第一章 3
桃太郎に連れられ、森を抜けてしばらく道を歩くとやがて城下町についた。道行く人々が不思議そうな顔をするのにどうにも居心地の悪さを感じていたのかなだが、他の二人は何とも思ってないようでどうにも複雑な気分になる。
城にたどり着くと当然のように正面から入って行く。その途中で大声が飛んだ。
「殿! 一体どこに行っておられたのですか!?」
「おお、犬飼。今日も元気でよろしいな」
「なにを呑気な! 殿の御身に何かあったらどうするのですか!」
声の大きな男はのかな達を見ると刀を抜いて構える。
「ぬぅ、熊畜生め! こんな人里まで降りてくるとは! 殿、危険です、お下がりください!」
「これ犬飼。拙者の客人に無礼をするな」
「客人ですと?」
自慢げに桃太郎は言った。
「紹介しよう。こちらは二代目金時を襲名した豪傑、桑納金。この男は無手最強の流派、天羽狂志郎」
「ぬぅ、どちらも聞き覚えある逸物。では、こちらの童は?」
「じゃろ?」
「それはただの童だ」
「左様で」
刀を収めた犬飼はふぅとため息をついた。
「ここの所、面妖な輩が徘徊しております。出歩く時は護衛の者を付けてくだされ」
「分かっておる。だが、大人数で動けば悟られる。多少の危険は覚悟しなければな」
のかなは聞いた。
「そう言えば桃太郎さん」
「これ、殿とお呼びせんか!」
「構わぬ。金時よ、申してみよ」
「えーっと、あなたは何と戦っているんですか?」
すると桃太郎は神妙な顔で言った。
「鬼だ」
「鬼…………」
「うむ、海上のどこかに『鬼ヶ島』と呼ばれる拠点があり、そこから日の本を混乱させようと刺客を送り込んでいる者が居るらしい。その姿はさながら鬼そのものだったと噂では聞いている」
「普通なら眉つばじゃけど、現にさっき襲われてたしなぁ」
「先ほどの忍者を作り出した者と何か関係はあると見た方がいいだろうな」
「私達はその鬼と戦うって事ですか?」
こくりと桃太郎は頷く。
「そうだ。現在、その島へ渡るための船を建造している。それが完成次第、討伐に向かうつもりだ。それまでは英気を養っておいてくれ」
「殿」
「どうした?」
やってきた城の者に耳打ちをされた桃太郎は少し考えてのかな達に言った。
「ふむ…………。すまないが用事が出来た。少ないがこれで城下町を見てくるといい」
「あ、ありがとうございます」
ずっしりと銭の入った袋を貰ったのかなは珍しそうに眺めた。
「犬飼、彼らの部屋を用意してやってくれ」
「はっ、承知致しました」
「それでは失礼する」
いそいそと去って行く桃太郎を見送った面々に犬飼は言う。
「殿の申しつけ通り部屋に案内する…………と言いたいがその前に一つよろしいか?」
「なんですか?」
「猛獣を従えたお主の力は疑うまでもない。だが無手最強を名乗る天羽の男は別だ。その名を悪用しようという偽物も多い。よって狂志郎、お主の実力の程を見たい」
「…………いいだろう。どうすればいい?」
「付いて参れ」
開けた場所である城の庭まで来ると腰の刀を置いて、近くにあった鍛練用の木刀を取って構えた。
「拙者と立ち会え」
「立会人はいらないのか?」
「正式な決闘ではござらん。お主が偽物ではないと分かればよい」
「そうか」
その瞬間、何かのスイッチが入ったように空気が変わった。威圧感が場を支配し、犬飼はたらりと汗をかく。
(なんという気迫、これが天羽流か…………!)
