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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編3:クララクライシス
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第二章 5

 しばらく夜道を歩いていると先の所に見覚えのある顔が壁にもたれかかっていた。その人物は狂志郎の姿に気づくとにこりと笑った。

「こんばんは、天羽執行官。良い月ですわね」

「クララ」

「少し散歩に付き合ってもらえますの?」

 穏やかに語るクララから敵意は感じない。狂志郎はこくりと頷く。

「ああ」

 闇に揺らめく提灯の明かりを手にどこへ向かうわけでもなく二人は歩き出す。その途中でクララは口を開く。

「初めに言っておきますわ、天羽執行官。あなたは竜化病に感染していますの。それは気質が竜に近くなり、体の一部が鱗状になったりするというもの。あいにくとそれ以上の事は治療法を含め、分かっておりませんわ」

「聞いたことの無い病気だ。いつ発表された?」

「この世界において発見はおろか、研究すらされておりませんわ。何せ竜族の数はあまりにも少なすぎるのですから。これだけ数を減らしてもまだ人に害をもたらす。骨の髄まで害獣ですわね、あれは」

「なぜそこまで目の敵にする? 一体何があった?」

 するとクララは下唇を噛み、憎々しげに言った。

「私はあの化け物に裏切られましたの。ああ、一瞬でも信じてしまった(わたくし)が愚かしいのは重々承知。しかし、しかし、人の信頼に付け込む事こそが何よりの邪悪なのですわ」

「だが、それは別の世界での話。この世界では関係が無いのではないか?」

「いいえ、天羽執行官。竜は時を渡りますわ。『先の地平』と呼ばれる領域に巣食う本体を滅ぼさない限りは平行世界に端末がいくらでも復活しますの。その思考や能力には個性とも言うべき“ムラ”があるようですけど、端末の平均値を大きく逸脱するほどにはならないようですわ。そして、何より恐ろしいのが他の端末と深層心理で記憶や経験を共有していること。不意に『PPE』などに覚醒されたら、たとえそれが魔法すらロクに扱えない落ちこぼれの魔法少女程度の力しかなくとも世界を滅ぼしかねない。その素質を持つアレはいわば生きる核爆弾。1%でも邪悪があると分かればすぐさま排除しなければならない危険な代物。私がアレを排除しなければならないと躍起になるのもわかるでしょう?」

 『PPE(パラダイムパラドックスエフェクト)』、それは戦闘空間である『パラダイム空間』の基礎理論から発展させた平行世界を束ねる理論。一つの次元に多数の自己を集束させる事で同時に全く別々の行動を行う事ができるとされる。例えば一人の自分が走りながら別の自分が休む事により、一切の体力消耗無しに走り続けたり、右手と左手で全く別方向の物体にそれぞれ干渉したり、全身の99%を失ったとしても別の自分が存在するために見かけ上は一切の損傷を負わずに行動したりすることが可能となる。

 ただし欠点もあり、100%以上の損傷を受けた場合は別の自分が存在できないため通常通りにダメージを受けたり、エネルギーの総量は変わらないためにどれほどの自己を束ねても筋力などが向上したりはしない。

 だが、文字通り人の数倍動く事のできるその力はすさまじく、仮にその理論を体現した存在が現れたとすればそれは世界の支配者となるだろうともいわれている。

「まさか、炎のが『PPE』の体現者なのか?」

「その可能性を持つ事は確かですわ。何せ、私の『クライシスクラッシャーアタック』はそれを殺すための技ですもの。いくら高速で回転する物体でも軸があるように存在を貫く線を攻撃すれば覚醒者は倒せますわ」

「つまり、お前はあの現象をコントロールしているのか?」

 するとクララは馬鹿にしたように鼻で笑った。

「愚問ですわね。自分で制御できない力など、錆びたハサミより使い方がありませんわ。どういうわけかあなたは偶然その力に触れたようですけど、一つ忠告をしておきますわ。あの鎖は己を定義している枷、外せば身軽になれますけれど全てなくなれば自分も無くなる。それは無論、死などという生ぬるいものではありませんわ。文字通り、どこからも居なくなる。全ての記憶から消え失せ、自分という存在の痕跡は跡形もなく失われる。その力に頼るのならば覚悟をしておくのですわね、不意に砕いた一本が己の存在の根底で、そこから全て崩れ去ってしまう事など珍しい事ではないのですから」

