Aルート 1
「のかな…………」
「彼女達みたいになるためにはこの感情は捨てなければならないのだろう。邪悪なんだ、これは。克服しなくちゃいけないんだ。でも! この痛みを否定するくらいなら私は魔法少女になれなくたっていい! コンス! お前を殺すためなら私は人間ですらなくなったっていい!」
のかなは己の中で何かの『スイッチ』が入るのを感じた。それは何の技術も持たない人間すら殺戮兵器に変える悪魔のジャンクションだ。外されたリミッターは人間の限界を遥かに超えた動きで肉を稼働させる。
「おおおおおおおおお!」
足の組織が破壊されるほどの凄まじい速度でコンスに肉薄したのかなは己の銃で殴りつける。それはナイフで受け止められるが、腕の関節を外した不規則な動きで銃弾を放つ。それが命中したかなど最早どうでもよく、逆の手で無造作に殴りつける。あまりの力のために腕が耐えられなくなり、ミンチになるが痛みすら感じていないのか構わずに叩きつける。
「死ねよ! さっさと死ねよ! どうして生きてるんだよお前! ぶっ殺してやる! 今すぐ全部ぶっ殺してやる!」
「………………」
コンスは氷のような冷たい目で言う。
「愚かね」
一瞬で巻き返したコンスは軽く全身を切り刻むとのかなを蹴り飛ばす。倒れたのかなは再び殴りかかろうとするが、すでにコンスは必殺の体勢に入っている。
「勇気も基底領域も無いあなたなんてゴミ以下だわぁ」
「おおおおおおおお!」
「蒼刀――――月光夜白」
攻撃の軌跡などまるで無く、のかなは全身から血を噴き出してその場に倒れる。おそらく自分に何が起こったのかすら分かっていないだろう。突然訪れた死はただ淡々とそこを流れていくだけで情も憐憫もありはしないのだ。
「のかな…………嘘でしょ、のかな!」
るいは叫んだ。叫ぶことしかできなかった。立ち向かおうとは露も思わなかった。僅かな怒りすら消し去ってしまうほどに目の前の存在は強大だった。
「そうやって睨み立ちつくす判断は決して悪い事じゃない。勝てない相手に向かうのは馬鹿のする事よ。時代に適応できない旧きモノは去り、新しいモノが来る」
コンスが手をかざすとのかなの体から光の球体が抜け出てそこに収まる。
「これでようやく全ての終鳴延奏の欠片が揃ったわぁ。長かったけど、その分感動もひとしおというものね」
「…………お前は一体なにをしようとしているんだよ」
「あなたは世界の始まりを知っているかしら?」
「そりゃビッグバンで全てが作りだされたんだろうさ」
「この世界においてそれは意図的な物よ。神の道具『なのか』によってこの世界は作りだされた。私はこの世界に散らばった『なのか』の要素を集め、あの子を殺した神へと復讐をする」
「神への復讐?」
「あの子の、終鳴延奏の可能性はこの世界に関わらず神の作りだした他の世界にまで浸食する危険があった。全ての人間に希望を持たせる事はある意味で思考の統制だわ。やり過ぎたのかもしれないわね。でも、それとこれとは話は別。神は終鳴延奏を殺した。だから神に復讐をし、私はもう一度あの子に会うために『なのか』の再生と終鳴延奏を復活のためのシナリオを作った。そして今、それは最終フェイズに入る」
地面がせりあがり、神殿のような地形へと変化する。その中央にコンスが立つと月が欠け始め、黒に包まれた新月へと変わる。同時、反転するようにその体の形が瞬時に書き変わると黒のベールを脱いで、新たなる存在としてそこに顕現する。
その少女は居るだけでも凄まじい存在感を放ち、何も知らないるいですら跪いて頭を垂れたくなるような光に満ちていた。
「ここはどこですか?」
傍らに影として存在するコンスが答える。
『あなたが死んだ後の世界よ』
「…………なるほど、私は生き還ったというわけですね。しかし、あまり歓迎されてはいないようです」
自身を睨みつけている、るいを見ながら少女は言う。
