エピローグ
結局の所、何も覚えていない。だが、知らないという事はそれほど不快ではなかった。世界を混乱に陥れた集団昏倒事件も何カ月もすればもうニュースにもなりはしない。何もかもが過ぎ去って行く。忘れていく、そうやって人は生きていく。
まどろみの中で奇妙な夢を見ていた気がする。懐かしくて、でも思い出したくないような昔の記憶。何があったのだろうかと思いを馳せても、それはとりとめもなく霧散していく。
でも、不思議と気持ちが良かった。何か熱い物がこみ上げて、さっと心の中に清々しい風が吹き込んだ。
忘れてしまってもいいのだろう。大切な事だとしてもいつまでも持っていたら重いから、無くしてしまってもいいのだろう。自分の中に無くても、それはきっとどこかで形を変えて生き続けるだろうから。
子どもだって自由に何かを描く事はままならない、きっと何もかもがどこかで見たような誰かの模倣に過ぎない。けどそんな事、誰だって本当は分かっているんだ。
それでも子どもが純粋で自由だと言い続けるのはそれが空白の『空』などではなく、限りなく広い『空』だからだろう。心の中の風景を『空』に解き放つ時、それはもう誰かの模倣などではない、世界という巨大な絵を描く欠片の一部なのだから。
「待たせたじゃん?」
「いいや、それほどでもない」
「遅れちゃうわよ、急いで」
「ふふっ、まだ時間に余裕がありますよ。落ちついてください」
雑踏の中でのかなは足を止めて空を見た。先日までの雨が嘘のような晴れ間が眩しくて、目を細めて手で日差しを作った。
「あっ、のかなちゃん」
「ん、何か見えるんか?」
光の放射の中に一瞬幻を見て、夢のように束の間消えていった。それにそっと微笑み、のかなは仲間達の元へと走った。
「行こっ、ラー=ミラ=サン」




