第二章 3
その後、店のテーブルについたのかなは濡れタオルで顔を拭って言った。
「安倍さんとまた会えてよかったです。いろいろと話がしたかったので」
「あなたは確か茶屋であった…………」
「桑納のかなと言います。まあ、二代目『坂田金時』といった方が通りのいいかもしれませんけど」
晴明は不思議そうに語る。
「『桑納のかな』ですか…………。偽名として使っているというわけではなさそうですね。という事は記憶が無いのかそれとも知らないのか…………」
「? どういう意味ですか?」
「竜の言葉で『ノカ』で『竜』、『ノカナ』は『竜人』を意味します。そして『カンノウ』は『人造』、つまり『カンノウノカナ』というのは『人造竜人』という意味合いになるという事です」
のかなは納得がいったという顔をする。
「あー、やっぱり私はドラゴン系なわけね。確かナルは『タイヨウノカナ』とも言ってた気がするけど…………それって多分」
「『ウチは天然物の竜人や、よろしゅうな、って事や』」
「!?」
晴明の隣に座るナルは言う。
「『何が『ナル』や、勝手に変な名前付けんなや。まあ、同族以外に真名を教えてやる気はないけどな』」
「あなた、喋れたの?」
するとナルは馬鹿にしたような顔をした。
「『逆や。お前が聞こえるようになったの。全く、養殖物とは言えこっちが干渉して無理に覚醒させないと通話回線も開かんとは、こりゃもう人間と変わらんな』」
ナルに語り掛けているのかなを見て、ことかは首を傾げた。
「喋った? なにを言ってるんじゃ?」
「えっ? ことかちゃん達には聞こえてないの?」
「なんのこと? のかなちゃん」
ナルは言う。
「『ウチらの会話は同族以外には聞こえん。いわゆる『可聴域』が違うからな。人間は口に出さなくちゃ意思疎通もできん劣等種や。こちとら元々喋る種族や無いんやから、こいつらに合わせると『吃音』気味になるのもしゃーない。なのにこのオッサンときたら一々おちょくってきおって…………お前はずいぶんと流暢やけど、養殖物とはいえ初めはウチみたいなもんやったやろ? ウチが特別下手なんやないって言っとくれ』」
「初め…………?」
確かにのかなはかつて吃音を患っていた。だが、それはこの話とは関係のないものだ。あの瞬間から始まったのだとするならば世界は今までどうしていたというのか。ありえないと理解しつつも、なぜか否定しきれない自分が居る事にのかなは気づいていた。
「『ん? どうした?』」
「ナル、我々に聞こえない所で悪口を言わないでください」
ナルは不機嫌そうに口を開いた。
「『はいはい、分かりましたよ』」
「ナルの様子を見るにどうやら桑納さんは本当に竜人のようですね。しかし、仮に人造とするならあまりに精巧すぎる。あなたは一体何者ですか?」
ことかは逆に聞き返す。
「それはこっちのセリフじゃよ、安倍さん。天羽の時代考証からするとアンタは不自然じゃね。そっちこそ何者なんじゃよ」
「何者かと聞かれましても、私は陰陽師を生業としている安倍晴明としか答えようがありません。むしろ、あなた方がどのような答えを望んでおられるのか、私に教えてくださいませんか?」
めろんは言う。
「信じられないかもしれないけど、私たちは今より後の時代から来た人なんです」
「後の時代…………。月の時間は地上とは流れが違うという事ですか?」
「いや、かぐや姫関係ないんじゃよ。ちょっと離れて」
晴明は少し考えて言葉を紡ぐ。
「なるほど、未来での歴史と今の私が違っていたので変に思っていたという事ですね」
「理解が早くて助かるんじゃよ。それでこの事件を起こした黒幕と関係があるんじゃないかと思ってたんじゃ」
「関係……ですか。憶測にすぎませんが無いとは言い切れませんね。この頃、世の中を騒がさせている鬼。私はあれを追って旅をしているのですから」
そう語る晴明は決意を秘めたような表情で過去に何かがあったことを見る者に感じさせた。それが潔白の証明になるわけではないが、少なくともその感情だけは嘘ではないようだった。
「桑納さん、あなたが時空を超えてやってきたというのならもしかしたら竜の『真祖』なのかもしれませんね。『真祖』は陰陽における陽気の極致、すなわち太陽の化身であり、太陽と同じように時を統べると言いますから」