「お初にお目にかかります。私、終鳴延奏と申します。変わった名前でしょう? まあ、本名じゃないんですけどね」
「のかなを…………のかなを返せ」
「それは誰ですか? あなたの友達ですか? 死んでしまわれたのですか? 病気で? 事故で? それとも殺されて? …………ああ、なるほどなるほど。私の復活のために使われた。それはなんともかわいそうな事に。ですが心配は要りません。私が全て元通りにして差し上げましょう。人々の心に希望を与える事、それが魔法少女の役目なのですから」
にこりと微笑んだ延奏に一瞬、るいは気を許しそうになるが寸前で正気を取り戻す。
「お前はなんていうか…………信用できない。第一、そこに魂があるっていうのにどうやって蘇らせるっていうんだ」
「んー、確かにごもっともですね。しかし、その魂は私の欠片なので統合された今では戻すのは無理です。ですがいえいえ、心配はございません。あなた方の中にある『のかな』の記憶を紡ぎ合わせれば代わりを作る事など容易いものです」
「のかなの代わりなんていない!」
「かもしれない。けれど、その失った痛みを埋める物があなたには必要でしょう?」
「…………っ!」
るいは分かっていた。このまま駄々をこねても何も得られない事を。その思考は迷いを生む。そこに付け込むかのように延奏は甘く囁く。
「大事なのはここに彼女と同じ人間が居る事です。失ってしまった事実は消えない。しかし、彼女足りえる人間が居る事で為されるべきだった事は続いていく。あなたが望んでいるのはそういう事ですよ。理解し、受け入れましょう。それはきっと悪い事じゃない。分かるでしょう? マリーの偽物である彼女を傍で見続けてきたあなたには」
「………………」
るいは納得しようとした。自らの中に折り合いをつけてそれを受け入れようとした。そうする事しかできなかった。目の前の存在があまりにも偉大過ぎるから意見する事などできない。何も考えず従う事しかできない。それこそが正しい事で自分に残された唯一の可能性なのだから。
「あんたは…………正しいよ。おそらく駄々をこねているのは私で、あんたを信じてその提案を受け入れる事が正しい大人の選択なんだろう」
少し考えてるいは言う。
「――――ああ、でもやっぱり。そうだ、やっぱりそうなんだ。何度考えても同じ答えが出る。きっと、どんな事があってもこれだけは言っておかなくちゃいけないんだろうな」
「なんですか?」
るいは言う。
「あんたは正しい。けど、それは正しいだけだ。代わりじゃ駄目なんだ。あいつじゃなくちゃ駄目なんだ。あんたがそれを叶えられないっていうのなら私は何も要らない。私は自分の手でのかなを取り戻す!」
「…………!」
延奏は驚いたように目を大きく見開き、その後満足げに微笑んだ。
「素晴らしい…………。あなたは強き人です。ぜひそうしてください。私も力を貸します」
「『延奏』」
コンスに言われて初めて気付いたように延奏は苦笑した。
「ああ、そうでしたね。そのためには私は死ななければならない。この世には特に未練は無いのですが、今殺されてしまうと少し困ります。申し訳ありませんが私が世界を救ってくるまでちょっと待っていて頂けますか?」
「世界を救う?」
「この世界には限界が近付いている。俗言うなら寿命というものです。それは怪物という姿で現れ、それの対処をするのが魔法少女というものでした。魔法管理組織はこの世界の消滅によって起こる影響を考え、現地人に力を与えて事態に対処する事にした。そうして私は魔法少女となったのです」
「それじゃ、あんたを殺せば世界は滅びるのか?」
「一概にそうとは言えません。あなたは何故私達が魔道師でも魔法使いでも魔女でもなく、魔法少女と呼ばれるのか分かりますか? 『魔の法の少ない女』。つまり邪悪を克服し、等価交換という悪魔の法則より抜け出して高次に至った存在こそ本来の魔法少女なのです。光の側に居る人間こそが無限という神の領域へと至る。つまり、私でなくとも無限たる力を持つ清き存在なら誰でも世界を救えるのですよ」
