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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編4:夜明ケモノタチ
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第一章2 空の記憶

 ビルの上でその様子を見ていたるい達にどこかから声が響く。

「るい! ぐり子!」

「はい!?」

「はい」

 返事をすると同時に空へと吸い込まれた二人はチェンの手に持った瓢箪から出てくる。何が起こったのか理解できないるいを放置して、ぐり子は聞く。

「ここはどこかしら? 何かの記念館のようだけど」

 電気が来ていないのかぐり子達の居る廊下は暗く、辺りには窓一つ見当たらない。足元の非常灯だけがぼんやりと周囲を照らしている。一定間隔で配置されているガラスケースに入れられた展示物がどういう場所かという事を物語っている。

「実を言うと俺にも分からん。移動する時、誰かに干渉されたのは分かったんだがな」

 るいは困惑したように言う。

「それじゃ、ここって危険な場所じゃないの?」

「さすがにあそこに放置するわけにはいかなくてな。悪いな、陛下。ちょっと我慢してくれ」

「うえええ…………」

 その時、少女が注目を集めるように“ぱんぱん”と手を叩いた。

「者共、なにを勝手に喋っておる。まずはわらわの自己紹介を聞くのがもっとも優先すべき事じゃろうが」

「ええっと……どちら様?」

 すると少女は胸を張り、高らかに答えた。

「わらわは稀代の錬金術師、太陽王『NO(エヌオー)=エリィキッス』じゃ。錬金術の真理である『波動衝撃(スタンプ)』へと到達した唯一無二の存在。その偉大さを褒めたたえ、存分にひれ伏すがよい!」

「アルト君、大丈夫かな?」

「ショックで意識を失ってるだけだ。軽傷だよ」

「こっ、コラぁぁぁぁ! わらわを無視するな!」

 困ったようにるいは言う。

「って言われても……私たちは別に君に用は無いし」

「な、なんじゃと!? わらわを見れば褒めたたえるのが下々の礼儀ぞ!?」

「なんだ、箱入り王族か? 久しぶりに聞いたな、そんな世間知らずのセリフ。つーか太陽王ってラムセス大王かよ」

 自分の権威が通じない事に気づいたNOは少し冷静になると不敵な笑みを浮かべた。

「ふっ、そんな態度を取っていられるのも今の内じゃ! これを見よ!」

 NOは握った手の中からさらさらと砂のような物を出し始めた。

「手品? 別に珍しくもないけど…………」

「これは砂金ね。この光沢からすると純金に近いわ」

「わらわを褒めたたえるならば褒美にこれをたんまりとくれてやろう。どうじゃ? わらわに従うような気分に…………」

「とにかくどこか休める場所があればいいんだがな」

「そうね、考えをまとめる時間も必要だし」

「こっ、コラぁぁぁぁ!」

 呆れたようにるいは言う。

「なに? 用が済んだのならもう行くよ?」

「金じゃぞ? 貴重じゃぞ? 富を得たいとは思わんのか!?」

「あのね、この国でそんな出どころの分からない大量の金なんて持ってても扱いが難しいのよ。そもそも物で釣ろうって発想がナンセンスだわ」

小姐(じょうちゃん)、あんまり言ってやるな。金銭でしか威張れない悲しいヤツもいるんだよ」

「う、うぐっ!」

 NOは何かに耐えるようにうつむいてふるふると震えだした。

「ふ、ふーんだ、わらわ平気だもん………下々の言う事なんて気にしないもん」

「うーん、ちょっとかわいそうかも」

「………………」

 少し考えたぐり子はぽつりと呟く。

「……どこかに人を治療できるような偉大な錬金術師様はいらっしゃらないかしら?」

「ぐり子?」

 チェンは意図を察したのか大仰に続ける。

「ああ、弱ったなぁ。無力な俺たちじゃ何にもできないや。凄い錬金術師様が救いの手を差し伸べたりしてくれないかなぁ。いや、でもさすがにどんな偉大な錬金術師様でもこの傷ついた動物を瞬時に癒したりはできないだろうなぁ…………」

