第三章4 たとえ魂が無くても
そこには教団幹部に支えられた教祖が居た。
「やれやれ、俺ともあろうものがこっぴどくやられちまったぜ。歳は取りたくないもんだなぁ、サン=ジェルマン」
「誰だ、君は?」
すると教祖は呆れたように言った。
「おいおい、顔を変えたくらいで分からなくなるとはずいぶんと耄碌したもんだな。こんなんで本当にギャラン=ドゥのヤツを止められるのか?」
「……まさか、ホーエンハイムか?」
ぱん、と手を打って教祖は笑みを浮かべた。それを見たスキャットマンは驚いた顔で言う。
「どうして君がそんな事をしている? 信仰している神とは別の物を立てるなど敬虔なカトリックのやる事ではないだろう」
錬金術師のホーエンハイムは語る。
「理由は色々あるが、その一つはお前らだ」
「僕達だと?」
「そうだ。お前らの作り出した魔法少女システム、確かに『憎しみ』と『怒り』の代謝としては十分なのかもしれない。だが、それだけだ。かつて俺は言ったはずだ、金の錬成などに精を出しても真理にはたどり着かないと。これはお前達の生み出した『公害』だ。魔法少女によって社会は汚染されてしまった。俺はそれを少しでも食い止めなければならなかった」
「どうしてギャラン=ドゥに操られていた?」
「ヤツとは初め、協力関係だった。だが、途中で決裂し、後はお前らの知る通りだ」
NOは言う。
「ギャラン=ドゥは『マリーの世界』を使用した。消費したエネルギー量を考えれば、これで日食を待たずに“神”へと至る事は無くなったじゃろう。しかし、奴らが『マリーの世界』に引きこもっている限り、こちらからは手が出せぬ。決戦の時までしばし猶予があるがお前達はどうするつもりなのじゃ?」
「ん? なんだこの子ども…………迷子か?」
「き、貴様! わらわが分からんのか!? NOじゃ! 錬金術師の! 子ども扱いするなぁ!」
ホーエンハイムは思わず噴き出した。
「NO? お前、あのNOか? 本物? ……ぶっ、くくく、まさかあのNOのこんな姿を見れる日が来るとは。長生きはするもんだな。それにしてもサン=ジェルマン、お前のロリータ趣味も業が深いな、ほどほどにしておけよ」
「……僕のせいじゃないぞ。情報提供者、これは君の仕業だな?」
若干引いたようにクマ印は言う。
「え? 転校生ってロリコン? うわっ、こりゃ絶対なのかちゃんに近づけられないわ。他の子は別に構わないけど、なのかちゃんだけには近づかないでよね」
「残念だが、彼はなのかの家に居候している」
「すでに手遅れだった!? こ、こうなったらなのかちゃんが汚される前に殺すしか!?」
「…………俺はロリコンじゃないよ。それとそういう発想をする番長さんの方がよっぽどヤバいよ」
NOはにやにやとした表情で呟く。
「くくく、度し難き奴らよのう。同類なら仲良くすれば良いものを」
「……NO、今日からお前のエサのグレードを一段階落とす」
「にゃんじゃと!?」
スキャットマンは話を戻すように言う。
「決戦の時までに猶予があるというのなら、僕達はギャランの撒いた種を刈り取っておく。『公害』などと馬鹿にされたままでは腹の虫が収まらないのでね。NO、出来れば君も手伝ってくれるとありがたい」
「殺した相手に物を頼むとはな。まあ、久しぶりの再会じゃ、水に流してやるか。それで、外出のお許しは頂けるのかご主人様?」
「元々お前はイレギュラーだ、好きにすればいいさ」
自分抜きで進んでいく話の外でクマ印は肩をすくめて独りごちる。
「なんか着いていけないね。ミギー、帰ろうっか」
すっかり興味を失った表情で踵を返すとスキャットマンに呼び止められる。
「待て、ラブハート」
「なに? いつものように『余計な事をするな』とでも? はいはい、分かりました」
まるで聞く気の無いクマ印にスキャットマンは神妙な顔で言う。
「今まで悪かった」
「………………どういう風の吹き回し?」
「僕は君の中に居るNOが怖かったんだ。どう思われているのか気になって仕方なかった。僕は恨まれているのか、憐れまれているのか、それともなんとも思われていないのか。答えの分からないまま、恐怖は僕の中でどんどん大きくなって、いつからか君を傷つけてしまっていた」
「………………」
「でも、今日こうしてNOと話してみて、僕が恐れていたのはどう思われているかじゃないって事に気づいた。僕が本当に恐れていたのは記憶の中のNOが上書きされてしまう事だったんだ。それが分かった時、僕は君に謝らなければならないと思った。君は一度死んで、不死炎の力で蘇生した。本当の君はもう死んでいて、君が自我と思っている物はNOの人格が覚醒するまでに見ている夢のようなものだ。残酷な話だけどすでに君という存在はどこにも居ないんだ。だから僕は君をNOと同じに見ていた」