だが延奏の調子は自分以外にそれは居ないと確信しているようであった。
「思想によって人々を救うのは無理でした。しかし、今の私は神の道具たる『なのか』の力があります。これによって人々の心に邪悪を克服する力を与え、この世界を救って見せましょう」
聞こえはいいが、それは紛れも無い洗脳であった。本来人の心に潜んでいる物を物を強制的に抉りだされて見せつけられた時、果たして人は人で居られるのだろうか。例え克服できたとしても醜く歪んでしまうだろう。おそらく世界を救うのにはそれくらいの荒療治が必要なのだろう。人というものが成長していくスピードがあまりに遅すぎるから元々滅びてしまう運命なのだろう。
それでもるいはそんな事はごめんだと思った。こうしてむざむざと失敗なのだと見せつけられるのは嫌だと叫びたかった。
「…………」
るいはトランペットを取り出した。
「『無駄よ』」
「無駄かどうかはやってから考えるよ」
『いくら呼んでも仲間は来ないの。これだけ時間が経ってまだ来ないなんておかしいと思わない? もうあなた一人しか残っていないのよ』
「………………」
るいは無言でトランペットを吹きだした。
「『悪あがきね』」
理屈ではなかった。その行動に意味はなかった。しかし、他の者にとってるいの行動が、その意思自体が力になる事をすでに理解していた。一人ではないと信じる事が、信じられる事がるいの持つ本当の力だった。
いくら技術や能力を奪えても、その情熱だけは奪えなかった。それは魔の法則から外れた力だ。だからこそアリィは敗れ、だからこそるい達はそれが大切だと知っているから、何度失っても、何度でも取り戻す。
(結果は求めない。過去も未来も破滅しかないというのなら、この瞬間を私は生きる!)
意味の無い雑音が空間に響いた。技術も何も無い素人そのもののでたらめな音だ、下手すぎて曲にすらならない。だが、ひたむきな演奏は段々と熱を帯び、進化を始める。
ふと、そこにどこからかギターの音が加わった。聞き覚えのある旋律であるからかコンスは余裕のままで居たが、やがて現れた姿に驚愕の表情を見せた。
「『まさか、あなたが勝つだなんて…………』」
ギターの弦を弾き、彼女は苦笑して言った。
「佐下さん、ずいぶんと下手になったね」
響いた声のその名は――――
☆
「『なんで…………』」
崩れ落ちていく躯はディズの物ではなかった。ウィタカは紅い花を咲かせながら己を抱き止めたディズに笑いかけた。
「間にあってよかったじゃん…………?」
「『なんでこんな…………』」
「どうせ殺されるのなら命は無駄にしたくなかった。あんたを助けて死ぬのならそれもいいかなってね」
「『駄目だ、死んじゃ駄目だよ! 私はハヤタと仲直りして欲しくて、だから!』」
「ディズ」
ウィタカは言う。
「これでいいのよ、元々死んでいたのだから。死ぬわけじゃない、元に戻るだけ。それよりも自分の心配をしなさい。ハヤタには勝てないってもう分かったでしょ? だから逃げなさい。誰も悪いとは思わないから。あなただけでも生きなさい。じゃなくちゃ私の犠牲も無駄になっちゃうでしょ?」
「『ウィタカさん…………』」
「私って幸せ者だわ。今度はこんな暖かい感情の中で消えていけるなんて。あなた達と出会えてよかった。きっとその為に私はこの世界にやってきたのよ。だから痛みや悲しみさえ無駄じゃなか……った…………」
「『ウィタカさん!』」
「…………………」
死んだ者がまた死んでいく。それは再び生きる者の心に悲しみを生み、その歩みを縛る。だとしても乗り越えていかなければならないのだろう。この胸の痛みを忘れる事こそが死者にとっての最上の手向けなのだから。
