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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編3:クララクライシス
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第二章 6

 狂志郎にとってのそれはまずは城に戻って眠ることであった。戦士にとって休息は戦う事と同じくらい重要だ。何かを気にして十分に睡眠がとれないなどとなればどんな屈強な戦士でもほころびが生じる。

 しかし、分かっていてもそう上手く割り切れないものだ。普通なら自我崩壊の兆しを知り、眠れずに疲弊してしまうだろう。だが狂志郎は違った。逆に現実から逃避するかのように深く眠った。

例え、装備が十分ではなく精神が揺さぶられていようとも、芯の部分で狂志郎は一流の戦士であった。圧倒的な才能としか言いようのない大いなる眠りであった。

 そして朝が来た。

「…………よし」

 狂志郎は着替えをして日課のトレーニングを済ませると朝の静けさの中で深呼吸をした。自らの調子に乱れが無い事を確認した所で声をかけられる。

「これは天羽の。精が出るな」

「桃太郎か」

「拙者が招いておいて京に向かわせるのも難だが、あいにくと今はここを動けん。貴殿らなら、心配はいらんと思うが敵もさるものだ。ゆめゆめ油断なされるな」

「忠告感謝する」

 敵が多いのは承知の上だ。それだけならまだマシだが、問題は他にも山積みされている。考えるだけでも疲れる事だが、一つ一つ片づけていくしかないだろう。

 その場を去った狂志郎は部屋へと足を向けた。出る時は寝ていたのかなたちも、もう起きた頃合いだろう。

 出発の準備を急がせるべく、狂志郎は襖を開いた。

「あっ」

 のかなと目があった。その鱗に覆われた肢体はぺたんと座り込んでいて、腕に引っ掛かっている服を見る限りちょうど下着を着ようと悪戦苦闘したいた所のようだ。

「きっ…………」

 狂志郎はこの後の展開を予想し、気まずそうに閉口すると仕方なしに謝罪を口にしようとして、

「きゃあああああああ!」

「!?」

 叩きつけるような突風を感じて咄嗟に後ろに大きくのけぞった。一瞬前まで頭部があった木の壁には無骨な剛腕が突き刺さっている。仮に避けるのに失敗していたらどうなっていたかというのは想像に難くない。