「いや、いくらなんでもそりゃないでしょ…………馬鹿にしてるってレベルじゃ…………」

 NOは瞳を輝かせ、満面の笑みで言った。

「やっぱり愚民共は駄目じゃな! わらわが導いてやらねば!」

「嘘でしょ!?」

 傷ついたアルトゥースの体にNOが手をかざすとそこから緑色の光があふれだし、瞬く間にその傷を跡形も無く消し去った。

「凄い…………」

「ふっふっふ、生体の再生など我が『不死炎』を持ってすれば容易い事じゃ」

「なるほど、やり方次第では使えそうね」

「ああ、バカとハサミは使いようだな」

「うっ…………」

 アルトゥースは意識を取り戻したのかゆっくりと目を開けて辺りを見渡した。しばらくぼんやりとしていたが、突如として覚醒すると慌てたように言った。

「どうしてお二人が!? 避難してくださいと言ったじゃないですか!」

「こっちも異常事態だったのよ、合流した方が情報の集まりがいいでしょう?」

「っていうか、私たち友達でしょ? アルト君のピンチは見過ごせないって」

「うーん…………」

 二人がどういう性格かという事を読み切れなかったアルトゥースは仕方ないとため息をつき、気分を切り替えた。

「この状況であれこれ言っても意味がないので、単刀直入に言いますが世界は滅亡します」

「な、なんだってー!?」

「どうしてそんな事が分かるんだ? 黒いの」

 淡々とアルトゥースは語る。

「それは世界の管理者であった僕の任が解かれたからです」

「あまりにも荒唐無稽な説明だわ。信じろと言われても信じられないわよ」

「別に今すぐに信じてくれとは言いません。僕“達”の話を聞いてから判断していただいて結構ですよ」

「達、じゃと?」

 その時、廊下の電灯がついて辺りの展示物がはっきりと見えるようになった。そのガラスケースの中身の数々を見たるいは衝撃のあまり言葉を失う。

「これって…………!」

 自分達の知らない、自分達の記録。単なる作り物としてはあまりに精巧で、本当にそういう事があって自分が忘れているだけと言われたら信じてしまうだろう。

 床に響く“カッカッ”という足音と共に誰かがやってくる。

「俗に『空の記憶(アカシックレコード)』と呼ばれているものです。『(から)(うえ)(きみ)』こと『()(てい)(アカシャ)』……いえ、真祖『RE:D(リィド)』の力により形成された無限世界の全てを記録している場所なんですよ」

「あなたは?」

 犬のような雰囲気を持つメイド服の人物はスカートの端を摘まんで軽く会釈をする。

「アリスタと申します。真祖『RE:D(リィド)』の欠片であることか様こと邪神ベルテルス様に仕えています」

 チェンは何かに気づいたように言う。

「なるほど、俺の術に干渉してきたのはアンタってわけか」

「はい、そうです。よくわかりますね」

「こちとら『気』の専門家でね。ま、アンタみたいな気質なら誰だって見分けがつくだろうけどな」

 にこりとほほ笑んでアリスタは言う。

「皆様をここにご招待したのは、アルトゥースを助けて頂いたからとあの『コンス』と契約を交わした鐘紡(かねつむぎ)様に興味があったからです」

「私に?」

「僕達は真祖『RE:D(リィド)』と契約した『コンス』より生み出されました。しかし、そのどちらも僕達にとってはどうでもいいのです。アルトゥースは望夜様の為に生きて、僕はことか様の為に生きる。僕達にとってはそれ以外の事に価値は無いのですから」

「何が言いたいのかしら?」

 アリスタは淡々と語った。

鐘紡(かねつむぎ)様に真祖『RE:D(リィド)』を滅ぼしてもらいたいのです」

「ちょっ、ちょっと待って」

 るいは理解できないかのように言う。

「真祖『RE:D(リィド)』ってあなたが仕えている人なんじゃないの?」

「僕はことか様に仕えているわけであって、真祖『RE:D(リィド)』に仕えているわけではありません。それにあれは人間への復讐心だけで動いているだけのただの化け物です。もはや個人としての意識も残っていないと思います」