怪物としては不完全なのか、ディズは微笑むウィタカの頬に透明な滴を伝わせた。雨のようなそれに震えながら壊れてしまうほどに強く抱きしめた。
ずっと付き合っていた親友同士というわけではない。ほんの半日前に知り合ったばかりの何も知らないような間柄だ。それでもそんな相手の為に命をかけ、涙するのはおかしな事ではない。
それは人間だからだ。獣ではなく人間だからこそ、人間としての心がそうさせたのだ。怪物であるからこそ清い人間の心を持つ事ができた。それは皮肉だろう。真に人間足りえる心が怪物でなければ得られないなどとは。しかし、何も間違いではない。間違いであるはずがない。この痛みを否定することなど誰にもできるはずがない、させるつもりもない。そこに誰かが居たという事をいつか忘れてしまっても、この願いだけはいつまでも残り消えないのだ。
「『ごめん…………ウィタカさん』」
ディズは言う。
「『勝てないのは分かってるんだ。嫌というほど思い知らされた。それでも私は戦わなくちゃいけないんだ。怪物とか人間とか関係無しに立ち向かわなくちゃいけないんだ。いつか私を必要とする人の為にここから先に行かなくちゃいけないんだから』」
泣きながらウィタカの首筋に歯を立てて血をすする。死肉すら己の糧とせん浅ましき怪物、だが心は人間であるから悲しまずにはいられない。
力が鼓動する。より強い存在へと進化していく。その強き意思はハヤタに警戒をさせるほどに強靭になり始めている。
「『あなたを責めようとは思わない。きっと仕方のない事だったんだ。巡りあわせが悪かっただけなんだ。でも、なんでかな、ほんの少しだけ悲しいや…………』」
「………………」
斬られたハヤタの片腕が元の場所に戻りなじむまで、しばらく黙祷のように目を閉じていたディズは再びナイフを構える。
「『もう、終わりにしよう』」
「…………ああ」
ナイフが宙に突き立てられる。
「『光奪い』」
光の軌跡を読んで身をかわすが、何故か目測を外れ、浅く皮膚が裂かれる。予想外の事にハヤタは一つの確信を得る。
「ウィタカの力か!」
ウィタカの能力は偏光、それ故に光に満ちたこの表世界で裏の存在が生き延びる事ができた。光を曲げる力が全てを歪ませ、ディズの魔眼を遥か高みへと押し上げる。
「『命は継がれていくんだ!』」
「くっ!」
ハヤタはディズを強敵と認め、ギターを掻き鳴らす。限界に達し、方向力場の使えない今のディズでは防御困難の強力な攻撃だ。
「私は知るのさ(I know)。お前がこの訪れを知っていた事を(I knew come now)。歯車なんかじゃないって怒っているのを(No cam nah)」
「『おお…………!』」
「お手紙を送ろうと思うんだ(Deriver of the chair nous)。希望と書き込んで(Hope and write)」
「『おおおお…………!』」
「だけど(Because)…………」
「『おおおおおおおおおおお!』」
「私はもう知っているさ(I knew)。お前がもう行ってしまうのを(You gone came new)。さよならできない私に(no gone)、完璧なキッスをしておくれ(I want perfect kiss)、完璧なキッスをしておくれ(I want pefect kiss)」
音を切り裂いて接近したディズがその中心にあるさらなる力と激突し、光が弾ける。目も眩むほどの閃光が空間に満ち、それが収まった時、すでにディズは制止していた。じっと見つめたナイフには刃はすでになく、手からは血が滴っていた。
ハヤタはふっと笑みを漏らすとギターを握っていた手をゆっくりと解いた。
「君の勝ちだ」
力なく倒れたハヤタの体から紅い滴が漏れ出し、地面を濡らしていく。ディズはそれを見下ろすように立つと最後の言葉に耳を傾けた。