 予想外の結果に本人は驚いたように目を見開いて青ざめた。

「うわわっ、ごめん…………。じゃなくて見ないでぇぇぇぇ!」

 しかし羞恥心の方が強いらしく、片手で体を隠しながら力任せに襖を閉めようとすると今度はそれが轟音を立てて吹き飛んだ。

「ひぇぇぇぇ!」

「『ひぇぇぇ』、じゃない! 少しは落ち着くんじゃよ、このアホドラゴン!」

「だ、だってぇ…………」

 巻き起こる間抜けな嵐を見ていたことかはため息をつくと呆れたように語りだす。

「お前、擬態してるだけじゃけぇ全裸でも問題ないじゃろ! 色気ゼロじゃよ! 見てもうれしくないんじゃよ!」

「やだよ! 自分でも少し問題ないような気がしてるけど、プライドが邪魔をするよ!」

「そんな物は犬にでも食わせろ! お前のパワーで着れる服なんかあるか! これ以上着物を破るとツケで払ってもらうんじゃけぇね!」

「くぅ…………それでも私は……私は人間なんだぁぁぁぁぁぁ!」

「いやドラゴンじゃろ」

 なだめるようにことかは語る。

「よく聞け、のかな。人間なら全裸はあれじゃけど、人外にとっては逆に服着てる方がおかしいんじゃよ」

「えー? ほんとぉ?」

「ホントじゃよ。ほら、よく服着せられてる犬とか居るじゃろ? いうまでもなく、あれは不自然でこれはそれと同じなんじゃよ」

「うーん…………」

「その証拠に私は結構な割合で普段から裸じゃけぇ」

 のかなは困惑したように問い返す。

「ん? ちょっと待って、じゃあ普段、服のように見えてる物は?」

「それは擬態した私の皮じゃ」

「色々言いたい事あるけど、人間としては完全にアウトだよ」

 何かを閃いたのかなは口を開く。

「あっ、そうだ。着物が脆くて着れないんなら、ことかちゃんの皮を着ればいいや。多分だけど丈夫そうだし、私のパワーにもきっと耐えられるはずだよ」

「ちょっ、おまっ! だだだだだ駄目じゃよ! そ、そんな事をしたら…………!」

「別に死なないだろうし、自力で再生できないのなら回復してあげるから平気だよ」

 ことかは羞恥心に顔を染め、慌てたように言う。

「ど、どうしてそんな変態チックな事を考えられるんじゃよ! やっぱりスケベ者じゃ! 破廉恥じゃあ! この、へ、変態変態変態変態!」

「ごめん、その恥ずかしさポイントが私にはまるで分からないよ。剥ぎ取るからちょっと我慢してね」

「アーッ! あ、天羽、助けてぇ! 乙女のピンチ! 辱めれちゃう! このままじゃお嫁に行けなくなっちゃうんじゃよぉぉぉぉぉぉ!」

「………………」

 はぁ、とため息をついた狂志郎は言葉を紡ぐ。

「炎の、少し待ってやれ。そいつは何か案があるようだぞ」

「え? そうなの? なーんだ、それならそうと言ってよね」

「はうはう…………」

 恐怖から解放されてほっ、と胸を撫でおろしたことかは難しい顔で語る。

「…………むむむ、正直ここでこれを放出したくはなかったんじゃけど、このままじゃ私の貞操が危ないし、出血大サービスじゃよ」

 空間に発生した闇に手をずぶりと突っ込んだことかはそこから一つの装備を取り出す。

「テッテレレー! 『ビキニアーマ……ぐはっ!」

「どっちが変態だこの野郎! それを着せて私に一体何をさせる気なの!?」

 完全に折れた首を“ごきり”と直してことかは語る。

「凄い破壊力じゃ、邪神じゃなかったら死んどるよ。どうにもドラゴンになってから暴力的になっとるねぇ」

「それはなんとなく自覚してるけど……とにかくそんな物を着たら痴女まっしぐらだよ!」

「いやいや、鱗系の人外はこんなもんじゃよ。一般的には急所だけ守った装備になるの。あんまり着込むと変温動物じゃから体調がおかしくなるし、体の表面がなだらかじゃなかったりするから部位ごとに妙に締め付けられたり緩んだりして落ち着かないんじゃよ」

「ホントかなぁ…………?」

「嘘だと思うんなら、鱗や甲殻系の邪神、何体か連れてこようか?」

「うーん…………」

 自信に満ちた物言いにのかなは半信半疑ながらもアーマーを取る。

「これ以外に着れそうな物もないし、これで我慢しようかな」

「何の意味があるのか分からない肩パットと全く防御力の無さそうなヘルムも付けて完璧じゃよ!」

 そうして出来上がったのかなはまさにファンタジーの化身とも言うべき姿となっていた。サマになってはいるが木造建築の畳と襖の部屋には全く合わず、ひどくチープに見える。

「凄い80年代臭じゃな。素人コスプレ物の撮影みたいじゃよ」

「何の話をしているのか全く分からないよ。って言うか外に出るわけじゃないんだからヘルムとか肩パットとか要らないでしょ。外すよ?」

 そしてがちゃがちゃと装備をいじっていたのかなは「あれ?」と首を傾げた。

「なんか外れないんだけど…………」

「デレデレデレデン! 装備は呪われていた!」

「うげっ、こんのぉ!」

 ぬるりとした気持ち悪い動きで攻撃を避けるとことかは邪悪に笑う。

「むっふっふ! 同じ手を二度は食わんよ!」

「やっぱり何か仕込まれてると思ったよ! くっ、解呪してやる!」

「ムリムリ! 今のお前じゃ解呪できんよ。装備者のパワーに比例するタイプの装備品じゃけぇね! お前は命狙われとるんじゃからそうやって一人でエセファンタジーしとるんじゃよ!」

「そういう事なら百歩譲って外れないのはいいとして、このえっちな感じとファンタジーは要らないよね!?」

「それは趣味!」

「やっぱり殴らせろ!」

 廊下をどたどたと走っていった二人を見て、狂志郎がため息をついているとすれ違うようにめろんがやってきた。

「なんだろう、今の。……あっ、天羽君、ご飯できたって」

「……………」

「天羽君?」

 昨日の今日では同じ顔と目を合わせる事はさすがの狂志郎でもできなかった。ふとそれを見て、邪悪な笑みでも浮かべていれば発狂してしまうだろう。あれには顔が無いのだ。誰でもあり誰でもない。だからこそ誰も逃れる事ができない。

「ちっ…………」

 恐怖を怒りにすり替えるかのように狂志郎は返事もせず歩いて行った。

 朝食を終えて準備を整えると狂志郎達は城を後にした。各地に店を設置することかと別れる前に晴明達と会える事を期待して店へと足を運ぶがそうそう上手くはいかないようだ。元より必須というわけではなかったのでまたも分け身で小人サイズになったことかを連れて、町を後にした。

