第二章10 夢の終わり
「狂志郎」
「………………」
「狂志郎!」
はっ、としたように狂志郎は聞く。
「なんですか、シェーラ。大声を出して」
「『なんですか』じゃありません。これから遺物を盗んだ犯人の潜伏場所に突入するというのにそんな腑抜けた様子では困ります」
狂志郎は浮かない表情で返す。
「……すいません、少し気になっている事がありまして」
「聖女様の事ですか?」
狂志郎は苦笑を漏らす。
「やはり分かってしまいますか。どうにもアイツの事が気になってしまって、集中できないんです」
クララは聞く。
「日本語で言う所の『恋焦がれる』というヤツですの?」
「まさか、家に残したペットが粗相をしていないかという類の心配だ。そもそもあんなガサツなヤツを女として見る方が難しい」
「理由はどうにしても集中できないのは困りますね…………」
うーん、と腕を組んで唸ったシェーラはやがて口を開く。
「分かりました。狂志郎は彼女の元へと向かってください」
「いいのですか?」
「突入の為の戦力は私とクララで十分過ぎます。遺物による被害が街に及ぶ可能性を考えれば対処できる別動隊を用意しておくのも悪い考えではありません。あなたは聖女様と共にもしもの時の為に動けるよう準備しておいてください」
「ありがとうございます、シェーラ」
呆れたようにクララは言う。
「やれやれですの。人数が減れば私の担当箇所が多くなりますわ、この任務が終わったら埋め合わせに食事でもおごってくださいですの」
「ああ、料亭の予約でも取っておくさ」
「狂志郎、私は生魚が苦手なのでそういうのが無い所でお願いします」
「善処します」
冗談か本気なのか分からないシェーラの言葉を聞き流しながら狂志郎はその場を後にした。普段は理詰めの狂志郎ではあるが、なぜかこの時ばかりは根拠もない直感で動いていた。虫の知らせというべきか、何か嫌な予感を覚えていた。
(電話は繋がらないな…………。取りあえず教団に行ってみるか、それで足取りは掴めるだろう)
方針を決めた狂志郎が歩き出そうとした時、街の中央から煙が上がるのが見えた。
「なんだ…………?」
それを始まりとして各地から煙が上がり始め、やがて街は火の海に包まれた。しばらく炎が広がるのを茫然と見ていた狂志郎はやがて正気を取り戻すと焦ったように走り出した。
(明らかに事故じゃない、人的災害だ。ギャラン=ドゥめ…………このタイミングで仕掛けてくるとは。偶然、俺達が分かれていなければ手遅れになる所だった)
一つの火の元へ向かうとそこでは何故か教団の構成員が一般人に襲い掛かっていた。
「何をやっている! 止めろ!」
静止の言葉も聞かずに襲い掛かってきた団員を殴り倒すとその胸元を掴んで問い詰めた。
「どうしてこんな事をしている!? これが貴様らの聖女が望んだ事なのか!」
「そうだ」
迷いのない問いに狂志郎は困惑する。
「……!? 馬鹿な!」
「聖女様は浄化を望んでおられる…………魂が悪しき者に囚われぬよう、手出しできない場所に隠そうとしておられる…………」
「どういう意味だ? おい! …………ちっ」
そして絶命した男の体は燃え上がり、その炎は空高く昇っていった。よく見れば同じように死体からあがった炎は各所より一点へ向けて集まっている。
おそらくそこにクマ印が居るのだろうと思った狂志郎はとにかくこの凶行を止めさせるべく動き出す。道行く敵をなぎ倒しながらたどり着いた場所では今まで見たどの姿でもないそれが待ち受けていた。
それは学校外でクラスメイトに会った時のような呑気さで語る。
「あれ、天羽君。向こうはもういいの?」
「何を悠長な…………貴様は自分のやっている事が分かっているのか?」
「うん」
即答に狂志郎は怒りを露わにして言う。
「そうか。貴様はどこか危ういヤツだと思っていたが、まさかこんな大それた事をしでかすとはな。いいだろう、貴様が悪を為すというのならば俺はそれを真っ向から打ち砕くだけだ!」
狂志郎が大地を蹴り、強襲する。だが、それは不意に割り込んだ影に妨害される。