「俺は誰かに正しさを預けてしまったんだ。それを考えるのがあまりにも辛すぎるから。でも君は逃げなかったんだな。本当に正しい事から。勝てる可能性なんて無かったはずだ。それでも君の諦めない心が奇跡を起こした。今を生きようとする者こそ、明日を生きる資格がある。君は破滅の可能性を信じなかった。だからこそ今を大切に生きられたんだな…………」
ごふっ、と血を噴き出してハヤタは言った。
「武器が無ければ戦えないだろう。この先に待つ者は俺の比ではない。俺のギターを持っていけ。そして、俺もつれていってくれない…………か。お前の見た…………今という世界へと………がはっ! ごほごほっ!」
「『ハヤタ!』」
苦笑してハヤタは言った。
「泣くな。君は美しい。だからこそ全ての罪は許され…………る…………」
それを最後の言葉としてハヤタは沈黙した。安らかな表情だった。
「『………………』」
しばらくそれを目に焼き付けたディズは怪物としては完璧なキッスをすると、再び立ち上がった。その目にもう涙はなかった。
ギター型の武器を十字架のように背負い、ディズは裏世界への穴の前に立った。どこまでも深い闇は先を見通す事などできず、下手をすれば次元の狭間を永遠に彷徨う事になるだろう。だとしても躊躇いはなかった。この先に待つ強大な存在に一矢報いらずにはいられなかった。
「『よっ』」
暗闇の中へ飛び込むと少しの落下の後に固い地面に着地する。どこかの部屋のような空間にはいくつもの扉があった。試しに一つ開けてみるとそこから先は崖であった。どうやら外れだったらしい。
別の扉を開けた部屋にはまた別の扉があった。今度はより数が多くなっている。おそらくこの扉は先に行く度に無限に数を増やしていくだろう。当てずっぽうで答えに行き着く事など不可能だ。
ディズはこの難題に頭を悩ませたが、深呼吸をして落ち着くとどこかからトランペットの音色が聞こえてきた。
(これは…………)
それはいつか教室で聞いたるいの音色であった。あの時は遠くから眺めているのが精いっぱいだった。誰も傷つけたくなくて、誰にも傷つけられたくなくてディズは臆病だった。しかし、今はそれを求めて歩き出す。誰かを傷つけてしまうのなら、それよりも多く癒せばいい、誰にも傷つけられなくないのなら誰よりも強くなればいい。
音色はひどくたどたどしく技巧も何も無いがそれでいて聞く者の心を震わせるような何かがあった。
(佐下さん…………!)
罠という可能性もあったが、ディズはそれが罠だとは露も思わなかった。るいが自分を呼んでいるのだと疑いもしなかった。友人と呼ぶにはあまりに互いの事を知らなすぎる。ならばこれから知っていけばいい。その為にまず、走り出す。
音に導かれるまま、扉を選んでは開いていった。あらゆる風景、時代を越えて、そこを目指す。気がつけば、ディズは白い階段の目に居た。音はその先から聞こえてきたのでるいが居る事が分かった。音が近づいてくるにつれて応えるようにギターを弾き始めた。一度も奏でた事はないというのに指は自然と美しい音色を奏でた。
不意に手を止めて前を見た。そこにるいが居たからディズはどうにも気恥ずかしくなって苦笑いをして言った。
「佐下さん、ずいぶん下手になったね」
るいは笑い返して言った。
「ちょっとど忘れしちゃってね。大丈夫、すぐに元に戻るさ」
コンスはディズの存在を驚いたように言う。
『『まさかあなたが勝つなんてね…………』」
「二人だったからさ。そして今は三人だ。あなた達にだって負けるつもりはない」
「『ハヤタ君を失うなんて…………この体に影響を出さないための延命が完全に裏目だわ』」
ディズはこの場に倒れているアリィとのかなを見て大方の予想をつけるとるいに聞いた。
「そっちは模倣者だから…………マリー=マールだけが味方って事でいい?」
「ああ、ついでにそいつの中身は表世界のお前だったんだけど、あの終鳴延奏ってヤツに魂を吸収されちゃったんだ」