狂志郎は構えも取らず静かにたたずんでいたが、やがて挑発するかのように言った。
「来ないのか?」
「ふっ」
木刀を握りしめた犬飼は意を決めて踏み込んだ。
「きぇぇぇぇぇぇ!」
狂志郎はそれを見て目を閉じる。
「臆したか! 天羽流!」
「いや、あの動きは!」
打たれる瞬間、天羽は目を開き、稲妻のように拳を放った。
「『恐怖に先立つ者』」
その一撃は木刀にヒットし、内部から爆発するかのように破壊する。その凄まじい威力は破片すら残さず全てを灰燼に帰してしまった。
「これでいいか?」
握り手の部分だけ残っている残骸を見て犬飼は茫然としていたが、やがて笑みを浮かべると高らかに笑いだした。
「天晴! お主こそ紛れもない無手最強の男よ。して、狂志郎。これが真剣だったらどうしていた?」
「試してみるか?」
不敵な回答に犬飼は満足気に言った。
「いや、遠慮しておこう。そうなれば貴殿か拙者のどちらかが死ぬ事になる」
犬飼は腰に刀を戻すとのかな達に言った。
「付いて参れ。部屋に案内する」
「ふぅ、ようやく一息つけるんじゃよ」
「そうそう、言い忘れておったが流石に熊を城内には入れられん。近くに小屋があるからそこで…………」
きょろきょろと辺りを見渡した犬飼は小熊の姿がない事に気づく。
「ん? あの熊はどこに行った?」
「えーっと、そこに行かせました」
「そうか、早いな」
本当はのかなの中に戻したのだが、そんな事を知るよしもない犬飼は奇妙に思いながらも部屋へと案内した。大部屋へと案内されたのかな達は犬飼が去って行き、荷物を置くと疲れを吐きだすように息を吐いた。
「桃太郎に付き合って鬼退治か。おとぎ話でもあるまいに。厄介な事になったなぁ、金太郎」
「金太郎は止めてよ。けど、金太郎が鬼退治って変な話だよね」
「いや、むしろ本分だろう。金太郎は酒呑童子という鬼を退治する話だ。竜の子とされるなど人ならざる者として桃太郎に近い所もある」
「へー、そうなんだ。私、熊と相撲を取る事しか知らなかったよ」
「金太郎の話から推測すれば先ほどの森は足柄峠だろう。となるとここは静岡県か神奈川県の近くとなる。まあ、この世界の地理情報が元と同じならという前提だが」
「流石はエリート、博識じゃな。こちとら腕っ節は強くても頭は年相応じゃから、知識人が居ると助かるんじゃよ」
「取りあえず拠点は出来たけど、これからどうしようか」
「まずは服装を変えるべきだろう。今のままでは少々目立ち過ぎる」
「なら城下町に出てみようよ。ちょうどお金もあるしね」
「いや、服は頼んで用意してもらった方がいいだろうな。文化レベルから推測すると布は貴重品のはずだ。こんなはした金では古着が買えるかどうかだろう」
「そっかぁ、じゃあこのお金どうしよう」
「とっておけばいいじゃろ。別に腐るもんでもあるまいし」
ことかは話を変えるように言う。
「服は確かに難しい問題じゃな、何着も用意してはくれんじゃろうし…………。こうなったら、自分達で稼いで買うか」
「ことかちゃん、それ本気?」
「本気も本気、大マジじゃ。幸い店もあるし、殿のお墨付きなら文句も出んじゃろ」
「俺としてはあまり賛成できんな。敵の正体がまだ分からない以上、目立った行動は避けるべきだ」
「刺客を返り討ちにしとる時点でもう知られとるじゃろ。逆にこっちから目立っていく事でこの世界に居るかもしれない『仲間』を呼び寄せられるかもしれんよ」
「仲間…………」
のかなは知り合いの魔法少女達の事を思い浮かべて頷いた。
「そうだね。みんながこの世界に居るのなら、きっと私達の事を探しているはずだよ。多少危険でもやってみる価値はあると思う」
「…………そうか」
狂志郎はのかなから顔をそむけて言った。
「お前がそう言うのなら俺から言う事は何も無い」
「天羽君」