「さっきから話に出てきてる真祖『RE:D(リィド)』ってのは何なんだ? まずはそいつの説明をしてくれないか?」

 カチッ、というスイッチの音と共に明かりが落ちて、同時にこの場はシアターのような空間へと変わった。ぐり子達が座る椅子の前の幕に映像が映し出され始めた。

「遥か昔、現人類であるホモサピエンスは旧人類であるネアンデルタール人を滅ぼしたとされています。理屈では説明できない虐殺ともいえるその所業は現人類が憎しみ(オディオ)怒り(イラ)によって形作られた邪悪な存在である事の証明でした。旧人類を滅ぼしたホモサピエンスの狂気は留まる事を知らず、次に標的に選んだのは『竜族』でした」

「竜族?」

「灼熱の太陽が照りつける砂漠に住んでいた種族です。日の光と水だけで生きる事ができ、過酷な環境に耐える強靭な体と優れた知性を持っていました。わざわざ砂漠に住んでいたのは他の生物との争いを避けるためでしたが、その甲斐も無く人間達は襲い掛かってきました。土地が欲しいわけでもなく、実害があるからでもなく、ただ殺すためだけに人間は多くの犠牲を払って何度も襲い掛かってきたのです。幾人もの同族が倒れていくのを見た竜族はこの世界を見限り、時空間の狭間へと消えていきました」

 アルトゥースは語る。

「敵の居なくなった人類ですが、やはり戦いを止めるわけもなく今度は人間同士で戦争を始めました。そして最終的に誰も居なくなるかと思われたのですが、竜の血を浴びた人間達が邪悪を克服した人間の模範(パラダイム)となり、知的生物としてのあるべき姿を広め始めたのです。誕生以来、憎しみ(オディオ)怒り(イラ)に支配されていた人類はそこでようやく人間性を獲得するに至ったのです」

「しかし、模範(パラダイム)模倣(エミュレイト)したとしても人から憎しみ(オディオ)怒り(イラ)がなくなったわけではありませんでした。押し込められた憎しみ(オディオ)怒り(イラ)は因果のように人類を滅ぼす存在である真祖『RE:D(リィド)』の誕生の引き金になってしまうのです」

 スクリーンの映像が変わる。それは現代の街並みであり、魔法少女が怪物と戦っている光景が映し出される。

「人が邪悪を克服した者ではなくその模倣者(エミュレイター)である以上、憎しみ(オディオ)怒り(イラ)に抗い続ける必要がありました。怪物『スクウィール』は憎しみ(オディオ)怒り(イラ)を発散する代謝として人の無意識が生み出したものです、魔法少女はそれを倒す事によって世界を保ってきました」

「ちょっと待って、それなら魔法少女の居ない時代はどうだったのよ。他に対策機構があったっていうの?」

 アリスタはにこりと微笑んで言う。

「良い質問でございますね。無論、ありましたよ。陰陽師、聖人、騎士、錬金術師。他にも数えきれないほどの機構が。あえて魔法少女だけを抜きだしたのは機構の中で唯一、過去の経験が引き継がれたものだからなんです」

「今までの機構では憎しみ(オディオ)怒り(イラ)を処理しきれませんでした。その結果として何度も世界規模の戦争が起こったんです。その失敗を省みた錬金術師達により作られたのが魔法少女システムでした」

「それは成功でもあり、失敗でもありました。受け継いだのは力や英知だけではなく、そこに潜む憎しみ(オディオ)怒り(イラ)さえも引き継いでしまったのです」

 スクリーンに一人の魔法少女が映し出される。無邪気な顔の人懐っこそうな少女は一見笑みを浮かべているように見えるが、その見開いた瞳は何も見えていないかのように虚無に満たされている。地面に落ちた影にはデフォルメのようなコミカルな顔が張り付けられており、まるで生きているかのようにも見える。

「彼女は『心』の魔法少女、その名を『トゥルーハート』と言います。そしてその影に寄生しているのはそのパートナーである『ギャラン=ドゥ』。見ての通り、彼らは共生関係にありますが、その関係性は一言では言い表せないほどに複雑です」

「彼女は魔法少女として非常に優秀でした。そう、あまりに優秀過ぎたのです。単なる憎しみ(オディオ)怒り(イラ)を発散する代謝としての役割を超えて、仮初の目的でしかなかった『誰かを救うための魔法少女』を体現する救世主となってしまったのです」

