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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編3:クララクライシス
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第三章 4

 のかなはクララとの戦いが始まると共に奇妙な記憶のフラッシュバックに悩まされていた。これが相手のやり口というわけでは無さそうだが、気が昂って理性的で無くなってしまうのだけは見過ごせない。

「はあっ!」

 鉄の壁すら容易く貫通するパンチを受けてもクララは微動だにせず、涼しい顔で笑みを浮かべる。攻撃の手応えが無い事を知ったのかなは『思い出した』。

「そうだ、『道化の王(クラウン・クラウン)』がある限り一切の攻撃は効かないんだ。それがお前の能力……!」

「思い出に浸ってる暇はありませんわよ」

 右手で己の背後にある“何か”を破壊する。その瞬間、クララは常軌を超えた速度で動き、のかなの体を吹き飛ばす。

「うわあああああ!」

 頑丈な竜人の体でさえ軋む程のダメージ。人間だったらひとたまりも無いだろう。だが、単純な痛みよりも記憶がのかなを苦しめる。

(『道化の王(クラウン・クラウン)』の発動には体力が必要だ。ならばそれが無くなるまで執拗に攻撃し続ければいい)

「なんだ……この記憶は。何かが思考に介入してきている?」

「くくく、フラッシュバックに悩まされているみたいですわね。記憶が完全になる前に早く始末して差し上げなければ!」

「止めろ、クララ! この“何か”を刺激しちゃいけない!」

「化け物の命乞い等聞く耳を持ちませんわ!」

 クララは右手を振り、空間を消し去るとのかなの体の持つ防御力を殺して、生身と同じように衝撃を叩きこむ。

「ぐはぁ!」

「死ね! 化け物ォ!」

「う………くぅ! こ、この分からず屋ぁぁぁぁぁ!」

 体から衝撃波を放って力任せに引きはがし、そのままのかなは右手に力を溜めてクララへと解き放つ。

真祖の波動衝撃(リィドストライク)!」

 だが、直後にその出力が強すぎた事に気づき、慌てたように言う。

「しまった! 加減を間違った!」

 いくら敵であろうとも和解出来る可能性のある相手を殺す事は本意ではない。例え不可能に近いと分かっていても、救いを探すのが魔法少女なのだから。

 エネルギーの奔流により発生した霧が晴れた時、クララは深く傷つきながらも原型を保っていた。それを見たのかなはほっと胸をなでおろす。

「よかった…………」

 その様子を知ったクララは激怒する。

「よかった? ……この化け物はどれだけ私を愚弄すれば気が済みますの!? 化け物なら化け物らしく人を見下しなさいな!」

「クララ! 私はお前がどんな記憶(メモリー)を持っているのかは知らない。もしかしたら、お前の言う通り私の本質は邪悪なのかもしれない。だとしても私は魔法少女なんだ。例え、私の中の“何か”が私を侵食しようともそれだけは変わらないんだ。私は邪悪を克服して生きる!」

「………………」

 クララは声をあげて笑った。

「くくく…………あはははははは!」

「クララ……………」

「化け物の言い分など知ったこっちゃないですわ。危険ではない可能性に賭けるくらいなら、確実に危険でない方法を選ぶだけ」

 のかなは不理解に苛立つように言った。

「クララ、なぜ殺す?」

「愚問ですわね、全ては我が正義のため」

「これが正義だって? この光景が正義だとでもいうのか!?」

 死んだ鬼達の血と肉の海の中でクララは不敵に微笑む。

「そう、これこそが正義。私達、人の正義。かつて竜を滅ぼしたように自分達と違う生き物を殺す野蛮な生物。人に高尚さなど求めるのは愚か。知性などと嘯いても、所詮は血の詰まった革袋に過ぎない」

「お前が人を語るな! お前は邪悪だ!」

「くくく…………流石『伝説』様は言う事がご立派ですわね。しかし、人ではないあなたが人間を語るのもおかしな話。化け物なら化け物らしく黙って人に殺されていればいい」

 のかなはあえて強い語調で告げる。

「クララ、最後の警告だ。これまでの競り合いでお前が私に勝つ事はできないのが分かっただろう。このまま背を向けて立ち去るというのなら私はお前を見逃してやる。だが、そのポケットから『クライシスライト』を抜いて私に襲いかかるのなら容赦はしない」

「…………確かに私ではあなたに勝てない。それは認めるしかありませんわね」

 クララはくるりと反転し背を向けた。

「しかし、同時に正義が退く事があってはならないのも事実」

「クララ……お前!」

 ニィ、とクララは口の端をあげて笑った。

「我が正義は不滅ッッッ…………!」



 あれは誰だったのか、先輩だったのか後輩だったのか今となっては何も分からない。置き去ってしまったのだ、遠い記憶(メモリー)の彼方に。人は曖昧で容易く改竄される記憶を確かな物だと盲信し、生きる。例え、容易く操られる人形に過ぎなくとも、いつかは真実に到達するために虚構の中を突き進む。

