第四章 4
ぽっ…………ぽっ………………
(水音…………ここは…………)
るいは初め自分がどこに居るのか理解できなかった。一面の暗闇に固い石の地面、そして疲弊した仲間達。段々と頭が覚醒してくる内にどうしてこうなったのかを思い出してきた。
あれは数刻前になるだろうか、ライオネルとの会食に応じた一同はその城へと踏み込んだ。多くの者が招かれたパーティーという以外に特筆する点は無いものだったが場所が場所だけに各人警戒は怠らないつもりだった。
(それがこのオチ…………ね)
どうやら迷宮のような場所に落とされたらしい。モンスターと呼ぶべき異形も存在し、ダンジョンとでも言った方が正しいだろう。
(ここに出口はあるのかね、っと)
るいは手につけていた指輪をぴかぴかのトランペットへと変化させる。この指輪にもなるトランペットを買うために貯金を全部叩き、親からお金を借りるほどであったので壊れてなくて良かったとつくづく思う。大きく息を吸って、大きく吹きこむと音が風となって迷宮内を駆け巡り、ある程度の構造が把握できた。
(上へのルートは無しか。しかし、下へのルートがある。これは…………)
「うるせーぞ、クソガキ!」
るいの思考はカイツのどなり声によって遮られる。どうやら壁役を担っていたようで鎧に無数の傷跡が見受けられる。だが、本体への直撃は一つも無くそこはさすがと言った所だろうか。
「起きましたか、るいさん」
「ハロルド」
金髪の騎士は己の周りに光の球を浮かせて辺りを照らしていた。
「大事ないようで良かったです。先ほどまでかなりまずい状態のようでしたから」
「これも我が秘薬のおかげというわけです。感謝しなさい」
ペドロは医者としての心得があるようだ。もしダンジョンを攻略するとなればこれほど頼もしい存在もいないだろう。
「落ちてきたのはこれで全員?」
いつもの面々というべき顔ぶれだが、ここにケリィは居ないようだ。いくらライオネルといえどもオズボーンの娘を危険にさらすような真似はしないようだ。居てくれたらだいぶ楽になったのにと少し残念にるいは思う。
「寝ぼすけも起きたようだし、そろそろ出口でも探しにいっか」
「そうですね。移動するのは危険ですがここが敵中である以上、助けを期待するのは難しいですからね」
「ちょっと待って」
るいはこの迷宮に出口が無い事を説明した。そして、その代わりに地下への入り口があるという事も。そこから推測される事実は自分達が助からないだろうという事、そしてその代わりに地下に敵にとって大切な何かがあるかもしれないということだった。
「つまりだ。俺達はどう足掻いても助かんねぇっつーことか」
「元々そのための場所でしょうからね。罠の違いはすぐに殺すか、じわじわとゆっくりと殺すか、本質的にはその二つですから」
「ちっ、趣味の悪いこった。やるならすぐにやれってんだ」
「そういうわけにもいかないでしょう。私達はマリーの足枷なのですから」
馬鹿にしたようにカイツは言う。
「足枷ね、あいつがそういうのを気にするタマか? 覇道のためなら親兄弟でも殺しそうなやつだぜ? そんな情はねぇよ」
「………………」
その正体を知るるいはカイツの言葉に複雑な表情を見せる。おそらく上ではのかなはるい達を見捨てる事ができずに追い詰められているだろう。
いくら助けるのが不可能だとしても容易に切り捨てられないのがのかなの弱点だ。その甘さは普段なら褒められるべきなのだろうが、この状況においてはお互いを苦しめるだけだった。
(せめて連絡が取れればって感じだけど、勿論対策されてるよね。音も外までは届かないだろうし…………)
るいはトランペットの音に人を乗せる事ができる。故にほんの少しでも隙間があれば脱出できるのだが、この迷宮は外部とは隔離された空間にあるようでそれは不可能だ。結界のようなものであると考えた方がいいのだろうが、その割には頑丈すぎる。何か弱点を作って代償として強度を高めていると見るべきなのだろう。
(最下層に出口? いや、それだけじゃここまでにはならない。それ以外にどんなペナルティを搭載してるんだ? 回復の泉、宝箱、ショップ…………とにかく確かめてみるしかないか)
カイツは面倒くさそうに言う。
「とにかくだ。助けが来ねぇし出られねぇってんならあえて潜ってみようぜ。どうせ罠にはめられた時点で死んだようなもんなんだ。それにこのガキは何か考えているようだしな。乗ってみるのも悪かねぇ」
「あなたがそう言うのなら私に異論はありません」
「右に同じ。我が魔王はこのトランペッタ―に絶大な信頼を置いているようですからね。まあ、私に対する信頼ほどではありませんが、その力の程を見せてもらいましょう」
男達はるいを全面的に信頼する事にしたが、ただるいが提案してもそう簡単に受け入れてはもらえなかっただろう。このカイツという男は一見粗野で短絡的な人物のようであるが、その実、博学で思慮に富んだ男である。リーダーとして己の命を預けるに足る存在であると皆が思っているからこそ、推薦されたるいにも信頼が与えられたのだ。
