第二章 7
牛若丸の住んでいる平家に狂志郎達は招かれる。それほど広くない場所なので窮屈そうにしていると目の前に白湯が置かれた。
「ボロ屋で悪いね。まあ、住んでみるとこれはこれで味があっていいもんなんだわ」
「構わんさ。俺たちはもてなしてもらうために来たわけじゃない」
「この飲み物味がしないね。ただのお湯みたい」
「どう見てもただのお湯じゃよ。というか出されたもん全部口に入れるの止めろ」
「いいじゃん別に。食べるくらいしか楽しみの無い時代なんだから」
「こりゃ元に戻った時、ダイエットできなくて泣きを見そうじゃな…………」
牛若丸はくっくっくと笑う。
「分かった、お前が『金太郎』だろ? 田舎者まるだし。で、こっちの美人が『かぐや姫』だな。そして天羽流の男。あと一人小間使いが居たって話だけど、もしかしてこの一寸法師がそれか? えらく縮んだもんだな」
「どこでその情報を?」
「陰陽師と繋がりがあってね。書簡よりは早く噂を聞ける」
「なるほど、ならば自己紹介は不要か。早速話に入ろう、山に住み着いている妖怪について聞きたい」
「ああ、私もまずはそっちを片づけたいと思っていた。中に潜む鬼も厄介だが、外をどうにかしないと話にならない」
「中に潜む鬼?」
「ああ、酒呑童子ってヤツなんだが――――」
がちゃん、という湯呑の倒れる音がしたかと思うと逼迫した表情のめろんが立ち上がっていた。
「どうした? 訳ありか?」
「…………何でもないよ」
「そうかい、じゃあ話を続けさせてもらうぜ」
めろんが座った所で牛若丸は話し出す。
「とにかくそいつが主格となって京を荒らしまわっていてね。そいつを食客としている茨木童子って鬼もなかなかなんだが、はっきり言って比べ物にならんね。近くの山のどこかを根城としている所までは突き止めたんだが、腕の立つヤツが集まらなくて手が出せなかった。だからお前たちには期待しているんだ」
「責任重大じゃね。しっかし、さっきから気になっとったんじゃけど、どうしてあんたは京の治安を守ろうとしとるんじゃ? こんな平家に住んどるんじゃ、領主というわけでもないじゃろう。一体誰の命令じゃ?」
牛若丸は感心したように言う。
「ほう、中々頭が切れるね。単なる小人じゃなさそうだ」
「頼朝か?」
「兄上は関係ない。陰陽師と繋がりがあるといっただろう。京に住む爺様が「俺の街で好き勝手やらせるな」とうるさくてね。気ままに旅を楽しんでた私を呼びつけたというわけさ」
「そうか、『京八流』だな」
「なにそれ?」
「敏捷性を生かして短い刀で戦う流派だ。どういう物かは先ほどの動きを思い出せば分かるだろう」
「いや、そういう事じゃ無くてじゃな…………」
牛若丸はため息をついて言う。
「そっ、鬼一法眼だよ。あの陰陽師の爺さんの命だ。ちょーっと兵書を盗み見たくらいでこき使いやがって。私の事を召使いか何かと勘違いしてるんじゃないか?」
「ま、まあ街が荒らされてるのを見て見ぬふりをするわけにもいかないし…………」
「それとこれとは話が別だ。変な呪術でガキにされてなけりゃ言うことを聞いてやる必要もないんだ。ホント腹が立つぜ!」
「子どもにされとる?」
「そうだ。そのせいでせっかくの色男が台無しだぜ! 自慢の逸物もこんなに小さくなって…………」
「見せなくていいです!」
「あら、そう」
残念そうに牛若丸はふんどしの紐を結びなおした。
「というわけで私が早く元に戻れるように諸君らには頑張ってもらいたい」
「すがすがしいほどの私欲っぷりじゃな。気持ちは分かるんじゃけどね」
「弁慶の武器を売った金がここにある。こいつで装備を整えて明日には外の妖怪退治に出かけようぜ」
質屋での顛末を見ていたのかなは部屋の端で落ち込んでいる弁慶を見て、乾いた笑いを漏らす。
「凄かったね、弁慶泣いてたよ。どっちが悪い人なのか私分からなかったよ」
「何言ってんだ、金時。刀狩ってるあいつが悪いに決まってるじゃないか。民衆から奪った刀を返してやる代わりに金をもらって、それを使って妖怪を退治する。うん、立派だな、私」
「かわいい顔してえげつない性格しとるな、やっぱり」
牛若丸は語る。
「実を言うと外の妖怪がどこに潜んでいるのかはまだ絞りこめていないんだ。情けない話だけど、もう少し被害が出ないと駄目かもしれない」
「そんな、なんとかならんの?」