「それはかつてそうなった者が居たという意味か?」

 するとクララは悲しげにほほ笑んだ。

「確かに居たのでしょうけど覚えておりませんわ。もはや残っているのは私一人、途方も無い時間あの化け物共を殺しまわっていましたけれど、おそらく消え去るのは私の方が早い。しかし、私が消滅しようとも我が正義は不滅。いつか意思を引き継いだ誰かが必ずやこの戦いに終止符を打つでしょう」

 狂志郎はクララの言う正義が単なる独りよがりではない事を知った。いくつもの世界を渡り、誰にも理解されない事を知りながら人間のために竜族を殺してきた。その行動はあまりにも過激で正しいと呼べる物ではない。しかし、一概に間違いだと否定できる物でもなかった。

 その言葉が全て真実だとするならば同情の余地はある。しかし、狂志郎の近くには竜族が居る。例え、それがいつか世界を滅ぼすのだとしても安易に切り捨てるわけにはいかなかった。

「お前と炎のに因縁があるのは分かった。だが、俺はそれでも炎のを守るために戦うつもりだ」

「別に構いませんわ、我が正義とあなたの正義がかち合う事は分かっておりましたもの。それとも私があなたの同情を買うためにこの話をしたとでも? くくく…………だとしたら、それは大きな間違いですわ。私は差別主義者。人を至上とし、竜や鬼などの人外を駆逐する。竜被れの人間などそれらと同列ですのよ。話をしたのは竜化病によって人と同じ時を生きる事はできなくなるから。その苦しみを味わえばあんなモノを擁護しようなどとは二度と思わなくなるでしょう」

 狂志郎はその言葉に引っ掛かりを覚え、聞き返す。

「まさか、お前も竜化病に?」

 するとクララは一瞬硬直し、その後すぐに怒りをむき出しにして食い掛ってきた。

「馬鹿な! この私が!? この体が!? あんな汚らわしい外道の血に侵されたとでも? そんな事はありえませんわ!」

 こっちに来なさい、と暗がりに狂志郎を連れ込んだクララは火でも付いたかのような勢いで服を脱ぎだした。

「ほら! 見なさい! どこもかしこも鱗一つありません、人間の肌ですわ!」

「分かった……分かったから、落ち着いてくれ」

「これが落ち着いていられますか! あんな鱗の怪物と同類に見られて黙っていられるわけがないでしょう! 次は下の方ですわ! ほら、上の服の次はパンツを持ってくださいまし!」

