第一章 2
やがて地鳴りは収まり、辺りは静けさを取り戻した。だが、それは先ほどまでとは違い不気味な程の静寂であり、状況が異常なままである事をじわじわと理解させた。
ふと気付いたように王様衣装の少年は言う。
「静かだと思ったら、さっきまで居た客達が居ないのサ」
「なにっ!? 食い逃げか! まだ遠くには行ってないじゃろう! とっ捕まえてやる!」
「ことかちゃん! まだ安全って決まったわけじゃないんだから外に出たら危な…………」
止める間もなく外に飛び出し、余韻も無しに大声が飛んだ。
「ぬわぁぁぁぁ! な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!」
「言った傍から…………」
店の中に戻ってきたことかは慌てたように言う。
「た、大変じゃ! なんか外が大変な事になっとるよ!」
「その説明じゃ何も分からないよ…………」
「いいから外に来るんじゃよ!」
せかされるまま、のかな達が外に出るとそこには本来あるべき街並みは無く、山奥のように木々が生い茂っていた。
「これは…………」
「どうやら店ごとどこかに転移させられたようじゃね。どこの誰だか分からんけど、一体何が目的なんじゃ」
「とにかく現在地を確認しようよ。変身デバイスのGPS機能を…………」
のかなはポケットをまさぐると一瞬動きを止め、慌てたように服や荷物を調べ始めた。
「ない…………ない、ない! 私の変身デバイスが無い!」
「何をやっとるんじゃ…………。変身デバイスを落とすなんて魔法少女失格じゃよ」
「ううっ…………ラー、私のデバイス知らない?」
「知らないぞ」
呆れたような顔のことかは自分のデバイスを取り出そうとして、動きを止めた。
「ん!? 私のデバイスもか? こりゃ参った、あっはっは!」
じとっとした目でのかなは睨んだ。
「ことかちゃん…………人の事失格とか言っておいて」
「いや、ごめん! 人間そういう日もあるけぇ、いがみ合うより一緒にさがそ、ね?」
「全くもう…………」
のかなは狂志郎を見た。
「天羽君、現在位置を調べてくれる?」
「悪いが無理だ」
「なんじゃケチくさいやつじゃな。女子に頼られとるんじゃから、気軽に応じてくれてもいいじゃろ」
「まさか…………」
こくりと狂志郎は頷く。
「俺のデバイスも無いんだ」
それを聞いたことかは声をあげて笑った。
「ぷっ、くくく、だはははははは! カッコつけの上級執行官様でも落し物はするんじゃなぁ、あははははは!」
「ことかちゃん、人の事笑えないって」
狂志郎は冷静に語る。
「おそらくデバイスは『廃れてしまった』のだろう」
「廃れてしまった?」
「コンスが言っていた、『スタンス』が世界に伝染する時、時間は方向性を失い混沌に至ると」
「あいつがそんな事を…………」
「デバイスは俺達が生きていくのに不可欠ではなかった。おそらく酸素呼吸器のように本人と密接に結びついた物なら持って来れたのだろう。もしくは俺のリミッターのように内蔵式である物も含むようだ」
「なるほどな、『店の客』は繋がりが薄いから消えた。対して、のかなのクマ公と私の体の一部である店と取りこんでる邪神達は残ったという事か」
「えっ…………このお店ってことかちゃんの体で出来てるの?」
すると照れたようにことかは言った。
「いやーん、そんなにじろじろ見られたら恥ずかしいんじゃよ」
「なんか本格的に化け物染みてきたよね、ことかちゃんって」
「そうか? 望夜に比べればまだまだじゃろ」
「めろんちゃんはねぇ…………比べるのが間違ってるっていうか…………」
「とにかく装備を確認するのが第一だ。店の中に何が残っているかを調べよう」
狂志郎の提案により、店の中の探索が始まった。幸いな事に『店』であるからか食糧や水などは残っているが、医療品や衣服、電子機器などはほぼ全て消失してしまったようだ。かろうじて電話は残っているが調べるまでもなく回線は切れてしまっている。
「こりゃ本格的に遭難したようじゃな。どうしたものか」
「待っていても助けは来ないよね、多分」
「そもそも世界が改変されたのだとしたら、本来の時間軸そのものが存在しない可能性すらありうる」
「となると無理にでもこっちから動かなくちゃいけないというわけか」
狂志郎は言う。
「幸い食糧と水はある。余裕のある内に辺りを探索してみよう」
「それは構わんけど、私やのかなと違ってお前は生身じゃ、無理せず待っといた方がいいんやないか?」