その答えはいつもの狂志郎と同じようで少し異なっていた。同じ顔から問われた正義の在り方が胸に刺さったままで惑っていた。もし、ここで正義について聞けばこの少女は揺るぎない答えを返してくれるのだろう。だからこそ狂志郎はのかなを見る事ができず、冷静なフリをして取り繕う事しかできなかった。
「相変わらず気障なヤツじゃなぁ。だから“スマシ”なんじゃよ」
「………………」
「じゃ、ちょっち店の許可とってくるね。その間、のかなはそいつとデートでもしてたらいいんじゃないの?」
「ちょっ、こ、ことかちゃん?」
「むふふふ! 冗談じゃよ、冗談」
ことかが去って行き、残されたのかなはどぎまぎしたように言った。
「ま、全くことかちゃんには困っちゃうよねー。天羽君も迷惑だったら迷惑だって言っていいんだよ?」
「問題ない」
「ふーん…………」
つまらなそうな顔をしたのかなは不機嫌そうに言った。
「天羽君、それじゃ顔が良くてもモテないよ」
「別にいい」
「はぁ…………デリカシーが無いなぁ。そんなだからクララに振られるんだよ」
「余計な…………」
お世話だ、と言いかけて狂志郎は異変に気づく。目の前の顔に広がっているのかなではない笑み。嘲笑うようにくすくすと意地悪い。
「天羽君、八つ当たりはいけないわ。もっと素直にならないと」
「…………何の用だ?」
「何の用だと思う?」
「ふざけているのか?」
コンスはくすくすと笑う。
「天羽君、あなたはこのデク人形より出来が悪いわ。可哀想で見ていられないから手助けしてあげるわね」
「余計なお世話だ」
「LESSON1『正義の反対は?』」
「余計だと言っているだろ」
コンスはにやにやとしながらいう。
「天羽君、正義の反対は?」
付き合わなければ解放されないと悟った狂志郎は渋々ながら応じる。
「ちっ…………悪だ」
「正解、じゃあ『悪』以外は?」
「別の正義だ」
「正解、じゃあその二つ以外は?」
「……お前は俺に何をさせたいんだ?」
コンスは語る。
「天羽君、あなたは常に正しさの中に居てその中をまっすぐ進んできた。あなたほど正義の味方足りえる人間もそうはいない。けど、正義について考えた事は無かったでしょう。いえ、考えないようにしてきたと言った方が正しいかしら? ステレオタイプな正義しか口にしないのも矛盾を避けるため、違う?」
「だとしたらどうだと言うんだ」
「言ったでしょう? 選択の機会を与えると。あなたが正義の基準になれなければ廃れていくという事。正義という物を見つめ直し、それを自分の物とする気が無いのなら今すぐにでも殺してあげるわ」
今まで感じた事の無い強烈な威圧感を前に狂志郎は背筋が凍りつくような寒気を感じた。
「では質問の続きよ。『悪』と『別の正義』の逆足りえる『正義』とは一体なに?」
「………………」
狂志郎は答えを口にした。
「『虚無』だ」
それを聞いたコンスは三日月のように口を歪めて笑った。
「出来が悪いと言ったのを取り消すわ。あなたは才能ある生徒よ」
「………………」
「うふふふふふ、あははははは!」
狂志郎は再び時間が流れだしたのを全身で感じると大きく息を吐き、不機嫌そうなのかなに言った。
「おい、炎の」
「全く天羽君って女の子の気持ち全然…………ってえっ!? な、なに? 何も言ってないよ、あはははは…………!」
「甘い物は好きか?」
「え?」
「せっかくだ、団子でも食いにいこう」
驚いた顔でのかなはとっさに天羽の頬をつねった。
「…………何をする」
「急に気の利いた事言うから偽物かと思って」
「お前は俺にどうして欲しいんだ?」
狂志郎はのかなの手を払うと無造作に置かれていた銭入れを取って歩き出した。
「行かないのなら俺一人で行ってくるぞ」
「あっ、それ私が貰ったお金なのにぃ! 行く! 行くから待ってよ、天羽君!」