「延奏の邪魔はさせない」
「早田!」
ギターのような鈍器を構えた早田にクマ印は言う。
「ここは頼んだよ、早田君」
「ああ、任せろ」
クマ印はふわりと浮き上がるとビルを渡り、目についた人間を手に持った機械の剣から出る光線で殺していく。そしてその命を自らの中に取り込んでいく。
(この街の半分はすでに回収できた。なのかちゃんの友達を先に回収しておいたのは良かった。こんな大騒ぎじゃ見つけ出すのは困難だからね。後はなのかちゃんを回収すれば…………)
「!」
不意に飛んできた光弾をかわすと、周囲を魔法少女に囲まれたのが分かった。聞き覚えのある声がどこかから飛ぶ。
「ラブハート、ついに君はNOと同化してしまったようだな」
「サンズか!」
「ならばギャラン=ドゥより先に君をどうにかしなければならない」
「ふっ、かつてと同じように行くかな? わらわはもう手加減などはせんぞ。あの時からどれほど成長したのか、見せてみろ若造!」
「………………」
スキャットマンの合図で周りを囲んでいた魔法少女からクマ印に向けて一斉射撃が放たれる。凄まじい密度の弾幕に逃げ場などなく、それらは全て直撃する。
「…………どうだ?」
煙が晴れるとそこから無傷のクマ印が姿を現す。
「これが貴様らの錬金術の成果か? 児戯のように稚拙でなんとも哀れな術よ。貴様らが必死こいて魔力から引き出そうとしているそれな、私ならそのまま空間に流すのじゃが」
機械剣が変形し、内部から砲塔がせり出す。それにエネルギーを集束させるとお返しとばかりに放出した。
「シャイニングプラズマブレイカー!」
光の柱により世界が塗りつぶされる。空を引き裂く一撃が地平線の彼方まで一瞬で届く。空間そのものを白で塗りつぶすだけの雑で、おぞましい暴力が魔法少女達に襲い掛かり、為す術なく消し去っていく。
「あっはっはっは、死の間際に至高の技術を体感できて幸福じゃったろう。無論、錬金術師として対価はきっちり頂くがな」
「NO!」
「なんじゃ? 怒っておる“フリ”か? それとも長い年月の間に弱者共の思想に染まってしまったのか? 前にも言ったはずじゃ、それはただの『嫉妬』に過ぎないと。弱者が強者にマウントを取ろうとしているだけの哀れな行いじゃと。強者だけが正義じゃと。それは生物が始まった瞬間からの原則じゃ」
スキャットマンは苦しくも言い返す。
「人はその連鎖から抜け出そうとしているんだ。だから僕は君を否定した。弱者と強者を分けていったら最後に残るのは一人だぞ! それを人間だというのか!?」
「わらわだけが人間であればよい。他は家畜じゃ。もっともわざわざそれを教えてやるほどわらわは親切ではないがな」
その時、遅れてきた一人がこの場にたどり着いた。
「ラブハートさん」
「来たか、ライトスタッフ」
杖を構えたなのかは神妙な面持ちで言う。
「どうしてこんな事したんですか? ラブハートさんは本当にNOに取り込まれてしまったんですか?」
「………………」
クマ印は語る。
「私が誰でも、誰が私でも構わない。これは私のエゴだ。なのかちゃんに理解してもらおうとは思わない。ただ。止まるつもりは毛頭ない。どうにかしたいのなら、全生命を懸けてかかってこい!」
「…………!」
迷い無き瞳に正気である事を理解したなのかは悲痛な声で言う。
「駄目です…………私はラブハートさんとは戦えません」
「なのか! 何を言っている、彼女を止められるのは君だけなんだぞ!」
「だとしてもこんな事をするのには意味があるはずだよ。理由も知らずに戦えない。だけど理由を知ったら多分、私は戦えない。どうしろっていうの!?」
「戦うんだ! それ以外に方法はない!」
「嫌だ!」
「なのか…………」
今にも泣きだしそうな表情でなのかは言う。
「嫌だよ…………戦いたくないよ………………」
「………………」
見かねたクマ印は淡々と呟く。
「るいちゃんとぐり子ちゃんだったっけ。なのかちゃんの友達」
「…………?」