 先日は狂志郎の走りについていくのが精いっぱいだったのかなも竜人となれば逆に圧倒するほどの身体能力を見せる。

 それが気持ちいいのか得意げにのかなは言う。

「天羽君、そんなに遅いと置いてっちゃうよー!」

「ペースを合わせろ。行軍は最も遅いヤツに合わせるのが基本だ」

「そんな事言って私の時は手加減してくれなかった癖に。ふーんだ」

「あっ、おい!」

「いけいけのかなぁ! ぶっちぎりじゃよ!」

 すねたように走っていくのかなを見て、狂志郎は苛立ったように頭を掻いた。それを見て、なだめるように子熊に乗っためろんは言う。

「こっちはゆっくり行こうよ、天羽君」

「………………」

 狂志郎は相変わらずのだんまり。流石のめろんも今朝に続いてここまで親切心を無碍にされてはカチンと来たのか訴えかけるように言う。

「天羽君、どうして私の事無視するの? 私がみんなの中で一番弱いから?」

「………………」

「何か言ってよ、天羽君。黙ってちゃ何もわからないよ。言葉に出して伝えてよ。体裁を気にして言えないなんて臆病なだけだよ。カッコ悪いよ」

「………………」

 めろんは頑なに沈黙を貫く狂志郎に愛想をつかし、冷たく言い放つ。

「……知らないよ、天羽君なんて。一生そうやっていれば?」

 子熊の乗って去っていくめろんの後ろ姿に狂志郎はただ目を伏せ、自分の手を見つめていた。

気負っているのは分かっていた。それでも弱さだけは見せられないと思っていた。仲間達を導かなければならない立場だからこそ、いつでも冷静で強靭でなければならないと思い込んでいた。

(間違っているのは分かっている。だとしても俺の力が必要無くなる時までこの間違いを貫かなくてはならない)