「じゃあ、殺して取り返すしかないのかな?」
「だけど、あいつを殺すと世界が滅びるって聞くよ」
「そうなんだ。…………んー、まあ殺してから考える事にするよ」
ギターを鈍器のように構えたディズを見て、延奏は困ったように言う。
「弱りましたね、私はあまり戦うのが好きではないのです。しかし、桑納さんが戦えない今、やるしかないのでしょうけど…………」
欠けていた左手を再生すると、延奏は襲いかかるディズを見た。
「まあ、と言っても」
「おおおおおお!」
薙ぎ払いのギターを軽く受け流して言う。
「戦い自体は苦手ではないのですけど」
拳に炎が宿り、強烈な一撃が打ち出される。
「炎影」
「!」
死線の見切りによりディズはギリギリで防御体勢を取るが、それでも頑丈な吸血鬼の腕が使えなくなるほどのダメージを負う。再生こそできるものの、連発されたらとても受けきれないだろう。
「どうも感覚が馴染みませんね。普段だったらさっきので倒せたはずでしたのに」
「こいつ…………のかなと同じ動きを?」
るいの言葉に延奏は返す。
「逆ですよ。彼女が私のコピーなのです。そうは言っても一撃必殺の『炎影』を連続で打ち出すなど形だけ真似た物のようですけどね」
ディズは再生を終了すると警戒しながら思考する。
(強い…………一度の攻防で分かった。下手に攻撃すればやられるって。一人じゃ勝ち目がない。もっと強い人が必要だ)
ギターを規則的に鳴らし、シグナルを送る。確証はないがディズは聞いた事があった。その場の気分次第で何でも壊す破壊者が居る事を。仮に味方にならずとも、呼ぶこそさえできれば流れを変えられる可能性はある。敵になる可能性もゼロではないが試してみる価値はあった。
(…………来た!)
一瞬の間を置いて柱の上に少女が現れる。伝書草を手に持ち、その場の全員に問いかけるように言う。
「私を呼ぶのは誰? 何かを壊して欲しいの? それとも壊されたいの?」
眼下の延奏を見ると少女はにこりと微笑んだ。
「なるほどね。これは壊しがいがありそうだね。そっちのギターさんは邪魔しないようにね。うっかり壊しちゃうかもしれないから」
破壊者『望夜めろん』、味方と呼べるかは微妙だが戦力としては悪くない。
「『おろかね。実力差が分からないのかしら』」
「だから戦うんだよね。その方が面白いから」
腰に下げていたサーベルを抜き、めろんは延奏へと挑む。その体裁きだけで相当な使い手だと分かるが、それでも延奏は冷や汗一つかかない。
「破壊者! 一人じゃ無理だ!」
そこに踏み込んだディズはお構いなしに流れてくる望夜のサーベルを方向力場で流しながら自身も武器を振るう。
「なるほど、二人とも一騎当千の徒…………。惜しむらくはこのコンビが即席でなおかつ私を相手にしてしまった事です」
延奏は容易くめろんに一撃を叩きこむとディズを狙う。だが、すでに身を引いていたディズはその攻撃をかわして距離を取る。心配なのはもろに攻撃を受けためろんだが、何事もなかったかのように起き上がると平然と服の埃を払った。
「月の光がある限り、私は不死身だよ」
それは常に月が出ているこの世界では完全なる不死だという事を意味していた。
「おやおや、なんとも厄介な」
余裕の延奏に対し、負ける気がしないという顔のめろんだがさすがに不利な感は否めないのか何かを求めるように視線は辺りを彷徨う。すると何か見つけられたのかにやりと笑みを浮かべた。
「そこのトランペッター、手が空いているのなら目覚めの旋律をして」
「どういう事?」
るいの疑問に対し、楽しげにめろんは言う。
「そこのマリーの体、まだ死んでないよ」
「え…………?」
血だまりに沈むその体は確かに息絶えているように見える。だが、めろんが言うからには何かあるのだろう。しかし、その体にはあるべき物が存在しないのだ。例え生きていても目覚めはしないだろう。