「環境適応に難があるのは認める。だが、変身してないお前達の索敵能力は常人程度だ。敵が居ないとも限らん、俺が行かないわけにはいかんだろう」
「そうだね。私達はデバイスが無くても変身状態にはなれるけど、時間がかかるから即座に戦闘態勢に移れないし、ノータイムで応戦できる天羽君は必要だよ」
「ふむ。じゃけど無理はせんでね。のかなの回復魔法があると言っても医薬品無しじゃ限度はあるからね」
「心配するな。リミッターがあるとはいえ、お前達よりは動ける」
「まっ、頼りにしとるよ。執行官様」
外に出るとことかは店をミニチュアサイズまで縮小し、荷物の中にしまいこんだ。大きさを変更した所で重さは変わらないはずだが、邪神の力の前では常識は通用しないらしい。
「のかな、ちょっとクマ公に乗って辺りの地形を確認してくれんか?」
「いいよ。ラー」
「おう」
小熊はのかなを乗せると浮かびあがろうとした。だが、普段と何かが違っているのか飛行する事ができない。
「むー! むー! …………あれ?」
「どうやら大気の状態も大きく異なっているようだな。デバイスの補正が無ければ細かな調整のいる飛行などできないというわけか」
「ただでさえデバイスが無くて出力不足じゃというのに、これじゃ魔法を使うことすらままならんね」
「仕方ない、俺が様子を見て…………」
「天羽君?」
何かを感じ取った狂志郎は静かにするように手で合図をする。それを見た二人は警戒するように身構える。しんと静まり返ると遠くの方で刃物がぶつかり合うような音が聞こえてきた。集中してようやく聞こえるかどうかという小さな音だが、確かにそれは存在していた。
狂志郎は走り出し、険しい森の中を風のように駆け抜ける。その速度に二人は付いてくる事すらままならない。やがて開けた場所に出るとそこでは一人の侍が忍者の集団と剣戟を繰り広げていた。
遅れてきたことかは荒い息で膝に手をつく。
「はぁはぁ…………あ、天羽……早すぎるんじゃよ…………」
「天羽君、あれは?」
「分からない。ただ、仲良く談笑してるわけではなさそうだ」
身なりの立派な侍は刀を構えたまま言う。
「貴様らは何者だ? 拙者を『桃太郎』と知っての狼藉か」
「………………」
「なるほど、問答無用というわけか」
侍は忍者の攻撃を刀一本で上手く凌いでいるが多勢に無勢でじりじりと追い詰められていく。このままでは殺されてしまうだろう。
「このままじゃ危ない、助けなくちゃ!」
「待て。事情を知らない俺達が助けに入る事は本当に正しい事なのか?」
「あのオッサンが悪いヤツで忍者が正しいヤツって可能性はあるじゃろうが、このまま見殺しにするのも気分が悪い。いざとなれば助けた後で殺せばいいだけじゃよ」
「ちっ、外道が…………」
しかし、二人の言う事にも一理あると思った狂志郎は手早く準備を完了すると戦いの輪の中に飛び込んでいった。
「助太刀するぞ!」
「なんだ? また珍妙な輩が…………!?」
「話は後だ、今はこいつらを片づける」
狂志郎は全身に気を漲らせると風のように敵の間を駆け抜け、瞬く間に全員倒してしまった。のかな達が変身状態に切り替えるのもそれほど時間がかかったわけではないが、加勢に入った時にはすでに戦闘は終わっていた。
「はぁー、流石は上級執行官。やっぱり圧倒的じゃね」
「執行官? 貴殿はどこかの大名か」
「大名だと? 何を言っているんだ?」
かみ合わない二人はお互いを怪訝な顔で眺めていたが、小熊に乗ったのかなを見ると侍は確かめるように口にした。
「熊を従えた人間………まさかあなたが金時先生ですか?」
「金時? 私は桑納のかなだよ」
「桑納金……噂とは少し違うようではあるが熊を従えた人間などそう居るまい。おそらく間違いないだろう」
剣豪は一人で納得するとかしこまったように言う。
「拙者は『源太郎』と申します。村の者からは桃が好物なので『桃太郎』と呼ばれておりました」
「桃太郎さん?」
「用件を単刀直入に申しあげますと、熊と相撲をとれるほどの猛将として名高い先生のお力をどうか貸していただきたいのです」
ここにきて人違いをされている事に気づいたのかなは慌てたように言った。
「え、えーっと、私、金時さんじゃないです。人違いなんです!」
「先生、せめて話だけでも聞いてください。あなたが俗世を嫌ってこんな山奥で暮らしているのは分かりますがその力がどうしても必要なんです」
このままでは話が進まないと思ったことかは口を挟む。
「ちょっといいですか、桃太郎さん」
「なんだ、童」
