Bルート 2
ハヤタが闇の中に着地するとそこにはいくつもの扉が待ち受けていた。試しに開けてみようとするウィタカを制し、ギターを構えるとそれを掻き鳴らした。その旋律は正しき道を突きぬけ、正解までの最短ルートを照らし出した。
扉の迷宮を走り抜け、白い階段の前までたどり着く。その頂上から発せられる力の波動に黒幕の存在を確信し、ウィタカは口を開く。
「懐かしい空気ね。でも、今は懐かしんでる時間は無いみたい」
「この感覚、目的の相手が居る事は間違いないだろう。だがこんな場所に出るとはいささか出来過ぎてる感もある…………」
「罠だとしても進むしかないでしょ。戻りの道も無いんだし」
「そうだな」
警戒しながら階段を上って行くと、途中で力尽きた一団を見つけた。どうやらここで戦闘があったらしく、戦いの跡が残っている。彼らにまだ息がある事を知ったウィタカは迷ったように立ち止まった。
「戦闘があったみたいね。この中の一人に見覚えがあるわ。確かマリー=マールの部下だったはず」
「マリー=マール?」
「端的に言うなら革命家ってとこね」
「そうか。別に助けてやる義理はないが、まだ生きているというのなら見捨てるわけにもいかない。君はここでその人達を見ていてくれ」
「でも、あなた一人で大丈夫なの?」
「問題ない、アテがある。ここからでも感じる。この波動は確かに終鳴延奏の物だ」
「終鳴延奏? 確か死んでいたはずじゃ」
「おそらく桑納月の仕業だろう。彼女は死者すら蘇らせる秘術を持つと聞く。死んだはずの俺がここに居る以上、可能性は高い」
「だけど、そいつが模倣者を殺すように言ったんでしょ? あんたはその味方をするって言うの?」
「時と場合による。だが、俺が模倣者を殺す側に回る事は無いと思ってもらってかまわない」
「その為に終鳴延奏と戦う事になっても?」
「…………そうだ。彼女が間違っているというのなら、俺は全力で止めなければならない。たとえ、その命を奪うような事になったとしてもだ」
ウィタカはその答えに滑稽さを感じたのか苦笑を洩らした。
「ふっ、あたしってやっぱり馬鹿じゃん。一回裏切られたのにもう一度あんたの事信じたくなっちゃった。あんたは絶対に終鳴延奏を裏切れないってのにさ」
「俺は嘘を言っているつもりはない」
「うん、知ってるわ。けど分かっちゃうのよ、女の勘ってやつなのかな。あんたは自分でも気付かない内に嘘をついてるのよ。だけど、それでもいいわ。惚れた弱みさ。あたし、結構あんたの事好きだったんだ。最初っから、まともなヤツじゃないってのは分かってた。あの選択は間違いだったのかもしれない。だけど、世の中正しい事だけで出来てるもんでもないのさ。だから、これで『良かった』んだ。あたしはここに戻ってくるあんたがどんな選択をしたとしても後悔はしない。この不条理の中で『納得』を見出す事が出来た。だから、あんたも誰がどうとかじゃなくて自分の『納得』を見つけなさい。あたしはその選択に従うわ」
「ウィタカ…………」
ハヤタはただ自然に口を開いて言葉を紡いだ。
「ありがとう」
そして振り返る事無く、走り出した。白い階段を風のように駆けて一気に頂上まで走り抜ける。途中、助けてという誰かの声が聞こえた。それによりハヤタは遥か昔の事を思い出した。素直な気持ちのまま生きていけた時代を。自分は誰かを助けたいと思って生きてきたのだ。その始まりから今へと駆け抜けていく。初めからまっすぐにここまで到達する。
自分を呼んでいた少女に気づくとハヤタは口を開いた。
「君は奇跡の存在を信じるか?」
「あ、あんたは?」
「ハヤタ=ヨウ」
迷い無き瞳でそれに応えた。
「それが自分の名だ」
「は、や、た?」
暴走していたのかながハヤタの波動を共鳴を始めて段々と正気を取り戻していく。それに気付いたハヤタは驚いたように言う。
「君は延奏なのか?」
「ラー? あなた、髪が黒いけどもしかしてラー=ミラ=サンなの?」
「この波動は間違いない。しかし、記憶が無いのか?」
「あなたは誰? あなたは一体?」
「すまないが味方だとだけ言っておこう。説明している時間はあまりないようだ」
“神”は自らを睨みつけてくる男を詰まらなそうに見返して言った。
