いからの』」

 NOはベッドから降りるとベランダの方へと歩き出した。

「『わらわはサンズの所に行くとする。早くとも朝まで戻らんじゃろう。その内にサンズの子飼いと話でもしておいた方がいいじゃろうな。向こうはどうやらお前から話す事を待っているようじゃからな』」

「ああ。どこまで分かってもらえるか分からないけど、話すだけは話してみるさ」

 ベランダから外に消えていったNOを見送ると咲月は立ち上がり、部屋を出て行った。そしてなのかの部屋の前まで来ると深呼吸をしてドアをノックした。

「『はい』」

「奏ちゃん、話があるんだけど入ってもいいかな?」

「『どうぞ』」

 咲月が部屋に踏み込むとそこはほのかに女子特有の甘い香りがした。怪獣の着ぐるみのような独特なパジャマを着たなのかは背後にあるぬいぐるみの群れに紛れるようにちょこんとベッドに座り込んでいた。

「奏ちゃん、君は俺が誤魔化す事を警戒しているだろう。だから初めに言っておくけど俺は嘘をつくつもりは無いよ。ただ、俺の話す真実はあまりにも滑稽でにわかに信じがたい事かもしれない。もし俺にからかわれていると少しでも思ったのなら、正直に言ってほしい。そうしたら俺は君が望んでいるように聞こえの良い整った話に変える。でも、俺は君に真実を知ってほしい。だから嘘だと思っても笑わないで最後まで聞いてくれないかな」

 咲月は真摯な態度で告げた。

「俺は君を取り戻すためにタイムリープして来たんだ」

「私を?」

「ギャラン=ドゥの救いは全ての人を孤独にする事だった。俺はそれを防ぎ、君を守るために戻ってきた。ラブハートと共にいくつもの世界を渡り、気の遠くなるような長い時間をかけてね」

 なのかは馬鹿にするような事はせず、静かに返した。

「そうだったんだ…………」

「疑わないの?」

「どうして?」

 無垢な瞳に咲月は呆れたように言った。

「君は初めて会った時もそうだったね、人を疑いもしない。素直である事は無条件に褒められる事じゃないのに。君はいつだってそうだ」

「お兄ちゃん…………」

「でも、そんな君だから俺は助けたいと思った。疑いたくないのなら無理に疑う必要は無いよ。疑わない事は信じる事よりもずっと難しいんだから」

 咲月は続ける。

「ギャラン=ドゥについては同じ錬金術師仲間だったスキャットマンが話してくれるだろうから、ここではあまり語らない。でも、その相方であるトゥルーハートは魔法少女だ。奏ちゃんも他人事ではいられないだろうからここで話しておく。はっきり言って、俺はトゥルーハートを殺そうと思っている。操られているわけでもなく自分の意思で悪事に手を貸しているからだ。もし、トゥルーハートを生かしておけばいつの日か復讐に来るだろう。そうなったらまた今と同じような状況になってしまうかもしれない。俺はそれだけは避けたいと思っている。奏ちゃんの意見を聞かせてほしい、後腐れ無いように殺すべきか、それともあくまで道理を貫いて生かすのか」

「うーん…………」

 なのかは腕を組んで唸るとやがて肩をすくめて言った。

「難しくて分かりません」

「奏ちゃん…………」

 呆れた顔をする咲月になのかは言った。

「お兄ちゃん、その選択はどちらも間違ってるよ。だってどっちを選んでも後悔するでしょ? 私はそんなの嫌だな。でも、私にはどうしたらいいか分からないから答えは別の人に出してもらおうって思うの」

「別の人?」

「ラブハートさんだよ。お兄ちゃんと一緒に旅をしてきた」

 咲月はありえないと否定した。

「ここに居ない事から分かるだろうけど、俺と一緒に居たラブハートは死んだようなものなんだ。もう二度と会う事はできないんだ」

「………………」

 なのかは語る。

「ラブハートさんは凄い人です。でもそれは錬金術が使えたり、不死身だったりするからじゃないんです。重力みたいに人を縛っているあらゆる不可能や理不尽を越えて、みんなを助けてくれるから凄いんです。お兄ちゃんもずっと一緒に居たのなら分かっているでしょ?」

「……俺にはそこまで信じられないよ」

 悲観するような咲月に告げる。

「信じなくても大丈夫。ラブハートさんは神様じゃないから。神様は信じる人しか助けてくれないけど、ラブハートさんは信じなくても助けてくれるから」

 なのかの妄信は咲月には理解しがたいものだったが、否定をするまでの事でもなかった。自らが教えないでも現実が突きつけてくる。それを可哀そうだと思わない事も無かったが、わざわざ自分が嫌われ者になるつもりもなかった。

 咲月は話を変えた。

「佐下さんや鐘紡(かねつむぎ)さんも協力者だったんだ。記憶は無いだろうけど、話だけはしておきたい。後で呼んできてもらってもいいかな? まあ、二人にとって俺は赤の他人だから本人が望んだらで構わない。駄目なら奏ちゃんが話してくれればいいだけだしね」

「うん、一度二人に相談してみるよ」

(……これで当面の問題は解決か。ここまで姿を見せていないもう一人の(わたし)の動向が気になるが、後はギャラン=ドゥとの戦いに臨むだけだな)

 決戦前の根回しの準備が出来たのを知り、咲月は疲れを吐き出すように息を吐いた。もう難しい場面は無く、決戦の日までは穏やかに過ごせるだろう。そう分かった途端に気が抜けたのか少しぼぅっとしてしまったが、なのかの声で現実に戻される。

