第三章2 帰郷
月が綺麗だった。そして声が耳障りだった。知性の欠片も無い興奮したセリフを壊れたレコードのように繰り返し、鼓膜から脳味噌に入ったノイズが芋虫のようにシナプスを駆けずり回るのを感じていた。
だが、その場に自分は居なかった。代わりに遠くから騒ぎを見つめる自分が居た。
「ぐはぁ!」
魔法少女の一人が白い魔法少女に杖を叩き落とされて即座に拘束された。そしてすでに鎮圧されていた相方と纏められると猫の顔をした男に頭を掴まれ、その中身を操作される。
意識を失って白目を向いた少女達からデバイスを回収すると猫の顔をした男は戦闘を終えたパートナーに声をかけた。
「ライトスタッフ、怪我は無いかい?」
「うん、大丈夫だよ」
「それにしても違法デバイスに関する情報が本物だったとはね。念の為張り込んでいたとはいえ、情報提供者は何者なのか…………」
「違法デバイスを流している人とは別なのは確実だけど、悪い人じゃないとは限らないよね」
「騒ぎを起こしている側も一枚岩では無いのか……? まあ、とにかくお疲れ様。明日も学校があるだろう、家に戻って休むといい」
「分かったよ。じゃ、またね。スキャットマンもあまり根を詰めすぎないようにね」
ビルを渡って家路に着くなのかを遠くから咲月は見ていた。傍らのNOは退屈そうにあくびを漏らした。
「『まどろっこしいの。あんな奴らなどさっさとのしてしまえば良いものを』」
「魔法少女を殺していると番長さんとは協力が出来ないからね。俺の事も信用してもらう必要があったし、魔法少女の事はなのかちゃん達に任せる事にするよ」
「『ふむ。して、トゥルーハートとはいつ頃やり合うつもりなのじゃ?』」
咲月は硬い表情で返す。
「居場所さえ分かればすぐにでも向かいたい所だけど、俺だけで勝てるとは限らない。勝利を確実にするために最低でも番長さんとなのかちゃんを味方につけてからにするつもりだよ」
「『最低でも、という事は他の奴らはやはり不確実というわけか。この世界の奴らにとって分岐世界の記憶は異物、免疫の方が利いている内は適応されんか。世界が傾きかけてようやく正気になるようでは使い物にはならんな』」
「………………」
味方が少ない事は初めから理解していたのか咲月は特に反応を返す事なく、宿泊先のホテルへと戻っていった。
次の日になり、なのかの家へ居候をするためにやってきた咲月はその近くまで来た時、不意のクラクションにびくっと体を震わせた。
背後を振り返るとそこには車に乗ったなのかの父が居た。
「よう、久しぶりだな」
「おじさん!」
車へと近寄った咲月になのかの父は言う。
「ここまで歩いて来たのか? 言ってくれりゃ迎えに行ったんだがな」
「いえ、大丈夫です。それにおじさんの仕事も忙しいでしょうし」
「ガキが気ぃ使うな。今日から一緒に暮らすんだ、そんなんじゃ疲れちまうぞ」
「はぁ」
なのかの父は咲月を乗せると車を走らせる。
「最近事件続きでずっと泊りだったんだが、無理して休みを取ったんだ。今日は新しく事件が入らなければ家でゆっくりできるだろう。お前、昼飯まだか?」
「ええ、まあ」
「なら、どっか食いに行くか。俺の知ってる店でいいな? まあ、今時の若いヤツが行くようなとこじゃなくて悪いが、味はそれなりだ」
「はぁ」
NOが存在を示すように鳴き声を漏らす。
「ナァー」
「ん? 連れが居たのか。なら、色々と物入りだろう。確かデパートにペットショップがあったはずだから、昼飯はそこのフードコートで済ますか…………。何が必要なのかは飼ってるお前が良く知ってるだろう、後で兄貴に請求するからレシートは忘れずにな。俺は本屋で猫の飼い方の本を見てるから用事が済んだら落ち合おう」
「分かりました」
デパートに着いた咲月はなのか父が見ていない所でNOをナイフの中へと取り込むとその指示に従って買い物を始めた。
「『まずは爪とぎが必要じゃな。食事は当たり前として、食器、トイレ用の砂が必要じゃが、全て代謝の無いわらわには必要あるまい。が、無いと変に思われるからこれくらいは買っておけ』」
「詳しいんだな」
「『かつてのエジプトでは野生動物を飼いならすのがブームだったのじゃよ。わらわも戯れに飼ってみた事があるのじゃ。こいつが中々懐かんでな、そりゃもう色々と大変じゃったなぁ』」
「ふーん…………」
「『意外か?』」
しみじみと語るNOに咲月は淡々と返す。
「そうだな。俺は破壊者としてのお前しか知らないからな。人に憑りついて好き勝手に操り、命すら吸い上げて自分の物にしてしまう不死身の化け物というな」
「『ふっ、確かにそれもわらわじゃ。しかし、ペットの世話に四苦八苦するのがわらわでもある。貴様とて同じじゃろう。魔法少女を無慈悲に殺す貴様と魔法少女であるなのかの為に行動する貴様に違いはない。全てに理由があるとは言わん。しかし、物事の一片だけを見ていると本当に重要な事を見逃すじゃろうな』」
「………………」
買い込んだグッズを車に置いて、咲月はなのかの父の元へと向かった。いかつい顔の男が熱心に猫雑誌を眺めているのはなんとなくシュールだ。よほど集中しているのか真剣な表情で何か呪文のようなものを呟いている。
「キャットタワー……キャットドア……うーん…………」
「おじさん」