「はぁ…………俺は一体何をやらされているんだ…………?」

 クララの裸体を惜しげもなく見せつけられた狂志郎だが、あまりの羞恥心の無さに色気の欠片すら見いだせず、ただ疲労感だけが残る結果となった。

「ふぅ、これで私が紛れもない人間だと分かってくださいましたか?」

「ああ、分かった。分かったからもう二度とするな」

 にこりとほほ笑んだクララは分かったのか分かってないのか曖昧な印象だったが、どちらにしても同じことをまたするだろうという事だけは確かだった。

 服を着たクララは何か思いついたように手を打つとおもむろに狂志郎の服のベルトへと手をかけた。

「あら? なかなか外れませんわね」

「……何をしている?」

「いえ、私の次はあなたの進行具合を見て差し上げようと思いまして」

「結構だ」

「そんな事言わずに進行が早いと大変ですわよ」

「自分の体の事くらい自分で分かる」

「チッ、強情ですわね、こうなれば無理やり脱がすまでですわ」

「!?」

 狂志郎はガシッとズボンを抑え、クララの猛攻に耐える。

「くおっ! きっ、貴様! なにをするか!」

「くくく…………いいからつべこべ言わず、青い果実のような裸体を惜しげもなくさらけ出すがいいのですわ!」

「先ほどの脱ぎっぷりからまさかとは思っていたが! 貴様、やはり痴女か!」

「違いますわ! これは美の追求! 目の保養ですわ!」

「くぅ! 上級執行官は不当な力には絶対屈しない! 絶対にだ!」

「くくく、素晴らしい精神性だと褒めてあげますわ、獲物の抗う姿は時に感動的ですらある。しかし、圧倒的な力の前に哲学は無駄なのですわぁ!」

 びりっ、という不吉な音と共に狂志郎は尊厳の死を覚悟した。クララは勝利を確信したようにその口元をゆがめた。

 その瞬間、

「天羽君、なにやってるの?」

「光の」

 めろんがきょとんとした顔をしていると妙な空気が場に立ち込め、クララは残念そうにぱっと手を離した。

「やれやれ、迎えが来てしまったのなら仕方ありませんわ。私は一人でじっくり鑑賞したいタイプですので」

「………………今度からお前とは常に1メートル以上の距離を置くことにする」

「あら、そこまで気を使って頂かなくても構いませんわ。私は自分で見やすい位置に移動しますので」

 舐めまわすようなクララの熱い視線に狂志郎は身の毛のよだつ思いをしていた。

「さて、冗談はここまでにして」

「本当に冗談か? 冗談にしていいんだな?」

「天羽執行官、あなたは何か私に伝えたい事があったのではありませんの?」

 狂志郎は冷静さを取り戻すと語りだした。

「ああ、俺たちは明日京都に向かう。それを伝えようと思っていたんだ」

 めろんは不思議そうに言う。

「あれ? この人って確かのかなちゃんを殺そうとしている人だよね。行き先を伝えたら危険な事にならないかな?」

「くくく……私の話を聞いて竜の危険性を理解したという事ですわね。殊勝な心掛けですわ」

「違う」

 一蹴して狂志郎は続ける。

「俺はお前が敵だとは考えていない。だが、炎の命を狙っている事も嘘だとは思わない。その二つの両立は一見無理なようで実はそうじゃないからだ」

「ほう」

「これはお前の持つ炎のへの殺意を無くすだけで両立させる事ができる」

「なるほど、ではその方法の提示をお願い致しますわ。それが私に諦めさせるなどという荒唐無稽な物でなければ良いのですけれど」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべるクララに狂志郎は神妙な顔で言う。

「炎のがお前を裏切ってない事を証明する」

「!」

 言い終わらない内に鬼の形相でクララは狂志郎の襟首をつかんだ。

「あなた! あまりふざけた事を言うとぶち殺しますわよ!」

「ふざけてなどいない!」

 一喝した狂志郎はクララの手を払うと乱れた服を整えて言い放つ。

「俺が知る炎のは何があろうと裏切ったりはしない。この世界の全てを敵に回したとしても、ヤツは己を貫く」

「邪悪…………邪悪ですわ!」

「それがどうした。俺が上級執行官であるようにヤツは魔法少女だ。ならば、どれほど困難で理不尽な道であろうと突き進み、不可能すら否定(NO)し必ず救いをもたらす。それが出来なければそれはヤツでも、増して魔法少女などではない!」

「魔法……少女…………!」

 クララは気圧されたように閉口したが、やがて息を吐くと苦々しく言った。

「魔法少女とは鱗を身にまとった化け物ではありませんのよ。よく覚えておきなさい」

「クララ」

 踵を返し、クララは言う。

「この世界から魔法少女が廃れたのはしょせん紛い物だからですわ。太陽のように誰もが見ただけで分かる立派な物でなければそれは存在する意味を持たないのですの」

「意味がある物だけで作られた世界など息苦しいだけだ」

「しかし、到達するためにはそれが必須。例え、全ての無意味(NO)を切り捨てる事になったとしても、私は…………」

 歩き出したクララから段々と月の光が失われていき、最後には闇に溶けて見えなくなった。狂志郎はめろんに呼ばれるまで漆黒のそれを眺め続けていた。

 帰り道を歩き出すとのんきにめろんは語る。

「天羽君、夜道を一人で歩いたら危ないよ。変な人に襲われちゃうかもしれないんだよ」

「だから探しに来たのか。だが、探しに来るのに一人では本末転倒だな」

 めろんは気が付いたように言う。

「あー、そういえばそうだね。けど、仕方ないよ。クララさんと会うのに人間以外が居たらややこしくなっちゃうからね」

「………………!」

 狂志郎が違和感に足を止めるとめろんはいつもと変わらぬ調子で聞き返す。

「どうしたの? 天羽君」

「お前は……光のではないな」

 するとめろんは目を細めてくすくすと笑い、楽しげに言う。

「本当はクララに襲われる事、期待してたんでしょ?」

「してない」

「えー? 本当かしら、天羽君だって男の子のはずよ。ちょっとは期待してたんでしょう?」

「……何の用だ、コンス」

 めろんの顔でコンスは語る。

「別に話をするつもりはなかったのだけれど、天羽君があまりに下手すぎるからこうして来てあげたのよ」

「下手?」

 コンスはため息をついて言う。

「あのね、どんな事があったのかも聞かずに感情だけで裏切ってない事を証明する事とか言っちゃ駄目でしょ。初めからそうするつもりなら話をそういう方向にもっていかなくちゃ」

