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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編3:クララクライシス
57/204

第一章 1

 ぎぃ、ぎぃと古びた床板が歩くたびに軋んだ。その一室の扉をノックし、反応が無い事を知るとドアノブに手を掛けた。鍵の掛かっていないそれは抵抗無く回り、扉が開いた。生活感のまるでない部屋に踏み込むと居間中央のテーブルに一枚の写真が置いてあった。それをじっと眺め、懐にしまいこむと古アパートを後にした。

「報酬だ」

 コートの男は差しだされた厚い封筒を受け取ると聞いた。

「その様子じゃ彼女には会えなかったようだな」

「向こうが会おうとしなければ誰も見つける事はできない」

「あの右手、『クライシスライト』の力か」

「いや、あれは“力”などではない」

「上級執行官の中でも徒手空拳を主とする集団『ゴッドハンド』。その中でも最強とされる内の一人、クララ=ヴィ。その異能を“力”ではないと言えるのはアンタくらいだぜ、『神の手を持つ男』、天羽狂志郎」

 狂志郎は言った。

「あれは“力”ではない。ただの“スタンス”に過ぎない」

「スタンス?」

「お前は宇宙がどのように成り立ったと考える?」

「そりゃビッグバンで誕生したんだろうさ」

「つまりは“力”が最初という事だ。神が作ったのなら“意思”が最初だ」

「…………なにが言いたいんだ?」

「スタンスは力にはなるが力ではない。ヤツの『クライシスライト』は“意思”より“力”を生み出す。それは神の証明に他ならない」

「天羽、俺にはアンタの言ってる事はさっぱりだ。悪いが信心ってやつとは無縁でね」

「構わんさ。神が実在したらそれは政治家に過ぎない。過激でなければどれほど劣悪でも民衆にとっては大差ない」

「それじゃ俺は行くよ。また必要になったら呼んでくれ」

 からんころん、と店のベルが鳴って、コートの男は出ていった。残された狂志郎は先ほど拾った写真を取りだすと眺めた。

 そこにはクララと共に写っている一人の少女の姿があった。

(やはりヤツが鍵になるか…………)

 ここ最近の大事件と呼べる物の中心に存在する少女。その関係性を偶然と決めつけるのは不自然だ。ずずずとコーヒーを啜った狂志郎は立ち上がると会計を済ませて店を出ていった。

 クララ=ヴィの退職は計画的な物であったと狂志郎は考えている。上級執行官は一人で戦局を左右するその能力の高さからリミッターがかけられており、制限解除の承認を得られなければ武装一つ使う事ができない。

 あの右手『クライシスライト』はその性質上制限はかからないが、精神的に負い目があると力が弱くなってしまう。クララは目的の為に手段を選ばない人間だが、『正義』を自称するからには自分なりのルールがあり、執行管理局に居ながら行動を起こす事はそれに反してしまうのだろう。

 手掛かりとしての写真を残したのも本当は迷っているからなのかもしれない。ならば、と狂志郎はクララの真意を確かめるべく、件の少女にコンタクトを取りに行く事にした。

「………………」

 狂志郎は少女が居るとされている店の看板を眺めると困惑したようにコートの男に連絡を取った。

「本当にこの店で間違ってないのか?」

『どうした? そこで間違いないぜ?』

「…………俺の考え過ぎでなければこれは水商売の店だ」

『ああ、『魔法少女倶楽部』なんて名前でキャバクラじゃなかったら逆に驚きだな』

「確かあいつは小学生じゃなかったか? 違法じゃないのか?」

『そりゃ働くのは駄目だろう。客ならアルコールが無ければ合法だ』

「………………度し難いな」

『人の趣味は言いっこなしだぜ、天羽』

「ああ、分かった。金は後で振り込んでおく。以上」

 通話を終了した狂志郎はため息をつくと店に踏み込んでいった。

「いらっしゃいませー」

 何やら妖しげな雰囲気の漂う店内を見渡すが、(くだん)の少女の姿を見つける事はできない。カウンター席に座り、狂志郎は資料用に用意していた写真をバーテンダーに差しだす。

