第二章6 ドラゴン番長
クマ印は着替えを終えると外で待たせていた狂志郎と合流する。
「お待たせ。じゃ、行こっか」
「まずは知り合いの魔法少女を当たるのか? それとも大本である錬金術師を当たるのか?」
「いや、まずは腹ごしらえだよ」
「……は?」
あっけらかんとクマ印は言う。
「緊張が解けたらお腹すいちゃってさ。デパートのフードコートにでも行こうかな?」
「まさか本当に街の案内をする気だとは…………」
「え? だって早田君はそうしろって言ったよ?」
「…………俺は観光に来たわけではないんだぞ」
「だけど、アポも取らずに魔法少女と会えるわけないでしょ。向こうだって都合があるんだから」
困ったように狂志郎は語る。
「道理だが、世界の危機にそんな悠長な事を言ってる場合じゃないだろ」
「私は普通の女子高生なの。救世主やりたいんなら一人でやってよ」
「世界が滅びてもいいのか?」
「いいよ、別に。私を救ってくれない世界なんて滅びちゃえばいいんだよ」
「………………まさか」
クマ印は何かを言いかけた狂志郎を遮って言う。
「冗談、冗談。そんなに怖い顔しないでよ。私だって世界が滅びちゃったら困るもん。天羽君があんまり真面目だからからかってみただけ。言い方が悪かったけど連絡が付くまで休憩しようって話だよ。いつも気を張ってたら疲れちゃうからね」
「…………ならば初めからそう言え」
「はいはい、次からは気を付けまーす」
「………………」
まさかお前が犯人なのか、という言葉を狂志郎は飲み込んだ。仮にそうだとしても変に刺激する事は悪手だ。逆上して遺物を起動でもされたらここまでの苦労が全て無に還る。条件が整ってないとはいえ、この街一帯を更地にするくらいの力はあるだろう。せめて遺物の所在が分かるまでは様子を見なければならない。
(カルト教団の聖女……魔法少女……そして何よりこの発言、疑うには十分だ。しかし、遺物の件を出されても僅かな気の乱れすらなかった点、なによりこの間抜け面にそんな賢い事ができるのかという疑問もある)
「天羽君、タクシー乗ろうよ、タクシー」
「うるさい、俺は今考え事をしているんだ」
「ぶー、せっかく人のお金でただ乗りできるチャンスなのに…………」
「少しは歩け。元々徒歩で行くつもりだったんだろ、ならばそれほどの距離ではないという事だ。タクシーは必要ない」
「す、鋭い…………。どうして私の周りの年上は頭いい人が多いんだろう?」
「逆だ、逆。お前が必要以上に馬鹿なんだ」
「な、なんですとー!? ……よし、そこまで言うなら私の知性を見せつけてやる。何かなぞなぞ出してみて」
「なんでそんな事を…………」
「なぞなぞ、なぞなぞ!」
「……………はぁ」
やらなければ引き下がらないという様子のクマ印に仕方なく狂志郎は付き合う。
「たらい、やかん、りんごが乗ったトラックがカーブを曲がった。はたして何を落としたか」
「スピードが落ちた」
「発明家、小説家、画家の内、秘密が無いのは?」
「発明家、かくしごとをしないから」
「ゾウを冷蔵庫に入れるにはどうすればいい?」
「扉を開ける、ゾウを入れる、扉を閉める」
「湯にあって水になくて波にあって海になくて嘘にあって誠にないのは?」
「音読みと訓読みで熟語になる組み合わせ」
すらすらと淀みなく答えるクマ印に狂志郎はある種の確信を得た。
「なるほど、確かにお前は馬鹿ではないようだ」
「ふふん、当たり前だよ」
「どうやら頭の良い馬鹿のようだ」
「ズコー!」
思わず古典的なリアクションをしてしまった自身を恥じつつ、クマ印は訴えかけるように言う。
「な、なんでそうなるのさ!?」
「こんな下らない事をすらすら答えられるような思考回路を持つのは常識外れだけだ。常識を知らないヤツを世間一般では馬鹿というんだ」