「いやさ、自分を殺してもいいからもう一人を助けてくれって言うんだよねぇ。だからさ、自分で死んで見せてって言ったの。そしたらどうなったと思う?」
「なにを…………言って…………」
青ざめた表情のなのかは次のセリフを聞いた途端、激怒した。
「残った方も殺したんだけどね。約束を守ってあげる義理も無いし」
「ら、ラブハートぉぉぉぉぉぉ!」
「あはっ。なに? 怒ってるの? 私に友達を弄ばれて怒ってるんだ、あははははは!」
なのかは怒りに我を忘れたように叫ぶ。
「許さない……絶対に許さない!」
「へー、許さなかったらどうするの?」
「ぶちのめします!」
なのかの杖が光の剣へと代わり、機械剣と打ち合う。流石のなのかも能力差のせいかやや押されているようだ。しかし、クマ印も応戦するのが精いっぱいのようでもある。それを見たスキャットマンはこの好機を逃すまいと動く。
「NO!」
「馬鹿め、お見通しじゃ!」
なのかの攻撃を体で受け止めながら、スキャットマンへと機械剣を突き出す。それは腹部を容易く串刺しにする。
「スキャットマン!」
「まだ……だ!」
致命傷を負いながらも手に持っていた注射器のような何かをクマ印の体へと突き立てた。“
ちくり“という感覚に顔をしかめるが、平然とNOは言い返す。
「再生能力を持つわらわに物理的攻撃は無意…………」
刹那、立ちくらんだかのように顔を押さえる。
「くっ! な、なんじゃ? 何をした? サンズ!」
「人間がいつまでも進歩しないと…………思っているからそうなる!」
「う、うぐっ…………不死炎にジャミングを埋め込んだな。し、白い…………熊? こ、これでは同化が保てん。ふ、不覚…………」
NOから解放されたクマ印はスキャットマンに言った。
「ありがとう。あなたなら、きっとこいつをどうにかしてくれると思ってた」
「…………そう、か」
「今、回収する。ちょっと待って」
クマ印はスキャットマンの命を自分の中に取り込もうとしたが、出来ずに焦る。
「どうして!?」
「無理だ……僕にライフドレインは効かない、対策してある。しかし……君の考えが分かったよ…………。僕達は負けてしまったんだな…………」
クマ印は悲痛な声で叫ぶ。
「スキャットマン、駄目だ! 死なないで!」
「君はあれだけ冷たく扱った僕すら…………やはり根は優しい子なんだな…………」
「再生も受け付けない…………一体どうすれば…………どうすればいいんだ!?」
「このままでいいさ、罰のようなものだ。君はもう戦わなくていい、きっと後の者が何とかしてくれるだろうさ…………だから気にするな…………君は自分のやるべき事を果たせ……………」
「スキャットマン!」
己の手の中で冷たくなっていく体をクマ印は強く抱きしめた。涙こそ流さなかったが、その表情は悲しみに満ちていた。
「こんな…………こんな事って! 確かにあなたの事が好きじゃなかったさ。でも、いつも気にかけてくれる事は分かってた。だから、私は生きていてほしいって思ってたんだ。なのに…………なのに!」
「ラブハートさん…………」
なのかは辛そうに言う。
「こんな事もう止めましょう。だって誰も望んでないじゃないですか!」
「…………初めからそんな事は分かってる。けど、それでも私は戦わなくちゃいけないんだ」
「どうして? 分かんない、分かんないよ!」
「なのかちゃんをアイツに渡すわけには行かないから」
「アイツ…………?」
悲しみを振り切り、決意を秘めた瞳でクマ印は機械剣を構える。
「私はNOと違って慢心はしない。なのかちゃんは全力を持って殺す!」
機械剣を天高く掲げ、そこから発生したエネルギーにより力ある存在を創造する。その顔の無い怪物は咆哮すると空間を殴りつける。
「先の地平への到達!」
臨界点を超えた虚無の力により、全てを超越した結果として漆黒の世界へと到達する。錬金術の極致である万物の創造を可能にした空間であるそこは、真理に辿り着いた者以外は例え神であろうとも踏み込む事のできない絶対的な境地だ。
灰色に固定されたなのかを見つめながらクマ印は呟きを漏らす。