「『終鳴延奏』か。どちらかと言えばこの『なのか』の方がその血が濃いと思うのだけどね。何せ、桑納月が丹精込めて作ってくれた体だ。そこらの雑種とは違うんだよ」
「………………貴様、“神”か? いや違うな」
「んー? 何が違うって?」
ハヤタはいぶかしむかのように言った。
「お前があの“神”だというのなら、波動衝撃の力を知らないはずがない。この少女が波動衝撃の力を持つ以上、歪完全でなければ必ず敗北する。しかし、貴様には“悪”がある。貴様はあの“神”ではない。ヤツは一体どこだ!?」
「こいつ訳わかんないや。いいや、面倒だ。『なのか』、殺せ」
「………………」
そして命令のまま動いた『なのか』は、
「は?」
“神”の体を当たり前のように貫いた。
「お、お前なにをやっ…………!」
「………………」
「ごふっ」
力無く倒れる“神”。予想外の行動にのかな達が動揺していると澄ました顔で『なのか』は口を開く。
「これで障害はなくなりました。ようやく落ち着いて話ができます」
「こいつ、自我があるのか!?」
「私はかつて“あなた”に敗れました。それはあなたに劣るこの男が私を使っていたためです。この男はあなたに勝ちたがっていた。だから、勝利に不必要なこの男を私は取り除いたのです。これにより私の勝率は100%となりました。勝利後に予約されたタスクである『完全救済世界』も滞りなく実行されます」
「目的の為に主を殺すか。どうやら完全にイカレているらしいな」
「RE:ON、RE:ON、RE:ON、RE:ON、RE:ON」
暴走を始めた『なのか』はその行動を縛る枷を全て外し、戦闘態勢を取る。それは今までの機械的な物ではなく、まるで生き物のように本能に従った物である。
宙を滑るように襲いかかってきた『なのか』に対し、のかなは波動衝撃で応戦するが変化した動きに対応する事ができない。そこにハヤタが割り込み、手から波動を放つ。
「太陽光の波動衝突!」
命中したそれは奇妙な音と共に光彩を放つ。だが、『なのか』の圧倒的パワーの前ではいかなる攻撃も無力だ。
「ダメージ0」
「ちぃ!」
ハヤタは防御姿勢を取るがそれは無意味だ。撫でるような動作ですらその体は跡形も無く消し飛ばされる。逃れる術はない、
「ラー!」
『なのか』の攻撃を受けてハヤタは吹き飛ぶ。だが、予想に反してその体はまだ原型を保っていた。その理由が何故なのかが理解できずに『なのか』は人間のように首をかしげる。
「ERROR、入力条件と出力が異なっています。条件式の追加が必要です」
「いいだろう。ならば教えてやる。“波紋”の力を!」
「その声は…………!」
上空より降り立ったツインテールの少女は着地して地面を砕く。その姿を見たのかなの顔は不思議と喜びにあふれていた。
「ジャネット=レオン!」
「イエス、アイアム!」
奇妙なポージングをしながらジェネットは語る。
「攻撃の瞬間、ボクの波紋を彼に飛ばした。それにより打たれる前に自ら吹き飛んだというわけさ」
「ジャネット、どうしてここに?」
「これだよ」
胸元から一枚の葉っぱをジャネットは取り出した。
「この伝書草が君のピンチを教えてくれた。はっきり言って助ける気なんて無かったさ。けど、助けてって言われて助けない程、非情にはなれないよ。だって、ボク達はかつて友達だったんだから」
のかなは感涙極まったように言った。
「ジャネット、ありがとう」
「礼は戦いが終わった後だ。気を抜いたら一瞬でやられる」
ジャネットは奇妙なポーズを切り替え、仁王像のような構えを取る。攻撃姿勢なのか防御姿勢なのかも定かではないが、戦闘態勢である事だけは確かだ。独特の呼吸法で息を吸い込み、手から波紋を放つ。
「未来虎の波紋!」
瞬間、ジャネットは己の時間感覚を通常の三百倍まで加速し、地面を滑るように移動して『なのか』を強襲する。手が相手の体に触れると同時に波紋を流し、針のように突き抜けさせる。これを刹那の内に数十回ほど繰り返し、五秒丁度に停止して攻撃を終了する。
まともに猛攻を受けた『なのか』の体からは煙が上がるが、ダメージを受けた様子はみられない。
「馬鹿な、ボクの波紋を受けて立っているどころかダメージすら無いなんて…………」
「いや、ダメージが無いんじゃない。あっても抜けてしまうんだ」
「ハヤタ」