「『何言っとるんや。こいつの出来の悪さはどう見ても養殖物やで』」
「ふっ、ただの勘ですよ。適当に聞き流してください」
のかなはおずおずと切り出す。
「えっと、話は変わるんですが、安倍さんはこれからどこに向かうおつもりですか?」
「あいにく手がかりがありませんのでしばらくはこの都で情報を集める予定です」
「それなら、その間だけで構わないので私に『札』を教えてくださいませんか?」
晴明は困ったように言った。
「難しいですね、これは才能が必要な物ですので。最低でも呪い事の基礎を知らないことには…………」
のかなはおもむろに懐から札を一枚取り出すとそれを火の鳥に変えてみせた。晴明は驚いたように目を見開き、そして曖昧な笑みを浮かべた。
「なるほど、これは面白い。あなたはずいぶんと気を操るのが上手なようですね。何か武術の心得でも?」
「対名炎影流を少し」
「ふむ。力のある土地を『竜穴』と言うように、竜は力の象徴。ただ、悲しい事に竜族はその力を収束する術を持ちません。鉄砲水や雪崩が恐ろしくとも、すべてを破壊しつくすほどの力が無いように強大なだけに過ぎないのです。私は竜族に可能性を感じてナルに手ほどきをしてみましたが望んでいたような手ごたえは得られませんでした」
「『言っとくけど、ウチが下手なんやないで。竜はそもそも気をコントロールできるようには出来とらんのや。流れそのものやからな。川が自分で流れ変えられるかっていったら無理に決まっとるやろ? つまりそういう事や』」
「しかし、あなたは竜でありながら気を操る事ができる。これには可能性を感じます。もしかしたら陰陽道の新境地が開けるかもしれない」
「じゃあ」
にこりと晴明は笑った。
「ええ、あなたの申し出、お引き受け致します」
「やった!」
ことかも嬉し気に言う。
「おっ、よかったね。安倍晴明直々の手ほどきとは、マニアが聞いたら泣いて悔しがるレベルじゃよ」
「のかなちゃんが特訓してもらうのなら、私たちはしばらくここに留まる事になるのかな? それなら少しはのんびりできそうだね」
「ん? あ、ああ……そうじゃな…………」
歯切れの悪いことかが困ったような表情をしていると店の奥から狂志郎が現れた。
「あいにくだが、遊び惚けている暇はなさそうだぞ」
「天羽君」
のかなは狂志郎の姿を見ると呆れたように言った。
「いや、その恰好で言っても説得力が無いって」
背中にビアショルダーを背負った狂志郎はマグカップにコーヒーを淹れると勢いよくあおった。
「思考にはカフェインが必要だ。どうだ、お前たちも」
「天羽君、私に一杯ちょうだい」
「っていうかよくビアショルダーなんてあったね。レンタルじゃないだろうし、業務用なら結構するでしょ」
「まあ、ちょいとコネがあってね」
狂志郎は言う。
「そんな事はどうでもいい。俺が言いたいのは段々と混沌とし始めているという事だ」
「天羽君の恰好がその原因の一端だと思うんだけど」
「この店に来た客の中に『蒸気船』を見たという物が居た」
「『蒸気船』?」
「無論、蒸気機関の構造そのものは大したものじゃない。誰でも作れるとまでは言わないが、仕組みを知っていれば江戸時代の鍛冶屋でも作れる程度の物だ。しかし、蒸気機関の登場はそれ以上に大きな意味を持つ。どういう事だかわかるか?」
のかなは複雑な表情で呟きを漏らす。
「わ、分かりません」
「勿体ぶるな、天羽。私たちは学者じゃないんじゃよ」
「えっと、『産業革命』って事だよね?」
「なに? 知っとるのか望夜!?」
狂志郎は感心したように言う。
「ほう、光の、よく知ってるな」
「学習漫画で読んだ事があったからね。蒸気機関を作ったのはジェームズ=ワットさんだよ」
「単位『W』の元となった人物だな。さすがに魔法少女のトップはよく物を知っている」
ことかは苦々しく語る。
「ぐっ、ムカつくが無知は事実なので何も言い返せないんじゃよ」
「ううっ、ことかちゃん。頭良くなりたいよぉ」
「言うな、のかな! すでにその発言から頭の悪さが滲みでとる!」
狂志郎は気にせず続ける。