「こいつを知らないか?」

「ご注文は何になさいますか?」

「………………ミルクを」

 するとバーテンダーの魔法少女はすっとカタログを差しだしてきた。そこには指名用の顔写真と年齢、源氏名が記載されている。

「これは?」

「ミルクカタログです。好きな子のミルクが飲めますよ。直接となると残念ならがらVIP会員様限定のサービスになってしまいますが…………」

「………………アップルサイダーをくれ」

「かしこまりました」

 どんな店なんだ、と狂志郎は頭痛がしてくる思いではあったが、プロとしての意地がなんとか冷静さを保たせていた。

「もう一度聞く、こいつを知らないか?」

 写真を一瞥したバーテンダーはとぼけたように言った。

「このような若い方はこの店には来られませんよ」

 その反応を見て、狂志郎は嘘だと分かった。上級執行官になるには筆記だけではなく実技も修めなければならない。その実技の一つとして嘘を見破る技術は必須科目である。

「あいにくと問答している暇は無い。俺は上級執行官だ。その意味が分かったら、さっきから俺を狙ってる連中を下げてくれ。背中が痒くなる」

「………………」

 バーテンダーが目線を送ると狂志郎を狙っていたいくつかの殺気が消え去った。

「当店としましてはお客様の安全を守る義務がありますので、お通しするわけにはまいりません」

「その『お客様』とは誰の事だ? あいつか? いや、俺だろうな。だが気使いは無用だ。荒事を起こすつもりはない。調べてもらえば分かるが俺は武器の類は何一つ持ちあわせてはいない。これでは魔法少女と戦うのは無理だ」

「………………」

 バーテンダーはため息をついて言う。

「いいでしょう。そちらに」

 一人の魔法少女に目配せすると壁であった部分がブロックのように組み替えられ、通路が出来る。導かれるままに狂志郎は薄暗い通路を歩き、(ふすま)の前へとたどり着く。

「ここを開けるなら、彼女の代金を代わりに支払っていただく事になりますがよろしいですか?」

「構わん、経費で落とす。領収書をくれ」

「はい」

 渡された領収書を一瞥した狂志郎は眉をしかめた。

「……水商売とはいえぼったくり過ぎじゃないか?」

「元々ここは高級店、彼女は超VIP待遇の方ですので99%OFFですがあなたはそうではありませんので」

(くっ……! この金額では流石に経費では落ちん。だとしても自腹を切るのも癪だ。こうなれば…………)

 狂志郎は確かめるように聞いた。

「もう一度聞く、代金は『この襖を俺が開けたら』払うんだな?」

「はい、なんらかの干渉をした時点で『開けた』とし代金を払ってもらいます」

「ならば襖に干渉せずテレポートして中に入れば問題ないという事だな?」

「転移魔法は使えませんよ」

「つまり問題は無いという事だ」

 狂志郎は言う。

「『ジョウント』、という物を知っているか?」

「いえ」

「これは一部の上級執行官にのみ許された転移能力なのだが、一般人の前でみだらに使用する事は禁じられている。止むをえない場合はその場に居る一般人に『言いふらさない』よう警告を与え、それを守れない場合は不利益が発生する事を説明する必要がある」

「……どのような目にあわされるので?」

「さあな、俺はそんなヤツを見た事は無いんでな」

 そう言った狂志郎は大きく呼吸をして気を引き締めると、目を鋭く光らせその姿を瞬く間に消した。

「消えた!?」

 驚き、信じられないという顔をする案内役の魔法少女は咄嗟に襖を開けて中を確認していた。だが、部屋の中に狂志郎の姿は無かった。

 はっとした魔法少女は苦々しく背後の男に向けて言う。

「…………騙しましたね」

「人聞きの悪い。俺はただテレポートの話をして姿を消しただけだ。そっちが勘違いしただけだろう。まあとにかく、せっかく襖があいているんだ。『襖を開けずに』中に入らせてもらうぞ」

 部屋の中に踏み込むと、そこには現実離れした美少女達に囲まれた見覚えのある平凡な顔の少女と見慣れない白い小熊が居た。彼女は見ている側が恥ずかしくなってしまいそうな顔で美少女達にセクハラをしている。

