第一章 5
そして、腹ごしらえも済んだ所で先へと進み、かぐや姫が住むという竹林にたどり着いた。なにやら神秘的な雰囲気がするのはここが未開の地だからだろうか。神性が失われていない、厳かな空間だ。
一歩踏み出した時に何かに気づいた狂志郎は言う。
「待て」
「へ?」
止まらずにすたすたと歩いたのかなは何も無い空間で壁にぶつかったかのような衝撃を受けて後ろにのけぞった。
「あうっ!」
「だから待てと言っただろう…………」
「いたた…………なんなのこれ、ここに見えない壁みたいなものがあるよ」
狂志郎がすっと手をかざすと空間は稲妻のような模様を走らせた。
「どうやら結界が張られているようだな。近くに要石が見えるだろう。この術式から考えるとあの安倍のなにがしが仕掛けた物か」
「つまりあの人が私達の妨害をしてるってこと?」
「確証は無いがおそらく違う。これは防壁だ。閉じ込めるための物ではない」
「かぐや姫が望夜なら中から出てきてもらえるから意味はないな。となると」
しゃっ、と草の踏まれる音がした。その方法に振り向くと狂志郎はそこにある姿を見て思わず呟きを漏らした。
「鬼…………」
頭部から角を生やした珍妙な細身の男が口を開く。
「なんだこいつら? 変な格好してやがるぜ」
「むっ、変な格好の奴に変と言われるとはね」
狂志郎は戦闘態勢を取り、問い詰めるように聞く。
「貴様は何者だ。何をしにきた」
「さあ、なんでしょう? 当ててみろよ、気障男!」
男の腕が伸びた、かと思った刹那、狂志郎は手元に薄くバリアを展開しそれを弾き飛ばした。
「ありゃ、弾かれちゃった」
「鎖分銅か」
「ふぅん、変な術だネ。この時代の人間じゃないようだな、お前」
「ならばどうする?」
ニィと男は笑った。
「関係ねェな! 邪魔なら殺すだけだ!」
男の腕が素早く動く。
「シャァ!」
だが狂志郎はその動きを完全に見切り、迎撃する。
「奇をてらっただけの攻撃など俺には通用しない」
「やるねェ! …………だけどサ、女の子には気を使ってあげなくちゃ駄目だよ」
「……! しまった!」
「放っておくとすぐ冷たくなっちゃうからさァァァァァ!」
敵に集中していたなどといいわけをするつもりはない。だが、それは致命的な隙だった。男が弾丸のように打ち出していた攻撃はのかなの心臓を打ち抜いていた。
「天羽! 血が止まらん! このままじゃまずいよ!」
「慌てるな! 変身準備中で活性化しかけた状態ならまだ持つ!」
「アハハハ、焦ってる焦ってる!」
「くっ、すぐに片づける!」
男は鎖を回収するとのらりくらりと焦る狂志郎をかわす。そして隙を見て一撃を入れていく。流石の狂志郎でも徹底した待ちに対しての突撃は無謀としか言いようが無い。
「どんな人間でも精神的に縛られれば脆いもんだ」
「ちぃ!」
人間離れした動きをする相手に対し、デバイスによる強化無しでの戦闘は厳しい物がある。せめて必殺の『恐怖に先立つ者』が使えれば逆転も容易だが、極度の集中を要する技をこの不安定な精神状態で使う事は出来ない。
のかなを守るために動きが制限された狂志郎はついに膝をつく。
「天羽!」
「ま、人間にしては頑張ったって所じゃないの? この際だから見せしめとして少しの間生かしておいてやるよ」
「くっ……人質だと?」
「そうこの俺、『酒呑童子』様が『かぐや姫』をさらいに来たってわけ。逆らうとどうなるかって見せてやった方が早いだろ? 噂だと汚れの無い乙女らしいが、むごたらしく死んでいく人間を見てどんな顔をするか…………楽しみだな!」
「外道…………!」
狂志郎は苛立ったように歯噛みをして、倒れているのかなに言った。
「炎の! 貴様が俺の助けが無ければ死ぬというのなら、見捨てる事にする。俺はこの悪を許す事ができない! 何故なら俺は上級執行官だからだ!」
「はぁ? なに言ってんだ、こいつ」
「天羽! お前はのかなを見捨てるつもりか!」
「二度は言わない」
