第一章1 わらわはNO
ある日、ぐり子の家にいつものように遊びに来た佐下るいは予想外の事態に混乱していた。
事態があまりに異常だと意外におかしく感じないんだな、とるいはぼんやりと思っていたが、いやしかしやっぱり突っ込みを入れた方がいいだろうと思い直し、大きく息を吸って吐いて言った。
「なんで増えてるの!?」
「って言われても」「どうしようもないよね」「困ったなぁ」「うーん…………」
友人の桑納のかなは魔法少女であり、度々事件に巻き込まれるので変な状態になっていても理解はできるのだが、さすがに何人にも増殖されると理解はできても納得はできなかった。
もう一人の友人である鐘紡ぐり子は冷静に語る。
「落ち着きなさい、るい」
「ぐり子はもっと慌ててよ! その分だけもっと私は混乱しちゃうって!」
「前にも増えた事はあったわ、その時は別人だったけどね」
「はぁ? なんの話?」
「とにかくこの事態には冷静に対応する必要があるという事よ」
るいは難しい顔で唸りだすと急に立ち上がって言った。
「とりあえず、自己紹介とマーキングをしようよ。今のままだと全く見分けが付かないよ」
「私には見分けが付くわよ、この子は泣きぼくろがあって、その子は一重まぶた。あの子はえくぼがあって、どの子にも無い赤毛が混じっているのが最後の子よ」
「さすがはぐり子、正直引くレベルだよ。でもね、私は分からないからね? ほーら、ちゃっちゃと自己紹介してよ、のかな」
のかな達は順番決めにざわついていたが、やがて一人ずつ話し出した。
「桑納のかななんだ。炎影だけは誰にも負けないよ」
「桑納のかなだよ。スプーンを超能力で曲げられるよ」
「桑納のかなね。『創造』能力が使えるよ」
「桑納のかななの。ドラゴンになれるよ」
るいは見分けが付くように各のかなの頭に赤、青、黄色、緑のリボンを結び付けた。その様子を見ていたぐり子は神妙な顔で呟く。
「どうしてピンクが居ないのかしら?」
「ぐり子ってたまに真面目な顔でズレた事言うよね」
「そうかしら? 結構重要な事だと思うけど」
ぐり子には付き合ってらんないや、と肩をすくめたるいは話を変える。
「こういう時はアルト君に聞いた方がいいのかな?」
アルトゥース=ルービンシュタイン、通称アルト君。魔法少女を管理する組織の一局長であり苦労人。黒いイタチと人間の姿を行き来し、どちらが本当の姿なのかは誰も知らない。
「そうね。まずはそっちの線から当たってみるのがいいと思うわ」
携帯を取り出したるいはアルトゥースへと電話をかけた。
「もしもし?」
『るいさん!? 今すぐにどこか安全な場所に避難して…………』
その刹那、電話の向こうで爆音が鳴り響き、通話は強制的に打ち切られた。ただ事ではない様子にるいは慌てたように言う。
「大変だ! アルト君が死んじゃった!」
「落ち着きなさい。まだ死んだと決まったわけではないわ」
「いや、死んだよ! 絶対死んじゃったって今のは!」
「なにその妙なこだわり」
「うわーん! アルトくぅーん!」
混乱したるいと状況が理解できずにおろおろするのかな達を放置し、ぐり子は手をぱんぱんと叩いた。すると窓が自動的に開いて突風が中に吹き込む。やがてその風は渦を巻いて中心に一人の人間を形成する。
その生意気そうな顔立ちの中華系少女は恭しく礼をする。
「お呼びですか? お嬢様」
「あなた、そういうキャラじゃないでしょ、チェン」
名前を呼ばれた少女は茶目っ気っぽく笑った。
「気分だよ、き・ぶ・ん」
チェンは仙人であり、ある経緯からぐり子の駒として動いている。気分屋で素直に人に従うような性分ではないが、目を付けられた相手が悪いので今の所は従順である。
「で、今日は何の用だ? あんまりキツイのは勘弁してくれよ」
「あなた、電話の逆探知とかできる?」
困惑したようにチェンは言う。
「……小姐本気で言ってんのか? こちとらファンタジー純度100%だぜ? できるわけないだろ」
「冗談よ、ここにアルト君の体毛があるから位置を調べられるかしら?」
「それなら楽勝。なんで持ってるかはあえて聞かないぜ」
