第二章5 マリーの世界
「ねぇ、本当に私も出なくちゃ駄目?」
「当たり前だ。誰のせいで教祖が倒れたと思っている」
「元はと言えばそっちが原因なのに…………」
「何か言ったか?」
「はいはい、なんでもありませんよ、全く…………」
いかにもカルトといった調子の白装束に身を包みながらクマ印はため息をついた。紛いなりにも祭り上げられている身としては特別な来客の対応もしなくてはならないらしい。これでは使い走りと変わりないと思いながらも、負い目があるからか強く出る事もできない我が身を恨めしく感じる。
「今日の客はヨーロッパ発祥のある特務機関の人間だ」
「特務機関?」
「日本では『執行管理局』と呼ばれているものだな。古くから吸血鬼や狼男などの怪異と戦ってきたらしい」
「うさん臭いなぁ…………」
「しかし、世界各地に支部を持ち、中には殺人許可証を持つ者さえ居るというその権力と規模は本物だ。間違っても目をつけられるような事はするなよ」
「そんな人達の相手をただの女子高生にさせないでよ…………」
「これから公の場では君の事を『終名延奏』と呼ぶ。仮にも教団の顔の一人だ。拍付けは必要なんでな」
「無視ですか…………。はいはい、どうぞご自由に」
「失礼する」
こんこんとドアを叩き、早田は部屋の中へと入っていく。待っていたのは三人、男一人に女が二人。一人は銀髪の少女、顔立ちからするとゲルマン系のようだ。右のポケットに何かを隠し持っているのかその右手は大事にしまわれている。一人は日本人の男だ、ライダースーツのようなぴっちりした服を着ている。最後の一人は司祭のような服を着ている女だ。その雰囲気と中心に座っている所を見る限りこの人物が代表のようだ。
クマ印の顔を見ると代表らしき女が立ち上がり、にこりと笑みを浮かべた。
「『こんにちは、シェーラ=ボンドと申します。お会いできてうれしいです』」
「え、えーっと…………」
当たり前のように飛んできた突然の英語にクマ印は返事に戸惑う。すると女は何かに気づいたのか今度は若干の訛りがある日本語で話し始めた。
「シェーラ=ボンドと申します。私は日本語も分かりますから、お好きな言語で大丈夫ですよ」
(なら初めから日本語で話しかけてよ…………)
クマ印のため息をよそにシェーラはひそひそと隣の男に話しかける。
「『狂志郎、狂志郎。彼女は何やら困惑されているようですよ。私の日本語におかしい所があったのでしょうか…………?』」
「『問題ないですよ、シェーラ。あまりに完璧な日本語なので驚いているだけでしょう』」
「『そうですか。それは練習してきた甲斐がありますね』」
淡々と早田は語る。
「本日は我らの教団に一体何のご用件でしょうか?」
「そんなに警戒為さなくても大丈夫ですよ。私達は『魔法少女』の情勢に疎いので協力して頂きたいだけですから」
「魔法少女だって?」
にこりと微笑んでシェーラは言う。
「そうですわ、聖女様。いえ『魔法少女』様とお呼びした方がよろしいでしょうか? 傷を癒す奇跡の使い手という事でピンときましてね。情報もろくにないまま藁にもつかむ気持ちで尋ねたというわけです」
「藁にも“縋る”ですよ、シェーラ」
間違いを指摘されたシェーラは恥ずかしげに独りごちた。
「『U、Ummm…………カッコつけて難しい言い回しをするもんじゃないですね…………』」
「魔法少女を調べてあなた達は何をしようとしているんですか?」
シェーラは気を取り直して語る。
「私達は『マリーの世界』と呼ばれる遺物を取り戻すために動いています。つい先日、遺物収容施設からが盗み出され、この国に持ち込まれたという所までは突き止めました」
「『マリーの世界』か、『マリーの部屋』を思い出すネーミングだな」
「『マリーの部屋』?」
「思考実験の事だ。白と黒の世界で育った全能の少女『マリー』は色に関する全ての知識を持っている。赤や青がどのようなものでいかにして知覚し脳に送られるかなどのな。その『マリー』が初めて色を知覚する時、新しい事を学ぶのだろうか。というものだ」
「ふーん、そりゃ学ぶでしょ。食べ物の味が食べなきゃ分からないのと同じだよ」
「君は沢庵和尚か…………。いや、確かに回答の一つではあるのだが…………」
早田が苦い顔をしていると“狂志郎”と呼ばれていた男が急に声をあげて笑い出した。
「ふっ、ははははははは!」
「な、なにこの人…………」
たじろぐクマ印をよそに狂志郎は息を整えてから言う。
「失礼した、あまりに愉快なものでつい。しかし、聖女様は単なる看板というわけではないようだな」
「当然だ。あまり侮辱をするなよ、我らの教団への宣戦布告とみなすぞ」
「心に留めておこう」
