第二章 2
急ぎ足で町に戻ってきたのかなは部屋に着くやいなや力なく倒れこんだ。オーバーヒート気味の体からは白い煙があがっている。
「も、もう無理、一歩も動けない」
「なんじゃ、情けないヤツじゃなぁ」
「一歩も自分で歩いてないことかちゃんに言われたくないやい。せめてラーが二人乗りできたらめろんちゃんと一緒に楽できたのになぁ…………」
「ごめんね、のかなちゃん。途中で交代すればよかったね」
「いやいや、生身のめろんちゃんを天羽君と一緒に走らせるわけには行かないって。……っていうか三半規管強いね。舗装されてない道を走ってきたのに全く酔ってないんだ」
「たぶん空中戦で激しい動きに慣れてるからかな?」
「エースってすごいねー、私なんて自力じゃ飛べないのに。……あれ? なんか泣けてきちゃった」
「のかなは基本が弱すぎなんじゃよ。普段から鍛えておくべきじゃよ」
「ことかちゃんは少し黙っててくれないかなぁ?」
しばらくして冷却が終わったのかなは「よっ」と体を起こした。
「あー、なんかお腹減ったなぁ」
「少し前に団子屋で食ったじゃろ」
「正規の変身じゃないと消費が大きくなるの知ってるでしょ。これじゃせめて制御石くらいないとまともに戦えないよ」
「そういや、変身と言えばお前、竜人の件はどうするんじゃ?」
「私がドラゴンみたいな姿になったって話? うーん、実を言うとあんまり覚えてないんだよね。そもそも私じゃなくてデバイス側の機能である可能性もあるし」
「あれはそんな簡素な物じゃなかったよ。むしろあれのおまけが変身機能であるような印象すら覚えたくらいじゃ」
「竜化機能が実在したとしても私には無いよ。だって特化型でもなければ人間の体にそんなギミック組み込めないもん。まずスペースが足りてないし、仮に変身機能と合わせられたとしてもシステムが競合してどっちつかずになるか、もしくは片方がまるで使い物にならなくなっちゃう。常識的に考えて無理だよ」
「片方が使い物にならない…………。のかなちゃんって飛行機能が無いよね?」
「うん、それが?」
「そして魔力が異常なほどに少ない」
めろんの言わんとしている事を理解したのかなは慌てたように言った。
「待って待って! いや、確かに理屈はそうだけどさ。私にそんな機能が組み込まれていたらショックっていうか。なんで勝手に人の体に変なギミック組み込んでるんだよっていうか」
「のかな、それどこのラボじゃ。どうせまともな所じゃないじゃろ」
「ラボ?」
首を傾げためろんにことかは説明する。
「第一世代は改造人間じゃからな。『研究所』で改造をしてもらうんじゃよ。まあ、改造といっても手術みたいな大げさなもんじゃないから、日帰りで魔法少女になれるけどね」
「へー」
「まあ、なるのは簡単なんじゃけどやめるのが難しいっていうか。制御回路の導入はご計画的に!」
のかなはさめざめとした顔で語る。
「私、スキャットマンに紹介された所なんだけど、『コンス』に記憶取られてるから何も覚えてないよ…………」
「スキャットマンってのかなちゃんのパートナーだった人だね」
「記憶無しとかこりゃ確定臭いな。侵略怪人竜娘ルートじゃ」
絶望したようにのかなはうなだれた。
「うわあああああああ! どうしてそんなガチドラゴンになるようなギミック付けた!? もっとコスプレみたいななんちゃってドラゴン娘にするとか方法あっただろ! 確かに戦闘用だけどさ、魔法少女なんだよ? 女の子なんだよ? これじゃ邪神とか言って可愛さの欠片もない完全に化け物のことかちゃんと一緒じゃないか! そんなのあんまりだよ!」
「おい、コラ。なにどさくさ紛れに罵倒してんじゃ。ぶっ飛ばすよこのトカゲ女」
「はぁぁぁぁぁぁ…………どうしよう私の人生。もうこの際、ドラゴンである事を生かせる職種とかないかな?」
「特撮とか、ハリウッドとか?」
「うーん、特撮かぁ。怪人とヒーローの禁断の恋なんていいかもね。あは、アハハハハ」
「完全に壊れとるな。別にドラゴンになるくらいええじゃろ。男の子にモテモテじゃよ」