証拠品のようにパッケージされた体毛を受け取ったチェンはどこからか玉手箱のような豪華な逸品を取り出すとその中に入れた。、その上に一緒に取り出した水晶玉を設置すると場所が映し出された。
「あなたの術はいつ見てもオカルトね」
「俺からすれば広く知られているってだけで万物の支配者面してる科学ってヤツも十分オカルトだと思うがね。とにかく場所は割り出せたぜ、移動術で行ってみるか?」
「電話口での様子は切迫したものだったわ。何かに襲われていたのだとしたら、目立つ行為は避けるべきよ。車で行きましょう」
「でも、ぐり子、こんな大人数乗れるかな?」
「平気よ、ウチに普段置いてあるリムジンは運転手込みで8人乗れるわ」
「ヒュー、持つべき者は有銭の知り合いだな。一般人は巻き込めないし、この中で運転できるのはどうやら俺だけか。俺が運転するかね」
ぐり子は意外そうに聞く。
「あなた、免許はあるの?」
「無いけど三十秒で作れるぜ」
瞬間、ぐり子は頭痛がするかのように顔をしかめ、ため息をついて言った。
「本当に大丈夫なのかしら? …………せめて安全運転で頼むわね」
「好的、大姐」
やがて一抹の不安と共に車は走り出す。戦闘の気配を感じたのかな達は各々の装備の点検を始める。姿こそ似ていても装備は別なようで、お互いの装備について語り合ったり貸し借りしたりしているうちに気分が高まってきたのか段々とかしましくなってきた。
その様子を見たるいは苦言を漏らす。
「アルト君のピンチかもしれないのに呑気だなぁ」
「緊張しているよりはいいわよ。それより、考えるべき問題は別にあるわ」
「問題だって?」
「ええ、向かってる場所が車で行ける距離だって事よ」
るいは不思議そうな首をかしげる。
「それが?」
「つまりだ、アルト君とやらは本来別次元に位置する場所に居るはずでこの世界の、ましてこの街に居るのはおかしいってだろうって事さ」
「確かにそうだね。…………罠って事?」
「そう考えるのは短絡的よ。電話口でのアルト君は『安全な場所に避難して』と言ったわ。何者かに襲われたのなら『関係者に知らせて』や『助けて』になるはず」
「なのに『避難して』って事はどうやら事態は思ったよりも深刻なのかもしれないな」
「うーん…………」
そこでようやく自身が危険に巻き込まれたのを悟ったのかるいはがくがくと震えだす。
「どどど、どうしよう! プロテクターとか金属バットとか持ってきた方が良かったかな!? 目的地に着く前にどっか寄っていける? 急いで買ってくるから!」
「るい、あのね…………」
「ぶっ! はははははは! こいつは傑作だな、野球道具くらいならすぐ出してやるぜ?」
「チェンも悪ノリしないでくれる? 現代兵器でも相手になるか分からないのに、そんな物でどうにかなるわけないでしょ。確かに危険だけど、私とるいは問題ないと思うわ」
「どうして?」
「私が悪魔と契約しているからよ」
その言葉を聞いたチェンは苦い顔をして、るいは苦笑をした。
「ぐり子……多分だけど病院行った方がいいよ」
「なんで魔法少女は良くて悪魔は駄目なのよ! どっちも似たような物でしょ!?」
「全然違うよ。だってさ、魔法少女はサンマを大根おろしで食べると思うけど、悪魔は食べないと思うもん。うーん、悪魔って何を食べて生きてるんだろう?」
「……ごめんなさい、るい。あなたの言っている事がまるで理解出来ないわ」
チェンは感心したように言う。
「へー、意外と面白い見方をするな、この皇帝陛下は。生活感で存在の有無を定義するか。そこまで所帯じみた魔法少女もどうかと思うが、生臭さとは切り離せないのも事実だ。全ての生物に必ずあるはずのそれが無いのなら、確かに想像上の『悪魔』は存在しないと断言するのも頷けるな」
肩をすくめてぐり子は言う。
「るいはそこまで深く考えていないと思うわよ」
「だとしたらとんだ逸材だな。息を吐くように真理を説けるとは。俺だってそこまで悟れちゃいないさ」
「ずいぶんと買ってるのね」
「こいつの気質がいいからな。女なのが本当に惜しい、男だったら天下を取れてたくらいだ。まあ、女でも味方に居れば勝利をもたらす幸運の女神くらいの効能はあるけどな」
「どう見ても女神って柄じゃないけどね」
「こういうのは意外性のある方がいいんだ」