「あれは『虚無』だ。固定しなければダメージを与える事はできない」
「なら、どうすればいい?」
「『月』の波動を喰らわせれば、一瞬だけだが固定できる。その瞬間を狙え。延奏、君は『月』の波動を使えるか?」
「ごめんなさい、私は『太陽』しか…………」
「仕方ない。ならば俺にタイミングを合わせてくれ。だが、チャンスはそれほど多くはないだろう。今のヤツはあくまで攻撃への反応だけで動いている。それは反射的な物で意識的に行っているわけではない。その気だったら俺達は一瞬で全滅しているはずだ。延奏が完全ではない以上、ヤツが起動すれば勝ち目はない。攻撃が覚醒へのトリガーになるとしてもやるしかないんだ」
「ボクの力は破壊を目的とした物じゃない。最大出力でも君達のパワーには劣るだろう。よってサポートに回らせてもらう」
「分かった、頼む。延奏、準備はいいか?」
「うん、大丈夫」
「よし。…………では行くぞ!」
ハヤタは背負っていたギター型の武器を降ろし先陣を切って走り出した。重荷であると同時に身を守る盾でもあったそれを捨て去るならば、最早生き残れはしないだろう。しかし、この瞬間に生きられなければそれは死んでいるのと同じだ。所詮、早いか遅いかの違いならばもう迷う事など何もない。
「月光の波動衝突!」
拳の周りに浮かび上がった光のリングがインパクトの瞬間に収束し、奇妙な旋律を奏でる。攻撃を受けた『なのか』の体からは月の光のような輝きが溢れだすが、ダメージを与えられてはおらず、ハヤタは反撃を受ける。ジャネットの割り込みにより、またも吹き飛びながらハヤタは叫ぶ。
「延奏! 今だ!」
のかなは地面に潜るかのように低く走りこみ、拳を構える。当然、『なのか』は凄まじい反応速度でそれに応対する。だが、奇妙な事に二人の反応速度は同一。いや、判断する必要がない分だけのかなの方が早い。
「太陽光の波動衝撃!」
完璧なタイミングでそれは直撃する。すると『なのか』の体から出ていた光の中心に陰りが生じ、まるで自ら崩壊していくかのように『なのか』は綻び始める。
「やったか!?」
だが、その崩壊は途中で止まり、まるでそれを嘲笑うかのように『なのか』の顔が邪悪に歪む。
「あはっ、あはははははは!」
「何故だ! 何故、波動が通じない!? 完璧に入ったはずだ!」
疑問に答えるかのように『なのか』の体から『スケィリオン』が浮かび上がる。その顔はひび割れて殻のように剥がれ落ち、下から何かが覗いている。
(あれはスケィリオン…………? だけど様子がおかしい。まるで鱗が剥がれ落ちて隠れていた本性が露わになったかのようだ。あれがスケィリオンの本当の姿だというのなら、それを生み出した私は…………)
のかなは頭を振って考えを切り替える。
(いや、私が元々持っていた“何か”があれになったんだろう。そう思う事にしよう。どちらにせよ、倒さなければならない事に変わりない。あれは手段の為に目的を壊した。いずれ何もかもを『破壊』という手段の為に壊すだろう。そんなヤツはもう生き物じゃないんだ、生きてちゃいけないんだ)
『なのか』とスケィリオンは一体となり、新たなる姿へと変化する。鱗に覆われた体はもはや人間とは程遠い物へと成り果て、鼓動するかのように白と黒の波動を放出し続ける。
「SKY=RE:ON」
それは空の向こうを想像する事から始まった。重力により地に縛りつけられた生き物達はいつかあの光り輝く空へとたどり着く事を願った。あの温かな光へと到達する事を求めた。その皮膚を醜い鱗に変え、背中から獰猛な翼を生やさなければならなかったとしても、その祈りは変わらなかった。
「GAAAAAAAAA!」
再び空を取り戻す日まで、それは止まらない。
「ドラゴン…………竜人? 一体あれは…………?」
力の放射を受けてハヤタ達は膝をつく。攻撃をしているわけではない。単に存在しているだけでここまで他に害を及ぼす。悪意があるわけではないからこそ救い難く、それは歪だった。
「延奏、すまない。俺達はここまでのようだ」
「ハヤタ…………」
「あれは以前より力を増している。波動衝撃だけではパワー不足だったんだろう。だが、それ以上の攻撃など不可能だ。それこそ時間でも止めて同時に攻撃しない限り、陽月の連携を越える事はない。つまりヤツは無敵だ。誰もヤツを止める事はできないんだ」