「も、モテモテですか?」
「そうじゃ。男子の持ってるカードやゲームを見てみぃ。半分以上にドラゴンが出とる。つまりドラゴンになれる系女子は男にモテる!」
「!」
のかなの顔がパァと明るくなった。
「ドラゴンになれるのも悪くないかもしれないね…………人を守るために払った犠牲っていうかさ。そういう所に気高さを感じるっていうか」
「こいつホントに調子がええな」
「元気になってよかったね」
(まあ、ドラゴンと竜人は別ジャンルじゃから特にモテるわけじゃ無いんじゃけどね)
「むふふ、モテモテ…………」
(しかし、邪神はドラゴンと同じように人気でありながら私と同ジャンル。つまりモテるのは私だけという事じゃ、ククク…………)
不気味にほほ笑む二人を眺めためろんは意外そうに言う。
「でも、モテるのってそんなにいいことかな? いちいち断るのは大変だよ」
「!?」
二人は信じられない物を見たという顔で震えながらつぶやく。
「め、めろんちゃん。も、もしかしてあなたは俗に言うモテ女というヤツですか?」
「あ、ありえんよ。そんなものが存在するはずがない。まやかしじゃ! 幻想じゃ!」
「別にそんな凄いものじゃないよ。誰だって一度くらいは告白したりされた事くらいあるでしょ。私はそれが他の人よりちょっと多いだけだよ」
「うぇ、おぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ショックのあまりのかながゲロ吐いた! しまった! 二人してネタが被っとオロロロロロ!」
めろんは淡々と語る。
「そんな風に男の子を特別視してると後々大変だよ? 理想ばかり高くなっちゃう。王子様なんて現れないんだから現実を見なくちゃ」
「ことかちゃん、王子様に求婚されてたかぐや姫が何か申してますよ…………?」
「月に帰れ…………帰ってください。私は胸が苦しくて死にそうじゃ」
「二人とも大げさ過ぎだよ。第一、ことかちゃんはアリスタさんが居るでしょ?」
ことかは慌てたように言う。
「あ、アイツは関係無いじゃろ! そ、そうやって自分から話を逸らそうとするなんて卑怯じゃ!」
「そういえばことかちゃんは彼氏持ちでしたねぇ、羨ましいですねぇ! この裏切りものォ!」
「違う! 違うんじゃぁ! アイツはそ、そうペットみたいなもんじゃからぁ…………!」
「余計に不潔だよ! この邪神エロテロスが!」
「あああああ! そうじゃない! 家族! 家族みたいなものって言いたかったの! 今の無し! 無しぃ!」
「もう家族的な間柄に? ことかちゃん……恐ろしい子!」
「じゃから違うって! もぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
涙目になりながらことかは言う。
「それ言ったら望夜だってアルト君と同棲してたじゃろ! 私はそっちの方への言及を求めまーす! それまで何も聞きませーん!」
「うわ、ずるっ。けど、その話はちょっと興味あるかも」
「別にいいけど特に面白い事はないよ。私が着替えていても視線を感じる事は無かったし、お風呂の時もそうだったよ」
「自在に姿を変えられるから、女の子に興味が無いのかな?」
「いや、そういうヤツこそ変態チックな嗜好を持っとるもんじゃよ。よく思い出すんじゃ」
「うーん…………あっ、そう言えば」
「そう言えば?」
「下着が女物ですごくオシャレな感じだったなぁ。モデルさんかと思っちゃった」
「それじゃ!」
「いや、意味わかんないから」
はぁ、とのかなはため息をついた。
「結局私だけ浮いた話が無いんだよねぇ。どっかにいい人居ないかな?」
「天羽とか?」
「さすがに一度殺された相手はキツイよ。実を言うとまだちょっと怖いし」
「のかなちゃんってどちらって言うと女の子の方が好きじゃない?」
するとのかなは笑って返した。
「それは違うよ。私は魔法少女が好きなだけであって女の子が好きなわけじゃ無いよ。それに女の子相手は遊びだから本気にはならないって」