「ぐへへへ…………」

「あはーん、のかなちゃんこっちよぉー」

「ラー=ミラ=サン、かわいい? かわいい?」

「かわいーいー!」

 あまりの乱痴気騒ぎに流石の狂志郎も閉口するしかなかった。目隠しで美少女を追いかけていた少女はそのまま狂志郎にぶつかった。

「あっ」

 この後の展開を悟った美少女達は気まずそうな表情で苦笑いをすると一目散に逃げ出した。それを知らない少女はふがふがと匂いを嗅ぎながら狂志郎の体をまさぐる。

「んー、この胸板は難しいなぁ。フェイちゃんでもなのちゃんでも無いし…………それにこんなコーヒー臭のする子居たかなぁ? …………駄目だ、ギブアップ。答えは誰かな…………っと」

 目隠しを外した少女は目の前の存在を理解できずに首を傾げ、やがて今自分のした事を理解するとぐるぐると目を回し、顔を真っ赤にして震えだした。

「あああああああ、あも、あも、天羽君? どどどどど、どうしてここに…………?」

「任務だ」

「いや、違うの。えっとこれは違うの。なんていうか、えーっと知り合いの子に誘われちゃって…………そう! 誘われて仕方なくなの。あはははは…………だから、私としては不本意というか、本当は来たくなかったっていうか…………。とにかく私は悪くないの! だからクラスのみんなには内緒だよ!」

「そうか」

「えっ? でも、のかなは自分で来たいって言ってたぞ」

「ラー、しーっ! しーっ!」

 やれやれとため息をついた狂志郎はうんざりしたように言った。

「とにかく場所を移そう。ここじゃ落ちついて話もできない」

「そ、そうだね。あー! 私、いい所知ってるんだー、案内してあげるー!」

 そそくさと着替えに行った少女を見て、天羽は店の外で待つ事にした。

「お待たせ」

 やってきた少女は何かのアニメキャラのプリントされたTシャツを着て、にこりと笑った。その格好は年相応とも言えるが、先ほどの乱痴気騒ぎと合わせると何か引っかかる物がある。

 桑納のかな、それが少女の名であった。『不死炎』と呼ばれる特殊な炎を使う第一世代の魔法少女。落ちこぼれを自称するが、リミッターがあったとはいえ狂志郎と互角に接近戦を演じた強烈なインファイターである事に違いはない。

 性格はどちらかと言えば消極的であるが、扱う魔法と同じようにいざという時は激しく燃え盛るような爆発力がある。

「なんだかお腹がすいてきたなー」

 白い小熊こと、ラー=ミラ=サンはのかなの中に組み込まれた『サニティシステム』の仮想人格であるとされている。だが、元のシステムを含めて謎が多く、何故実体を持つのかも定かではない。

「天羽君はどこがいいかな?」

 可愛らしいシールのたくさんついた手帳をめくりながらのかなは聞いた。それに対し天羽は即答する。

「美味いコーヒーが飲める所ならどこでも」

「じゃあ、あそこで大丈夫そうだね」

 ついてきて、と言われるままに歩いた狂志郎の目に入ったのは『邪神茶店こんぐろまりっと』という看板だった。

 どうにも色物感の拭えない名称に困惑する狂志郎だが、のかなが平然と入って行ってしまったので後を追わざるをえなくなる。

「いらっしゃいなのサ」

 出迎えの王様衣装の少年を見た狂志郎は独りごちる。

「また色物か…………」

「なんか失礼なのが来たのサ」

 その時、ウェイトレスの少女から聞き覚えのある声が飛んだ。

「んっ、誰かと思えばスマシか。久しぶりじゃね」

「お前は…………」

 道下ことか。邪神ベルテルスの力を宿す魔法少女。実力は確かだが、気持ちが先走って空回りしやすい嫌いがある。魔法制御回路の欠陥により、視界が狭くなる病を患っている。改善傾向ではあるが、無理は禁物であると医者には言われている。

