第五章 2
静かだった。かつん、かつんという白い階段を上る音だけが空間に響き、いつもは賑やかな仲間達もこの時ばかりは無言で前に進んでいった。その先に待ちうける者の力を感じて、とても軽口を叩けるような空気ではなかったのもある。
のかなは階段を上る間、色々と戦法や言葉等を考えたが全てが取り留めも無く霧散していった。ここまでくれば後は意地のぶつけ合いなのだろう。少なくとも今までやってきた事以上の力が出せるほどのかなは恵まれた人間ではない。奇跡を信じるよりも自己を信じられるかが問題だった。
かつん、と足が止まる。
「数は十、二十、いやもっと多いか」
どうやら敵の襲撃らしい。のかなは戦闘体勢を取るがその前にパウラが出る。
「ここは任せてくれ、のかな。お前は無傷で上まで行かせてやるさ」
「パウラちゃん」
カイツはものぐさそうに言う。
「ガキのお守はごめんだ。一緒に連れてけ」
「ふむ、後を頼むぞ」
アイコンタクトを交わすと、のかなはるいを連れて走り出す。それを妨害するように操り人形のような無機質な敵が動くが、その間に稲妻が走る。
「さっさと片付ける事にしましょう」
「魔王様に遅れを取るわけにはいかないからね」
戦闘の光から遠ざかり、しばらくして白い宮殿のような城の最上階にたどり着いた。不気味に光る月の輝きの中で玉座に座る男と対峙する。一見では子どものようにしか見えないそれも中身は天地を震わせるほどの化け物だ。油断などするつもりもないが、それを抜きにしてもまともにやり合うことすら難しい。
のかなは口を開き、長らく心に留めていた言葉を解き放った。
「ベルテルスを…………ことかちゃんを返してもらいに来た」
男、アリィ=ジマーマンはすました顔で問い返す。
「それ、誰から聞いたのサ?」
「ライオネルより」
「あいつかぁ…………ま、さすがにばれてないとは思ってなかったけどサ。お前みたいなヤツが来るとは予想外だったよ」
肯定する言葉にのかなは緊張とも高揚とも取れる感情に苛まれる。
「お前がことかちゃんを!」
「初めに奪ったのはそっちサ、魔法少女」
「なっ!?」
正体を見破られ焦るのかなに楽しげに笑みを漏らしたアリィは巨大な水晶のような物を呼びだす。その中に居る男にのかなは見覚えはなかったが、直感的にそれがことかだという事は理解できた。
「お前達のつまらない争いに手を貸したばかりに優しいベルテルスは僕の元から去ってしまったのサ。でも、今はこうして戻ってきてくれたし、復讐なんてカッコ悪い事をするつもりはないから、さっさと帰ってくれないかな?」
「ことかちゃんを返せ!」
冷ややかな目でのかなを見たアリィは何事も無かったかのようにベルテルスの水晶へと愛おしげに頬ずりをする。それを見たのかなの怒りは頂点に達し、策も何も無しに突進する。
「のかな落ちつけ! 罠だ!」
「冷静でなんか居られないよ。友達がこんな物みたいに扱われて、我慢なんてできるもんか!」
激怒していてものかなの動きはいつもと変わらず、相手を確実に仕留めるように必殺の拳を繰り出す。
「太陽光の波動衝撃!」
アリィへと直撃する寸前、その背後の空間から剣が飛び出す。咄嗟の反応で回避したのかなは追撃の武器群をかわして距離を取る。
「こいつ、『創造』の力が使えるのか!?」
ならば搦め手でと懐から札を取り出したのかなはそれを火の鳥へと変えようとするが、起動しない事に気付く。『創造』の力も試しみるが、何の反応も無い。
(能力封じの結界を張られた…………? だけどそんな様子は無かった。それに何かがおかしい。なんなんだこの違和感は……………)
警戒した様子で構えを取るのかなをあざ笑うかのようにアリィは言う。
「何故ボクが正直にベルテルスの事を教えてあげたと思う? それはもう君達が何もできないからだよ。あえて教えてあげるけどボクの能力は『概念吸収』。すなわち君達の持つ『能力』全てがボクの物って事なのサ、クシシシ!」
のかなは違和感の正体を理解した。自分の体に刻まれていた魔法制御回路の消失、失われた『創造』。格闘技術こそ奪われていないものの、魔力や能力を利用できない状態ではただの無力な少女に過ぎない。そのか弱い細い腕では化け物はおろか、人間にすら立ち向かえはしないだろう。かろうじてあの蒼いナイフがあればある程度にはなるが、この『模倣者』には到底敵いそうになかった。
「おや? さっきまでの威勢はどうしたのかな? 武器が取り上げられちゃって戦えないのかな? クシシシ!」
「くっ…………!」
のかなは左手に意識を通わす。顔の無い怪物は身体的欠陥と技術の合わせ技であるために奪われてはいない。すでに『創造』してある『ハートブレイカー』も同様に存在する。チャージが必要なために当てる事は難しいが、まだ完全に勝機が失せたわけではない。能力を奪って油断しきっている今の内ならまだ可能性はあった。