「オイ、こいつが一番爛れとるぞ。夜道で刺されても知らんけぇね」
「え? どういう事?」
「のかなちゃんって結構業が深いよね」
「え? え?」
思い出したようにのかなは言う。
「そういえばさっきから天羽君の姿が見えないけど、どこに行ったの?」
「別れ際に私の喫茶店に行くって言ってたじゃろ。そんなに余裕無かったんか」
「能力ありきの魔法少女から能力を取り上げたらこんなもんだよ…………。じゃあ、こうしていても暇だしことかちゃんのお店に行ってみようか」
「こっちも同期する必要があるしな。ちょうどええか」
「お店?」
「ああ、望夜は知らんかったか。ま、歩きながら話そうか」
外に出た三人は喫茶店に向けて歩き出す。距離としてはそれほど離れていないようで少し歩いただけでたどり着いた。周りが木造の簡素な建物だというのにここだけが現代風なのでひどく浮いて見える。
「ん? 前に見た時よりお店大きくなってない? 気のせい?」
「成長期じゃからな」
「んんん?」
「ぼさっとしてないでどっちかドアを開けてくれんか。このサイズじゃ私は開けられんけぇね」
「いいよー」
めろんがおもむろに扉を開けた瞬間、勢いよく丸い物体が飛んできた。それを咄嗟にかわすとその物体はべちゃっという音と共にのかなの顔に直撃した。
「うわぁ、びっくりしたぁ…………」
「おい、のかな。大丈夫か?」
「………………」
顔面にクリームパイが直撃したのかなは沈黙を保ったまま直立している。それはショックのあまり気を失っているのかあまりの怒りのために意識が飛んでいるのかは分からないが、とにかく今はそっとしておいた方がよさそうだ。
おそるおそることか達が中を覗き込むと室内は白濁に塗れたひどい有様になっていた。
「な、なんじゃこれは! 誰にやられた? 一体私は何をしとるんじゃ!」
「あっ、ことかちゃん、あれ!」
めろんが指さした場所には『ナル』と呼ばれていた少女とそれを追いかける通常サイズのことかが居た。
「待たんかこのガキィ!」
「るるるるるー」
「おい、私!」
小人のことかに気づいた通常サイズのことかはパイを投げる手を止めて立ち止まる。
「おお、私か。あいにくと今忙しいんじゃよ。あとにしてくれんか」
「馬鹿言うな! あとにしたら店がもっとひどいことになるじゃろ!」
「じゃけどこいつが居たらもっとひどいことになるんじゃよ!」
「いいからとにかく止めるんじゃよ! あの顔には見覚えがあるけぇ!」
「なに? 知り合いか?」
通常サイズのことかはもう一人の自分を摘み上げるとぱくりと一口で飲み込んだ。そして一瞬で統合を完了して事態を理解するとピィーと口笛を鳴らして邪神達を呼び出し町に放った。やがて邪神に連れられて一人の眼鏡の男が息を切らしてやってくる。
「はぁはぁ…………す、すいません。ウチの者がご迷惑を…………」
「まったく……安倍さん、しっかりしてくださいよ」
「こんにちはー」
「これはかぐや様。ご機嫌麗しく」
ナルは獣のようにうなり声をあげ、訴えかけるように言う。
「らびす! ぎぃ、らぐれす、はいと!」
「なんて言ってるんじゃ?」
「『王冠を被った人間じゃない子どもに意地悪された。自分は悪くない』……そうです」
するとことかは急にばつの悪そうな顔になり頬を掻いた。
「うっ、アイツならやりかねんね。この件はもしかしたらこっちが悪い可能性もあるな…………。どうでしょう安倍さん。ここは一つお互いに水に流すという事で」
「それは願ったり叶ったりという所ですが、店がこの有様では清掃が大変ではありませんか?」
「いや平気じゃね。ちょっとみんな外に出るんじゃよ」
全員が外に出た所でことかがバタンと扉を閉め、もう一度開けるとすでに店内は元通りになっていた。
「はい、この通り」
「すごーい! 手品みたい!」
「この中の空間は私が自由にいじれるからな。汚染されようがブラックホールが発生しようがすぐに元通りじゃ」
「助かりました。一時はどうなる事かと」
「これで一件落着…………うわっ! なんじゃこの化け物!」
「………………」




