第三章 3
ナルが力を開放するとカラクリが動き出し、船が上へとあがっていく。やがて天井が開き、城の庭へと出た。のかなも力を開放し、船は段々と空へと昇っていく。
舵を握ったことかは進路を鬼ヶ島の方角へと向ける。風と一体となって船は進みだす。
「まさか飛空艇で鬼ヶ島へ向かう事になるとはな。歴史学者が聞いたら怒りのあまり卒倒しそうなほどの暴挙だぞ」
「大丈夫だよ、歴史は私たち作るんだもん」
「ふっ……違いない」
瞬く間に鬼ヶ島が見えてくる。対空砲撃が見えたことかは舵を切り、それをかわす。
「そりゃ水辺から侵入される心配が無ければ空を警戒するよね…………。みんな、どこかに掴まって! 突っ込むんじゃよ!」
砲撃を受けながら不時着気味に停止する。船は竜の力によって発生していた力場のおかげで奇跡的に損害はないようだ。
「ウチは船を守るためにここに残る。お前らは先に行け」
「頼む」
これだけ大騒ぎで侵入したのだ、すぐに敵が集まってくるだろう。狂志郎達は船から降りると警戒しながら岩の地形を進み始めた。
船の方が囮となっているおかげか警備はやや薄くなっているようだ。見つからないように注意を払って進んでいるとどこかから歌のような物が聞こえてきた。
「なんじゃろう、どこかで聞いたようなメロディーが…………」
「これ知ってる! 『鬼のパンツ』!」
「え? 『フニクリフニクラ』じゃないの?」
「どちらも正解だ。このメロディーは1880年に生まれたものであるから歌っているのはこの時代の者ではない可能性があるな」
ことかは困惑したように言う。
「ここは敵地じゃぞ、十中八九罠じゃろ」
「けど、罠にしてはあまりに間が抜けてるよ。もしかしたら黒幕に捕まえられた誰かが私たちの襲撃を知って助けを求めてるのかも」
「うーん、どうしようか」
「見過ごしてあとで人質にでもされると厄介だ。とりあえず様子を見に行くぞ」
歌を頼りに監獄らしい所にたどり着いた狂志郎達は近くに見張りが居ない事を確認すると檻の前へと近づく。それに気づいた中の人間は柵へと駆け寄った。
「おおっ! どうやら人間のようだな! 助けに来てくれたのか!」
その顔を見たのかなは驚いたように言う。
「マリー=マール!」
コスプレのように虎柄の衣服を身に着けている点を除けば、それは紛れもなくマリー=マールその人だった。
マリーも驚いたように返す。
「おお、のかな達か。まさかこんな所で再会するとは、驚愕怒涛。檻の鍵は壁に掛けられている。見張りが戻ってこない内に早く助けてくれ」
「分かった」
檻から解放されたマリーは安全な所まで退避すると話し出す。
「ふぅ、礼を言うぞ。さすがの私もデバイス無しでは何もできなくてな。あの『X』とかいうエージェント、今度会ったらただじゃおかないぞ」
「エージェントX! ……やはりあいつが黒幕なのか」
思う所があるのか狂志郎は複雑な表情を見せる。それを見たマリーはあえて語る。
「あいつは『ヤマ』を名乗り、新たな秩序を作り出そうとしているようだ。どうやるのかは全く分からないけど、そんな事になれば現行世界は崩壊する。絶対にさせるわけにはいかないぞ」
「分かっている、俺たちは先に進むがお前はどうする?」
「無論戦うぞ。やられたままでいられるか!」
ことかは呆れたように言う。
「客観的に物事を見れんのか。装備も無しで戦えるわけないじゃろ。私はマリーを船まで送っていくよ。時間的に向こうがまずい事になってないか心配じゃけぇこっちに戻るのには時間がかかるかもしれんけど、何とか頑張ってね」
「うん、ことかちゃんも気を付けてね」
「ああ、そっちも気を付けるんじゃよ」
狂志郎達はことかと別れて先へと進む。それを見送ったマリーは船を目指して歩き出そうとするが、ことかは体から剣を出してその首に突きつける。
「…………ベルテルス、これは何の真似だ?」
淡々とことかは語る。
「天羽から聞いた話によるとな、鬼を生み出したのは『現代人』の『お母様』なんじゃよ。『お父様』じゃないんじゃな。これは一体どういう事なんじゃろうなぁ」