「だからこっちを優先にしてるんだ。理性のある怪物なら住処がばれていれば少しは慎重になるが、無い怪物となるとそうはいかない。一刻も早く退治しなくちゃいけない」
狂志郎は呟きをもらす。
「洛外の北山…………」
「なに? なぜ知ってるんだ、天羽流」
「説明は難しい。ただ、その可能性は高いだろう」
牛若丸は疑うような目をしながらも言葉を紡ぐ。
「集まった目撃情報を整理すれば確かにそうだ。しかし、道理が通らない。お前は可能性ではなく確信を持っているように見える。一体何を隠している、天羽流」
「詮索はするな。それがお前の役目だというのなら止めはしないが」
「……分かった、話したくないならいい。知識には対価が必要だ。お前の事をそこまでして知りたいとは思わない。私の味方であるという事だけ保証してくれればいい」
銭の入った袋を投げつけて牛若丸は言う。
「お前達の分だ。これで装備を整えるなり宿を取るなりしろ。明日からは激戦になる。無理にでも休んでおけ」
「承知した」
話は終わったと狂志郎は立ち上がり、外へと出て行った。のかな達もその後に続く。既に日は傾きかけている。装備を整えるのならば急がなければならない所だが、基本が徒手空拳のメンバーではその必要もないだろう。
一同は移動の疲れもあり、宿へと直行する事にした。その部屋の一室へとたどり着くとのかなは息を吐いた。
「ふぅ、お腹減った」
「今日は『疲れた』じゃないんじゃね」
「まあね。逆にどうやったら疲れるのか分からないくらいだよ。頭が凄く冴えていて、この力であらゆるモノを蹂躙したい衝動に駆られる。理由をつけないと目に映る物全てを壊してしまいそうだ」
「けど、安定しているようにも見えるよ」
「それは多分、この状態が私にとって最も自然だからじゃないかな。何を破壊し、支配するか。そのために何を生み出して、導くか。私はそういう生き物なんだ」
「じゃあ、スケールが違うだけでいつもと変わらんね」
「そうだね。……って即答できる人生は今更ながらに嫌だなぁ」
「退屈するよりはマシじゃろ。退屈したら私は死んじゃうよ」
のかなはため息をついて言う。
「ことかちゃんは邪神に染まりすぎ。それじゃ魔法少女失格だよ」
「別に私はそこまで執着してないもん。逆にお前の方が気になるよ。どうしてそこまでこだわっとるの? 地位や才能があってちやほやされてるわけでもないのに」
「えっとそれは……あれ? どうしてだろ?」
唸りだして考え込み始めたのかなを置いて、ことかは聞く。
「望夜はどうして魔法少女になったの?」
「私は単純に楽しそうだったからかな。かっこいい乗り物に乗りたがる男の子の気持ちが近いかもね」
「ふーん、私は平和のためじゃけどね。不純な動機の二人とは違うんじゃよ」
「失礼しちゃうな、私だって平和のためだよ…………多分」
「理由もろくに覚えてないのによく言うね。本音はどうなの?」
「これが本音ですぅ。全く、これも全部コンスが悪いんだ。あいつが私の記憶を奪っているから…………」
「コンス……!」
焦ったような表情で歯噛みをした狂志郎には気づかず、呆れたようにことかは言う。
「またそれか。二重人格なのは分かっとるけど、それは病気じゃよ。あなたの考えているコンスという存在は実在しないのではありませんかじゃよ」
「個人の存在証明は難しいんだよ。だからこそ戸籍とかがあるわけで、痕跡が無かったらお手上げなんだ。でも今日の私は一味違うよ。天羽君という心強い味方が居るからね」
「なんじゃと? 本当に単なるのかなの別人格ではないコンスを見たとでもいうんか?」
「ふっふっふ、天羽君。人を信じる心を忘れたことかちゃんに真実を教えてあげなさい」
視線を向けられた狂志郎は苦しげな表情で言葉を紡ぐ。
「コンスは…………実在しない」
「えっ?」
「あれは幻覚に過ぎないんだ。実在などしていない」
それを聞いたことかは困惑した表情ののかなににやけた顔で言う。
「うーん、のかなさん。一度病院に行った方がいいんじゃないんですかな?」
「ちょっと天羽君! この間と言ってる事が違うじゃない! ことかちゃんを調子付かせないで!」
ことかは続けて言う。
「まあ冗談はさておき、中々面白い話じゃな」
「どういう事?」
「二人して似たような幻覚を見る事はありえる。しかし、二人して同じ名前の幻覚を見る事はまずない。天羽はのかなの幻覚がどんな名前なのかは知らなかったはずじゃよ。なのに同じ名前を口にした。案外『コンス』という人物は実在するのかもしれんね」
