第二章8 身を焦がす怒り
「ギャラン…………まさか生きていたとは」
なのかからの報告を受けたスキャットマンは説明するように呟く。
「昔の事だ。NO=エリィキッスという錬金術師が居た。古代エジプトを生きていていたともされる彼女の知識と技術は素晴らしいものだった。しかし、長く生きるが故に驕りがあり、その力を使って人々を苦しめた。最終的に話し合いは無理だと理解した僕達は彼女を討伐する事に決めた。討伐隊は僕と錬丹術を使う仙人の『チェン』、錬金術師仲間である『ホーエンハイム』、そして『ギャラン=ドゥ』だった。もっともかつては『ギャラン=ドゥ』などという名前では無かったが。NOの『概念破壊』を受け、名前や姿などの命以外のほぼ全てを失ってしまったのだ。おそらく、あれが狂気の始まりだったのだろう。異常なまでに『神』や『救い』に傾倒するようになったギャランにもはや人の倫理は残っておらず、私達は彼を殺す事でしか止められなかった。あの時、確かに殺したはずだが、もしかしたら『概念破壊』は受けた者の“死”すら破壊してしまうものなのかもしれない。とにかく、ギャランがこの街に居るというのは嫌な予感がする。早くその目的を暴き、その陰謀を阻止しないと取り返しのつかない事態になるだろう。いや、もしかしたらもうすでに…………」
「スキャットマン…………?」
不安そうに見つめるなのかに視線に気づいたスキャットマンは慌てて訂正する。
「根拠はないが、まだ大丈夫だろう。計画が成就する寸前なら僕の妨害を嫌って何としてでも君を殺しに来たはずだ。そうしないという事は計画の成就はまだ先だ。少なくとも何日かの猶予はある。それまでに彼を見つけ出し、どうにかすればいい。まだ負けたわけじゃない」
自分に言い聞かせるような言い方に焦っている事が分かったが、なのかは気づかないフリをした。
「そうだね。悪い事をしようとしているんなら止めなくちゃね」
「おそらくギャランとは総力戦になるだろう。僕は戦力を集めるが、彼の捜索に人員は割けない。悪いが君に任せる事になる。頼むよ、なのか」
「責任重大だね。ラブハートさんにこの事は話すの?」
「…………君から話してくれ」
その態度がなのかの癇に障ったのか苛立ったように言う。
「前から思っていたけど、どうしてそんなにラブハートさんに冷たいの? 魔法少女として落ちこぼれだから? それとも単に気に入らないから?」
「君が知る必要はない」
「なら、私も協力しないよ。ラブハートさんは仲間なの。理由も無しに邪険に扱うなんて許せないよ」
「………………ふぅ」
観念したようにスキャットマンは言う。
「分かった、話すよ。ただ、この事は僕にとってもあまり気持ちの良い話ではない。紛れも無い過ちなんだ。彼女に対する態度は完全にとばっちりで本当はすまないと思っている」
続けて語る。
「彼女はNO=エリィキッスなんだ。僕がそうしてしまった」
「それって今話に出てた錬金術師の事?」
「そうだ。過去の話の続きをするが、NOを討伐した僕達はその創造物を破棄する必要があった。一つ一つが世界を滅ぼしかねないほどの危険な遺物だ。妥協の余地など無かった。それが分かっていて僕は愚かにも一つの遺物を懐に入れてしまったんだ。それが彼女を蘇生する時に使った『不死炎』だ。意図された事なのかは分からないが肉体と共にNOの思考すら蘇らせてしまったらしい。今はまだ彼女の意識が勝っているが、そのうちNOの意識に体を支配される事になるだろう。そうなれば再び人々は脅威に晒されることになる。僕はそうなる前に彼女を殺す。わざわざ蘇らせておいて殺すんだ。こんなにひどい話も無いだろう。少しでも情が移ってしまえば僕は罪悪感で彼女を殺せなくなってしまう。しかし、逃げる事は許されない。例え、彼女とNOを再び殺す事になったとしても平和は守らなければならないからだ。それが分かっていて、僕は決断を下す事ができずにまだ彼女を冷たく突き放し続けている」