「そんな事言われても何のことだかマリーには分からないぞ。お前は何を言ってるんだ?」
「ふーん、とぼけるんか。…………まあ、いいか。別にお前は死んでもいいヤツじゃし…………な!」
ことかが剣を振って首を狙うとその切っ先はマリーとは別の指に掴み止められていた。己の危機を救ったしもべの魔王を見る事もせずにマリーはため息をついて語る。
「もっと人を信じる心を持った方がいいぞ。――――騙し甲斐が無いじゃないか」
「いやいや、お前の事はとても信用しているよ。思った通りに一枚噛んどった」
「お前の欲しい物はなんだ? 人か? 物か? 栄誉か? それとも世界全部か? 私に従えば望むままにくれてやろう。私にはそれができる」
「なら、お前の命でも貰おうか。ああ、袋はいらん。ここで食っていくけぇね」
「おお、邪神よ! それは貰おうなどとはとんでもない! 逆に貴様の全てを奪ってやろう!」
マリーは手から衝撃波を放ち、ことかを退けると魔法少女へと変身し、二体の魔王を召喚する。
「来い! オディオ! イラ!」
かつての戦いと同じ情景に辟易したようにことかは呟く。
「懐かしい顔ぶれじゃな、あの時躊躇せずお前を殺しておけばよかったと今更ながらに後悔しとるよ」
「フッ、今の私は狂気に囚われているわけではないぞ。むしろ、狂気なのはそっちの方だろう」
「なに?」
マリーは得意げに語る。
「お前は、いやお前達は元々『RE:D』という邪悪な存在だった。それを証明するようにこの『スタンス』の支配する世界では邪神として振る舞うのに抵抗が無いだろう。狂志郎達が不在の800年間、貴様がどんなにおぞましい所業を人間たちに行ってきたのか教えてやったらどうだ? ククククク!」
「…………! 口三味線を弾くな! 私はそんな物には惑わされんよ!」
「そんなに焦って否定しなくても奴らは私の言葉よりお前の言葉を信じてくれるだろう。だというのにどうした? 何を恐れている? 吹けば飛ぶような人間性にしがみついているのを面倒に感じる事か? それとも本能に支配されて自分が自分でなくなってしまう事か? それとも――――『神』か」
「!」
焦ることかを見てマリーは楽しげに笑う。
「貴様、記憶があるな? 繰り返す分裂と統合でバグが発生したか。本来ならば速やかに『処理』されるべき状態ではあるが、あの女の職務怠慢で生き長らえているのか、または『処理』する必要がもはや無いという事なのか…………」
「…………なにを言っているんじゃよ?」
はっ、と気づいたようにマリーは言う。
「そうか、分かったぞ。あの女、だから足止めなどをマリーに…………!」
「おい、無視すんな!」
苛立ったようにマリーは返す。
「うるさいぞ! 今、マリーは考え事をしているんだ! ……くっ、どうやったらあの女を出し抜ける? 時間はもう幾ばくも無い、決断をしなければ!」
「じゃけぇ、私の話をな?」
「おそらく鍵を持っているのは狂志郎か。…………オディオ! イラ! そいつを足止めしておけ!」
「おーい、どこに行くんじゃよー、私はここじゃよー」
独りでぶつぶつ呟いて勝手に納得して離脱したマリーにことかは行き場の無い気持ちを吐き出すように叫んだ。
「あああああああ! 一体なにしに来たんじゃあいつぅ!」
「侵入者を捕らえろ!」
「ハァ!」
一体の鬼を殴り倒した狂志郎は息を吐く。中心が近づいてくると警備も厚く、中々進む事ができない。
「居たぞ!」
次々と来る増援に辟易したようにのかなは言う。
「うー……これじゃキリが無いよ」
「………………」
決意を秘めた表情でめろんは言う。
「ここは私が引き受けるよ。二人は先に行って」
「大丈夫か?」
「うん、半分鬼が入ってるから何とかやれそう。ことかちゃんが来るまでは持たせられると思う」
その力の信頼性に一抹の不安はあったが、ここで時間を食っている場合ではないと狂志郎は割り切りる。
「頼んだぞ、光の」