「………………」
「でも、それは違う。実際がどうであろうと、君の人格はここにあって君を知る者の記憶を上書きし続けている。僕は自分がもっとも恐れていた事を他人に押し付けていたんだ。自分が勇気を出せないがために。許してくれとは言わない。君の魂はもうどこにも無くて、取り戻す事は出来ないのだから。代わりに聞かせてくれ、君のやりたい事を。僕はその助けになる義務がある。例えそれが僕を殺すという事だとしても」
「………………」
突如として晒された己の現状にクマ印は特に驚きを見せなかった。代わりに無表情でため息をつくと淡々と呟きを漏らした。
「カッコ悪い」
気持ちを吐き出すように続けた。
「私に助かる道が無いのなら、どんな行動だって贖罪にはならないよ。まったく勝手だよ。勝手に生き返らせて、勝手に遠ざけて、勝手に謝る。私の気持ちなんて全然考えない。殺されてもいい? なら勝手に死ね! 私はそんな言葉が欲しいわけじゃない。私は……こんな落ちこぼれの私でも立派な魔法少女だって認めてほしかった。みんなを助けられる、みんなを幸せにできる力があるんだって信じさせてほしかった」
「…………ラブハート」
自分の醜さを悟って悲し気に俯いた。
「……ごめん、何でもない。そんな事は無理だって自分で分かってるんだ。私はどう足掻いたってなのかちゃんみたいにはなれない。出来るわけがないんだ、立派な魔法少女になるなんて。それでも、そんな風になれたらいいってずっと思い続けてきたんだ。言わせるくらいはさせてよ」
「………………」
スキャットマンは閉口する事しかできなかった。どんな台詞も無駄だと分かっていた。今までクマ印の事をまともに見た事は無かったのだ。その口から慰めの言葉を吐いても、それは上っ面だけ整えた物に過ぎず心に響きはしない。
「ラブハート」
「……もういい、これ以上私を苦しめないで」
去っていく寂しげな背中をスキャットマンは悲し気な視線で見送った。それを見ていたNOは咲月に向かって言った。
「ご主人様よ、アイツを追いかけてやってはくれんか?」
「俺が行って何になる?」
「何にもならないかもしれん。じゃが、わらわ達に追いかける資格は無い。それでもアイツをこのままにしておくのは忍びない。後生じゃ、頼む」
咲月は気乗りのしない様子だったが頷いた。
「分かった。お前がそこまで言うならやってやる。だけど期待はするなよ。彼女にとって俺はそこらの雑草みたいにどうでもいいヤツなんだ。上手くいかなくって当然さ」
「雑草という草は無いのじゃよ。誰もがそれを頭の片隅では分かっとるはずなんじゃがのう…………」
嘆きのような呟きを背に受けながら咲月は走り出した。それほど遠くには行ってないはずなのにクマ印の姿はどこにも無く、探し回った挙句に膝に手をついて荒い息をした。
(間違いなく変身して移動してるな。これじゃ闇雲に探し回っても見つからない。何か方法を考えないと)
少しの間思考に耽った咲月はポケットから携帯を取り出すとどこかしらに向けて話し始めた。そしてやがて通話を終えると迷う事無く走り出し、ある公園へとたどり着いた。
そこのベンチに座り込んでいるクマ印に近づくと話しかける前に話しかけられる。
「どうしてここが分かったの?」
「奏ちゃんにデバイスのGPSを追跡してもらってね」
「そっか…………。なのかちゃんにはこんなカッコ悪い所、知られたくなかったな」
「隣、いいかい?」
ん、というクマ印の返事で咲月は座った。
「私さ、もう私じゃないんだってね。あそこでは普通にしてられたけど、実はさっきまで辛くて泣いてた。どうしてこんなに悲しいんだろう、本当の私はもう死んじゃっててここに居る私は偽物なのに。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう、もう心なんてあるわけないのに。分からないよ、私はどうしたらいいんだろう………………」
「………………」
咲月は独りごちるように語りだした。
「俺さ、ある魔法少女とずっとコンビを組んでたんだ。その人はお世辞にも才能があるとは言えなかった。初めは変身すらできなかったんだ。だから一々着替えて戦いに行ってた。一番弱い怪物が相手だって辛勝で、いつも自分の非力さを嘆いていたよ」
「………………」
「その人はそれでも戦わなくちゃいけなかった。その人の意思とは関係なく巨悪は際限なく襲い掛かってきて、生きるためにはそれを退けるしかなかったんだ」
「………………その人は生きる事が嫌にならなかったの? 死にたいと思わなかったの?」
「そりゃ数えきれないほど思ったさ。でも君と同じで死ぬことができない体質だった。それに彼女には夢があった『立派な魔法少女になる』という夢が」