「これで終わり……いや、始まりか。人の模範になれるのはなのかちゃんくらいな物だろう。私はとても立派な魔法少女とは言えなかったけれど、でも少しくらいはなのかちゃんの糧にはなれたのかな……?」
苦し気な表情で躊躇いながらも機械剣を振り上げたクマ印は痛みをこらえるかのように叫ぶ。
「ごめん!」
剣を振り下ろした瞬間、
「!」
色を取り戻したなのかはそれを杖で受け止めた。
「馬鹿な!」
慌てて身を引くと再びなのかは静止し、色を失って灰に染まっていく。その様子を見て、クマ印はある予測を立てる。
「まさか、なのかちゃんは……なのかちゃんの力は……真理に到達するものだと。私達が魔法と呼んでいるものはその一片に過ぎないと、つまり魔法少女の才能とは、そういう事なのかスキャットマン!?」
漆黒の空間に亀裂が入り、崩壊していく。
「もう少しでいい! 持ってくれ空間! もし私の想像が当たっているとしたらこの瞬間を逃したら勝機は無い! なのかちゃんだけは! 他の全てを捨てたとしても私だけは救わなくちゃいけないんだ!」
もはや自爆する事すら構わずに機械剣の動力機関を暴走させたクマ印は黒を全て白に潰すような爆風を至近距離から受けて吹き飛ぶ。
「ぐああああああああ!」
地面を転がったクマ印は生存に全ての力を使い果たしてしまったのか、もはや体の傷は回復せずかろうじて生きていられるほどの重症を負っている。立ち上がる事などほぼ不可能なはずだというのにそれでも執念ともいえる気力で立ち上がり、気絶しているなのかへと近づいていく。
「なの……か、ちゃん…………」
壊れた機械剣の残骸を手にゆっくりと、しかし着実に近づいていく。
「今、殺してあげるからね…………」
狂気に満ちた笑みを浮かべ、剣を振り上げる。だが、妨害するかのように飛んできたナイフがその胸に突き刺さる。
「奏から離れなさい、この変態!」
「邪魔を…………するなぁぁぁぁぁぁ!」
全身に刃物の傷を負って満身創痍だった咲月は投げ返されたナイフを避ける事ができずに胸を貫かれて倒れる。
「か、奏、ちゃ………………」
地面に赤い液体が広がっていくと咲月は動かなくなる。それを見届けたクマ印は再度剣を振り上げ、そして、
「お父さん…………」
「!?」
なのかの呟きで手を止めた。
「あ、あああ………………」
絶望するように顔を歪め、否定するように首を横に振ると剣を放り出して喚きだした。
「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! こんなの私じゃない! 私はそんな事言わない! 私は! 私はあああああああああああ!」
まるで罰のようにテロにより脆くなっていた地盤がガスの引火によって崩壊し、クマ印は暗黒の世界へと落ちていった。
シェーラは困ったようにため息をついた。
「どうやら、私にも相手を見誤るという事があったようですね」
世界を何度も滅ぼしてしまうほどの力をぶつけ合った末にシェーラはついにトゥルーハートの前に膝を着いた。
「お姉さんも相当だよ。神様になった私とこれほどまでやり合えるなんて」
「シェーラ…………」
凄まじすぎる戦いに手出しする事も出来ずに傍観していたクララにシェーラは言う。
「クララ、どうやら私は彼女には勝てないようです。しかしそれは正義が敗北したという事ではありません。そもそも正義とは本来名乗るべきものではなく、自明でなくてはならないのです。それでも執行官が正義を名乗るのは悪に怯えている人達に希望を与えるのと自らが悪であった時にすぐさま退治されるためなのです」
シェーラは立ち上がりながら言う。
「正義の敗北とは力に屈する事ではありません。悪に立ち向かう者が居なくなる事こそが正義の敗北なのです」
ほほ笑むように語る。
「クララ、あなたは生き残りなさい。そしていつの日か、悪を打ち滅ぼしなさい」
「シェーラ!」
ぐっ、と拳を握ったシェーラは反転すると虚空を打ち抜く。
「『彼空の為に』!」
壊れた空間から光が世界に広がり、そして全ては白へと変わった。