呼びかけられてようやく気付いたようになのかの父は顔をあげた。
「ん、ああ、咲月か。もういいのか?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃ飯にするか」
フードコート内にはさまざまな店があったがなのかの父がラーメンを選んだので咲月も同じ店で注文をする事にした。
料理を運んで席に着くとなのかの父は割りばしを割り、麺をすすった。
「まあ、悪くねぇな。ちと周りがうるさくて落ち着かないが」
「ははは、そうですね」
「それにしても兄貴もタイミングの悪い。何もこんな時に咲月をこの街に寄越すこたぁないだろ。事件に巻き込まれたらどうするんだっての」
「まあ、個人でどうこう出来る事じゃないですから。おじさんのお兄さんが俺の事を心配してくれているのは分かってますし」
渋い顔でなのかの父は言った。
「俺だって分かってるさ。だからって行動が伴わなくちゃ意味がない。俺は出来るだけ早くこの『F事件』の犯人を捕まえてやる。お前達が安心して暮らせるようにな」
「『F事件』?」
曖昧な表情でなのかの父は語った。
「……ああ、世間では『フェアリー事件』だったか。妖精に連れ去られたみたいに行方不明になった小学生くらいの児童がその間の記憶を失って帰ってくるんだ。大体、傾向としては家庭内環境が悪いヤツがそうなったりしているみたいで、子どもからのサインなんじゃないかとも言われてるが明らかに子どもの行動力じゃ考えられない点も出てきている。仕掛け人が居る事だけは間違いないさ」
「………………」
仕掛け人など居ない事を咲月は理解していた。違法デバイスの所持者は自分の状況に不満を持つ者達だ。それが退治される事によってその状況が明るみになっただけに過ぎない。ある意味、彼女達を救ったともいえるがそれは結果論に過ぎない。
ギャラン=ドゥやトゥルーハートが人の救済を目的にしていても、彼女達を利用したというのは紛れもない事実だ。それを目的の為の犠牲だとでもいうのならその本質は邪悪であるとしか言いようがない。
「どうした? 怖い顔して」
「…………何でもないです」
「まあ、明日から学校だ。あんまり疲れさせちゃ悪いな。今日はもう帰るか」
「はい」
車の中から咲月は外の風景を眺める。いまだにこの世界へと戻ってきたという実感は湧かない。だからだろうか、それが起こるということを頭の中では理解していたはずなのに、いざ現実になってみると自分を押さえられなくなるのは。
なのかの家に来るとそこでは荷物が届いていた。宅急便で送っていたそれを自分に与えられた部屋で開いて配置を終えるとすでに外は暗くなっていた。
二階から降りてリビングの扉を開けるとそこにはすでに帰ってきたらしいなのかが居た。見知らぬ人物に戸惑うなのかに咲月はいつかのように優しく声をかけようとしたが、なぜか声が出ず、代わりに瞳からは涙がこぼれた。
「……あれ?」
自分でもどうして泣いているのか理解できず、咲月は顔を袖で拭った。
「おかしいな……目にゴミでも入ったのかな? ごめんね、奏ちゃん。ちょっと待ってくれるかな? 俺……ちょっと今はまともに話せそうにないや…………」
「え? あ、あの…………」
拭っても溢れてくる涙を隠すように咲月は引き返し、自分の部屋へと駆け込んだ。そして噛み締めるように呟きを漏らした。
「奏ちゃん……よかった…………。本当に…………よかった…………!」
自分が今までどんな思いを抱えていたかなど話しても理解されないのは分かっていた。だからこそ、咲月は二度と悲劇を繰り返さないためにもより決意を固くする。
もう一度リビングに行った咲月はごまかすように笑っていった。
「ごめん、取り乱しちゃって。俺、七夜咲月って言うんだ、よろしく。……って、あれ? 奏ちゃんは?」
袖が引っ張られる感触がして振り向くとそこにはバスタオルを持ったなのかが居た。
「お風呂だよ、お兄ちゃん!」
「え?」
「なにか辛い事があったのはなんとなく分かったよ。そういう時はお風呂に入ってリフレッシュだよ!」
猫の飼い方を読んでいたなのかの父も顔を上げる。
「よし、俺も付き合うぜ。家族水入らずだ」
「おじさん!?」
「まあ、お風呂だから水はあるんだけどね」
二人に連行されるように風呂に連れ込まれた咲月は理解が追い付かないまま、なのかの父に背中を流される。
「良い背中だな。何かスポーツでもやっていたのか?」
「え、ええ。まあ…………」
期待していた物と何かが違うような気がして咲月は複雑な表情になった。確かにこれも悪い事ではないのだろう。しかし、やはり何かが違うと本能が告げていた。
すっかり温まった体で自分の部屋へと戻った咲月はベッドに倒れ込み、傍らのNOに呟きを漏らした。
「俺、本当はロリコンだったのかもしれない…………」
「『度し難いのう…………』」
「いや! これは奏ちゃんだからなんだ! 別に奏ちゃんの友達には何も感じないし、俺は正常なんだ!」
「『馬鹿が! 小さい子が好きな時点でロリコンじゃ!』」
「くっ……こうなったら俺もロリになるしか!?」
「『そうじゃな。あと、お前は疲れておるからさっさと寝ろ』」
その夜、咲月はなのかの父に女児淫行の嫌疑で逮捕される夢を見てうなされた。ついでになのかの父の裸を思い出してさらにうなされた。