「うん、任せて」
「めろんちゃん、気を付けて!」
「のかなちゃんもね」
仲間と別れながら狂志郎は前へと進む。誰かの思惑によって分断を強制させられていると理解していてもそれに抗う力を持たない。
「!」
狂志郎は不意に足を止める。
目の前には嵐でも通り過ぎたかのように鬼の死体が続く。ある者は削り取られ、ある者は単に暴力で殴り殺されている。法則性の無い死に様に異様な雰囲気を漂う通路を警戒しながら進んでいるとその先に右手を隠した少女が待ち受けていた。
「くくく…………奇遇ですわね」
「クララ! お前もこの事件に関わっていたのか!?」
「違いますわ。京都で謎の光に包まれ、気が付いたら化け物の本拠地に居ただけという事。そして化け物退治に疲れたので休憩していた所ですわ」
「ならば、そこを通してもらえるか?」
「構いませんわ、私は黒幕とは何の関係もありませんもの。ただ、そこの化け物は駄目ですの」
「……なに?」
クララは興奮したように言う。
「ここの化け物共はあまりにも小粒で食い足りない。だから殺しても殺しても満たされない。そんな時にこんな極上の獲物を見せつけられたら我慢するのは無理ですわ」
その目は正気ではなく、別の生物のように蠢く右手に操られているようであった。今にも爆発しそうな殺気にもはや戦う以外の選択は無いようだ。
(炎のがお前を裏切っていない事を証明する)
狂志郎はかつて自分が言った言葉を思い出していた。結局その方法は見つけられていないがただ一つ確実な事があった。
「炎の、デバイスを持っているか?」
「当たり前だよ。どうして?」
「少し貸してくれないか」
「……? いいけど」
のかなからデバイスを受け取った狂志郎はそれをじっと眺めて言う。
「炎の、お前は魔法少女だ。しかし、同時に怪物でもある。その歪さがこの壊れたデバイスならばやはり魔法少女としては不完全なのだろう。だとしても俺はお前が魔法少女でないとは思わない。お前は死ぬ理由を求めていた。死の道連れに選ぶのは魔法少女でなくても良かったはずだ。それでもお前は魔法少女を選んだ。それはお前を操っている全ての存在の意図を超えた理屈では説明できない事だ。お前は魔法少女である事を自らの意思で選択したんだ。少なくとも俺はそう信じたい」
「天羽君」
その反応すら反射的なのだとしても、狂志郎は伝えるだけ伝える事にした。
「お前は魔法少女だ。誰がなんと言おうと魔法少女だ、忘れるなよ」
「…………うん」
デバイスを返してもらったのかなは優しい面持ちで狂志郎を見て、次に激しい表情でクララを見た。
「クララ!」
「くくく、化け物ォ!」
交錯する轟音を背後に走り出した狂志郎は最後の扉を開く。そこには洋風の部屋があり、先ほどまでの空間とは別の世界のようだ。
机で書類整理をしていた男は狂志郎に気づくと紙面に目を落としたままで口を開いた。
「ああ、ちょっと待ってくれないか。もう少しで終わる。……よし、これで一区切りだ」
「……エージェントX」
名前を呼ばれた男はいつかとは違い、民族衣装のようなものを着ている。例えるなら地獄の役人のようなひどく現実感の無いものだ。
「よう、上級執行官。久しぶりだな。いや、お前のとってはつい昨日の事か」
「…………世界を混乱に陥れた罪によりお前を処刑する」
すると男は苦笑を漏らした。
「おいおい、こういう時は『なぜこんな事をした』とか『投降するなら命だけは助けてやる』とかいうもんだぜ。そのセリフはその後だ」
「お前は自らの信念に反した事は行わない。そして、俺も自らの信念を曲げるような事は行わない。ならば言葉は不要だ」
まっすぐな狂志郎のセリフを噛み締めるように真剣な眼差しで男は語る。
「そうだな…………。ああ、そうだ。俺達はそうだった。社会が矛盾を抱えた生き物であると理解しながらも、正義を貫こうといつだってもがいていた。しかし、それでは何も変えられなかった。あまりにも遅すぎたんだ。俺達の悠長さが『彼女』を永遠に失ってしまうという悲劇を招いた!」