 これ以上離されないために走り出した狂志郎は意外にもすぐに追いついた。何もない道に立ち止まっているのかな達を不思議に思った狂志郎は聞く。

「何があった?」

「あっ、天羽君。見て、あの橋」

 指さされた先には何本もの武器を持った大男が橋の真ん中で仁王立ちをしていた。

「どうやら京が近いらしい。あからさまに『武蔵坊弁慶』だな」

「『弁慶』ってあの?」

「さすがに私達も知っとるよ。刀を狙ってくるヤツじゃろ?」

「逆に言えば武器を持っていなければ問題ない。俺たちの中で武器を持っているのは…………」

 一同の視線がめろんの下げている山刀に集中する。それから隠すようにめろんは手を添える。

「これは駄目だよ、おじいちゃんの形見だもん」

「さすがにそこまで見境なしとは思えんけど、いざという時はのかな頼むよ」

「ええっ? ちょっと待ってよ、上手く手加減できないから絶対殺しちゃうよ?」

「別にええじゃろ。当然の報いじゃよ」

「さすがにまずいって。天羽君なら武器があれば互角に戦えるだろうし、めろんちゃん、ちょっと貸してあげてよ」

「やだ」

 するとのかなは慌てたように聞き返す。

「えええっ!? 急にどうしちゃったの? 形見なのは分かるけど、めろんちゃんってそういう所を割り切っちゃう人だと思ってたのに」

「嫌な物は嫌なの。それと人を勝手に決めつけないで」

「ヒィ、望夜が反抗期じゃ…………一体どうしたんじゃよ…………」

 不機嫌そうにそっぽを向いた望夜は止める間も無く、すたすたと歩きだした。弁慶と思わしき大男は当然のようにそれを呼び止める。

「待てい! 小童!」

「なに?」

「貴様、中々よい刀を持っているな。互いの得物を賭けてこの俺と試合(しあ)えい! 嫌というなら得物を置いてさっさと()ね! さすれば命だけは助けてやろう」

「いいよ、別に。ちょうどむしゃくしゃしてたんだ」

 後ろから慌てて駆け寄ってきたのかな達がめろんの口を塞ぐ。

「あーあー! 今の無し! やっぱ無し!」

「こんな子供の相手をしても仕方無いんじゃよ! 後生じゃから見逃して! ねっ? ねっ?」

 すると弁慶は鼻で笑い飛ばす。

「ふっ、何とか逃れようとしても無駄よ! 虎は兎を狩るのにも全力を尽くすという。貴様の刀は栄えある千本目として必ずやこの俺の手に収めてやるぞ!」

「ん? 千本目だと?」

 狂志郎がはっと何かに気づくと同時にどこかから笛の音が響いてきた。それに気づいた弁慶はきょろきょろと辺りを見渡す。

「何者だ! 姿を見せい!」

 すたっ、と橋に降り立った人影は被衣(かつぎ)を勢いよく脱ぎ捨てるとその生意気そうな顔を見せつける。

「おじさん、そんなガキなんか相手にしてないで私と遊ぼうよ」

 少年の下げている刀を見た弁慶は興奮で息を荒くする。

「す、素晴らしい! 遠目にも逸品の気配が伝わってくるぞ! 良かろう、先にお前の相手をしてやる!」

 刀を抜いた弁慶は勢いよく少年へと切りかかる。だが、軽快な足取りでそれは容易く捌かれていく。

「なんという動きじゃ、まるで踊っとるみたいじゃよ!」

「狭い橋の上でよくやるものだな」

「でも、まずいよ。段々と追い詰められてる!」

 のかなの言葉通り少年は欄干(らんかん)を背負い、逃げ道を塞がれる。

「ちょこまかできるのもここまでのようだな。これで(しま)いよ!」

「ああ、終いだな」

 刀が振り下ろされる瞬間、少年は飛びあがりロクに幅も無い欄干(らんかん)へと乗り移った。

「ただしお前がだ」

「馬鹿な!?」

 驚いた表情の弁慶の隙を突いて、少年はその脳天に笛の一撃を食らわせる。不意の一撃に思わず武器を落として呻く弁慶だが、すぐさま武器を拾いなおすと怒った様子で少年を睨む。

「よくもこの俺の顔に! 許さんぞ小童!」

 すると少年はにやにやとした顔で言い放つ。

「おいおい、まだやるのかよ、オッサン。これが刀だったらもうこの世には居ないんだよ? 素直に負けを認めろよ」

「うるさい! たかが一撃を入れた程度で調子に乗るな!」

「あっ、そう。じゃあ、観客の皆様はちゃんと伝えて頂戴ね。『弁慶は年端もいかない子どもに負けて、命を見逃してもらったのにそれに気づかないうつけ者ですってね』」

 のかなはひそひそと話す。

「聞きました、奥様? 弁慶ってあんな子どもにやられたのに負けてないって喚いてますわよ!」

「うわー、ダサダサじゃね。普通だったら恥ずかしくて切腹しちゃう所じゃよねぇ」

「うぐ、うぐぐぐぐ…………」

 ここまでメンツを潰されては弁慶も負けを認めざるをえない。仕方なしに得物を投げ捨てる。

「畜生! 俺の負けだ! 全部持っていけい!」

「はーっはっは! それでいいんだよ、よく分かってるな」

 そして少年は意地悪く言う。

「おい、今日からお前は私の家来だ。それを町まで運べ、そんなにあっても邪魔なだけだ。売り払ってやる」

「な、なにを言っているんだ、このガキ!?」

「当然だろ? 負けたんだから。それとも生き恥さらすか? いいんだぜ? 明日から京の街をまともに歩けなくしてやってもよぉ。名前が通ってる分だけ、噂が広まるのも早いだろうぜ」

「お、鬼か、お前…………!」

 愕然とする弁慶を見て悪魔の笑みを浮かべた少年はのかな達を見ると人懐っこい笑顔で言う。

「お怪我はありませんでしたか? いやぁ、“ウチの”弁慶がご迷惑をおかけしてすいません」

「えっ、あっ、ハイ」

「あんな鬼畜の所業を見た後じゃ、なにも言えなくなっちゃうんじゃよ…………」

 がしっ、とことかを鷲掴みにした少年はにこにこ笑顔で言い放つ。

「人語を話す人形なんて珍しいですね。犬にでも食わせたらどんな風になるんでしょう?」

「うぎゃあああああ! すいませんすいません! 許してください! 犬はぁ! 犬だけはぁ!」

 狂志郎は淡々と言い放つ。

「貴殿を牛若丸とお見受けする。俺たちは源太郎の命により京に巣食う妖怪を退治しに来た者だ。何か知っている事があれば教えていただきたい」

 素の表情になると牛若丸は考え込むように呟きを漏らす。

「あいつの…………。こりゃまた随分と珍妙な面子を揃えてきたもんだね」

「それは言われ慣れてるよ」

「まあ、これくらいじゃなくちゃ太刀打ちできないか。京は今大変なんだ。落ち着ける場所で話そうか」


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