「スキャットマン…………」
その手はわずかに震えながら強く握りしめられすぎて白くなっていた。まるで苦痛に耐えるかのようにこらえた表情で悲し気に俯いていた。
「馬鹿な男だと思うかい? ……ああ、自分でもそう思うよ。僕はNOの事が好きだったんだ。空のように自由な彼女が好きだったんだ。それが嘘じゃないからこそ、NOは殺されてくれたんだ。NOが居なくなってから何百年の時が経った今でも、その代わりなんて見つけられなかった」
疑問を投げかけるようにスキャットマンは言う。
「人は代わりが居るから死んでいける。どんな悪人もどんな聖者も誰かが代わりになれるんだ。そういう意味では人は無価値なのかもしれない。なら、代わりの利かない人間が、価値を持つ存在が現れてしまったら無価値の人間達はどうなってしまうのだろう。奴隷のように価値のある存在に仕えるのか、それとも存在を許さずに抹殺するのか。僕は一度、NOを抹殺しそんな物は無かったという事にする道を選んだ。あの時はそれが正しいと思った。しかし、何百年もの歳月を経て、僕の考えは変わり始めている。真に正しい選択が何なのか僕は理解させられようとしている」
なのか、とスキャットマンは呼んだ。
「僕はあえて問う。君ならどうする?」
「…………うーん」
なのかはしばらくの間、考えるように首を傾けるとおどけて言った。
「難しくて分かりません」
「なのか…………」
「ふざけてなんかいないよ。誰だって分からない事はあるの、それはそれでいいんだよ。問題なのは分かってないのに分かってるフリをする事だよ。ラブハートさんと平和を秤にかけてもどっちが大切なのかなんて決められない。それは誰にも分からない事だから。絶対的な正しさなんて無いよ、大事なのは自分の気持ちに素直になる事だよ。例え、誰かがあなたの行動を責めても責任なんて無いと思う。だって私達は神様じゃないから。もう後悔したくないのなら、諦めずにもがいてみればいいんじゃないかな。必死になってみるのもそんなにカッコ悪い事じゃないはずだよ」
「素直になる……か」
スキャットマンは苦笑した。
「理想主義だな。いったいどれほどの人間が口だけに終わったものか」
「でも、やらなくちゃ始まらないよ」
「そうだな……。僕も長く責任を背負い過ぎた感がある。いい加減、他の者たちにも分け与えなければな。世界が混沌としようが、それが本来の形なのだろう。住み心地が悪ければ誰かが整備するだろう。僕も調停者としての役目から一度離れ、一個の存在として生きてみるべきなのかもしれないな」
納得するかのように頷いたスキャットマンは言う。
「分かった。彼女の問題についてはもうしばらく考えてみる。だが、殺すという選択はもうしない。僕の名誉にかけて答えを探し出してみせる。それとこの事は僕達だけの秘密にしておいてくれ。彼女がNOを自覚する事で変化が促進されてしまうかもしれないからな」
「うん」
「ギャランの件については僕から説明しておく。君はその潜伏場所を探してくれ」
「分かったよ。じゃあ、もう行くね」
踵を返したなのかを見て、スキャットマンは呼び止める。
「なのか」
「なに? 何か言い忘れた事でもあった?」
躊躇いながらも恥ずかし気にぽつりと呟いた。
「ありがとう」
するとなのかは屈託のない笑みで返した。
「どういたしまして」
その時、二人の心に吹き込んだ温かな風を遮るかのようにデバイスの着信音が鳴った。慌ててそれを取ったなのかはクマ印からの通信だという事を知り、真剣な面持ちで通話に出る。
「もしもし?」
『今通り魔と交戦中! 私じゃ手に負えないから助けて!』
「分かりました! デバイスの位置座標で追跡します!」
ぐっ、と足に力を込めたなのかは高く跳躍し、ビルを渡っていく。この速度なら一分かからずに到着できるだろう。
「…………見えた!」