「君はベルテルスのお気に入りだったね。だからあんまり手荒な事はしたくないのサ。まあ、ボクがどうこうしなくてもあいつ次第でどうなるか分からないけどね」
「あいつ?」
「ボクにベルテルスを返してくれたイイヤツだよ。少し口うるさいけど、ボクは寛容だからそれくらいは許してやるのサ」
その人物にのかなは心当たりがあった。もし勘違いだとしても関与している事は間違いないだろう。しかし、今はそれよりも目の前の脅威をどうにかする必要があった。
(顔の無い怪物のチャージをしているけど、まだ気付かれていないみたいだ。もう少しで無限のパワーで撃ちだせる。なんだか嫌な感じが拭えないけど、でも今の私にこれ以上の攻撃はない。取りあえず試してみるしかないんだ)
物の“重み”を利用した攻撃である顔の無い怪物は殺意の塊とも言える一撃であり、激戦の最中に放つのならまだしも不意打ちで放つのは許されない事だ。弱さを免罪符にして今までそれを使ってきたが、この土壇場で何か疑問のような物を感じ始めていた。
(敵を倒すための力、正しい事をするための力。それはきっと間違いじゃない。でも何か忘れているような気がする…………もっと根本的で大切な事を私は………………)
迷い、それの生まれた意味を理解するような時間も無く、決断の時が迫る。のかなは銃を持つ左手の下に右手を添えて十字を作り、祈るように銃口を構える。
「ボクを撃つのかい?」
「そうだ。このシナリオをあいつが描いているならこんな所でぐずぐずしている暇はない」
「こんな所…………ね」
アリィはにやにやとしながら挑発するように両手を広げて言う。
「さあ、撃つがいいサ。能力を奪われた君に何が残っているのか知らないけど、それはきっと大したものじゃない。それすらも吐き出して、絞りカスとなるがいいサ」
「………………」
感覚が警告する。撃ってはいけないと、これは罠だと。それでも引き金に指をかける。この不快な男は生かしておいてはいけないのだから。今すぐにもこの世から消し去らなければならないのだから。
のかなは殺意を正しい事だと肯定する。それが自分にとって都合がいいから。この偉大なる力を持つ自分こそが生きるに相応しい存在なのだから。
「ハートブレイカー、スケィリオン」
撃ちだされた弾丸は無限の力を伴ってアリィに襲いかかる。迎撃として繰り出された『創造』の刃も容易く呑みこみ本体へと肉薄する。
顔の無い怪物の拳が嵐のような勢いを持って打ちだされる。だが、それはおもむろにかざされたアリィの手に容易く受け止められる。それだけならのかなは驚きはしなかっただろう。例え防ごうとしても無限の力で何もかもを破壊していくのが顔の無い怪物だ。少しの間耐えられても最後には絶対にその暴力に屈する。対抗するには概念の否定などの間接的な策しかなく、それそのものをどうこうする事は絶対に不可能のはずなのだ。
それをアリィは、受け止めた。
「スケィリオン! どうして動かないスケィリオン!」
「そうか、これはスケィリオンというのか。ずいぶんご立派な名前だ。ただの幻影に過ぎないというのにね。まあ、でもボクとしてもそういうのがあった方が何かと助かるのサ。使える力が多いと何がどうだったか忘れちゃうからね」
「まさか…………!」
のかなは左手に意識を集中して再び顔の無い怪物を展開しようとするが、何の反応も無い事を知る。つまり、能力だけではなく、すでに技術すらアリィに奪われてしまっていたのだ。
「次は何を見せてくれる? それとももう空っぽかな? クシシシ!」
技の記憶はある。だが、体がその通りに動かない。今まで積み重ねてきた経験がここには無いのだ。心を置き去りにして体だけが始まりの地に戻された。もう一度積み重ねていく時間も気力もありはしない。絶望、それはじわじわと染み込んできて、精神を蝕んでいく。それは持っていた物が多ければ多いほど深く、強烈になる。
「炎影! 火の鳥! …………駄目だ! やっぱり何も残って…………!」
「打ち止めのようだね。ま、何が残っていても全て奪っちゃうだけだけどサ、クシシシ!」
力への渇望、それが強くなるにつれ、脳裏に走るノイズが増していく。何かを忘れている事を忘れている。でたらめなフラッシュバックは整合性を持たず、しかし段々とはっきりしてくる。花畑、散っていく花びらを染め上げる鮮血。その手は血で汚れている――――
「復讐なんてするつもりは無いって言ったけど、君を生かしておくとベルテルスが完全にボクの物になってくれないからね。もう何も残って無いっていうのなら――――消し去ってやるのサ! お前自身の力でね!」
アリィは指を銃のように構え、顔の無い怪物のチャージを始める。もはやのかなには何の力もない。抗う事もできずにみている事しかできない。
(ここで終わり? 後少しなのに…………!)