「む、むかー!」
憤るクマ印を見て僅かに笑い、狂志郎は呟きを漏らした。
「…………ま、俺はお前のような馬鹿は嫌いじゃないがな」
「ん?」
「なんでもない、忘れろ」
クマ印はわざとらしく聞き返す。
「ねー、今なんて言ったのー? よく聞こえなかったからもう一度言って?」
「…………すぐに調子に乗るから馬鹿だと言うんだ」
「ねー、ねーってばー」
しばらくの間、クマ印はまとわりついていたが、目的地に着く頃までには飽きたのか静かになっていた。店の前で何を食べるべきか真剣に悩み始めた姿を呆れたように狂志郎が見ていると不意に声をかけられた。
「お、番長じゃん。チーッス」
「その声は……クラスメイトA!」
同級生らしい男は突っ込みを入れる。
「俺はド〇クエのモンスターかい!」
「花村が居るって事はいつものメンバーも居るって事?」
「いや、今日は草薙だけだ。転校生も知らないヤツばっかだと疲れんだろ」
「ふーん…………」
花村はにやにやとした表情で言う。
「それにしても番長…………恋愛なんて興味ないような顔しておきながら、男連れとは隅におけませんなぁ」
クマ印は慌てたように語る。
「ち、違うって! 天羽君はこの街に来たばかりだから案内してあげてただけなの! そういうんじゃないんだって!」
「ははは、分かってるって。これは俺だけの秘密にしておいてやるよ」
「もー! 全然分かってない!」
何かに気づいたようにクマ印は聞く。
「あっ、まさか転校生にまで私の事を『番長』って呼ぶように教えてるんじゃないよね?」
「ん? だって番長は番長だろ?」
「あー! もう最悪! なんで女の子なのに『番長』って呼ばれなくちゃなんないのさ!」
「でも、番長の偉大さを伝え広めるのは俺達の使命だと思うんだ…………」
「そんな使命捨ててしまえ!」
狂志郎は不思議そうに聞く。
「どうして『番長』なんだ?」
「言うな! 言わなくていいから!」
花村は語る。
「ああ、それッスか。ちょっと前に輸送中の事故で虎が逃げ出した事があったんですよ。それと俺達が運悪く鉢合わせしちゃいまして、もう絶体絶命って時にどこからともなく現れた番長が華麗に助けてくれたんですよ。以来、俺達はその勇気ある行動と無敵のパワーを称えて『番長』って呼ぶ事に決めたんス」
狂志郎は意地悪い笑みで言う。
「なるほどずいぶんと立派な行いだ。俺より救世主に向いてそうだな『番長』」
「ううっ…………だから言うなって言ったのに…………。後で覚えてろよ、花村…………」
「おーい、花村君」
戻りが遅い事が気になったらしい転校生こと七夜咲月と先ほど話に出ていた草薙が向こうからやってくる。
「…………(遅いぞ)」
「おお、悪い悪い。見ての通り知り合いに出くわしてさ」
「この人達は?」
花村は「チッチッチッ」と指を振って言う。
「これが番長様だ」
「ええっ!? この人が!」
じろじろと狂志郎を見た咲月はしみじみと言う。
「猛禽類のような鋭い眼光、鍛え上げられた体、隙の無い佇まい。確かに番長と呼ばれるだけはある…………」
「いや、番長はこっちな」
「ええっ!? この人が!」
「ちょっと待って、言葉は同じでもこのアクセントは何か失礼じゃない?」
「…………(気にするな)」
咲月は困惑したように言う。
「なんていうか……聞いていた話と実際が…………」
「なっ、すげー弱そうだろ?」
「なんで嬉し気なのさ…………」
「だけど見た目だけで判断するのは早計だぜ。番長は消火器みたいなヤツなんだ。平時は残念な感じだが、いざという時は誰よりも凄いんだぜ。つまり、番長が残念って事は平和な証拠で喜ぶべき事なんだ」
「…………(うんうん)」
