第三章3 アナザー
最悪の目覚めを体験した咲月は気を取り直して学校へと向かう。遠い日と同じように黒板に名前を書いて自己紹介をした。
「七夜咲月です」
全体を見渡すふりをして、頬杖をついて興味なさそうに窓の外を眺めているクマ印へとフォーカスする。
(今日は番長さんが教団と接触する日だ。ギャラン=ドゥがそこに潜伏している以上、俺も同行した方がいいだろう)
休み時間に咲月の方から声をかけてもクマ印の反応はそっけない。それなりに受け答えはしてくれるが、明確に興味がないという意思が伝わってくる。どうやら単に話をしているだけでは深く立ち入らせてはくれないようだ。
(弱ったな、そろそろ放課後だ。あの時もさっさと帰っちゃったし、ちょっと強引だけど踏み込んでみるか)
考えを決めた咲月は自分と話していた人だかりから抜け出し、教室から出ていったクマ印の後を追った。
「ねぇ、番長さん」
「なに? いい加減うざったいんだけどな」
周りに人が居ないからか歯に衣を着せない言葉をクマ印は吐く。それに対し、咲月は飄々と返す。
「魔法少女ってどう思う?」
「…………どういう意味?」
疑うような視線に明確に答えを返す。
「君が『ラブハート』だよね?」
瞬間、クマ印は殺気を放ち、咲月の襟を掴んでいた。
「どこでそれを知った? 返答次第ではその命は無いよ」
「す、スキャットマンからだよ」
「あいつが…………?」
考えるように黙り込んだクマ印に咲月は言う。
「は、離してくれないかな? 苦しいって」
「………………」
乱暴に咲月を開放したクマ印は淡々と呟く。
「別に信用したわけじゃないけど、味方だって主張するなら不用意に『名前』を口にしないでもらえるかな。その意味が分からないわけじゃないでしょ?」
「ご、ごめん。でも、君が話を聞いてくれないから…………」
「男の協力者なんて普通考えないよ。…………まあ、いいや。味方だって言うなら放課後付き合ってもらうよ。多分、今日くらいに『応募』が来るんじゃないかって思うからさ」
「応募?」
「情報集めにコネを作れる仕事を応募してるの。いつまでも『フェアリー事件』なんてさせてられないからね」
咲月は自身の行っていた魔法少女殺しに関わる部分は全て『フェアリー事件』に置き換わっていると認識した。騒ぎを起こす人間が居なくなったため、トゥルーハート達が自らカモフラージュする必要が出てきたのだろう。改めて別の側面から見てみると自らの行いの浅はかさに気づいて、咲月は自己嫌悪をした。
学校を出てクマ印と共にぶらついていると予め知っていた通りに連絡が入り、咲月は教団へと足を運んだ。
今の教団はギャラン=ドゥによって支配されている。荷物検査の後にどこに連れていかれるかは分かっていたので隙を見て案内人を殴り倒し、拘束してロッカーの中に放り込んだ。その一連の動作を見ていたクマ印は意外そうな表情で言う。
「そんなに出来る人には見えなかったけど、結構やるね」
「服は一着しかない。体形的に俺が着る事になるけどいいかな?」
「どうぞ。私は連行される一般人の振りをしてるよ。それでこれからどうするつもり?」
「ここの教祖は『フェアリー事件』の首謀者に憑りつかれている。俺達はこれからそいつを退治しにいく」
それを聞いたクマ印は納得したように呟く。
「なるほど、妙な時期に転校してくるとは思ったけど、どこかのエージェントだったってわけね。そう考えればその身のこなしも情報通も頷ける。私は戦うのはあんまり得意じゃないから、戦闘はエージェント様に任せてもいいかな? 武器の一つくらいは隠して持ち込んでるでしょ?」
「別に構わないけど、ここの教祖は事件とは関係が無いから回復は任せるよ。殺す気でやらなくちゃギャラン=ドゥを引きずり出せないだろうからね」
確かめるようにクマ印は繰り返す。
