第二章2 ラブハート
退屈な授業を聞き流しながらクマ印の女子高生は物思いにふけった。正直に言えば『能力者』が暴れている魔法少女を殺す事など別にどうでもよかった。昨日はなのかの性格を考慮して返事をしたが、それよりも優先すべき事柄は他にある。
そもそもなぜ最近になってここまで魔法少女の素行が目立つようになったのか。それは裏で糸を引いている人間が居るからだ。ならばその人物をどうにかしなければ事態は良い方向へは向かわない。むしろ、時間と共に悪くなっていく可能性すらあるだろう。
魔法少女は錬金術師により作られる。ならば、その線を当たってみるのが一番だろう。だが、錬金術師は馴れ合いを好まない。コミュニティなどあるわけもなく、互いの確執も強い。ほぼ間違いなく捜査は難航するだろう。
(私に戦闘能力は無いからなぁ。上手くなのかちゃんを使っていかないと解決は難しいか。ただ、あの性格だとあくどい事はしてくれないだろうね。やっぱり“オシゴト”を進んでやってくれるような手駒は必要か。まあ、『募集』はかけてるしそろそろ手に入ってもいい頃だとは思うけど…………)
ちらりと今日来たばかりの転校生に視線を向ける。
(最悪でもなのかちゃんにやってもらう事はできるようになったようだし、焦らずに行こうか。被害が増えればそれだけ的も絞りやすくなるしね。こんな事言ったらなのかちゃんにお説教されちゃいそうだけど、綺麗事だけじゃやっていけないしね、必要悪って所かな)
授業が終わり放課後になると共にクマ印は転校生に話しかけようと試みたが、美形であるためかすぐさま壁が作られてしまい落ち着いて話す事は無理になってしまった。仕方なしに会話は諦めて学校を後にする。
行く当てもなく適当に店を冷かしていると不意にメールが入った。どうやら『応募者』が来たようだ。思わず期待で笑みが漏れるが、まずは品定めだと電話をかけてアポを取り付け、身の上がばれないように着替えると冷静に待ち合わせの場所へと向かった。
着いた場所は悪の秘密結社然としたカルト教団の本拠地だ。最近の治安の悪さを追い風にして力をつけてきたらしい。うさん臭い白ずくめの守る裏口に行くとクマ印は身体検査をされる事となった。だが、こうなる事を見越して持っているのは怪しげな魔法陣が書き込まれたノートと筆記用具だけだ。さすがの教団もそこまで取り上げはしないようでそのまま通される。
通路を歩く途中でいくつかの団員とすれ違った。その仕草を見る限り、どうやら非合法な武装をしているようだ。下手な真似をすれば即座に射殺されるだろう。とはいえ、仮にも魔法少女であるクマ印はたかが銃弾程度で死ぬようなヤワな構造をしていない。真に警戒すべきは暴力などではなく、そのカルトたらしめる狂気に取り込まれないようにする事だろう。
やがて案内していた団員が扉の前で立ち止まり、入るように促す。金属製のドアノブを回して中に入ると香でも炊いているのかむせかえるような甘い香りがした。おそらく何かの薬物だろう。その気になれば一生息を止めていられるクマ印は呼吸を止めて、駄目元で閉じた扉を調べてみるがやはりと言うべきか内側からは開かないようだ。
やれやれと肩をすくめると持ってきた紙を取り、その上にさらさらと書き込みをして『札』を二枚ほど生成する。一枚を手にもって起動して脱臭剤のように回りの空気を吸収させながら部屋内の壁を叩いて回り、構造的に弱い所を見つけるともう一枚を壁に張り付けて“起爆”する。プラスチック爆弾もかくやという威力で爆発したそれが壁に大穴を開けるとその先にはロッカールームが広がっていた。
ちょうどいいね、と独りごちたクマ印は熊の如き怪力でロッカーをかたっぱしから開け放ち、その一つにあった服を拝借する。これで潜入が楽になりそうだが、壁に大穴をあけた上にこの荒らしようでは騒ぎになるのは時間の問題だろう。とりあえず扉に『清掃中』の札をかけてそそくさと立ち去る事にした。
しばらく教団内を彷徨っているとどうやら逃走したのがばれたのか慌ただしくなってきた。周りの声を聴く限りはどうやら教祖の居る場所への守りを固めるらしい。これは好都合とクマ印はその後を追う。