にらみ合う二人を見たシェーラはアワアワと惑っていたが、やがて狂志郎の頭を掴み、床に叩きつけるかのような勢いで頭を下げさせた。
「ご、ごめんなさい! ちょっと狂志郎は血の気が多くて…………。ほら、仲良くしなくちゃだめですよ!」
「シェ、シェーラ! や、やめてください!」
子犬のように扱われる狂志郎を見て毒気を抜かれてしまった早田はむしろその苦労を感じ取ってか、優しく言った。
「あの、こちらとしても事を荒らげるつもりはありませんので、どうかその辺で許してあげてはもらえませんか?」
「そ、そうですか? あははは…………」
微妙な空気の中でシェーラはわざとらしく咳をして言った。
「盗まれた『マリーの世界』はどうやら魔法少女の手に渡ったらしいです。機密なので詳細は話せませんが、とにかく危険な代物です。水晶玉のような形状をした一見神秘的な物なのですが起動したらこの世が滅びます。一刻も早く取り戻さなければなりません」
「こんな怪しい所に来ている時点でどれだけ切羽詰まっているのか分かるね…………」
「しかし、こちらとしてもただで協力するわけにはいかない。慈善事業でやってるわけじゃないのでな。それなりの見返りが必要だ」
するとポケットに右手を入れている銀髪の女が舌打ちをした。
「『新興宗教風情が調子に乗らないでほしいものですわね。私達が協力しろと言ったらそれは命令ですのよ』」
早田は流暢なドイツ語で返す。
「『……お前、ゲルマン人か? ああ、さっきから何故かキャベツ臭いと思ったがそういうわけか』」
「『チッ! この黄色人種が! 言うに事欠いて血を侮辱するとはいい度胸ですわね!』」
クマ印は憤る銀髪の女を見て怯える。
「は、早田君、なに言ったの? すごく怒ってるみたいだけど」
「大した事じゃない軽く挨拶しただけだ」
「嘘だ! 絶対嘘だ!」
もはや一触即発の雰囲気だが、予想外の方向から横槍が入る。
「クララ、日本人を侮辱するとはいい度胸だな。前々から気に食わないと思っていた。どうやら貴様とは一度“話し合い”をする必要がありそうだな」
「『あら、私も同意見ですわ。どちらが上かはっきりさせようと思っていたところですの』」
仲間同士で睨み合う二人、どうやら仲はあまり良くないようだ。喧嘩が始まりそうな雰囲気にクマ印は辟易したようにため息をつく。
だが、不意に現れた影が二人の頭を片手ずつに鷲掴みにし、凄まじい力で宙づりにした。
「だーかーらぁ! 仲良くしてくださいって言ってるでしょぉ!」
「シェ、シェーラぁ! わ、分かりました! 分かりましたからぁ!」
「『ひぃ! か、勘弁してくださいまし!』」
隕石でも落ちたかと思えるほどの速度とパワーで二つの頭が地面にたたきつけられるとそれらはぴくりとも動かなくなる。
惨状としか言いようのない状態にクマ印が戦々恐々としているとそれを無かった事にするかのような笑みでシェーラは語った。
「報酬は無論払いますよ。仕事料代わりに遺物を横領されては困りますのでね。取りあえず現金を先払いしておきます。あとでそこにあるアタッシュケースの中身を確認してください。成功のあか……あか……えっと…………」
「暁?」
「そう、それです。成功の暁には政界へのコネクションなど地盤固めに必要な物を差し上げましょう。新興宗教という微妙な立場からすれば喉から手が出るほど欲しいと思いますけれど」
早田は冷静に語る。
「どうやら拒否権はなさそうだな。分かった、引き受けよう」
その返答にシェーラは嬉し気に頷いた。
「いい返事です。あなた方を信用していないわけではないのですが、念のためそこに倒れている天羽狂志郎という男を付けさせてもらいます。腕は立ちますので番犬代わりにはなるでしょう」
「あの…………この人たち生きてる? 大丈夫?」
「了解した。だが、肝心の魔法少女はこの調子だ。あまり期待されても困るとだけ言っておこう」
「無視ですか…………そうですか………………。仕方ない、可哀そうだしちょっと治してあげよう…………」
「まあ、駄目なら世界が滅びるだけです。良い知らせを期待していますよ」
「…………食えんヤツだ」
その時、何かを思いついたらしいシェーラが手を打って満面の笑みで言った。
「そうです! せっかくなので記念撮影でもしましょうか。一緒に世界を救う仲間なのですから、仲良くしなければいけませんね。では、クララ。聖女様と握手をしてください。それを写真に撮ります」
回復を受けてなんとか立ち上がったクララは頭を押さえながら言う。
「『ううっ…………起き抜けに無茶苦茶な事言いやがりますの…………』」
「返事は?」
「『や、ヤー……マインヒューラー……はぁ…………』」
渋々ながらも手を差し出したクララからは先ほどまでの敵対心は伺えない。逆らえばどうなるのかという事はすでに体で分かっている。