「ギャラン=ドゥ、そいつが首謀者の名前か。響きだけでもアブノーマルさが伝わってくるよ。さっさとぶちのめして事件解決といかなくちゃね」
団員へと変装した咲月に連れられ、クマ印は教祖の元まで歩いていく。迷う事無い足取りに少し詳しすぎではないかとも思うが、あまり疑っても仕方ないのでエージェントとして優秀な証だと割り切る事にする。
教祖の部屋のドアをノックし、中へと入っていく。
「失礼します。入団希望者を連れて参りました」
「なに? どういう事だ?」
混乱している教祖に咲月は言い放つ。
「こういう事だよ」
地面を蹴った咲月はどこからともなく蒼いナイフを取り出し、斬りかかる。腕の一本を瞬く間に失ってしまった教祖は激怒したように言い放つ。
「この私を誰だと…………」
「ギャラン=ドゥだろ?」
一瞬、虚を突かれたような顔をした教祖はやがて不敵な笑みを浮かべる。
「なるほど、そこまで知られてしまっていては分が悪い。だが、私は終わらない。真なる救いを得るまでは」
「その為に誰かを犠牲にするならそれは邪悪だ。お前にこの先は無い、ここで終わっていけ」
「それはどうか…………な!」
言葉と共にギャラン=ドゥは何かを起動させたらしく、けたたましいベルの音が鳴り響く。その一瞬の隙をついて教祖の体から黒い影が抜け出す。
「逃がすか!」
後を追おうとした時、部屋のドアが開いて団員がなだれ込んでくる。これで追手を振り切ろうという事なのだろうが、それに対応して咲月は叫ぶ。
「今だ、行け!」
ナイフの刀身から飛び出した光は猫の形を取り、団員達の足の隙間を縫うように通り抜けてギャラン=ドゥの後を追跡する。部屋の外の一歩引いた位置に居た団員はギャラン=ドゥを回収すると出口に向かって走り出す。
外に出ると被っていた服を脱ぎ捨てて魔法少女に変身し、ビルを渡るが振り切れないと悟ったのかため息をついて追手の猫と対峙した。
「しつこいヤツは嫌われるって誰かに教えてもらわなかった?」
「『あいにくとわらわに物を教えられるほどの英知を持ったヤツはおらんのでな』」
猫は幼いながらも人間のNOとしての姿へと変化する。それを見たギャラン=ドゥは驚いたように言う。
「あ、あなたはNO! どうしてこのような場所に?」
「ふむ、久しいな、ギャラン=ドゥ。いや××××××と呼んだ方がいいか。まあ、貴様にはもはやそれが自分を示す言葉だとは認識できんじゃろうが」
「なに? 知りあいなの? ギャラン=ドゥ」
「ああ、私の全てを奪った女だ」
するとトゥルーハートは嗤うように口の端を上げた。
「へー、それはずいぶんと興味深い。きっとギャラン=ドゥは殺したいくらい恨んでるよね。君の為なら私はアイツを殺してあげてもいいよ?」
「早まるな、トゥルーハート。私は恨んでなどいない。むしろ感謝しているくらいだ。この姿になったおかげで私は救いが何たるかを知る事が出来た。私はそれに報いるため、この世の全ての人間に救いを与えると決めたのだ」
呆れたようにNOは言う。
「わらわがきっかけとはいえ狂気じゃな。しかし、そんな事をされては困る。わらわは人間には自らの力で滅びてほしいのじゃ。人から破滅を奪い去る事など断じて許すわけにはいかん。今再び貴様を概念の欠片も残さずに破壊してやろう」
虚空より機械剣を取り出したNOはその切っ先をトゥルーハートに向ける。万全とは決して言えぬ身でありながらも生来持つその圧倒的な雰囲気はまるで衰えを感じさせない。
トゥルーハートは問う。
「お前、悪いヤツだろ? どうしてそっち側に居るの?」
「違うな、わらわの歩む道に“そっち”が擦り寄ってきたのじゃ。しかし、わらわは悪ではない。万物の王たるわらわの前に立ちはだかる物全てが悪なのじゃ。つまり悪いのは貴様ら」
