第二章 1
そうしてどれくらい縮こまっていたのだろうか。永遠にも思えるほどの長い時間が過ぎ、嵐が落ち着いた時には日が昇っていた。
身に降り積もった砂から抜け出した狂志郎は辺りを窺うが、敵の姿どころか草の根の一つすら見当たらない有様であった。
ふと木の枝のような物が地面から突き出しているのに気づき、近づいてみるとそれが人の手である事が分かった。試しに掘ってみるとそこからのかなが顔を出す。太陽の光に反応して「うううっ」といううめき声を漏らすとゆっくりと目を開く。
「あ、天羽…………君?」
のかなは自分が砂に埋まっている事に気づくと何を勘違いしたのか慌てたように言った。
「えっ…………ちょっ、ま! う、埋めないでよ! 私死んでないよ! いや、確かに死にそうだったのは事実だけどこの扱いはひどくない!? こういう冗談は洒落にならないからね? ホントやめてよね!」
「………………」
「ヒィ! 砂が内側に入り込んでざりざりするぅ! 気持ち悪いぃぃぃ! 死んじゃうぅぅぅ!」
「……………はぁ」
狂志郎は元気そうに喚く姿を見て呆れたように立ち去り、他のメンバーを見に行く事にした。少し歩いてまた被害の少なかった所にめろんが居る事に気づく。声をかけようとするとことかが服のすそを引っ張った。
「今はそっとしておいてやれ」
狂志郎はめろんの前に山が盛られている事を知る、そしてその意味に気づくとことかが語りだした。
「私はなぁ、望夜ってヤツが『無敵』なんじゃと思ってた。普通、こんな世界に一人投げ出されたら心細くてたまらんよ。助けが来るかも分からん状況で数か月も過ごしたら気が変になってしまってもおかしくない。でも、アイツはそんな素振り少しも見せんかった。むしろ、不安な私たちをいつものように勇気づけてくれたんじゃ。私はそれを当然のように思っていた。アイツの『無敵』は生まれ持っていたもので、私たちの持っている不要な物の代わりに誰もが羨むような素晴らしい物だけで出来ているのだと思い込んでいた」
「………………」
「でも今分かった。アイツの『無敵』は自分でそうしようと決めた『スタンス』じゃった。アイツは自分のためには嘘をつかん。でも人のためなら平気で嘘をつく。自分すら騙す嘘を。人には限界がある。けど、アイツには限界が無いように思えたんじゃ」
「それは勘違いだったのか?」
するとことかは苦笑を漏らした。
「…………いいや。やっぱりアイツは『無敵』じゃ。それでいいんじゃよ。アイツがそうしていたいと思う内は。それを再確認しただけじゃよ」
ことかは照れくさそうに笑った。
「天羽、ありがとな。望夜を助けてくれて」
「礼を言われるまでもない。当然の事だ」
「当然……か。正直言うとあの瞬間まで私はお前の事をバカにしてた。スカシてカッコつけてるだけで熱くなれないヤツだと思っとった。けど、それは間違いじゃった。本当のお前は誰よりも熱いヤツじゃった。まっすぐに正義を貫く姿勢こそ、お前の『サガ』なんじゃって分かったよ」
「サガ…………か」
狂志郎は己の拳を見つめた。助けてくれたなどと言われてもあの時は無我夢中で何をしたのかも定かではない。あれが自分かと聞かれたらそうだとはっきりと答える事はできないだろう。しかし、それでも不快ではなかった。傷つく事すら恐れない無謀が自分の意志により行われた事が信じられなくとも、体の芯からあふれ出した物に違いなかったからだ。
(あれは何だったのだろう。気配だけなら『コンス』と同じ物だった。しかし、誰に言われなくてもわかる、あれは元々俺の中にあったものだ。そして今なお俺の内に潜んでいる。その事実を恐ろしいと思わない事もない。だが、あの力は今の俺にとっては一筋の光明だ。自分の物にできれば……いや、しなくてはならない。俺が俺であるために)
踵を返し、竹林の出口へと狂志郎が向かっていると後ろからめろんが走ってきた。先ほどまでうつむいていたのが嘘のように平然とした表情だったがその目はまだ少しだけ赤かった。事情を知らないのかなはめろんが遅れてきた事を不思議に思ったが、深く考える事もなく話を切り出した。
「色々大変だったけど、これで今回の目的は達成だね」
「そうじゃな、とにかく望夜が無事でよかったよ。一端町に戻ろうか。何か新しい情報があるかもしれんしな」
のかなは意外そうに言う。
「あれ? 町にことかちゃんの本体が居るんだから、向こうの事情が分かったりしないの?」
「今は回線弱くて無理じゃよ。そもそもこれだけの距離があるのに同期なんかしたらこっちの存在が黒幕にバレバレじゃろ。デバイス無しでセキュリティも貧弱じゃから下手すると傍受される可能性もあるし、ハッキングされて私の体を乗っ取られても困る。接触通信だけにするのが一番安全じゃよ」