視界に通り魔に押されて防戦一方なクマ印の姿が入ってきた。仮にも魔法少女であるはずなので身体能力に補正がかかっているはずだが、動きを見る限り一般人とあまり変わらないようだ。再生能力でなんとか持ちこたえているが、どちらかと言えば延々と斬られ続けるサンドバックになっていると言った方が正しい。
「ラブハートさん!」
なのかは二人の間に割り込み、引き離す。クマ印は荒い息で言う。
「気を付けて。桑納さんに聞いていると思うけど物体をくっつけてる“何か”を奪う攻撃をしてくるよ。私は錬金術でそれを補えるから大丈夫だけど、そっちは食らったら致命傷になる。向こうの攻撃は私に惹きつけるからライトスタッフはその間に攻撃して」
「分かりました。防御頼みます」
クマ印が札を火の鳥に変えて投げ放ち、それを弾幕にして突撃する。だが、まるで蛇のように曲がった光の刃はそれらを追尾して食らいつくす。時間差で攻撃を仕掛けたクマ印も容易く迎撃されるが、目くらましの弾幕に隠れたなのかがすでに懐に踏み込んでいる。
「スターライトセイバー!」
「くっ!」
さすがの通り魔もここまで踏み込まれてはかわせず、横薙ぎの一撃を食らい地面を転がって動かなくなる。
「はぁはぁ…………やった!」
「お手柄だよ、ライトスタッフ」
「はい! ラブハートさん」
倒れていたクマ印に手を差し伸べて起こすと、なのか達は警戒しながら通り魔へと近づいていった。
「どうやら気絶しているみたいですね」
「危険だから私が様子を見るよ、ちょっと離れていて」
クマ印が通り魔の頭に触れると妙な手ごたえを感じ、そのカツラを取り去った。するとその下から出てきた顔になのかは目を丸くした。
「えっ!? ぐ、ぐり子ちゃん?」
「それって確か、友達の?」
なのかは浮かない表情で語る。
「はい…………。桑納さんの話を聞いてからもしかしたらと思っていたんですが…………」
「………………」
クマ印は無言で調査を続け、転がっていた蒼いナイフを手に取った。
「これは…………」
「『モスピーダナイフじゃな。夜光族が使う。しかし、オリジナルではないようじゃの』」
「どういう事?」
クマ印の手は刀身を柄から取り外した。
「『見てみろ、根本に加工された跡がある。おそらくはオリジナルから分けて作られた物じゃろう。人間に例えるなら『切った爪』を加工したものと言ったところかの』」
「なるほど、となると本物の通り魔は別に居るって事か…………」
独りで呟いていたクマ印は上の空な様子のなのかに話しかけた。
「なのかちゃん、聞きたい事があるんだけど」
「は、はい!? な、なんでしょう。ぐり子ちゃんはこんな事する子には見えなかったんです、とか言えばいいんでしょうか!?」
「……混乱している所悪いんだけど、この子は本物の通り魔じゃないよ」
なのかは驚いたように言う。
「えっ! ほ、本当ですか! 気休めに言っているわけじゃないですよね!?」
「そんなあからさまな嘘はつかないよ。それよりこの子の周辺で怪しい人物とか見なかった?」
「うーん……確実ではないですが、私の見ている限りでは。どうしてそんな事を聞くんですか?」
「このナイフの出どころを探してるんだ。ま、簡単に見つかるわけがないとは分かってるけどね…………」
苦笑するクマ印になのかは言う。
「このナイフならそれは咲月さんですね」
「それって転校生の?」
「はい、私の家に居候している」
「………………通り魔は男、か」
クマ印は困惑したような表情で黙り込んだ。そして何か葛藤するような表情でおそるおそるなのかに言った。
「……ねぇ、なのかちゃん。もし、もしだけど、例えば家族とか身近な人が通り魔だとしたらどうする? 殺さなくちゃ止められないとしたらどうする?」
「ラブハートさん?」
「……ごめん、なんでもない。忘れて」
なのかは質問の意図が理解できなかった。いや、脳が理解を拒んたと言った方が正しい。その痛々しい姿を見たクマ印は焼けつくような怒りと憎しみを覚え、思考が重い鉛のような物に埋め尽くされていくのを感じていた。