「これからも残念で居てくれよな、番長」
ふるふると震えていたクマ印は咆哮する。
「うがー! さっきから言わせておけばぁぁぁぁ!」
花村は慌てたように言う。
「やべっ、暴走モード突入!? 逃げるぜ、七夜君、草薙!」
「ちょっ! なんでこんな目に!?」
「…………(そっとしておこう)」
そそくさと去っていった背中にクマ印は呆れたようにため息をついた。
「全く、馬鹿ばっかりなんだから」
「フッ、いいじゃないか、仲が良くて」
「天羽君も学校ではこんな感じだったの?」
「いや、俺はまともに学校へ通ってはいられなかったからな。だから少し憧れる」
「ふーん、でもこんなの面倒くさいだけだよ」
「だから記憶に残るんだろう。それが思い出になるんじゃないか?」
「そうなのかな? ま、確かに忘れたくても忘れられないようなキャラしてるけどね」
クマ印は「さてと」と独りごちると再び何を食べるべきか真剣な表情で考え始めた。しかし、それが決まらない内に携帯電話の着信音が鳴った。
携帯を手に取って画面を見たクマ印は露骨に嫌そうな顔をする。
「うわっ、もう返事が来た。律儀な子だなぁ…………」
「では早速会いに行くとしよう」
「ちょっ、ちょっと待って! 今、食べる物が決まった! 決まったからぁ!」
「世界が滅びては元も子も無い。さっさと行くぞ」
「あー! 私のラーメン!」
未練がましいクマ印を引きずって狂志郎は魔法少女の元へと向かう。待ち合わせ場所の図書館に行くと到着に気づいたそれらしい小学生が近づいてきた。
「ラブハートさん…………ですか?」
「はいそうでーす……」
調子の悪そうなクマ印を見て少女は首をかしげる。
「……? どうかしたんですか?」
「気にしないでくれ。それより本題に移ろう」
「あ、はい」
少女は向かい合うように座ると自己紹介をする。
「私は魔法少女の『ウィタカ』と申します。最近、この地域で暴れまわっている魔法少女が居て、私じゃ対処できなくて困っていたんです。ラブハートさんはあの『ライトスタッフ』とコンビを組んでいらっしゃるそうなので、その力ならきっとどうにかできると思います」
「………………」
話が違うな、と狂志郎は思ったがクマ印が平然としているので口には出さなかった。おそらく魔法少女同士はあまり仲が良いものではなく、今のように貸しを作らない限りは情報を引き出すのも難しいのだろう。
(錬金術師の研究成果が魔法少女だというのなら、他の魔法少女と関わる事によって発生する機密漏洩を嫌うのも当然か。薄々感じていた事だが、この閉鎖的コミュニティから犯人を見つけ出すのは相当な骨だな…………)
クマ印は営業スマイルで語る。
「ナンバーワン魔法少女として名高い『ライトスタッフ』にかかれば悪い魔法少女なんてちょちょいのちょいで片づけられちゃうよ。だから大船に乗った気持ちで任せてね」
「はい、ありがとうございます」
その後、他愛のない話を交えながら詳細な情報を貰い、ウィタカと別れた所で狂志郎は口を開いた。
「『ライトスタッフ』のおまけ、か」
「まあね」
「辛い立場だな」
「何も感じないって言ったら嘘になるけど、気にしてても仕方ないよ。それにこの立場は色々と便利だし、そんなに悪いもんじゃないしね」
「そうか…………」
狂志郎は意識を切り替えて聞く。
「ターゲットについて何か分かった事はあるか?」
「んー、画像データが不鮮明だから断定はできないけど、これは錬金術師『カンパネルラ』由来の魔法少女だね。ウィタカの話では魔法少女名は『コスモフラワー』だっけか。命名規則から考えればほぼ確定と見てもいいかも。カンパネルラは『盾』の意匠を戦闘に組み込んでくるはずだから一定以上の突破力が無いと倒すのは難しいだろうね」
「詳しいな」