「なんかパソコンみたいだね、ことかちゃん」
「効率を求めると何かに似たような物になるんじゃよ。それが便利じゃから流行ってるわけじゃし」
「それにしてもお腹すいちゃったよ。昨日の夜から何も食べてないし、今度こそあの茶店でお団子食べるぞ!」
ことかは呆れたように言った。
「のかなはホントに食い気じゃなぁ…………」
「あはははは」
一難去ったからか皆の中にのんびりとした空気が流れていた。しかし、誰が平和になったと宣言したのか。それは現実逃避。疲弊した心が自らをごまかしているだけに過ぎない。束の間の安らぎが崩れる時、心は軋み、これまで以上の苦しみを生み出す。
一人の旅人が向こうからやってきた。それは最低限の荷物を持った風来人といった調子で華奢な体は少し力を入れただけで折れてしまいそうでもある。頭に被った傘の下に見える髪はこの国では珍しい銀色をしている。だが、それ以上に奇妙なのはまるで怪我でもしているかのように右手をポケットに隠している事だろうか。
彼女はすれ違いざまに言い放つ。
「あら、誰かと思えば天羽執行官ではありませんこと?」
「!」
狂志郎は立ち止まり、驚いたように振り返る。
少女は言う。
「化け物の気配を追ってきてみればなんという偶然でしょう。まさか上っ面だけの正義を振りかざすあなたが『廃れず』に生き残っているなんて思いもしませんでしたわ」
「クララ…………!」
「天羽君が探していた写真の人!」
クララはにこりと笑ってのかなに言う。
「こんにちは、化け物。その様子だと私の事は『知らない』ようですわね。しかし、覚醒してしまったのなら更生は無理。いずれ悪しき記憶を取り戻してしまう。そうなると厄介ですわ。人に仇なす害獣は今の内に駆除しておきましょう」
「なんじゃこいつ……言っている事の意味分からんがとにかくヤバい! みんな、気を付けるんじゃよ!」
「やめろクララ! それは正義ではない!」
「では事情を知らずに反射的に反論する事が正義だとでも? くくく…………笑わせますわ。いいでしょう、化け物を庇うというのならあなたごと排除するまで」
クララは右手をポケットに入れたまま左手を前に半身の構えを取る。その明確な殺気に狂志郎達は身構える。
「気を付けろ、華奢な見た目だがヤツは『ゴッドハンド』に所属する達人だ。その右手『クライシスライト』は超常力を無効化するが、それと関係なく単純に強い。命が惜しいのなら接近戦はしない事だ」
「そう言っても向こうは近づいてくんじゃよ!」
「やりあう自信が無いのなら下がれ! ここは俺がやる!」
自ら間合いの中に踏み込んだ狂志郎は目にもとまらぬ速度で拳を放つ。
「ハァ!」
それに対し、クララは右手を隠したまま左手だけでそれをいなす。
「駄目じゃ、天羽のヤツの攻撃が片手で凌がれとるよ。実力が違いすぎるんじゃ!」
「いや違う。突破力は無いけど隙も無い動きで相手の攻撃を誘ってるんだ。天羽君の必殺技はカウンター。それが分かってるからクララは攻撃できない」
「じゃあ、相手が攻撃できない分、天羽君が優勢って事?」
「…………いや、あの顔は押されてるって感じじゃないよ。あの右手、単に無効化能力ってだけじゃなさそうだ」
狂志郎と何分か交戦するとさすがに受けきれなくなったのかクララは大きく後ろに飛びのき、痛みを逃がすように左手を振った。
「フゥ、さすがは『神の手を持つ男』。『ゴッドハンド』たる私もこれだけ受け流せば少々手が痺れてしまいましたわ」
「クララ、なぜ右手を使わない。まさか俺が魔法を使わないからというわけではあるまい。一体何を狙っている?」
「くくく…………」
クララが不敵な笑みを浮かべると狂志郎はなぜか背筋にゾクリと悪寒が走るのを感じた。それは昨日、自分の背に張り付いていた何かに感じていた物と同じだ。
「クララ」
「天羽執行官、私はあの日記憶を取り戻しましたの。そしてこの世界の異常さに気づいた。本来なら魂無きゾンビに過ぎないあなたに言っても仕方のない事ですけれど、ここに居るとなるとどうにも人の可能性を信じたくなる私の悪い癖が出ますわね」
「何を言っている?」
「さあ? あなたはすでに知っていて、あなたがまだ知らない事ですわ」
困惑する狂志郎を見て、クララはニィと口の端を挙げて笑った。
「くくく…………私の正義に『くらくら』させてあげますわ」
その言葉と共にクララは右手を抜くと己の背後を殴りつけた。
「『クライシスクラッシャーアタック』」
「!」
嵐の予兆を感じ取った狂志郎は咄嗟にカウンターの体勢を取った。次の瞬間には景色すら置き去りにするほどの衝撃が世界を襲い、光すら追いつけない速度が全てを消し飛ばす。
(くっ! ヤツはあの現象をコントロールしているというのか!?)