「彼女…………?」
理解できないという表情の狂志郎を嘲笑うように男は言う。
「そうか、分からないか。お前は所詮命令されるままに動く殺人マシーンに過ぎないんだな。ならば人間じゃない、ただの人形だ。意思を持たないヤツが俺に勝てるはずもない。立ち去れ、天羽。これは知り合いとしての最後の警告だ」
「…………言ったはずだ、言葉は不要だと」
確かな殺気を感じ取った男は立ち上がるとどこかへ向かい、歩き出した。狂志郎が後を追うと試合場のような開けた場所にたどり着いた。
男が羽織っていた衣装を脱ぎ捨てるとその下から最新鋭のバトルスーツが姿を現した。
「天羽、俺はお前を多数で囲んで殴り殺したりはしない。それは俺の正義が単なる偏見に過ぎない事の証明になるからだ。真っ向からお前の正義を打ち砕いてやる」
狂志郎は静かに問う。
「その先に何を見る?」
「彼女の復活と絶対的な正しさだ」
「誰に教えられた?」
「聞きたいか? ――――ならお前なりの方法で答えを奪ってみせろ!」
男が地面を蹴り、狂志郎へと殴りかかる。
「執行管理局を抜けた日からずっと答えを探し続けてきた! 彼女の事を忘れ、のうのうと生きてきたお前と違ってな! 分かるか? 俺の憎しみと怒りが!」
「くっ!」
元の身体能力では狂志郎に分があるが装備の差はあまりにも大きすぎる。反撃する事すらままならず攻撃を防ぐのが精いっぱいだ。
(流石にやる……! だが、俺とて上級執行官だ。このままでやられるものか!)
防戦一方ながらも狂志郎はチャンスを窺う。搦め手無しの肉弾戦ならカウンターのタイミングを計るのは難しい事ではない。
鋭い直感で攻撃の癖を感じ取った狂志郎は必殺の姿勢を取る。
「恐怖に先立つ者」
相手の攻撃に反応しての強烈なカウンター、完全なタイミングで打ち出されたその技を真っ向から打ち破る事は誰にもできない。
しかし、
「なにっ!?」
「………………っ!」
男は全くの無傷でそれを受け止めた。信じられないという顔で茫然とする狂志郎を殴り飛ばし、語る。
「本物でない技で俺を殺せるものか!」
「はぁはぁはぁ…………」
まともに攻撃を食らったダメージよりも必殺の一撃を破られたショックが大きく、狂志郎は動揺を抑える事ができない。
(馬鹿な……恐怖に先立つ者が破られるとは。トリックがあるのは確実だが、それ以上に通用しなかったという事の意味は大きい。例え、トリックを見破ったとしてもこの楔がある限り、俺は恐怖に先立つ者を完璧な状態で打つ事はできない。かなりまずいな…………)
狂志郎はなんとか立ちあがるが、ダメージの後遺症か目の前の男の姿がブレる。だが、それが脳裏にある可能性を浮かび上がらせた。
「まさか『PPE』に覚醒しているのか?」
すると男は意外そうな顔をした。
「ほう、たった一回の反撃で理解するとは流石は上級執行官様だな」
『PPE』、平行世界に関する理論であるそれの体現者を端的に表すならば『超人』。時間軸すら超越した既存の人類とは一線を画した存在だ。通常の人間相手には必殺の威力を誇る恐怖に先立つ者もその特殊性の前では有象無象と変わりない。むしろ、発動に手間がかかる分、単なるパンチにすら劣っているかもしれない。
「だが、分かった所で何ができる? 忘れてしまったお前に、その技を扱いこなせないお前に!」
男の姿がブレる、今度は幻覚ではない。四肢全てが一切の時間差無く攻撃を仕掛けてくる。平行世界を利用した多次元殺法だ。たった一つの次元に存在する身では防ぎきることなど到底できない。
「ぐはっ!」
急所だけはかろうじて避けるが負った傷はあまりにも深く、狂志郎は膝を着いたまま動く事ができない。
その無様な様子を見て淡々と男は語る。
「お前の負けだ、天羽。圧倒的な力の前に正義は無意味なんだ。分かったらとっとと」
「………………!」
それでも狂志郎は立ち上がった。
「…………そうか。お前ってヤツは…………そんなに殺しあいが好きか!」
男は拳を振り上げた。