 口下手は自覚していたのか狂志郎は悔しげに語る。

「……返す言葉もない」

「まあ、いいわ。どうせ彼女の語る記憶(メモリー)は正しくないのだし、これはこれでやりようがあるわ」

「ヤツの記憶が正しくないだと?」

 あざ笑うようにコンスは口の端をあげた。

「ええ、そうよ。彼女の記憶は断片的で強い感情だけを別の世界から継承しているの。『のかなは裏切り者だ』、『人を脅かす存在は殺さなければならない』という風にね。その事について彼女は疑問を持っていないわ。現実がこんな風になってしまえば、他の記憶も正しいのだと思い込む。一部が正しいからって全てが正しいとは限らないのにね」

「では炎のは裏切り者ではないんだな?」

「いえ、裏切りは真実よ。あれはクララを裏切った間違いなくね」

「それは…………」

 コンスは曖昧な笑みを浮かべる。

「真実は人の数だけ存在する。その人にとっての正しさが他の人にとっては間違いという事もある。だから、何かを変えたいと思うのならば正しさを押し付けるのではなく『間違いを裏切りなさい』。そうしなければ力の強さだけが正義なのだと言っているのと同じだわ。力はより強い力に打ち負かされる、誰もが敗者となる。その先の地平に行きなさい。あなたにはできるはずよ」

「………………」

 狂志郎は苛立ったように返す。

「勝手な期待をするな。俺はお前の操り人形ではない」

 コンスはにやにやとした見る者を不快にさせる表情をする。

「あまり気の強い事を言わないでもらえるかしら。嗜虐心が抑えきれなくなったら責任が取れないわよ」

「ふざけた事を。憑りつかれている光のには悪いが、少し分からせてやる」

「うふふふふ…………」

 月に雲がかかり世界に闇が満ちる。漆黒に手をかざしたコンスは闇の中より何かを抜き取った。そして再び青白い光に照らされた時、手には蒼いナイフが握られていた。その美しき刀身は月の光を集めて淡く輝く。

「月光が吸い込まれている……? まさかモスピーダナイフか!?」

「さすがは上級執行官、物知りね。だからこそ、恐怖を感じるでしょう?」

「くっ! オリジナルであるわけがない、所詮はまやかしだ! こけおどしに過ぎない!」

 恐怖を振り払うように踏み込んだ狂志郎は一切の手加減無く、めろんの体に拳を打ち込もうとする。だが、コンスの姿が陽炎(かげろう)のように揺らめくと狂志郎の体はすでにいくつもの肉塊へと姿を変えていた。

「か…………はっ?」

 死んだ、と思った瞬間に狂志郎は夢から覚めたように自らが無傷である事を悟り、確かめるように体を触ると背後を振り返った。

 コンスは淡々と語る。

「今のは現実でも幻覚でもあるわ。好きなように取りなさい。でも、分かったでしょう? 私には誰も勝てない、誰も私から逃れる事はできない。鬼だろうと竜だろうと魔王だろうと神だろうと…………ね」

「………………」

「良いわね、その目。ゾクゾクしちゃう。もしかしたら、あなたなら私を殺せるかも…………うふっ、うふふふふふ、あははははははは!」

 狂志郎が瞬きをした刹那、すでにコンスは消え失せていた。そんな馬鹿な、と思いつつもそのあまりの空虚さに呟かずにはいられなかった。

「狂っているのは…………まさか俺の方なのか?」

 信じられない事ではあったが、その可能性が一番高い事を狂志郎は理解していた。同時に狂気に囚われるまではまだ猶予があるだろうと推測し、冷静に自らが行うべき事を考えていた。

「…………よし」



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