一度経験していたといえ、タイミングを合わせられたのは偶然だ。加速する時間に必死に食らいついて、狂志郎は反撃の拳を打ち出す。
「『恐怖に先立つ者』!」
必殺の一撃が白い虚像と化したクララの右手と競り合う。衝撃の光彩を飛ばし、互角の勝負を繰り広げるが、ほんの少しのタイミングのズレにより完璧ではなかった狂志郎はパワー負けを喫し弾き飛ばされる。
「ちぃ!」
競り合いによりエネルギーは削られていたはずだというのに攻撃の余波は辺りの地形を破壊し、地面に尻尾のような炎の線を刻み込んだ。
「………………」
攻撃を終了し、通常速度に戻ったクララはしばらく煙の上がっている自分の右手を見つめていたが、やがて倒れている狂志郎を見て言った。
「まさか『空虚線』に入ってこられるなんて。こんな事ができるのはそこに居る化け物くらいだと思っていたのですけどね。…………もしや感染してる? なるほど、そう考えるのが自然ですわね」
「天羽君! 戦闘準備できたよ!」
変身状態への切り替えが終わったのかなは庇うように狂志郎の前に出るとクララを睨みつける。だが、当の本人はというとまるで意に介さずぶつぶつと独りごちている。
「感染しているのが一人だけとは限りませんわね。非常に残念ですけど、おびき寄せるためにもここは見逃すしかないようですわね」
「待て!」
「それではごきげんよう、天羽執行官」
クララは右手を顔に押し当てるとそこに吸い込まれるように消えていき、やがてはその手すらも飲み込んで完全に居なくなった。
「消えた……? なんじゃあの能力、とてもじゃないが無効化能力なんて生易しいもんじゃないよ。どうなっとるんじゃ、天羽」
のかなに魔法で回復をしてもらい、立ち上がった狂志郎は服の埃を払った。
「記憶を取り戻したと言っていた。あれが『クライシスライト』の本当の力なのかもしれない」
「自分を縛っている鎖を破壊する力って事?」
「なに? どういう事だ?」
のかなは不思議そうに言う。
「もしかして私だけが見えてたのかな? クララが背後を殴りつける瞬間に蜘蛛の糸みたいにいくつかの鎖が見えたんだ。その一つを壊すと封印が外れたみたいに物凄いパワーを出してきたからリミッターを外すような能力だと思ったんだけど…………」
「リミッターか、そういや昨日の天羽と同じ動きじゃったな。何もない所を殴りつけた後の異常なパワー。あれは封印を外す動きじゃったのか」
「一つ壊しただけでもあの威力って事は全部壊したらどうなるんだろうね。でも、なんで初めから使わなかったんだろう?」
「うーん、右手が無効化能力だからその力が強いと鎖が出てこない……とか?」
「なるほど、そう考えると右手を隠して戦っていた理由も説明が付くか。とにかく早く町に戻った方がよさそうじゃ。また別の刺客に襲われんとも限らんしな」
狂志郎はクララの消えて行った場所をじっと見つめていた。
「………………クララ」
「天羽」
「……分かった。今行く」