やがてそれらしい部屋が見えてきた所で先ほど脱臭剤代わりに使っていた札を投げつけ、辺りにガスをまき散らす。それを吸った人間はすぐさま意識を失いその場に倒れる。
(こんなガスを吸わせようとしてたのか、下種だなぁ)
こんこんとドアを叩いて部屋の中に入っていく。そこには王のように椅子に腰かけた笑みの張り付いた痩躯の男が居た。
「ようこそ、入団希望者かな?」
「あなたが教祖サマかな?」
「いかにも。私こそが――――」
クマ印は言葉を遮って言う。
「別に良いって、興味無いし」
まるで瞬間移動のように男へと近づくとその左胸へと手を突き出す。貫通するかと思われた抜き手は血の一滴も流させずにずぷりとめり込む。ここまでは計画通りだったが違和感に気づき、クマ印は飛びのく。
「生命反応が二つ!? なにか憑りついているのか!」
見破られた男は感心したように言う。
「ほう、お前、ただの魔法少女じゃないな?」
「魔法少女を知っている? どうやら叩けば何か出てきそうだね」
「そちらこそ禁忌の香りを感じるぞ。まるで死者のように死の匂いが漂っている」
「……別にそんな臭くないでしょ、毎日お風呂入ってるし。それより余裕ぶっこいてるけどその体、『命を吸い取った』からもうじき死んじゃうよ? 死なせたくなかったらおとなしく言う事聞いてくれないかな?」
「あいにくと代わりなどいくらでもいるのでね」
「それを聞いて安心したよ。そこまで性根が腐っていると殺しても心が痛まない」
影が男の体へと張り付くと肥大化し、悪魔のような怪物へと変身する。クマ印はノートから魔法陣の書かれたページを破り取るとそれを火の鳥に変えて投げ放つ。着弾した後の煙が晴れて見える姿には傷一つついていないようだ。
お返しとばかりに弾丸のように飛んできたタックルをもろに食らい吹き飛んだクマ印は瓦礫の中で悪態をつく。
「いたた…………ああ、もう! 戦闘は得意じゃないって言ってるでしょ!」
起き上がり追撃をかわすと共にパンッ! と手を叩き、床を殴りつける。
「晴道の波動衝撃!」
床に光が走ったがそれ以外何も起こらない。男は不思議に思いながらも攻撃を仕掛けようとするが、すかさず火の鳥が飛んできて目の前で爆発する。だが、それは足こそ止まらせても先ほどと同じくダメージを負わせるまではいかない。
「無駄な事だ!」
「そうかな? 私は無駄が嫌いなんだ」
瞬間、煙を切り裂いていくつもの槍が飛び出し男の体を串刺しにする。
「グハァ!」
「私はちょっと特別でね。物体を作り変える能力があるんだ。タイムラグもあるし戦闘にはとても使えない能力だけどね」
「れ、ん金術か…………。くっ……遅れを取った」
倒れた男を見てクマ印は聞く。
「お前は何者だ? 正直に答えるなら命だけは助けてあげるよ」
「見ての通りの化け物だ。教祖に取り付いて好き勝手にやっていたというわけだ」
「嘘だな。私は『能力』と言ったけど『錬金術』なんて一言も言ってない。どうしてこれが『錬金術』だって分かるのかな? ……そりゃ決まってる、お前が『錬金術士』だからだよ」
「ククク…………」
「余裕で居られるのも今の内だ。何を企んでいるのか必ず吐かせてやるからな」
その時、扉が破られ団員が中に入ってくる。騒ぎに便乗して男に憑りついていた影は床を滑るように移動して外へと逃げていく。
「また会おう、歪な魔法少女よ」
「逃がすか!」
クマ印は後を追いかけようとするが人の壁に阻まれて追う事ができない。この現場を見れば仕方ない事ではあるが、それでも苛立たずにはいられない。
「ちぃ!」
「よくも教祖様を!」
「ヤツを生かして返すな!」
「ああ、もう! うるさい!」
クマ印は火の鳥を投げ放ち、外野を黙らせると男に近寄ってその傷を手にためた緑色の光で癒し始めた。
「何をしているやめろ!」
「やめたら死んじゃうでしょ。おそらく悪い事はしてるんだろうけど、今回はそうじゃないからね。後始末くらいはするよ」
「傷が治っていく…………?」
「奇跡だ…………」
あまりに無知な感想に呆れるしかないクマ印は男の体を出会った時と同じ状態に戻すと立ち上がって出口へと歩き出した。唖然とする団員達は恐れるかのように道を譲るが、一人の若い男が立ちはだかる。
