第二章3 ゼタ=ゼアム
カルト教団に協力する事となったクマ印は早速『切り裂き魔』に関する情報を受け取る事にした。応接室でしばらく待っているとノック音の後に一人の女が入ってくる。興味に満ちた目でクマ印をジロジロと眺めるとにこりと笑って言う。
「桑納月と申します。以後お見知りおきを聖女様」
その呼び名にクマ印は背筋に悪寒が走る思いだったが、営業スマイルでやり過ごす。
「ええ、よろしくお願いします、桑納さん。早速ですが『切り裂き魔』に関する情報を教えていただきたいのですが…………」
「うふふふふ」
「あの……桑納さん?」
桑納月はにやにやとしながら語る。
「あら失礼、私としたことが。あんまりあなたが美味しそうだから…………うふふふふ」
「…………早田君、この人の頭は大丈夫なの?」
後ろに控えていた早田は言う。
「心配ない、平常運転だ」
「えー…………」
困惑するクマ印をよそに桑納月は言う。
「そう、これこそが私“達”にとっての普通なのよ。あなたのような異物に殺害衝動を抱く殺人鬼の一族、『夜光族』にとっては」
「夜光族?」
「太陽を克服した吸血鬼が始祖とされる一族の事よ。殺害衝動に囚われると目の色素が変質して金色に変わり身体能力が向上する体質を持つの。あとは物体を接合している『何か』が見えるようになるくらいかしら」
「その『何か』が見えると何ができるんですか?」
「物体を強力接着材でも接合できないように切断したり、逆に名刀でも切れないほど強力に接合したりできるわね。かなり興奮しないとできないから、あなたを殺していいって言うなら実演してあげてもいいけど?」
「……いえ、遠慮しておきます」
「あらそう、残念ね」
話を聞いたクマ印は早田を見る。
「なるほど、確かに手がかりだ。どうやら嘘じゃなかったみたいだね」
「当たり前だ。こういう業界は信用第一だ」
その言葉を聞き流してクマ印は言う。
「なのかちゃんの証言とも一致する、『切り裂き魔』は『夜光族』と考えるのが自然だね。特殊性のある人種なら少しは探すのが楽になりそうだ。他に何か特徴があったりしますか?」
「そうねぇ……人探しには使えないだろうけどある程度的が絞れてきた時のために『血を舐めると目が金色になる』って事を覚えておいてもいいかもね。あなたみたいに美味しそうじゃないと反応はしないから誰でもいいってわけじゃないけどね」
クマ印はたじろぎながら聞き返す。
「私がその……美味しそうなのはやっぱり魔法少女だからですか?」
「それもあるかもしれないけど少し違うとも思うわ。街中でたまにいい匂いのする小学生が居るけど、あなたの場合は格別。勝ち目が無くとも襲い掛かりたくなる衝動に駆られるほどよ。例えるなら、恋する乙女かはたまた神の生贄に進んでなる狂信者の心境かしら」
段々と桑納月の語りが熱を帯びると共に瞳が金色になっていくのを見たクマ印は嫌な予感を覚え、話を切り上げて立ち去ろうとする。
「おっ、お話ありがとうございました! そっ、それじゃあ、失礼します!」
「あら、もう行っちゃうの? 残念ね」
逃げるように慌ただしく扉へと向かい、蓋をするように急いで閉じられたそれを見て桑納月は「くっくっく」と笑いを漏らした。
「早田君、今の見た? 脱兎の如しってこういうのを言うのかしら?」
「あんまりからかうなよ。俺達の救世主様だ」
「私はあの子を馬鹿にしてはいないわよ。だってこれだけ怪しい私の事を『手がかり』と呼んで明らかに容疑者から除外していたでしょ? それはこうやって姿を現した時点で『切り裂き魔』として活動するのがほぼ不可能になるという事を分かっているからよ。所属コミュニティを明かした以上、行動の監視は簡単だからね。まあ、私も変に疑われると面倒だからこうやってお墨付きをもらったわけだけど」
早田は理解できないように聞く。
「疑われる? 君と『切り裂き魔』は別だろう?」
「だけれど『私』が暴れているのも事実よ」
「どういう意味だ?」
桑納月は淡々と語る。
「私“達”は始祖『ゼタ=ゼアム』を再現するための器なのよ。遺伝子に始祖の情報が刷り込まれているの。そのせいか見た目から趣味や嗜好まで似たような感じになるのよ。よく見れば違いは分かるだろうけど、暗がりで少し見た程度なら区別なんてつかないわ。別人と間違えられて害を被るなんてごめんなのよ」
「なるほど。となると君に似た人間を探せばいいわけか」
「そう簡単にいくかしら。私がこの事を話さなかったのは意地悪なんかじゃないわ。捜査を混乱させないためよ。『切り裂き魔』に斬られた死体を見せてもらった事があるけど、あれは始祖と同じ『能力』によるものだったわ。血が薄まって瞳の色が変わる程度の特性しかない女の『夜光族』にはそんなの無理よ。それができるのは数十年に一人生まれるかどうかっていう男の『夜光族』だけね。もし仮に『切り裂き魔』が男の『夜光族』だとしたら、『見た目が似ている』っていう常識は通用しない可能性が高いわ。だとしたら何も言わない方がいいでしょう?」