「今時、小学生だってそんな馬鹿な事言わないよ。……ああ、分かった。ごめん、訂正するよ。――――お前、頭の悪いヤツだろ?」
するとNOは満面の笑みで言った。
「クカカカカ! 素直でよろしい! 殺す!」
NOは機械剣を高速で振り回し、真空波を放つ。連続で飛び交うそれを小刻みのステップでかわしながらトゥルーハートはバックパックから透明な水晶玉のような物体を取り出す。
「むっ、『マリーの世界』か。こうして再びわらわの前に立ちはだかるとは因果なものよ」
「君を殺した相手に出し惜しみはしてらんない。いいよね? ギャラン=ドゥ!」
「あまり好ましくはないが……相手がNOであれば仕方あるまい」
水晶内部の銀河より二体の人型が召喚される。存在するだけで空間に負荷をかけ、歪みを引き起こすそれはまさに『魔王』と呼ぶにふさわしい。
「『オディオ』と『イラ』か。流石にそいつらを相手にするのは骨じゃな。よかろう、わらわの前から立ち去る事を許す。さっさと去ね」
「はあ? こいつ置かれた状況が分かってないんじゃないの? お前が逃げ帰るんだろ」
不敵な笑みでNOは語る。
「ほぅ? せっかくの逃走のチャンスを見逃すのか? わらわの相手をしている内にしもべ共が追い付くぞ。そうなればキツくなるのはどちらかな?」
「ハッタリだ、命乞いならもう少し上手くやるんだね」
ギャラン=ドゥは言う。
「待て、相手はあのNOだ。リスクを負う選択をするのは得策ではない。それにこちらの勝利条件は追手を巻くことだ。NOを殺す事ではない」
「………………」
説得されてトゥルーハートは渋々納得する。
「ちぇっ、分かったよ。……運が良かったね。今日の所は見逃してあげるよ」
「それは重畳。だが、次は無いぞ?」
「それはこっちのセリフだよ」
くるりを反転し、トゥルーハートが撤退すると、その場に佇んでいた二体の魔王も煙のように消え去った。
それを見届けたNOは「ふぅ」と息を吐いて咲月の元へと戻っていった。ちょうど教団から出てきた所の二人の前に降り立つとおどけて言う。
「すまんのう、取り逃したのじゃ」
「誰この子?」
クマ印の疑問にその手が答える。
「『な、なぜわらわが!? 他にアーティファクトが残っておったのか? ……いや、そんなはずはない。となると考えられる内で可能性が高いのは平行世界の類じゃな』」
「流石、わらわじゃ。即座に解答に行き着くとは」
理解が追い付かない様子でクマ印は手を見つめる。
「平行世界? なに言ってるの? ミギー」
「『誰がミギーじゃ!』」
その時、その場に紳士服の猫男が舞い降りた。それを見たクマ印の手は慌てたように体の後ろへと隠れる。
スキャットマンはNOの姿を見て複雑な表情を見せる。
「妙な気配を追ってきてみれば、まさか君に巡り合うとは。僕は白昼夢でも見ているのか?」
「流石のお前でも己が殺した相手に会うのは嫌と見える。じゃが、わらわは本物じゃ。無論、貴様がそこの小娘に植え付けた物もな」
「『わらわ、しー! まだわらわの存在は秘密なのじゃ!』」
辟易した様子でスキャットマンは呟く。
「中々混沌としているな…………。誰か説明してくれないか?」
「俺が説明します、スキャットマン」
「君は確か、先日なのかの家にやってきた…………。どうして僕を知っている?」
咲月は言う。
「俺の情報は役に立ったでしょう?」
「なるほど、君も違法デバイスを追う人間の一人という事か。説明という事はどこまで掴んでいるのかご教示頂けるという意味でいいのかな?」
「ええ。しかし、俺よりも詳しく事情を説明してくれる人物がここには居ます」
それを聞いたクマ印は自分の手を見つめ、その手は人間のNOを見た、そしてそれは自信満々に胸を張り、得意げになった。咲月はそれとは関係のない明後日の方向を見た。