「どいてくれない?」
「依頼を受けると言ったのはお前の方じゃないのか?」
その言葉でピンときたクマ印は嫌そうな顔をする。
「あなたが依頼主ってわけ? あいにくと私にも相手を選ぶ権利があるんだよね」
「そうか、では『切り裂き魔』の情報も要らないというわけか」
「!」
クマ印は言う。
「もう情報分の仕事はしたと思うよ。少しはねぎらってくれてもいいんじゃない?」
「あいにくと情報はただじゃない。受ける気があるのかだけ聞こう」
相手の方が一枚上手だと悟ったクマ印は観念したように言う。
「分かった分かった。私の負けだよ。まずは話を聞かせてよ、受けるかどうかはそれからだよ」
「よし、ついてこい」
男に案内され、事務所の一室のような場所へと入る。カルトの欠片も無いある意味異常な空間だ。そこのソファーに腰かけると話が始まった。
「まどろっこしいのは嫌だろう。単刀直入に言うが、君には倒れた教祖に変わりこの教団を切り盛りしてもらいたい」
「正気で言ってるの? こちとら何の変哲もない女子高生だよ?」
「奇跡の力がある」
「奇跡は無い、あるのは魔法」
「人にとっては同じことだ。それに、だからこそ君にはここを率いる義務がある」
「義務?」
「この教団は魔法少女の被害を受けた人間で構成されているんだ。もっともその事実を知るのは俺を含むごく少数の幹部だけだが」
「だからなに? 私は成り行きで魔法少女になっただけの落ちこぼれだよ。誰かを救おうだなんてこれっぽちも思わない、無力で利己的な存在なんだよ」
「本当にそうなら危険を負ってまで『切り裂き魔』の情報を探したりはしないだろう」
「こんな私でも友人くらいは居るよ。その為ならこれくらいはするでしょ?」
「そうか、ならばその友人を襲うと言ったらどうする?」
「脅しのつもり?」
「俺達に行く所などないんだ。助けてもらうためにはそれくらいするさ」
「……お前、いい加減にしろよ」
激昂したクマ印は怒鳴るように言う。
「魔法少女に救いを求めるんじゃない、魔法少女は太陽なんだ。それは世界を明るく照らすものであっても誰かに手を差し伸べたりはしない。助けをもらえればそれに依存する、助けてもらえなければ不平を言う。うんざりなんだよ。だから私は誰も救わない。私を見て誰かが救われたのだとしても、それはその人の力だ。救ってほしいって言いながら下ばかり見てるヤツは死ぬまでそうやってろ。私は神様でもなければ救世主でもないんだからな」
クマ印は立ち上がると出口へ向かう。
「時間を無駄にしたよ。早く情報を集めなおさなくちゃ」
「待て」
「待たないよ」
クマ印が扉をあけるとそこには団員達がたむろしていた。
「どいてよ」
しかし、誰一人として動こうとはしない。
「どかないとぶっとばすよ」
「無駄だ。彼らの心は決まっている」
「ハッ、私をなぶり殺すってわけ? やれるものならやってみれば?」
「そんな事はしない。彼らは君の中に神性を見たんだ」
「神性?」
瞬間、団員たちは跪いて頭を垂れた。
「ちょっ、ちょっと…………」
「俺は『初めに光をもたらした事』が重要なのだと思う。例え誰にでも真似できるような特別ではない事でも、それは物事の基底になる。そして人はそれを守るために戦うんだ。君が俺達を救ってくれなくても、俺達は君を助ける。それが光を与えられた者の使命だからだ」
「………………これだからカルトってやつは」
苦虫を噛み潰したような顔をしたクマ印はため息をつくと男に言った。
「『ラブハート』」
「?」
「私の通り名だよ。魔法少女は正体を隠すために通り名を使うの。身バレすると家族や周囲の人間に被害が及ぶかもしれないからね。魔法少女の時は必ずそう呼んで」
「どうしてそんな事を?」
「狂信者なんかに付きまとわれたら面倒だからだよ。どうせすぐに失望して別の生贄を求めるさ。それまでは付き合ってあげるって事」
「そうか、助かる」
皮肉も通じないバカさ加減にクマ印は呆れたように肩をすくめて口を開いた。
「そういえば聞いてなかったね、あなたの名前は?」
「早田陽」
男は続けて言った。
「それが俺の名だ」