ことかは絶望と殺意が入り混じった叫びを放った。
「こいっ……つ! 何ふざけた事言っとるんじゃ、殺すぞ!」
「…………正義は犠牲の上に成り立つ」
「天羽ぉ!」
そして狂志郎が決別しようとした瞬間、
「ひどいよ…………」
「!」
あるはずの無い声を聞いて狂志郎は振り向く。
「私を見捨てるんだね、天羽君は。それがあなたの正義なんだね」
「…………なに?」
「誰も居なければ悪い事は無くなるよね。いい人も悪い人もみんな居なくなっちゃえば平和だよね」
「なにを…………言っている?」
血まみれの死体が笑みを浮かべた。
「じゃあ、私が居なくならせてあげる」
ハッ、とした狂志郎は機械音を聞く。
『バイタル低下、修復システム起動……エラー。武装展開……エラー。状況危険度、極大』
「な、なんじゃこの合成音は。デバイスからか?」
『対象保護の為、XDシステム発動スタンバイ。総員速やかに当該区域から離脱してください。繰り返します総員…………』
「一体なにが起ころうとしてるんじゃ…………?」
狂志郎は例えようの無い不安を感じて思わず叫んだ。
「駄目だ…………! やめろ!」
透明な石のようなデバイスが光りだし、辺りを輝きで満たした。
『XD、SKYRE:ON』
瞬間、のかなは目を開くと獣のように唸りだした。
「GURURURURURU……………」
そして立ちあがると咆哮をあげ、その姿を異形へと変えていく。鱗を纏い、体を凶暴に膨張させて敵を殲滅するだけの化け物へと進化していく。
「竜人…………!」
「な、なんだそりゃ。あ、ありえねー」
のかなは変化を終えるとギン、と鋭い視線を酒呑童子に向け、疾風のように襲いかかる。一瞬で音速を突破する驚異的な加速は辺りに衝撃波を放ち、殴りつけた酒呑童子だけではなく目に映る全てを壊していく。
酒呑童子がぶつけられた結界はガラス細工のように脆くも崩れ去る。あまりのダメージに怯む暇も与えず、のかなは追撃を入れて無慈悲に蹂躙する。
「強い…………」
「じゃけど、不快じゃ。アレは何じゃ? アレはのかななのか? のかなと呼んでいい物なのか?」
「………………」
やがてのかなは動かなくなった酒呑童子を踏みつけ、勝利の雄叫びをすると狂志郎を見た。
「あ、天羽、こっち見とるよ。ど、どうするんじゃ?」
「これが正義…………か」
「なに呆けているんじゃ! 殺されるよ!」
「見捨てる事を正しいというのなら」
「天羽! 逃げろ! 逃げるんじゃ!」
「見捨てられる事を正しいと言わなければならない」
「聞いとんのかスマシィ!」
「GAAAAAAAAAAAA!」
目の前でのかなと相対した狂志郎は構えもせず、目の前の怪物を見ていた。その拳が振りあげられ、己の命が絶たれようとしても身動き一つせずただ見つめていた。
だが殉教を許さないかのようにどこからか矢が割り込む。竹林ががさがさと揺れて何かが草葉の奥で蠢く。
「URARARARARA!」
「こ、この声は!」
竹林の中から雨のように矢を連射し、のかなを狂志郎から引き離す。そして姿を現したのは傘を被り毛皮を纏ったマタギだった。
「大丈夫? 天羽君」
「望夜!」
そう呼ばれたマタギはきょろきょろと辺りを見渡した。
「あれ? 姿は見えないけどことかちゃんの声がするよ? もしかして幽霊?」
「勝手に殺すな! ここじゃ!」
「あー! コロポックル!」
「ことかじゃ!」
望夜めろんは呑気に語る。
「結界が破られたみたいだから来てみたけど、なんだか大変な事になってるね。あれってのかなちゃんだよね、もしかしてコスプレ?」
「望夜! ぽんこつ天羽は使い物にならん! お前がなんとかせい!」
「うーん、よく分からないけどなんとかしてみるよ」
めろんは腰から山刀を抜きだし構える。そのままのかなを睨み、隙を窺う。しばらくそうしていると突然のかなが苦しみだした。
「GUGUGU…………う、ううっ…………」