「………………本当にそうなのかな」
のかなは胸に手を当てて、そこにある硬さに気がついた。取り出されたそれは蒼い刀身に月光を携え、淡く揺らめく。
「マリー、それが君をあの波動から守っているのか? そのナイフは一体?」
「………………」
ナイフが共鳴するように光を放つ。光は階段へと向かい、そこからやってきた少女のナイフに受け止められて虹の橋を作る。
「ハヤタ! よかった間に合ったみたいだね」
「ディズ…………なのか?」
こくりと頷いたディズは戦う為に構えを取る。
「私が来たからにはもう大丈夫! 後は任せて!」
「お前は…………」
何かを察した様子ののかなに少女は薄く微笑むと指を口の前に立てて「シィー」と悪戯をするかのように囁いた。
「駄目だよ、その言葉を呟いちゃ。シンデレラの魔法が解けちゃうよ」
「分かった。なら言わない」
「物分かりがいいんだね」
「怪物を滅ぼせるのは怪物だけだ。力を貸してもらうなら、お前より『ディズ』の方がいい」
「ずいぶんと嫌われちゃったなぁ。まあ、いいや。もうこの悪夢も終わりだ。あなたも分かっているでしょ。夢と現実は証明無しに区別できるって事にね」
鏡合わせのように二人は立ち、ディズはナイフを左手に持ち替えた。するとその刀身は赤熱するかのように赤く輝きだし、のかなの纏う蒼の波動と共鳴を始める。
「あなたはこれを知らないでしょ。『モスピーダナイフ』の真の力を。そして、これからも知る事は無い」
「いいよ、それで。私が私という事だけで十分だ」
「うふっ。『知らない』事を『知った』んだね。いいよぉ、あなたはもっと成長できる。神にも魔王にもなっていける」
「立派な魔法少女にも?」
「さあ? 知らないよ。私は“神様”じゃないもの」
「そうか、『知らない』か」
「うん、『知らない』の」
「ああ……そうか…………」
きゅう、とのかなの手がナイフの柄を握り、『なのか』の放つ嵐のような灼熱の吐息と同時に走り出す。いつかに置いて来た最強の存在。だが、それは所詮過ぎ去った思い出に過ぎない。忘れてしまう程度の相手なのだから大した事もなかったのだろう。己の罪も、敵への怒りも、愛した仲間もどれも大した事ではなかったのだろう。
ああ、それでも構わない。人がそれほど高尚であるものか。邪悪など克服できるものか。何も知らず、何も分からず、何も為せず、何も残さない。
そのように生きられたならば逆に清らかだ。この瞳が邪悪なのだとしてもこの手が血に濡れていたのだとしても構わない。
ただ、ひたすらに光へと向かう虫のように
「おおお…………」
醜くも足掻き、
「おおおおお……………!」
浅ましくも求め、
「おおおおおおお……………!」
そして、
「おおおおおおおおおお………………!」
美しくも生きる。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
蒼と紅の軌跡が交錯点で一つとなった。二つであったはずのそれは今は一人の少女としてここに立つ。刹那の狂いもなく時が止まったかのように『同時』に炸裂した斬撃は『なのか』に致命的なダメージを与える。
だが、それでも死には至らない。その瞳は憎しみに燃えて全てを死滅させる疫病のように辺りに殺意をまき散らす。
「ウラギリモノ………………」
「………………!」
「GAAAAAAAAAAA!」
一つとなった蒼と紅のナイフの刀身には皆既日食が映される。『右手』で持ったナイフはあふれ出る光で敵を切り裂く。
「…………ばいばい」
「オオオオオオオオオオ!」
『なのか』の体が砕ける。それと共に辺りの景色が揺らぎ始める。全ては幻だったのだ。しかし、のかなの記憶より作られた真実でもあった。
「延奏」
「ハヤタ…………」
のかなは“かつて”のように微笑みかけ、優しく呟いた。
「ありがとう」
「俺はいつだって君の味方だよ、延奏」
「…………うん」
「君がどんなに変わったとしてもね」
ハヤタの姿はいつの間にか白い小熊へと代わっていた。のかなはそれに苦笑すると晴れやかな顔で言った。
「帰ろっか、ラー=ミラ=サン」
「どこへ?」
のかなは迷い無く告げた。
「私が私である場所へ」