 狂志郎は灰色の街を歩いていた。コールタールのような黒い雨の降る世界を傘も差さずに歩いていた。

「狂志郎」

 誰かに呼ばれてもその人物の顔は黒く塗りつぶされて思い出す事ができない。声にはノイズがかかり、匂いは消え去っているのにそれでも心が震える。

 待ってくれ、と言葉を紡ぐ前に目の前から消え去ってしまう。

「教えてくれ…………俺はどこに行けばいいんだ? 何を信じればいい、何を守ればいい、何を殺せばいい?」

 別の誰かが言う。

「迷っているのか狂志郎。ならば私が導いてやろう。私が絶対的な者になってやろう」

「そんな事は望んでいない」

 別の誰かが言う。

「彼女を殺した者への復讐をしましょう。それこそが弔いになるのよ」

「そんな事は望んでいない」

 別の誰かが言う。

「人の為に生きる事、それが正義なのですわ。あなたは化け物の血に飢えているのですの」

「そんな事は望んでいない」

 別の誰かが言う。

「みんな居なくなっちゃえばいいよね。彼女が居ないんだから、こんな世界に価値なんて無いし」

「そんな事………………」

 狂志郎は粘りつく黒の中に沈んでいく。落ちていく。光さえ届かない闇の底へと。希望さえ要らなかった。己の痛みを消し去る事などできないのだから、代わりなど虚しいだけだった。

「………………」

「狂志郎」

 分からない、誰なのか。塗り潰されてしまう、忘れてしまう。それでも彼女は曖昧に微笑んで言う。

「手合わせ願えますか?」

「ああ…………」

 拳をぶつけ合い、火花を散らす。その度に意識が鮮明になっていく。光が満ちていく。どうしようもない暴力性の発露、しかし怒りでも憎しみでも無かった。

「殺す事しか能の無い私達はこうする事でしか分かり合えないのです」

「………………」

 狂志郎は拳を受け止めて言った。

「それは違う」

 手が燃えるように熱く疼く。

「あなたは戦いを理解の道具にはしなかった。殺人許可証を持つからこそもっとも正しい存在にならなければならなかった。それは決して暴力に依存した歪な物ではなかった。お前は幻覚に過ぎない。お前は偽物だ」

「………………!」

 狂志郎は意識を取り戻す。どれほど気を失っていたのかは分からない。だが、それほど長い時間ではないようだ。体はすでに限界を超えていたが、何故か素直に動く。

 男は驚いたように言う。

「何故だ…………何がそこまでお前を動かす。お前は不死身なのか、天羽!」

「………………」

 構えを取り、狂志郎は言う。

「エージェントX、俺は思い出したよ」

「思い出しただと? 忘れていたお前が? 馬鹿な!」

 男は否定するように拳を振るう。狂志郎は瞬間的に飛び退くと同時攻撃を完全に防御した。

「なに!?」

「いくら同時攻撃ができると言っても、射程には限界がある。距離を取って何が来るのかを予想すれば防げない事はない」

「ちぃ! ……だとしてもこの俺を殺す程のパワーは無いはずだ。お前は行き詰まりだ、天羽!」

 狂志郎は再び必殺の体勢を取る。

「天羽! 一度破られた技で俺を殺せると思っているのか!? その思い上がりを今正してやるぜ!」

「………………」

 闇の中で精神を集中する。正気を削るような激しいフェイントの果てにその一撃が来る。それに対し、まっすぐに迎撃する。

恐怖に先立つ者(アンテメトゥス)

「甘いんだよ!」

 男の姿はぶれて狂志郎の前から消える。カウンターの速度よりも早く動かれれば為す術がない。だが、狂志郎の狙いは違った。

「反転」

 旋回するように己の背後を向くとそこに向かって拳を打ち出した。

あの空を越えて(アンテカエレム)

 闇を光に変え、“(から)”を破壊する。それは本来ありえない事だった。己を規定する鎖を完全に破壊しきるには個人のエネルギーでは絶対に成しえない。なぜなら天秤のように鎖と力は釣り合っているからだ。しかし、狂志郎はその先の地平に行った。“誰か”の力を受け継ぐという技の本当の意味を理解する事ができた。