「金時って人はこの山にいるんじゃろ? 取りあえずそこまで行きましょう。そうすればそこの金太郎が人違いじゃって分かるじゃろ。元々そこまで出向くつもりじゃったんじゃろ? そこまで行ったらこっちも納得するけぇ。な、のかな?」
「う、うん」
「金時先生がそうおっしゃるなら…………」
渋々ながら桃太郎が納得した所でことかは自己紹介する。
「私は道下ことか、そっちの無愛想なのが天羽狂志郎です」
「天羽? 聞いた事があるな、陸奥のどこかを発祥とする無手で最強を名乗る流派があると。武器を持った多勢も容易くいなすその力、どうやら噂通りのようだな」
ことかは倒した敵を調べていた狂志郎に呼びかけた。
「天羽、行くよ」
「ああ」
狂志郎は皆の元に戻ると歩きながら語りだす。
「どうやらあの忍者は人ではなかったようだ」
「と言うと?」
「魔力で作られた兵隊だ。術式の解析ができないので年代の確定はできないが、少なくとも『この時代』の物ではない」
「この時代? 私達、タイムスリップしちゃったって事?」
「ある意味そうだが、厳密には違う。そもそも“過去”と呼ばれる物はどこにも存在しないからだ」
「えーっと…………どういう事?」
ことかが代わりに説明する。
「まず砂場を世界とするじゃろ? のかなは砂山を作った。これを『現在』とする。後にそれが崩れて、のかなは完全に同一の砂で砂山を再生した。これで時間が戻ったと言えるのかという話じゃ」
「つまり…………どういう事?」
「時間という物が本当は存在しないという事じゃよ。じゃけどそれじゃ不便じゃから『経過』を時間と呼んでるって話。そうじゃから過去は存在せんの。『経過』を早める事はできるから『未来』は存在するんじゃけどね。まあ、それも暗黒に包まれた仮初の場所じゃけど」
「うーん、もう一声」
「ここは過去っぽい平行世界」
「なるほど!」
「………………」
狂志郎が呆れたような表情をしていると桃太郎は言った。
「近頃の童はずいぶんと難しい話をするようだな。ところで天羽の、貴殿らは見慣れぬ格好だが外の国からやってきたのか?」
「そんな所だ」
「なるほど……道理で言葉がぎこちないわけか。そこの童はともかく、山に籠っていた金時先生といい長く日の本語に触れてないとこうなってしまうわけだな」
「………………」
「しかし見れば見るほど珍妙な格好だ。その実力を見ていなかったら狸か狐に化かされたと思っていただろう。まあ、仮に畜生でもこれほどの武芸者なら喜んで食客として迎え入れるがな」
坂を登りきるとそこには石置き屋根の家が一軒立っていた。現代の価値観から言えばそれは教科書に資料として載っているような『昔』の物であった。近くには畑があり、獣によって荒らされないための柵や罠などが仕掛けられている。だが、しばらく手入れがされていないのか畑は荒れ果てていた。
「ずいぶんと荒れているな。金時先生はいかがしたのだろう?」
家の戸を叩き、反応が無い事を知った桃太郎は中に踏み込んだ。すると醜悪な腐敗臭がたちまち鼻を刺し、顔をしかめた。
「くっ、これは…………」
狂志郎が布団をどかすとそこにはやつれた死体が転がっていた。
「どうやらこの男が金時のようだな。この様子では誰かにやられたというよりも病気か寿命で死んでしまったのだろう」
「なんという事だ…………」
頼みの綱が切れてしまった事に愕然とした桃太郎は金時の死体を埋めて墓を作るとため息をついてうなだれた。
「まさか金時先生が召されてしまうとは。天は拙者を見放したか…………」
「桃太郎さん、元気出してください…………」
「………………桑納金」
桃太郎はふと何かを理解したように顔をあげた。
「桑納金……か。もしや、あなたは金時先生の生まれ変わりなのではないか? 子どもとはいえ凶暴な動物である熊を従える程の豪胆さ。そうとしか思えん」
「なんか嫌な予感…………」
「ふむ、決めた。桑納の、これより貴殿は二代目金時を名乗り拙者に仕えよ」
「うわっ、やっぱし…………」
嫌そうな顔をするのかなを見て、桃太郎は首を傾げる。
「不服か? 無論、褒美は出すぞ」
「ええっと、不服というわけじゃないんですが、なんというか…………」
「のかな、ちょっと」
ことかは小声で言う。
(今の私達にはアテが無いんじゃ、取りあえず乗っとこうよ)
(ううっ、人ごとだと思って…………)
(平気じゃって。私も付いとるし、そこらの人間に魔法少女が負けるわけないじゃろ)
(はぁ…………)
諦めたのかなは仕方なく応じる。
「分かりました……謹んでお引き受けします…………」
「うむ、力強い言葉だ」
元気を取り戻した桃太郎は立ち上がると歩き出した。
「では参ろうぞ」