「ふむ、男の『切り裂き魔』か。まるで『切り裂きジャック』だな」
「そうね、あれも男の『夜光族』らしいから。ところで早田君、なんで『切り裂きジャック』が女性に警戒されずに近づけたか知ってるかしら? 理由は簡単、女装趣味だからよ。それも始祖そっくりの見た目のね。結局、男だろうとどこかで始祖に似せなくちゃ気が済まないんだから、私“達”は骨の髄まで器なんだって分かって嫌になるわ」
「姿がアテにならない怪人…………。見つけるのは至難だな。しかし、姿を変えるには道具が必要だ。男であればその特異性は目立つだろう。化粧品売り場を当たれば手がかりを得られるかもしれないな」
「安直ね。向こうだってそれくらいの事は考えてるわ。女装していけば目立つ事は無いでしょうし、通販という手もあるわ。昔だったら足取りは追えたかもしれないけど、今は無理ね」
早田は難しい顔で唸る。
「考えれば考えるほど道のりは困難だ。『切り裂きジャック』が見つからなかった理由が分かるよ」
「あの子は誰も暴くことのできなかった怪人の正体を白日の下にさらす事ができるのかしら。中々楽しい見世物になりそうね、うふふふ…………」
「はぁ…………」
教団を後にしたクマ印は面倒な事になったとため息をついた。元より他人と関わりを持つのが好きではない性分であるのでこういった事になったのは気が重い。なんとか割り切ろうと正当化のための思考をしていると追い打ちをかけるように電話が鳴った。
そのディスプレイに浮かんでいる相手の名前を見た時にもう一度ため息をついてそれに出た。
「もしもし?」
『やあ、ラブハート。随分とご活躍だったようだね』
「…………何の事だくま? 私にはさっぱりだくま」
『君は平常心を保てない時におどけてごまかす癖があるね。例えば今だ』
クマ印は舌打ちをして言う。
「それが分かってるなら落ち着くまで待ってくれないかな、スキャットマン」
『あいにくと僕も忙しい身でね。特に何人もの魔法少女が怪人に殺害されたとなっては猫の手も借りたいくらいの忙しさだよ』
辺りを見渡すと近くのビルの屋上の上に立つ燕尾服の姿があった。景色からひどく浮いて見えるが、認識妨害がかかっているため一般人には大き目のカラス程度にしか思われていないだろう。
「近くに居るのなら面と向かって話をしてくれないかな」
『ならば、ここまで来てくれないか? 僕は今手が離せないんだ』
苛立ったようにクマ印は言う。
「馬鹿にして! 私にはビルの屋上にひょいと行けるような力は無いんだ。お前はそうやって人を見下すことしかしないんだな」
『あいにくと慈善事業でやってるわけじゃなくてね。君の命を助けたのも彼女がそれを望んだからだ。君が魔法少女であるのも彼女がそれを望んだからだ。君は彼女の精神状態を安定させるためだけの存在でしかない事をいい加減理解してほしいものだね。もし君が無茶をしてまた死んだりしたら彼女の精神状態は劣悪な物になってしまうだろう。僕はそれだけは避けたいんだよ。君は彼女とは違う、落ちこぼれなんだ。探偵ごっこも程々にしておくんだね』
「スキャットマン!」
通話が切られて無音になった電話口を見つめたクマ印は行き場の無い怒りをぶつけるように電柱を殴りつけた。コンクリートに加減無しでぶつけられた手の骨は砕け、鈍い痛みが走るが“ぴきぴき”という音と共に手はすぐさま再生して元通りになる。
「……ごっこなんかじゃない。私だって…………私にだって、できる事はあるはずなんだ」
ここまでクマ印を駆り立てる感情は決して明るいものではなかった。幼き日の自分となのかを重ね合わせ、自己犠牲的なその生き方に怒りを抱いている。比べるのがおこがましいほど境遇が違っても、ただ一点だけで同化を図るのはクマ印がなのかに憧れ、また自分の人生に後悔している事の表れなのだろう。
なのかを魔法少女の呪縛から解き放つ事がクマ印にとっては過去の自分を救うという事になる。その為に今の自分がどれほど不幸になろうとも構いはしない。狂っている事を自覚していても抑えられないほど過去という楔は深く心に突き刺さり、その痛みでまともに思考する事すらままならないのだ。
(私は救われたいだけなんだ。でも、誰も救ってくれない事は分かってる。どんなに辛くて苦しくても私を救えるのは私だけなんだ。その為ならどんな痛みだって耐えてみせる。どんな物だって利用してやる。それが例え、私すら壊してしまうものだったとしても…………)
クマ印がじっと再生した方の手を見つめるとその手の平には不気味な一つの目玉と裂けた口があった。おそらく幻覚であろうそれにたじろぐ事なく問う。
「お前は私の役に立ってくれるか?」
すると目玉は肯定するように嗤った。それに対し、クマ印はじっとそれを眺めた後に眉一つ動かす事なく手を下して再び歩き出した。