「『当然じゃ、何せわらわは』」
「わらわ?」
「……っと」
クマ印は不自然に拳を閉じると何事も無かったかのように続ける。
「そういえば執行官は殺人許可証を持ってるって聞いたけど、天羽君も持ってたりするの?」
「俺はただの執行官に過ぎないからな…………。それを持てるのは上級執行官でもごく限られた人間だけだ。しかもあくまで『許可』に過ぎないという事を忘れてはならない。許可されているという事は無尽蔵に使用できるというわけではないんだ。殺しのライセンスは極めて緊急性の高い事例に直面した時に判断を鈍らせないために存在するいわば切り札だ。魔法少女のいざこざ程度で使用していいものではない」
「あらら、バレてる。天羽君的には殺しはNGってわけね。仮に私が魔法少女を殺しちゃったら逮捕とかされちゃうのかな?」
「しない、というより“できない”だろうな。魔法少女を逮捕するにはその存在を証明しなければならない。もし魔法少女の存在が明らかになれば錬金術師達を巻き込んだ大騒ぎになるだろう。無論、それを避けるために隠蔽はされるだろうし、されているだろう。つまり魔法少女の悪事は暴かれないという事だ」
「でもそれは『していいというわけじゃない』、と」
「そうだ。魔法少女はある意味悪行が『許可』されている。超常の何かと戦うためには人としてのルールを守れない時もあるからだ。しかしそれは好き勝手に振る舞っていいというわけではない。節度を越えてしまえばそれはただ邪悪なだけだ。逆に清らか過ぎても目標を達成する事はできないだろう」
「なら、どうすればいいの?」
「邪悪を克服しなければならない。おそらく、そうしなければやがて破滅するだろう。お前は正義のために悪を行う覚悟を決めた。それはある種の答えに到達しかけている。だが、まだ足りない。何か大切な物が抜け落ちてしまっている…………」
「それは天羽君たちも同じじゃないの?」
「だから話したのかもしれないな。俺達は案外似ているんだろう、そうだな……仮に俺が人を殺したらお前はどうする?」
「いや、普通に通報するけど…………」
すると狂志郎は一瞬虚を突かれたような表情をして、声を上げて笑い出した。
「ふっ、ハハハハハハハ! お前は最高だ! 最高に馬鹿だな!」
「そりゃどうも」
「お前ならもしかしたら俺達の抱えた矛盾の答えにたどり着くかもしれないな。その時はぜひ教えてくれ、さっきのラーメン代くらいはおごってやろう」
「意外とケチ臭いね……っていうか思い出したらまたお腹がすいてきちゃったよ。今から何か食べに…………」
その時、クマ印の携帯電話に「ぴりり!」という着信音が鳴り響いた。
「………………」
「………………」
「……………あはっ」
「……………ふっ」
二人は顔を見合わせ、しばらくの沈黙の後にそれぞれ笑みを浮かべた。そしてクマ印は全力で逃げ出した。
「うっ、うおおおおおお!」
「待て! 地球が滅亡してもいいのか!?」
「知るかバカ! そんな事よりラーメンだ!」
「くっ! 執行官である俺が追い付けない!? なんだこいつのパワーは!」
「おおおおおおおおおおお!」
「しぇ、シェーラ…………す、すいません。俺は任務を果たせそうにありま…………!」
クマ印はサンダーボールのような走りを見せつけ、シティの風になった。その姿を見た者は「彼女は空を飛んだのだ」と言ったが誰も真偽を確かめるように聞き返しはしなかった。彼女の偉大さを表現するには空を飛ぶ以外に方法は無かったからだ。例え、映像の時代である現代に反逆する愚かな行為だと分かっていても、嘘を真にせざるを得ない瞬間が確かにそこに存在したという事実だけは認めなければならなかった。
それはともかく狂志郎は酸欠で倒れた。