「俺たちの見てきた範囲では文字通り『お伽話』の年代の世界だった。単純に考えるなら蒸気機関が実用化されるのは千年近く後になるはずだ」
「外国とは時代が違うって事か?」
「その可能性もあるが、俺は一つの仮説を立てた。その鍵は炎のの持つデバイスだ」
「私の?」
「ただの石に過ぎなかったデバイスは持ち主の元に戻ると共に本来の姿への変化を見せた。つまり人によって元の時代への回帰が促されるのではないかという発想だ」
のかなは頭痛がするかのように頭を抱えた。
「ごめん、コーヒー貰える? なんだかくらくらしてきた」
「そういう時はカフェインだ。カフェインを信じるな、カフェインの持つ効能を信じるんだ」
「あっ、美味しい…………。お金取れるよ、これ」
「ここ喫茶店じゃからね?」
ふと晴明が呟きを漏らした。
「つまり、進化の方向性をある程度決められるという事ですね?」
「安倍さん」
「失礼。事情はよく知りませんが、とても興味深い話でしたのでつい口を挟んでしまいました」
「いえ、むしろ話に加わってもらえると助かります。知識人が明らかに足りてないので」
狂志郎は語る。
「安倍のが言う通り、その場所の発展をある程度操れるのではないかと俺は考えている。蒸気機関は俺たちと同じ『未来人』が蘇らせたのではないか。単に時代が違うと考えるのなら、世界情勢は大きく異なっているはずだ。しかし、それは起きていない。変化は局地的な物にとどまっている」
「元に戻る時の過程は無視されていた、ここで重要なのはもしかして本来なければならないはずの歴史を無視できるって点かな?」
「いい所に気が付いたな。産業革命を例にあげるなら、発展の際に公害問題は必ず発生するものだが、現代においてされている対策を取り入れて未然にそれを防ぐ事ができるだろう」
「そんなの歴史を知っていれば簡単に対策出来るじゃろう」
「いえ、そういうわけには行きません。前例の無い事象の対策を受け入れられる国は独裁国家かそれに近い国だけです。対策とは風邪薬のようなもの。感染すればすぐに死んでしまうような病気でもかかってからでなければ対処する事ができません」
「『人間はアホやからな。頭で分かっていても経験しなければ分からんのや。そして痛みをすぐに忘れてしまう』」
「『失敗の無い国』、そんな物を生み出しても未来人の知る歴史には限界があるはずだ。それが黒幕の目的だとするならばそんな物を作り出して一体何をする気なんだろう?」
「分からない。だが、無ければ良かったと思えるような歴史もある。何か人類に対して思う所があり、負の面を消し去りたいのかもしれない」
「ずいぶんと極端な発想の仕方をするな、天羽。何か心当たりでもあるんか?」
狂志郎は表情を硬くし、淡々と語る。
「『エージェントX』だ。アイツの思想を思い出していた」
「だ、誰?」
「アルト君から聞いたことがあるよ。執行官の使う情報屋さんの事でしょ」
「望夜、それ話しても大丈夫なんか? 私ら消されたりしない?」
コートの立ち姿を思い浮かべながら狂志郎は言う。
「あいつは社会と倫理感の矛盾に苦悩していた。一般倫理として殺人はタブーだ、しかし上級執行官の中には殺人許可証を持つ者が居る。「許可があれば殺人をしてもいいのか? 俺たちの正義はその程度の物なのか」と漏らすこともあった」
「別に人を殺してもええじゃろ。細胞のアポトーシスのように自然な作用じゃ」
「人を殺してはいけないというのは社会的な問題だよ。自分が殺されたくないから殺しをタブーにする。その理屈で言えば誰も逆らう事のできない権力の下では殺人をしてもいい事になってしまう。実際にそれは許可されているし、突き詰めれば倫理観は植え付けられた偏見だとわかってしまう。社会は矛盾を抱えている、けど同時に人のために作られた物でもあるんだ。矛盾しているからって考えを止めちゃいけないんだ」
「分かっている。しかしそれは理屈だ。人が新たなステージに到達してしまったならば、おそらくその形を保つ事はできないだろう」
「どういう事?」
狂志郎は語る。
「社会は『神』の存在を許容してはいない。仮に誰かがその境地に到達してしまったなら、それは社会の崩壊を意味する」
「私、邪神なんじゃけど、社会には配慮しとるよ?」