「だから初めからそう言ってるでしょ」
「お前だけじゃ与太話じゃよ。天羽も加わったから少しは信憑性が出てきたの。気になっとるのは、どうして私たちには『コンス』の痕跡を感じられないのかじゃよ。私と望夜にはなくて、天羽とお前にはある共通点。それは一体なんじゃろうね」
狂志郎は言う。
「血だ」
「なに?」
「ヤツが言っていた。俺は炎の血を浴びたからこうなったのだと」
「竜の血…………物語では何かの効能が付き物じゃけど、こいつのも効果あるんか? 天然物ならまだしも養殖物なんじゃろ? イモリの黒焼きみたいに滋養は付くかもしれんけど眉唾じゃなぁ」
「でも、現に天羽君は効果が出てるみたいだし、効き目は本物だよ」
「そりゃ天羽が葉っぱの部分以外不死身にでもなってればね。幻覚見せるだけなら危ないクスリと変わらんよ。一度、成分分析してみるか。少し血もらうけぇね」
「あっ、ちょっと勝手に…………」
そう言ったことかは吸血鬼のように牙を刺して血をすすりだした。……かと思った次の瞬間、盛大に血を吹き出し、近くに居ためろんは全身で浴びる羽目になる。
「ぶふ――――!?」
「ことかちゃん…………?」
めろんが怒る暇もなく、ことかは“ぽてん”と地面に落ちて死にかけの虫のように痙攣している。
「大変だ! ことかちゃんが死んじゃった!」
「冗談を言っている場合ではないぞ! 早く水ですすげ!」
狂志郎が持っていた竹の水筒の水で血みどろのことかをすすぐと、何とか一命をとりとめたのか荒い息で体を起こした。
「げほっげほっげほっ! …………し、死ぬかと思ったんじゃよ」
「大丈夫?」
「なんとかね。しかし、血なんて元々綺麗じゃないけど、これはかなりの劇毒じゃな」
「どういう事だ?」
ことかは語りだす。
「新種の微生物が多量に含まれていて、これをほんの少し経口摂取しようものなら感染して即座に全身を侵される。脳まで到達すればまあ正気ではいられんじゃろうね」
「私、ことかちゃんのせいで全身に吹きかけられちゃったんだけど?」
「すまん、望夜…………。ま、まあ、天羽みたいに多量に浴びなければ平気なはずじゃし? …………多分」
はぁ、とため息をついためろんを見てのかなは言う。
「もしかして、めろんちゃん調子悪い? いつもだったら簡単に避けられてると思うんだけど」
「無茶言わないでよ、そんな事できるわけないよ。私はのかなちゃんやことかちゃんみたいな化け物じゃないんだから」
「そんな言い方……!」
めろんは苛立ったように吐き出す。
「いいよね、のかなちゃん達は力があって。私には何にもない、だって私はただの人間だもの。たまに私が怪物だって茶化すけど、本当に怪物だったらどんなに良かったか! 私だけみんなと違うの、本当は馬鹿にしてるんでしょ? 何にもできない無力な人間だって!」
瞬間、パァンという破裂音が響き渡り、めろんは何が起こったのか理解できないという顔でぶたれた頬を押さえた。
「甘ったれるんじゃない」
「………………!」
めろんはこらえきれなくなったように泣き出し、訴えかけるように言った。
「私の気持ちなんて、みんなには分からないよ!」
「めろんちゃん!」
外へと飛び出しためろんを追おうとしてのかなは出来ずに悔し気に歯噛みをした。
「あんなにもめろんちゃんが思い詰めてたなんて…………私は自分の事に精いっぱいで気づいてあげられなかった…………!」
「炎の、お前は何様のつもりだ? お前はあいつの保護者にでもなったつもりなのか?」
はっ、としたようにのかなは言う。
「…………そっか。私たちは“平等”じゃなくなってたんだ。対等じゃなくなって仲間ではいられる。けど、平等でなければ仲間じゃない。私はめろんちゃんが傷ついていると思ったから痛みから遠ざけた。けど、それは守ってるわけじゃない、馬鹿にしているだけだ。私はそんな簡単な事さえ分からなくなっていたんだ。何が竜人だ。私は魔法少女なんだぞ。それは決して上から目線で救いを押し付ける人の事じゃない。だったら!」
のかなは走り出そうとした。だが、その刹那に狂志郎が呼び止める。
「追いかければヤツは余計傷つくぞ」
「分かってるよ。けど、言わなくちゃ伝わらないんだ。相手が傷つくのを恐れて何も言えないくらいなら、私は一緒に傷ついてそれで分かり合う」
「………………言わなければ伝わらない……か」
狂志郎は真剣な目で語った。
「俺が言えた義理ではないが、一緒に行かせてくれないか。これは俺の弱さがもたらした問題だ」