「なってしまった? 『なった』ではなくて?」

 アルトゥースは語る。

「皆さんは全ての人間が幸せになれると思いますか?」

「うーん、『無理』じゃないかな? 深く考えなくたって無茶な事だって分かるよ」

「そうかの? わらわに仕えれば全ての者は幸せじゃろ? 簡単な事じゃ」

 ぐり子は質問を返す。

「それは『お互いを殺す事のみを望んでいる二人が同時に幸せになれた』という意味でいいのよね?」

「もちろんでございます」

「………………っ!」

 苦虫を噛み潰したような顔をするぐり子にチェンは問う。

小姐(じょうちゃん)、何に気づいた? その矛盾した質問に屈折していない答えがあるっていうのか?」

「……ええ、あるのよ。あまりに歪で完全な回答が一つだけ」

 ぐり子は言う。

「本物の人間一人につき、一つの世界を与えるのよ。そしてそこにほぼ完全に人間と同じながらも思考を持たないという一点だけが異なったロボットを配置するの。その人間は全てが偽物である事に気づかずに殺したい相手を殺し、幸せになる事ができるというわけ。無論、その人間のための世界だから望むままに全てが叶い、憎しみ(オディオ)怒り(イラ)がたまるような事も無いはずだわ」

「…………本気で言ってるのか?」

 チェンの言葉はぐり子に向けた物ではなかった。その視線は二体のケモノへと向いていた。人間の物とは違う瞳は闇の中で怪しく輝く。

「『完全救済世界』とその思想は呼ばれています。人に優劣が存在する以上、他の誰かが居れば憎しみ(オディオ)怒り(イラ)の発生は避けられない。人類を業から解き放つだけではなく、彼女はその心まで救ってみせたのです」

「でも…………」

 るいはおずおずと言う。

「でも、それって幸せな夢を見せられているのと何が違うんだろう」

 勇気を持って続ける。

「みんなを独りぼっちにしてそれが幸せだなんて、そうじゃなければ幸せになれないなんてやっぱりおかしいよ。そんなの誰も幸せになってないのと同じじゃないか」

「るい」

「確かに辛くて苦しくてとても幸せなんて思えない瞬間だってあるよ、テレビの向こう側で苦しんでいる人が一杯居るのだって知ってる。だけどそれはどうしようもない事なんだよ」

「だから諦めろと? ひどい話ですね」

「分かってるよ。生きるって事は残酷な事なんだ、理不尽なんだ。でも、憎しみや怒りが人の一部であるように、それが生きるって事の一部なんだ。私たちがすべきなのはそれを嘆いたり悔やんだり増して消し去る事じゃなくて、生きられなかった誰かの分まで精いっぱい生きる事なんだ。それ以上の事をしようとするなら、それはエゴだよ。私たちが一生このままだってバカにしてるのと同じだ。例え、私たちがその人の思った通りだったとしてもそこまで生きてきた事は無駄なんかじゃない。だってさ、失敗だって分かったんだ。次はきっと上手くやれるよ」

「………………」

 二体のケモノはるいの言葉に呆れてしまったのか、しばらく目を閉じて沈黙していたが、やがて笑みを漏らしていった。

「人はなんて愚かなんでしょうか。ここまで打ちのめされてもまだやれると信じている。見てください、あの瞳。闇を見ているのに光が映っている」

「アルトゥース、あれは僕らの瞳の光です。彼女は僕らの中に光を見出したのです」

「アリスタ、それはありえない。何かの間違いじゃないですか?」

「しかし、僕達は光を見ています。それだけは否定できない事実です」

「なるほど、ならば認めざるを得ないようですね。彼女が邪悪を克服している事を」

 アルトゥースは話を元に戻す。

「『トゥルーハート』は憎しみ(オディオ)怒り(イラ)を持ちません。正確には自分では分からなくなっていると言った方が正しいでしょう。それは邪悪を克服したわけではない、『歪な完全性』です。その歪さは他者の憎しみ(オディオ)怒り(イラ)を増幅します。そして膨れ上がった憎しみ(オディオ)怒り(イラ)によりある怪物が生まれました、それが『コンス』です」

「かつてのコンスは『七夜(ななや)()(つき)』という暗殺者でした。全ては“彼”が『七日奏(なのかかな)』という魔法少女に出会った事で始まったのです」

 ケモノ達は銀幕に映し出す、失われた伝説(ゆめ)の話を。


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