 万物と釣り合う物である“(から)”が破壊された今、狂志郎に一切の枷は無く、それは何にも打ち消される事のない無限のパワーを持つ。

「消えた!?」

 男は姿を消した狂志郎を追い、平行世界の自己を集束して加速を始める。

「所詮は超スピードのまやかしだ。その悪あがきごと打ち砕いてやる!」

 存在の速度を上げて追いつくと男は拳を振り上げる。だが、狂志郎の姿はまたも消える。それを追って男も速度を上げていく。

 しかし、一向に追いつくことは出来ず、狂志郎はさらに加速していく。

「なぜだ! なぜこんな事ができる!? これが人間の出せる速度なのか? 天羽、お前は一体何になったというんだぁぁぁぁぁ!」

 限界へと達したスーツが耐えきれずに破壊される。男は急激に速度を失った事で高速領域からはじき出され、そのフィードバックで壁に叩きつけられる。

「ぐわぁぁぁぁ!」

 あふれ出した力はやがて周囲へと広がっていき、全ては光に包まれた。



「クライシスクラッシャー…………」

 右手を抜いたクララは必殺の一撃を放つべく、振り向いてのかなを見た。だがその瞬間、目の前の光景が理解できずに硬直した。

「は?」

 そして動き出すと今までは比べ物にならないほどの怒りに満ちた表情でつかつかとのかなへと歩いていき、その胸元を掴んで言った。

「あなた! どういうつもりですの!?」

「…………私は魔法少女だよ」

 戦闘の衝撃の影響か、デバイスが直っていた事に気づいたのかなは魔法少女へと変身していた。そのため竜人から人間へと戻る事ができたが、同時にそれは圧倒的なパワーを捨ててしまうという事でもあった。竜の力と互角に渡り合うクララ相手にそれを失えばもはや手も足も出ないだろう。常識から考えればとても理解しがたい行動であった。

 クララはのかなを殴り飛ばし、怒鳴るように言う。

「さあ、早く竜人に戻りなさい! そうしたらすぐにでも殺して差し上げますわ!」

「クララ…………」

 のかなは立ち上がると屹然(きつぜん)とした態度で言い放つ。

「言ったはずだ、私は邪悪を克服して生きると。“何か”が記憶(メモリー)を求め、それが悪を生むというのなら私に記憶は必要ない。お前のように記憶に囚われて生きるくらいなら記憶なんて初めから無くていい!」

「この!」

 クララに殴られながらものかなは踏みとどまる。

「本当は分かっているはずだ。何が正しくて何が間違っているか」

「ぐっ…………!」

「偽りの記憶(メモリー)を捨てろ! クララ!」

「裏切り者が! 黙りなさい!」

 迷いを振り切るようにクララは右手を振りかざす。

「クライシスクラッシャーアタック!」

 感情の昂ぶりと比例するように嵐のような攻撃が襲い掛かる。のかなは咄嗟に必殺の体勢を取り、それを迎撃する。

太陽光の波動衝撃(サンライトストライク)!」

 拳がぶつかりあった瞬間、奇妙な音が辺りに鳴り響き、光彩のエフェクトが輪となって広がっていった。本来競り合えるはずもないというのに力は均衡し、辺りに破壊の力を拡散して地形を壊していく。

「な、なんですの? このパワーは…………」

「おおお…………!」

「真芯を貫いてくるこのパワーは!」

「おおおおおおおおおおお!」

 拮抗の末に弾き飛ばされた両者は荒い息で立ち尽くす。全ての体力を使い果たしたのかなはもはや立っているのが精いっぱいだが、クララにはまだ余裕があるようだ。

 クララは再び右手を背後へと回し、攻撃を仕掛けようとする。

「クライシスクラッシャー…………」

「くっ…………!」

 絶体絶命の状況に冷や汗を流したのかなはただ物事の行く末を眺めるが、クララは攻撃をやめて右手を下した。

「………………」

「クララ?」

 己の右手を見つめ、静かに呟きを漏らす。

(わたくし)、分かりましたの。やはりあなたが裏切り者であるという事が。化け物であってほしいという私の願いを裏切って人であり続けた裏切り者であるという事が」

「………………」

「人にとって記憶(メモリー)はそのスタンスを決める歴史なのですわ。例え、歪んでいてもそれを捨てる事は難しいものですの。私は冷静では無かったのですわ、怒りに呑まれてしまってそれが本当に正しい事か分からなかったのですわ」

「クララ…………」

 もうクララに殺気は無かった。戦いは終わったのだとと理解したのかなは問いただすように聞いた。

「前に記憶を取り戻したと言っていたよね、それは一体どうやったの? 突然、思い出したとか? それとも誰かに教えられたとか?」

「それは………………」

「使えない子ね」

 聞き覚えのある声にのかなは視線を向ける。

「コンス!」

 大岩に座り込むコンスは詰まらなそうな顔で語る。

「殺す事もできず、生贄にもならないなんて」

「こいつですわ! 私をたぶらかしたのは!」

(クララにもコンスが見えているのか? まさか…………)

 のかなは直感的に悟る。

「お前、コンスじゃないな」

「うふふふふ………………」

「そうか、私の中の“何か”の正体はお前ってわけか」

「だとしたら?」

「これ以上好き勝手させるもんか。お前の思い通りにはさせない」

 クララを背にのかなは戦闘態勢を取る。満身創痍ではあるが、その瞳の光は消えていない。コンスはにやにやとした表情であざ笑うかのように言い放つ。

「デク人形が」

 その刹那、

「ごふっ!?」

 突如として己の胸から生えた血まみれの手を見て、のかなは驚いた顔で背後を振り返り、力なく呟いた。

「く…………ララ…………」

「………………」

 ぐらりと体が揺れてのかなは倒れる。クララの意思の無い瞳とコンスの不快な笑い声だけがそこにはあった。

「しまった……間に合わなかったか!」

 ようやくたどり着いたマリーが悔し気に呟くと世界に光が射し、全ては白へと変わっていった。


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