あまりに従順な様子にクマ印が茫然としていると催促するようにクララは言った。
「『ほら、握手ですわよ。……あ、ドイツ語は通じないんでしたわね。はぁ……聞き取りはなんとかなりますのに、こういう所は不便で仕方ありませんわ。後で簡単な話し言葉程度は押さえておきましょう…………』」
「えっと、握手……かな? 何言ってるのかは分からないけど」
差し出された左手を取ったクマ印は突然のフラッシュに驚きの声を上げる。
「うわっ!」
「いいですよー、ちょっと笑ってみてください。仲良しって感じでお願いします」
「あははは…………」
ぎこちない笑みで応じるクマ印だったが、クララは慣れているのか自然な笑みで答えた。そのままシェーラが満足するまでしばらく撮影会が続いた。
「はい、終わりです。後で現像した写真を送りますね」
「今日の所はこれで帰るのか?」
「そうですね。何か聞いておきたい事でも?」
「ああ、管理局の見立てではどれくらいの猶予があると考えている? 魔法少女と一口に言っても派閥や縄張りがある。情報を出し渋ってるとは思わないが、今分かっている事だけで始めるならそれなりの時間が必要になるだろう。“間に合いませんでした”ではお互いに納得できない結果になる。それだけは避けたい」
シェーラは淡々と語る。
「残された時間は今から一週間程度でしょう。理由はそこが日食の起こるタイミングだからです。説明するまでも無いですが日食は魔術的な意味合いを強く持ちます。犯人の足取りを追えたのも近日中に日食の起こる場所に当たりを付けていたからです。日食の起こる時が我々にとってのタイムリミットになるでしょう」
「逆に言えば日食が過ぎて何も起こらなければどちらかが事件を解決したという事になるわけか」
「ええ、かつて世界の滅ぶ時に起こるとされた日食を何事も無く通過させて、迷信家共をあざ笑ってやる事にしましょう」
にこりと微笑んだシェーラは「それでは」というとクララを連れて去っていった。その足音が遠くなっていった所でようやく狂志郎は起き上がった。
「っ……シェーラはいつも力づくだな」
「あっ、気が付いたんだね」
クマ印は狂志郎に言う。
「確か『天羽』君だったっけ。同い年くらいだから『君』付けでいいよね」
「お前、名前は?」
「一応この教団だと『終名延奏』らしいよ。本名は身バレが怖くてちょっと教えられないから勘弁してね」
「……うさん臭くて気に入らないな、その名前」
「って、言われても私が決めたわけじゃないし…………」
「能力からするとお前は炎系統の魔法少女のようだ。ならば、これからは『炎の』と呼ばせてもらう事にする。俺はお前を崇拝するつもりなどないのでな、教団の呼び名などに従うつもりもない」
あまりにぶしつけな言い方にクマ印は苦笑を漏らす。
「勝手な人だなぁ……まあ、別にいいけどさ」
早田はため息をついて言う。
「やれやれ、とんだ曲者を預けられたようだ。それはそれとして、俺はこれから手付け金を精査しなくちゃならない。延奏、君が彼の相手をしてやってくれ」
「でも、私も教団の事よく分からないよ?」
「そんな事は期待しちゃいないさ、街でも案内すればいい。その方が後々役に立つ。交通費や食事代は交際費として処理するから領収書は忘れないようにしてくれよ」
「私、領収書なんて切った事ないんだけど…………」
狂志郎は言う。
「問題ない、俺が対応しよう」
「頼む。領収書は心配してないが、宗教法人の課税は特殊だ。仮にも教団の聖女様なら少しは勉強しなければな」
「宗教なんて曖昧な物やってるのに、妙に生々しいなぁ…………。って言うか早田君、いろんな外国語話せて税金にも詳しいなんて、どんだけ頭いいのさ。もしかして一流大学の出身だったりする?」
「一応、T大出身だ」
クマ印は驚きのあまり目を丸くした。
「一応って…………。やっぱり頭いい人が怪しい宗教に引っ掛かりやすいのって本当なんだなー。私はこうはなりたくないな…………」
「もう手遅れじゃないか? 聖女様」
ショックを受けたようにクマ印はうなだれる。
「そうでした…………私はこんな怪しい教団の聖女様でした…………。あー! もうお先真っ暗だよ! 今まで真面目に生きてきたのにどうしてこんな目に!?」
「真面目に生きてるだけで報われるなんて、ずいぶんとおめでたい考えをしてるんだな」
「言ってやるな、彼女はロマンチストなんだ」
「特殊機関員とカルト教団幹部に正論を投げつけられるなんて…………世も末だよ!」
落ち込んでいても仕方ないと割り切ったクマ印はため息をついて言う。
「はぁ…………。着替えてくるから天羽君は外で待っててよ」
「分かった」
「では俺は部屋に戻る。何かあったら連絡しろ」