咲月は続ける。
「多分、彼女は魔法少女じゃなかったんだろう。魔法少女の世界に迷いこんでしまった単なるコスプレイヤーで本来別の力を魔法だと言い張って周りを騙していた。でも、自分では分かっていたからいつかは魔法少女になる事を夢見ていた」
「魔法少女なんて憧れてなるような物じゃないよ」
「うん、その人もそれは分かっていたと思う。夢や希望を与えるような事も無く、兵士として戦うのが魔法少女の真実だ。それを知ってなお、その人は魔法少女になりたがった」
「どうして?」
「誰も魔法少女になろうとしないからだよ。君は今、魔法少女になろうとはしてないだろう?」
「そりゃ、もう魔法少女なんだから魔法少女になろうとはしないでしょ」
「じゃあ、君は本当に自分が魔法少女だと胸を張って言える? テレビの中の魔法少女が目の前に現れたとして自分がその子と同じ魔法少女だって自信を持って言える?」
「……馬鹿げてる、そんなの誰だって無理だよ。空想と現実は違うんだ、敵うわけない」
「でも、彼女はそう思わなかったんだ」
クマ印は馬鹿にしたように言った。
「幸せ者だね、その人は」
「かもしれない。でも、どんなに厳しい現実を突きつけられてもその人は立ち上がった。どこからそんな力が出てくるのか誰も分からなかった。誰もが自分を魔法少女だと思い込んでいるから魔法少女になるという事が本当はどういう事なのかを理解してなかったからだ。魔法少女は『太陽』なんだ。無限のパワーを持って全てを照らし出す、ただそれだけの存在。誰かに手を差し伸べたり、誰かに支配されたりしない。人はそれのあるがままを受け入れる、それこそが魔法少女のあるべき姿なんだ」
「出来るわけがない、理想論だよ。馬鹿だよ、ありえないよ」
クマ印は一度否定し、ぽつりと呟く。
「…………でも、なんでだろう。他人事じゃないような気がするのは。さっきからなんか変なんだ。こんな事を言ったら笑われるかもしれないけど、まるであなたの話している“その人”が私自身の事のような気がして…………」
「変じゃないよ」
きょとんとした顔をしたクマ印はやがて優しく微笑んで語る。
「…………そっか。うん…………ねぇ、聞いてくれる?」
「?」
「実はさ、テレビの中の魔法少女が目の前にやって来たら『私も魔法少女です』って言おうと思ってたんだ。信じてもらえなかったり、馬鹿にされたって何度でも言おうと思ってたんだ。私は魔法少女だよ、どんなに非力でみすぼらしくてもそれは変わらない。偽物だって、心が無くたって、永遠に褪せない物があるのなら、それだけで十分だよ。そんな大切な事、今までずっと忘れてた。でも、あなたのおかげで思い出せたんだ」
クマ印は咲月をまっすぐに見つめて言った。
「ありがとう、コンス」
「……! どうして記憶が!?」
素に戻ったクマ印は恥ずかしそうに顔を赤くした。
「あ、ごめん…………。転校生ってなんかあるキャラに似てて。わ、私がオタクってわけじゃないよ。でもね、たまにそういう事ってあると思うの! お願い忘れて! 無かったことにして!」
「………………」
気持ちを切り替えるように大きく息を吐いたクマ印はベンチから立ち上がった。
「ガラにもなく落ち込んでたらお腹すいちゃった。スキャットマンのヤツ、後でフルコース奢ってもらうからな。そしたら転校生も一緒に行こ?」
「いいの?」
「私を追いかけてきてくれたしね、お礼だよ。まさか、今日会ったばかりの私を追いかけてくるなんてね。もしや私に一目惚れたかぁ? うりうりぃ」
咲月は無表情に返した。
「ごめん、はっきり言って君の事は女だと思ってない」
「な、なんですとー!? おかしい、こんな美少女に誘われてなびかないなんて……やっぱりロリコンなの? そうなの?」
「どうしてそうなるんだ…………。番長さんのその自信はどこから来るんだよ。俺はもっとおとしやかで優しい子が好きなだけだよ」
「なのかちゃんみたいな?」
「そうそう……って」
クマ印は呆れたように言った。
「やっぱりロリコンじゃないか…………」
「ち、ちがっ! 確かになのかちゃんの事は好きだけどロリコンじゃない! 俺は小さい子が好きなんじゃなくてなのかちゃんが好きなだけなの!」
「同じだよ! こうなったら大人の魅力を教えてあげる必要がありそうだね」
「う、うるさいな! 小学生みたいな貧相な体してる癖に!」
「うがぁぁぁぁ! お、お前は言ってはならない事を言ったくま! 私はスレンダーだ! スレンダーなだけなんだ! 誰がまな板だ、張り倒すぞこの野郎!」
「『度し難いのう…………』」
先ほどまでの良い雰囲気もどこに行ったのか、時空を超えた因縁のままに二人はしばらくの間醜く言い争いをしていた。