疑問、しかし覚悟をしてもいつものような力は湧いてこない。何を忘れてしまっている事を忘れている。魔法少女に力は必要なのか? そもそも魔法少女とはなんなのか。どこから始まっていたのか。どこを終わりにするべきなのか。
のかなは思考を切る。ここは終わるべき場所ではない。探すべきは生き残るための術。
「自らの力で滅びろ! スケィリオン!」
瞬間、爆発するような勢いで漆黒の嵐がのかなに襲いかかる。少し気を抜けば全て持ってかれそうなほどの重圧。抗うことなどできず、怯え屈する事しかできない。
だが、それをまっすぐに見据え、のかなは拳を構える。
「おおおおおおお!」
怒涛の勢いで打ちだされる顔の無い怪物の拳、それに合わせ、起死回生の一撃を放つ。金属同士をぶつけあったような鈍い音と共に白い波紋が空中を伝う。その手からスケィリオンはのかなの中へと入りこむと無限圧縮を試みるが、するりと肩から抜け出て背後の柱を破壊する。それでも腕にかなりのダメージを残し、のかなは苦しみで悶える。
「うぐっ…………ああぁっ……………!」
「へぇ、搾りカスの力でなんとかしたのか。やっぱり使えないなぁ、君の力は。やっぱり本命は――――」
ぱちんと指を鳴らすとアリィは自らの周りの空間に武器を展開した。
「『創造』の力だよね。君みたいな雑魚の能力じゃなくてさ」
なんとかスケィリオンは防げたものの、高速で飛んでくる武器を防げるほどの力はない。だが、のかなは諦める事なく前を見据える。
(敵は強大だ。まるで勝てる気がしない。何が出来るのかも分からない。全ての力を失ってしまった私は魔法少女ですらない。魔法少女未満のただの人間だ。だけど、それでも諦められないんだ。魂が叫ぶんだ。生きるとか死ぬとかを越えた先に何かがある事を。それを見つけるまでは、私は誰にも負けたりしない。それが例え自分にだって)
「絶対に負けられないんだ!」
「いいや、ここで死ぬのサ!」
音速で飛んでくる鋼鉄の刃。時間が遅くなるような錯覚と共にのかなはそれに対し拳を撃ちだす。愚かとしか言いようが無い。いつも同じ調子で撃ち落とせると信じている。だが、愚かであるが故に疑念は一切なく、澄みきったその心は鋼鉄よりも強靭であるはずだ。
「のかな!」
るいは祈るように叫んだ。見ていられず、目を閉じる。だが、のかなの断末魔は無く代わりに鉄が地面を転がる音がした。それに驚き目を開けるとそこには動揺した様子のアリィと信じられないという顔で自らの拳を見つめるのかなが居た。
「あ、ありえない。な、何をしたのサ、お前…………!」
「………………」
「何をしたかって聞いているのサ!」
のかなはじっと見つめていた己の手をぎゅっと握りしめた。
「お前の『創造』力は貧弱だよ。奪ってばかりで何一つとして受け継いでなんかいないんだから。お前は私から能力を奪えたかもしれないけど、本当の強さを奪う事はできなかったんだ」
「な、なんだよ、その光…………」
アリィはのかなの体から溢れだした緑色の光を見る。
「そ、そうか。まだ力が残ってたんだな。それでなんとかなったんだ。そうに決まってる! 今度こそ全部奪ってやるのサ!」
悪あがきのように打ち出された武器を叩き落としながらのかなは突撃する。
「おおおおおおお!」
「なんでなんだ!? 奪えない! 奪えないじゃないのサ! その力は一体なんだ!? なんだぁぁぁぁぁぁ!!」
今まで圧倒的な戦いしか経験してこなかったが故に、理解不能の状況に怯えきったアリィは襲いかかってくる恐怖に抗う事ができずに思考を停止した。抉りこむように撃ちだされるのかなの拳に名前は無い。しかし、その一撃は遥か昔より受け継がれてきた正しき意思の拳だった。
強烈な一撃を受けたアリィは断末魔をあげながら吹き飛び、地面に転がった。
「うげろばぁぁぁぁぁ!」
「私が戦ってきた中でお前が一番弱かったよ」
まるで汚い物でも見るような視線を投げつけた後、のかなはひとまずの勝利に大きく息を吐いた。
「やったな、のかな! ところでなんかこいつ、酷く錯乱してたようだけど何かやったの?」