ことかは言う。
「天羽、ここに強者は居ないよ。誰もが苦しみの中でもがいとる」
「…………そうだな」
狂志郎は己の決意と同じように拳を固く握りしめると外へと飛び出した。もう日は暮れて、街頭も無い町はわずかばかりの月の光しかない暗黒の世界だ。
その闇を射抜くかのように視線を鋭くして言葉を紡ぐ。
「光のがどこに行ったのかは分からないが、そう遠くには行ってないはずだ。手分けして探すぞ!」
「うん!」
夜の闇を狂志郎は走り出した。一筋の月の光さえも無い暗闇、訓練をしていなければすぐにでもどこかにぶつかってしまうだろう。走りながら思考を巡らす、この行動は贖罪なのかと。思いついて即座に「馬鹿な」と否定する。他人に自惚れるなと説教をしておいて自分は陶酔に浸るなど愚かとしか言いようがない。
これは大それた言葉で表すような物ではない、単なる謝罪だ。間違ってしまってすまなかったと言って、「いいよ」とでも軽く返ってくるようなそんなありきたりな物だ。
狂志郎は不意に足を止めると、塀の上を見上げた。空を覆っていた雲の切れ間から月の光が射し、一匹の鬼が姿を現す。
「どうした、色男。そんなに急いでどこに行く?」
「酒呑童子…………!」
先日の傷の痕もまるでない冷たい首筋が月の光に照らされて白く輝く。
「もしかして、お姫様でも探しているのかい?」
「貴様!」
「おっと勘違いするなよ。俺が無理やり連れ去ったわけじゃねぇ。向こうが『鬼』になりたいって勝手に付いてきたんだ」
「自分からだと?」
「そうさ、お前らの仲間意識とやらも所詮は仲良しごっこに過ぎなかったようだなァ、くけけけけ!」
狂志郎は苛立ったように歯噛みをして、その後気持ちを落ち着けるように静かに息を吐いた。
「ヤツの行動は間違っている。だが、それを邪悪だとは思わない。人は時に間違いを犯す事もあるからだ。邪悪とは貴様のように人の傷心に付け込んでたぶらかす悪鬼の事だ!」
「ほぅ、ならばどうする!?」
「上級執行官の名の下に処刑する!」
にらみ合った両者が動き出そうかという刹那、どこからか飛んできた小刀を狂志郎は飛びのいてかわす。
「酒呑はん、困りますわ。あっしに黙ってそういう事されると」
新手の鬼を見てばつが悪そうに酒呑童子は言う。
「茨木か。まあ、ちょっとからかってやっただけだ。本気でやり合おうってわけじゃねぇよ」
「相変わらず嘘が下手な方で。今日はもうおとなしく帰っていただきますよ」
「はいはい」
「待て! 逃げる気か!」
狂志郎の言葉に酒呑童子は口の端をあげて笑う。
「三日だ。その夜を過ぎればあの姫様は『鬼』の仲間入りさ。追って来いよ、色男。あの化け物を連れてな」
月に雲がかかると闇の中に光る瞳が浮かび上がった。それが閉じられると、もうそこに鬼の姿はなかった。
騒ぎを聞きつけて遅ればせながらのかな達がやってくる。
「天羽君! 交戦しているような音が聞こえたけど大丈夫!?」
「問題ない。しかし、鬼どもの話によれば光のは三日後に鬼となってしまうようだ」
「なんじゃと!? ちぃ、卑怯な奴らめ。望夜をさらったばかりでは飽き足らず仲間に引き入れようとは」
狂志郎は言うべきか迷ったが真実を話す事にした。
「光のは自分から奴らの元に行ったらしい」
「馬鹿な! そんなの嘘に決まってるじゃろ! あの鬼は望夜の爺さんの仇なんじゃよ、そんな奴の言うこと信じてどうするの!」
「ことかちゃん」
のかなに言われたことかは悔し気に言う。
「……分かっとるんじゃよ、本当は。けど、そんなのあんまりじゃろ。こんな殴られても痛みを感じんような体がそんなに魅力的なんか? 破壊するしか能の無いこの力がそんなに欲しいんか? だとしたら馬鹿もいい所じゃよ…………」
「誰だってそんな物は欲しくないよ。けど、それが無くちゃ対等じゃなくなっちゃったんだ。悪いのは怪物になってしまった私たちの方なんだ。私たちは強くなりすぎてしまった。誰かの心を苦しめてしまうほどに」
「じゃけど、そうでなければ守れん。話が通じるような相手なら元よりこんな風にはならんかったよ」
「私たちは矛盾を抱えている。そのままでいれば大切な物を失っていくだろう。答えを探さなくちゃいけない。それがたとえどんなに困難だろうと」
「………………」
めろんの離脱という重い事実を突きつけられようとも、現実は考える時間など与えずに当然のように朝日が昇る。