「言い方が悪かったな。ここで言う『神』とはすなわち『超人』という事だ」
「誰にも殺されない凄い人って事?」
「単純に言えばそうだ。生命活動の必要が無い無欠の存在。一撃で国を亡ぼすような力など必要ない。決して折れる事の無い精神を持ち、何者にも止められる事の無い継続的な力を持って、寿命すら超越して延々と行動を続ければ社会は崩壊する」
「天羽君、そんな人居るわけないよ。漫画じゃないんだし」
「のかな、お前なぁ…………」
ことかは苦い顔で言う。
「今回の件にのかなは関係ないじゃろ。事の起こりに一緒に居たんじゃから」
「ああ、別に疑っているわけじゃない。可能性があるというだけだ。『超人』なのはおそらくあのクララ=ヴィだろうからな」
「あのクララって人がこんな世界にしちゃったって事?」
「おそらくは」
「じゃあ、そいつが黒幕って事か」
「原因の一端だと思うが、少し違う気がする。ヤツは『クライシスライト』と自らの正義しか信用していない。例え志を同じくする者でも徒党を組んだりはしないだろう。『鬼』の影響力の大きさから考えて一人という事はありえない。黒幕と呼べる人物は他に居るはずだ」
晴明が口を挟む。
「人物……つまり、黒幕は『人』であると?」
「当然だ。人はあらゆる生物の中で最も狂暴で残忍でずる賢い。何かを企むのは人間をおいて他に居ない」
「ここまでをまとめると、事の始まりはクララ。変化した世界の歴史を操ろうと『鬼』を使っているのが黒幕という事じゃね。こいつらは明確に敵。それで蒸気機関を生み出した未来人はどこに配置する?」
「第三勢力としておこう。だが、できれば味方につけたい。それがこれからの行動方針となる」
「どうやって味方にするの?」
「無論、話し合いだ。武力交渉は歴史に悪影響を及ぼす可能性がある。未来人が俺たちに近い時代の人間でまともな感性の持ち主ならば最悪でも敵にはなるまいが、現在の文化レベルでは交渉は不利になる。その為の準備が必要だ」
「町を発展させなくちゃいけないって事だね。うーん、でもそんなに上手くいくかな? 時間だって限られているだろうし」
「そこで鍵になってくるのがこの店だ。これは現代の文化レベルと同じ物でありながら生体であるがゆえに増殖できる。これを全国各地に配置して文化レベルを底上げし、回帰を加速させる」
ことかはため息をついて言う。
「なかなかの無茶ぶりじゃね、天羽。そこまで分裂したらまともに戦闘できんよ。妨害されたら一溜りもない」
「ああ、その通りだ。そこがネックだった。安倍のの存在から『式神』を作ってもらい、鬼への対策とする事を考えたが、酒呑童子と同程度以上の強さの鬼と戦うのは厳しいだろう。だが、炎のの力があればそれはどうにかなるかもしれない」
「竜の力で『式神』を作るって事だね」
「あの圧倒的なパワー、それを操る事が出来ればこの問題は解決する。ただ、知っての通り時間はあまり無い。出来なければ店の展開をこの周辺に留め、最低限で未来人に対応する」
「もしそうなったら他の場所はどうなるの?」
狂志郎は難しい表情で語る。
「間違いなく歴史が書き換えられ、元とは違う物になる。未来人にその意思がなくとも、時代は強者にとって都合の良いものになる」
「歴史を書き換える……まるで戦争じゃな」
「戦争? そうだな、俺たちは戦争をしているんだ。生存競争だ。勝ち残った者は全てを肯定され、敗者は全てを奪われる。勝った者が正義なんだ」
「道理ですね」
のかなは吐き出すように言った。
「だとしても私は勝つから正義なのではなく、正義だから勝つんだって言いたいよ」
「綺麗事だな」
「分かってる。でも、それが魔法少女なんだ」
「魔法少女…………か」
狂志郎は苦笑を漏らした。
「奇遇だな。俺もお前と同じ気持ちだった」
「ほう、天羽にしては珍しいね。カフェインの摂りすぎか?」
「茶化すな。とにかく炎のは一刻も早く竜の力を扱えるようになること。その間、俺たちは情報収集だ」
一同はこくりと頷き、行動を開始する。一緒に外に出た狂志郎が”のぼり”と共にビアショルダーを背負っているのを見て、のかなはあれは情報収集のための道具だったのかと納得したように一人で頷いた。