「例え生きていたとしても魂が…………!」
めろんは氷のような冷たい目で告げる。
「いい? 私が吹けと言ったら、例え死んだとしても吹くんだよ」
「わ、分かったよ」
その剣幕に負けたるいはトランペットを吹きだす。いまだ技巧も何も無いが、目覚めの旋律としての最低限の体は保っている。
るいの意味の無い行動に嫌な予感を覚えたコンスは延奏に耳打ちをする。
「『延奏、のかなの体を消しておいた方がいいと思うわ。なんだか胸騒ぎがするの』」
「桑納さん、死者を痛めつけるものではないですよ。それに彼女は能力も何も無いのでしょう? 何を恐れているのですか」
「『…………あの子は得体が知れないわ。死んでも蘇るかもしれない、安心したいのよ』」
「あなたは彼女を裏切った事が余程ショックだったようですね。少し病んでしまっています。…………分かりました。不安を無くすために彼女の体を消してしまいましょう」
延奏が手をかざし巨大な火球を放った瞬間、ディズは方向力場の高速移動で割り込み、体を回収する。
「防御力だけなら自信ありって所だね」
「ふむ…………。ならば非戦闘員を攻撃するのは本意ではないのですが、トランペッターを狙うとしましょう」
「そうはいかないよ」
めろんは再び延奏と対峙する。サーベルを軽く振るうと衝撃波を生み、それを盾にして突撃する。しかし、繰り出された延奏の震脚により盛り上がった地形が防御壁となり、返しに蹴り飛ばされた瓦礫にめろんはたまらず空へと逃げる。
「私が攻めあぐねるなんて…………今日はついてないみたいだね」
守る者がいなくなり、ガラ空きとなったるいに延奏が襲う。
「すいません。殺すつもりはないので少し我慢してくださいね」
穏やかな言葉の調子とは裏腹に神速の一撃がるいを狙う。だが、それでもるいはトランペットを吹く事を止めなかった。拳が届く寸前、そこに何者かが割り込む。鉄の塊とも言える剣を盾にして延奏の攻撃を受け止めようとするが、それは叶わず腕を負傷する。次を打たせるわけにはいかないともう一人の男が剣を振るって延奏を後ろに退かせる。
「遅れてしまい申し訳ありません。少々道が混んでいたもので」
「ぬっ! 我が魔王が! 一体何をしていたんですか、トランペッター!」
「いいから俺を治せ! 戦闘中だ!」
「援護するよ、トラちゃん!」
仲間達はここまで来るための戦闘で疲弊しているように見えたが、それを吹き飛ばすほどの気力に満ちていた。
延奏はるいを守る頼もしき軍勢を眺めると、穏やかな表情で言った。
「なんと素晴らしき絆。これこそ仲間の在るべき姿。どうやら私もそれなりに力を出さなければ失礼になってしまうようですね」
何かが変わった事に気付いためろんは焦るような顔を見せた。
「逃げて! これはあなた達の手に負える相手じゃ…………」
瞬間、
光が走ったのか。激しい風圧と共にカイツ達が吹き飛び、倒れて動かなくなった。その中心には延奏が立ち、拳からは煙があがっている。その動きは吸血鬼であり魔眼を持つディズですら捉える事ができなかった。速度や反応を遥かに超越した神域の攻撃だった。
「くっ……!」
「安心してください、殺してはいません。殺す理由がありませんから」
視線がディズへと向く。その刹那、ディズは全身の毛が逆立つような恐怖を覚え、本能的に後ろに下がった。
「逃げる兎よりも逃げない勇者と戦うべきでしょうね」
延奏はゆっくりとるいに向けて歩き出す。ディズはもちろん、めろんですら威圧されて動く事ができない。るいだけが恐れずに真正面から立ち向かい、トランペットを吹き続けた。その演奏は下手ながらも誰もが憧れるような素晴らしき旋律に変わり始めていた。
「あなたは素晴らしい人だ。それでも私は友との約束を優先したい。あなたを傷つけてしまう愚かさを許してください」
「止め…………!」
叫んだのはディズかめろんか、その両方か。いや、それは、