そして意識を失って倒れると同時に竜化は解けて何事も無かったかのように元の姿へと戻っていった。胸元の服の破れだけがそこに傷があった事を物語っていた。
威圧感から解放されたことかはふぅと安堵の息を吐いて言う。
「流石は望夜じゃ。一体なにをやったんじゃ?」
「え? 別に何もしてないよ」
「え?」
「なんか睨んでたら勝手に倒れちゃった。デバイス無しじゃ私は魔法使えないし、危ない所だったねぇ」
ことかは呆れたように苦笑を洩らした。
「どういうわけか襲われんかったし、この運の良さ、やっぱり望夜じゃなぁ…………」
「のかなちゃんを家まで運ばなくっちゃ。天羽君、手伝って」
「…………ああ」
家にたどり着き、のかなを寝かせると望夜は語りだす。
「あの時は凄かったねー、急に空がありえない色になって何もかもがぐちゃぐちゃになっていったの。私も巻き込まれそうだったけど、気合いでなんとか耐えたよ」
「こいつ、世界改変を気合いで耐えたんか…………。これだから望夜は」
「えー? 流石に無事じゃなかったよ。体が縮んじゃって元に戻るまで三カ月かかったもん」
「三か月……か。どうやら個人によってこの世界に来たタイミングが異なるようだな」
「デバイスはカラスに持って行かれちゃったんだ。誰か見つけてくれないかな?」
「あの稲妻を跳ね返しそうな形のヤツじゃな。この世界にあるのなら、のかなのデバイスを修理できれば見つけられそうじゃな」
その時すーっと襖が開き、老人が姿を現した。
「かぐやや、運んできた子は落ちついたようじゃよ」
「竹取の翁か」
「その見慣れぬ格好。おそらく月の使者だとお見受けする」
翁は言う。
「どうか、かぐやを月に連れて行かんでくれませぬか」
「おじいちゃん」
「かぐやや、ワシは日に日に大きくなるお前が普通の子ではないと分かっておった。いつかはこんな日が来るという事も。無理を言ってるのは分かる、お前も月に帰りたいじゃろう。それでもお前が居なくなると思うと一人残されたワシは寂しくてたまらんのじゃ」
ことかは困ったように言う。
「気持ちは分かるんじゃけど……望夜は置いてけんしなぁ」
「炎のが目を覚ますのはすぐではないだろう。それまでに気持ちの整理をつけてくれればいい」
「かぁー! このスマシは。お前には情緒というものが無いんか! そんな事できるわけないじゃろ。一人暮らしの老人に孫が出来たらそりゃ目に入れても痛くないくらいじゃろうよ」
「目に入れても…………」
じっと狂志郎はことかの事を見つめた。
「ふむ………こいつを代わりに置いていけばいいか」
「な、なんじゃと!?」
「そっか分け身だから確かに問題ないね」
慌てたようにことかは言う。
「いやいやいや、そういう問題じゃないじゃろ!」
「でもおじいちゃんを連れていくわけにはいかないし」
「そりゃそうじゃけど…………。あーもう! ジイさん、こいつらになんか言うんじゃ!」
翁は困ったように言った。
「そう言われてものう…………かぐやはこれと決めたら梃子でも動かん子だし、ワシは従うしかないんじゃよ」
「完全に望夜に主導権握られてるな、このジイさん」
はぁとため息をついてことかは呟く。
「まあ、ええか。神が人に創られた物なら人を救うのは本懐じゃ。私に不満を抱くのもそう遅くはないじゃろう。それまでは付き合ってあげるよ」
その気になればことかは人の記憶を消す事ができる。つまりこれは翁からめろんに関する記憶を消せば済むだけの話でもある。分かっていてそれをしないのは誰かと別れる辛さをことか自身が良く知っているからだ。
いや、それだけではないそこには『スタンス』よりも深い『サガ』があった。ことかは例え『仲間を見捨てる』という『スタンス』を取ったとしても必ず『仲間を見捨てない』。光を求め、自ら火に飛び込む虫のようにその習性は変える事ができないのだ。
「おじいちゃん、今日は最後だから一緒に寝ようよ」
「かぐや……いい子じゃのう…………」
「うん、悪いヤツじゃないんじゃよ、悪いヤツじゃな…………」
「………………」