目的地の近くまで来た時、少し遠くで爆発したように煙があがるのが見えた。チェンは車を止めると外を見る。
「俺たちと関係の無い事故……ってわけじゃないだろうな」
「ちょっとのかな!」
るいの怯えたような声に振り向くと何やらのかな達の様子がおかしくなっているのが分かった。何かに操られているかのように目から光が失せ、虚ろに何かを呟いている。るいがその唇に耳を近づけると呪いのような言葉が聞こえた。
「裏切り者…………」
「うわっ!」
るいを強引に突き飛ばして車を降りたのかな達は歩き出す。ぐり子はるいに手を差し伸べて起き上がらせる。
「大丈夫?」
「うん、平気。けど、のかな達は急にどうしちゃったんだろう?」
「あの事故現場が怪しいな。周囲の気の乱れが半端じゃねぇ。もう気配を隠す意味も無いだろ、周囲まで飛ぶけどいいな?」
「構わないわ」
その言葉と共に風がぐり子達を包み、宙へと浮かび上がらせる。るいは奇妙な浮遊感にバランスが取れず、水車のようにぐるぐると回りだす。
「うわわわわわ! だ、誰か止めてぇぇぇぇ!」
「るい、こんな時にふざけないで」
「私は真剣だよ!」
「なまじ力がある分、干渉して制御が難しいのか。今止めてやるから落ち着け」
るいの体を脇に抱えて回転を止めるとチェンはぐり子と共に空へと飛び出した。普通なら誰かに見られでもすれば噂になりそうな行動だが、その卓越した技術を持ってすれば姿をただのカラスに見せかける事など造作も無いことだ。
事故現場の近くのビルに着地すると相手からの認識を阻害する結界を張り、チェンは様子を窺う。
「これは…………」
明らかに異常としか言いようのない光景がそこには広がっていた。地面は隆起し、アスファルト下の大地が顔をのぞかせている。そしてその周囲に倒れているのは幾人もの“のかな”、その傷は自然死ではなく殺された事を示している。流れ出た体液がさながらペンキのように景色を赤く浸食し、辺りに鉄の匂いを満たしていく。
まだ生きている“のかな”はその中心に居る赤毛の少女へと襲い掛かってはその手にある機械仕掛けの剣に斬られて、風景の一部へと変わっていく。
「ウラギリモノ…………」
赤毛の少女は苛立ったように叫ぶ。
「誰が裏切り者か! わらわは孤高の存在、貴様らなどに与するわけがなかろう。出来損ないの人形共め、消え失せろ!」
るいは少女が抱えている黒い塊が何なのかを理解すると口を開く。
「あの子、アルト君と一緒だ!」
「守っているように見えなくもないけど、どうしたものかしらね」
「苦戦しているようには見えないが苛ついているようだぜ。ああいう手合いは癇癪持ちだ、長引くと防衛対象ごと敵を殲滅しかねない」
「助けなくちゃ、でもそのためにはのかなを殺さなくちゃいけない…………」
「チェン、お願い」
「ぐり子!?」
葛藤するるいを横目にぐり子は冷徹に言い放つ。
「あの化け物たちを殺してでも、あの子達を救出して」
「了解」
「ぐり子、あれは化け物なんかじゃない! のかななんだよ! 本気で言ってるの!?」
揺らぐことなくぐり子は言う。
「あれがもし本物ののかななら、こんな蛮行殺してでも止めてくれと言うはずだわ。私はのかなと同じ顔をした化け物が暴れるのを見過ごすわけにはいかないの」
「ぐり子……だけど……だけど!」
反論する事ができずにうつむいたるいの肩にそっと手を置き、ぐり子は戦場に向かうチェンの後ろ姿を見送った。
着地すると同時に凄まじい跳躍で一気に少女の元へと接近したチェンは剣の振りをひらりとかわしてその影へともぐりこんだ。
「わらわの影に入り込む、無礼者……何者ぞ!」
「別に怪しいもんじゃないぜ、通りすがりの正義の味方だよ」
「ほう、ならば、わらわの味方か。通りついでにこの出来損ない共を殲滅してくれると助かるのじゃがな」
「あいにくとウチのオーナーの言葉は額面通りに受け取るわけにはいかなくてね、ここは撤退するだけに留めてくれるとありがたい」
「よかろう、人形遊びにも飽きてきた所じゃ」
チェンはマジックショーのように大きな布を少女にかぶせ、その姿をどこかへと消し去る。のかな達が襲い掛かってくるのと同時に布を被ると自身も同じくその姿を消した。