「私は何もやってないよ。あいつが勝手に自滅してっただけ。いくら能力を奪う力でも、身体改造によってつけられた『特徴』までは奪えないでしょ。私の『波動衝撃』はそういうものだったみたい。記憶がないからおそらくだけど」
「ふーん…………」
軽く傷の処置を済ませ、のかなはベルテルスの救出を開始する事にした。
「とにかくことかちゃんを助けよう。みんなが苦戦してたら助けにいかないといけないし」
「能力も技術も無い私達が助けになるかは分からないけどね。ところでこの水晶、どうやったら溶けるんだ? ノミやハンマーで削ってみる?」
「冗談でも止めてよ…………。仕組みはなんとなく分かるけど今の私じゃどうしようもないから、みんなの到着を信じて待つかしかないね」
「おっ、そう言ってる間に誰か来たみたい。誰だろう、取りあえず人だから敵じゃないと思うんだけど…………おーい」
のかなはるいの行動を微笑ましく見ていたが、その人間の顔見た瞬間、怒りと焦りを秘めた表情へと変わった。
「コンス…………!」
悠然と歩いてくるあまりにも見慣れ過ぎた顔は傍らに倒れるアリィを一瞥すると困ったようにため息をついた。
「堪え性の無い子ね。私が来るまで持たないなんて」
「このタイミングでお前が来るなんて…………!」
ほんの数分さえあれば仲間達が到着してここから脱出できていた可能性もあった。しかし、今それは全て過去へと変わり、最大の敵がのかなの前に立ち塞がる。
「残念、惜しかったわねぇ。でも、私に会わずにエンディングなんてちょっと虫が良すぎると思わない?」
「くっ…………!」
この事態の全ての元凶、コンス。その異様なナイフ捌きはどんな物だろうと容易く寸断してしまう。平常時でも勝機があるか分からないというのに今の状態ではのかなでは手も足もでないだろう。
しかし、のかなは焦りの中でコンスの左腕の先が無い事を知る。理由は分からないが向こうも完全ではないようだ。スケィリオンこそ無いものの、ハートブレイカーには特殊弾丸がある。技術無しでは命中させるのは無理だろうが、上手く接近して零距離射撃が出来れば技術は関係無くなる。可能性は低いがまだやれない事はない。
「その目よ」
刺すような視線にのかなの思考は一瞬止まる。
「私はその目が嫌い。精神がネガティブパターンにいかないように改造されてる。全ての状況に解法があるはずがないのにそれでも答えを探し続ける。それは超人なんかじゃない、ただの人形。絡繰糸に縛られて苦しみを吐き出す事すら許されない憐れな道化」
「コンス…………お前は何を言っているんだ?」
「でも、それも今日でお終い。最後くらい人間に戻って死になさい」
すーっとナイフを持ったコンスの手が動く、それはベルテルスの水晶の方向で停止する。これから起こる事を理解したのかなは絶望のあまり震える声を漏らす。
「やめろ、コンス。それだけはやめるんだ。そんな事をされたら私は私でいられなくなる。怒りを、殺意を抑えきれなくなる。邪神達と戦う時ですら入れなかった『スイッチ』が入ってしまう。私は人間で魔法少女でそれで…………!」
「消えなさい」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
投げ放たれたナイフは容易くベルテルスの水晶を砕く。それは同時にことかという少女の完全なる死を意味していた。
「あ…………あああ………………!」
のかなは愕然とした様子で膝をつき、必死に水晶の欠片を集めようとするが元に戻るはずもなく、うなだれた。
「ことかちゃん! ことかちゃん…………!」
のかなはことかとの出来事を走馬灯のように思い出した。戦いの中で唯一の残った友達、時には傷つけあう事もあったが友達として、ライバルとしてかけがないのない存在だった。それを失うことなど考えたこともなかった。恐ろしいというより想像すらできなかった。これを失う事はのかなにとって自分の世界の崩壊を意味したのだから。
「…………私はずっとテレビの中の魔法少女みたいになりたかったんだ。綺麗で可愛くて、強くて。なりたかった。なりたかったんだよ! みんな助けたかったんだ! だけど誰も助けられなくって私は殺すことしかできなかったんだ!」