「お兄ちゃん、聞いてる?」

「あ、ああ……ごめん、何の話だっけ?」

 なのかは不機嫌そうに言った。

「もう! ちゃんと聞いてよ。ラブハートさんの話をしてって言ったの! 長い間一緒に冒険してきたんでしょ?」

「冒険…………か」

 確かに様々な世界を生きて来たと咲月は思い返した。とても順風満帆と呼べるような物では無かったが、だからこそ得る事も多かったと今更ながらに感じた。

(ああ……そうか…………)

 咲月は何故自分がここまでのかなにこだわるのか理解した。それはのかなが苦楽を共にした半身とも呼べる存在だったからだ。初めにはあった怒りや憎しみを許せるほどに愛おしく思えるようになっていたからだ。

(俺は君にもここに居てほしかったんだ)

 この世界にのかなの居場所は無い。元々存在しないのだから当たり前と言えばそうだが、全てが終わった後にここに残る事はできない。クマ印として存在する事もできず、無へと還るのみだ。残酷だが、存在しなかった物を存在させる事はできない。それこそ文字通りの“魔法”でもなければ道理を覆す事など不可能だ。

 ここに居ない事で逆に別れが辛くならないと咲月は思う事にした。そう思わなければやっていられない所もあった。

「そうだね、何から話そうか」

 せめて生きていた事を証明するかのように咲月は魔法少女の物語を話し出した。



「ねぇ、ギャラン=ドゥ」

 月明りの下でハンモックに揺れながら、トゥルーハートは独り言ともとれるような呟きを漏らした。聞こえなければそれはそれでよかったのだろう。例え疑問があったとしてもやるべき事は同じで、もはや引き返す事などできないのだから。

「なんだい、トゥルーハート」

 聞こえてしまったのなら仕方ないとトゥルーハートは語る。

「あの男は時を越えてるって君は言ったよね?」

「これまでに得られた情報から推測すれば、だが」

 それを聞いて不安を露わにする。

「私達はそんな化け物に勝てるのかな。一度、私達が勝ったんだろうにそれを『やっぱ無し』って言ってひっくり返せるようなヤツだよ? きっと何回も繰り返されたら私達がどんなに頑張って抵抗したとしてもきっとどうにもならなくなっちゃう。ズルいよ、反則だよ」

「………………」

 ギャラン=ドゥは独り言のように呟く。

「この世は力ある者が正しい。外敵に負けない強靭な肉体を持つ者、非力でも一瞬で敵を死に至らしめる猛毒を持つ者、それらに対抗するために集団になる者。より強い方が勝つ、それはとても自然な事だ、人間とて自然の一部ならそれに従うのは道理だろう」

「だとしても、私はそれを克服したい。例え、神に成り代わるような傲慢だとしても」

 ギャラン=ドゥは語る。

「長く生きているからだろうか。私はね、たまに思い出すんだ。あの時会った画家、いつも家の前の道路を通り過ぎていくアスリート、ひょんな事で仲良くなったピアニスト。他にも数えきれないくらいの人間を。夢叶わずに敗れていった彼らの事をふとした拍子(ひょうし)に思い出す。彼らは何か悪い事をしたのだろうか、他の全てを犠牲にしても夢が叶わないという罰を与えられるような悪い事をしてしまったのだろうか。夢を目指す事自体が罪だというのなら彼らは何のために生まれてきたのだろうか。私は心が現実に負けていく様を見るのがいつになっても辛い。人がどうしようもなく無価値なのだという事を理解させられてしまう」

「ナイーブだね、ギャラン=ドゥは。無価値だって私は構わないけど。誰かが決めたルールに従う必要さえなければね。人間は無価値で当たり前なんだ、そもそも不完全なんだから。動物はエゴ出来ている、しかし唯一人間だけがおよそ1%エゴを欠いた不良品なんだ」

「ならば我々はその1%を何で埋めればいい? 傲慢か? 憐れみか? 正義感か? それとも…………」

 トゥルーハートは苦笑した。

「ギャラン=ドゥ、答えを急ぎ過ぎるのが君の悪い所だよ。1%を埋める物なんてどこにも無いんだ。『価値を持てるかもしれない』、それこそが無価値な人間の唯一の価値であり希望なんだから」

「……夢叶わなかった彼らも無駄ではなかったのだろうか。価値を持とうとしてできなかったとしても無意味では無かったのだろうか」

「彼らは君の心を動かす事ができたじゃないか。それは素晴らしい事だよ」

「トゥルーハート…………」

 ギャラン=ドゥも苦笑した。

「励ますつもりが逆に励まされてしまったな。君には他者の心を元気にする事ができる力がある。だが、それは自分の不安を隠してまでする事ではないよ。君の魔法の源は『心』だ。そこには自身を含めてもいいのではないか?」

 トゥルーハートは痛みをこらえるかのように呟く。

「……ギャラン=ドゥ、私は罪人だ。そんな事はできないよ」

「親を見殺しにした事を後悔しているのか? しかし、あれは」

「私は分かっていたんだ。でも、人に価値なんか見いだせなかったから…………」

 吐き出すように続ける。

「無価値なんだ。それを信じるしかない。信じなければ罪の大きさに潰れてしまいそうだ」

「神は信じる者を救ってくれたりはしないぞ」

「それでも私はどこかに許し(RE:ON)が存在する事を信じている。人を救う事を目的にしながら自分が救われる事を夢見ている。笑っちゃうね」

 ギャラン=ドゥは真面目に語る。

「笑わないさ。誰にも馬鹿になどさせるものか。特に同じ時間を繰り返し、未来を塗り替えようとしている者だけには。人の覚悟や決意すら意味の無い物にしようとする者だけには」

「……負けられないね、ギャラン=ドゥ」

「ああ。何度でも時を越えてくるというのならいくらでも打ち破ろう。ただ一度限りの私達の覚悟と決意で」


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