「ここは私の店じゃよ。店員は何と邪神率100%! どこからでもSAN値直葬できる充実のサービスじゃ!」

「聞いてるだけで頭がおかしくなりそうだ」

「ああ、それならまだ大丈夫そうじゃね。『自分は正気なんだ』とかいい出すと手遅れなんじゃけど」

「衛生的に大丈夫なのか、ここは」

「安心するんじゃよ、この空間じゃゴキ一匹生存できんけぇね」

「やっぱり駄目じゃないか…………」

 さめざめとする狂志郎にあっけらかんとことかは言う。

「大丈夫? ダイス振る?」

「いらん。コーヒーをくれ」

「おーい、ライオネル、注文。『いあいあふんぬぐる』一つ!」

「はいはーい」

「………………」

 突っ込む事を諦めた狂志郎は気にしない事にして話を始めた。

「炎の、お前はクララ=ヴィという人間を知っているか?」

「クララ?」

「その様子だと知らないようだな。嘘をついているようでもない」

「一体なんの話? 初めから説明してくれないと分からないよ」

 狂志郎は先走った事に気づき、苦笑を洩らした。

「そうだな、その通りだ。どうやら俺は焦っているようだな」

「何があったの?」

「事の始まりは遺跡調査の任務だった。その最深部で“何か”を見つけたクララは突如豹変し同行していた調査団を皆殺しにした。その後、正気に戻ったのか管理局に帰ってきたが“何か”の影響かそれとも自分のした事のショックのせいか明らかに言動がおかしくなっていた。責任を取って辞職する事になったクララは行方をくらました。そして、潜伏していたと思われる場所で手に入れたのがこの写真だ」

「これは…………」

 クララとのかなが写っている写真。不思議な事に二人は知り合いのようにも見える。

「くっ……! うううっ!」

「どうした!?」

 苦しみ出したのかなは突然、糸の切れた人形のようにうつむくと人が変わったように話しだした。

「なるほど、つまりは記憶を手に入れたという事ね」

「記憶を手に入れた?」

 はっ、とした狂志郎は辺りの様子がおかしい事に気づく。まるで時間でも止まったかのように静寂が世界を支配している。

「パラダイム空間? いや、何か違う。お前は誰だ?」

 くすくすとのかなは笑う。

「身構えなくてもいいわ。私はコンス、『クララ』の『ルーツ』を知る者」

「クララのルーツだと?」

「ええ、だからこの後なにが始まるのかも分かる。あなたは彼女と仲が良かったみたいだから、選択の機会をあげるわ」

「何を言っている?」

「この世界に『スタンス』が伝播すれば時間は方向性を失い混沌へと至る。そうなれば待っていても明日が来る今の世界は終わりを告げるわ。きっと多くの人間が“今日”から出られずに永遠を繰り返すのでしょうね。けど、あなたは特別。のかなの血を浴びたのだから。あなたは時の渦を超える力を持つ。わざわざ機械の体に精神を移さなくても時を超えられるって事よ、おわかり?」

「俺にクララを止めろというのか?」

「それはあなたが決める事。彼女と共に行くのも、彼女を忘れて生きるのもあなた次第。でも一つ言っておくわ。強大な力の前に哲学は無力。気持ちなんて日常に埋もれていくの。果たしてあなたの正義(スタンス)は廃れずにいられるかしら?」

「………………」

 狂志郎は言う。

「俺の正義は不滅だ。なぜなら俺が上級執行官だからだ。クララのやっている事が道理に反する事ならば俺は止めなければならない」

「彼女が間違っていなかったら、あなたは誰の味方をするの?」

「………………」

 コンスは楽しげに笑う。

「くすくす…………。自己が無いわよ、天羽君。言ってほしい? 『私の味方をしろ』、『クララは間違っているんだ』って。そんなんだからクララに誘われなかったのよ。正義に踊らされてる憐れな男」

「………………」

「本当は分かっているんでしょう? 正義なんてどこにも無いという事を」

「………………」

「うふふふふふ、あははははは!」

「………………!」

「天羽君?」

 はっとした狂志郎が辺りを見渡すとすでに世界は元通りとなっており、先ほどまでの苦悶が嘘のようにきょとんとした様子でのかなが見ていた。

「大丈夫? 顔色悪いよ」

「ああ…………」

「じゃからダイスを振っておけとあれほど…………」

 その時だった。突如として地鳴りのように世界が揺れ出したのは。

「な、なに? 地震!?」

「そんなわけあるか! ここは隔離空間じゃよ、気のせいじゃ!」

「で、でも現に揺れてるわけだし!」

 ぽつりと狂志郎は呟きを漏らした。

「…………始まったのか」

「始まった? どういう意味じゃ、天羽!」

「………………」


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