「カイツ、ありがとな」
「ちっ、『さん』くらいつけろよ、クソガキ」
仲間だとしてもお互いの過去を語りあったりはしない。きっとそれぞれ違う地獄を歩いてきた。改めてそれを知ってもらう必要はない。同情など無意味だ。自分達に未来があって、それぞれが同じ方向を見据えているというのならそれだけで仲間だったのだから。
「一応、役割を説明しといてやる。ちょろちょろ動かれちゃたまんねぇからな。俺が敵の注意を引きつけ、ハロルドが斬り、ペドロは後方援護だ。物理は申し分無いが搦め手が足りてねぇ、少しならハロルドの電撃で何とかなるだろうが剣の効かないヤツがたくさん出てきたら逃げるしかねぇだろう。ケリィのやつがいればマシだったんだが、テメェじゃあな」
むっとしたようにるいは言う。
「馬鹿にすんなよ、私にもできる事はあるんだよ」
「たとえば?」
「うっ、ト、トランペットが吹ける…………」
「ぷっ」
「笑うなぁ! 地形把握したり解除はできないけど宝箱のトラップ分かったりして便利なんだぞ! 音で移動したりもできるし私の事舐めてるとあとで酷いんだからな!」
「分かった分かった。でも結局テメェは戦闘向きじゃないんだ、後ろで大人しくしてな」
「むぅ…………」
納得いかないという様子のるいだが、無駄に争うのも疲れるだけだと口を閉じる。マップはすでに分かっているので進みは早い。この迷宮がどれほどの深さなのかはまるで分からないが無駄な戦闘を避けつつ最短距離で進めるというだけでだいぶ気持ちは楽になる。
カイツ達はやはり相当な熟練者のようで数体の雑魚程度では一瞬で殲滅してしまう。これほどの強さを持っていれば確かにるいは戦力にならないと判断されても仕方ないだろう。一応るいは曲を奏でる事で味方に様々な効果を与える力があったがこの短い戦闘では効果が薄い。戦闘以外の面ではそれなりに役に立っているので足手まといではないがるいの気持ちとしてはどうにも不完全燃焼であった。
(多分焦ってるんだろうな。私がここに居ていいのかってさ。元々ただの学生で、バイトからの成り行きで仲間になった。命の取り合いなんてテレビの中の話で、自分には一生関係の無い話だと思ってた。いや、まあインディージョーンズ的な冒険に憧れる事が一度もなかったって言えば嘘になるさ。でも危険を切り抜けられるのは特別なヤツだけできっと自分はそうじゃないって事は物心ついた時にはもう分かってた。無限の可能性なんてどこにもなくて、だからこそ何かになれるヤツは偉大なんだろう。何かを目指してもそこまでの道のりに心が欠けていく。始まりの時の気持ちも摩耗していく。後には何も残らない。私が居なくても世界は回っていく、誰一人として本物じゃない)
だけどさ、
(それがどうしたって言うんだ。私はそれで構わない。焦ったり、こんな風にぐだぐだ悩んだりするのもそんなに嫌な事じゃないんだ。むしろ楽しんでいこうって思う。何かになるんだって気負わずにそこまでの道のりを楽しんでいきたい。途中で駄目になっちゃってもそれはきっと無駄じゃないんだ。その思いは次への糧になる。好きだった事、一生懸命やった事、いつか色褪せて見えてしまってもそんなに大事な物なら何度だって取り戻せる、いつだって思いだせる。そう考えたらさ、やっぱじっとしてなんかいられないや)
るいはこの先に待つ友の姿を思い浮かべた。きっと自分達が居ないせいで苦戦を強いられているだろう。しかし、その事を枷になっているとは考えなかった。逆に自分達の存在こそがのかなに勝利をもたらすのだと信じて疑わなかった。
るいの本質は『夢』。誰もが尊い物だと語り、それでいて捨てられていく心の残滓。そのあまりの膨大さに中身はなく、虚像の空白に過ぎない。だとしてもその途方の無さをあざ笑う事無く真摯に受け止め、足りなかった物を埋めていく存在が居るというのならば、どんな困難な道でも挫けずに進んでいく可能性があるというのなら、その本質は夢ではなく『実力』だ。
迷宮の中をどれほど歩いただろう。一体どれほどのモンスターを倒し、宝箱を開け、珍妙な商人からよく分からない物を買ったり売ったりしただろう。時間の感覚がおかしいこのダンジョンの中では全てが幻のようだ。それでも足は確かに地獄の深淵へと向かい、そこに出口などありはしないと分かっていても怯む事は決して無い。
すでに彼らは知っているのだ。この世に生まれ落ちた時から出口などありはしないのだと。ならば、どうして絶望しない? 問われれば彼らは言うだろう、「そんな暇などあるものか」と。零から生まれ、やがて無に還っていくならば人生に意味はない。しかし、知るかそんなものと鼻で笑い飛ばすのが彼らなりの、そう、勇者の生き方だった。
「おい、ガキ。この先が本当に最下層なんだな?」
「たぶんね。音がそこから先に伝わらないから」
段々と下に向かうにつれ、禍々しく変化を続けた地形はついに最高潮に達し、何か強大な者がそこで待っている事を感じさせるような邪悪な雰囲気を醸し出す。
「行き止まりか、それとも地獄の釜か。とにかく油断せずに行きましょう」
「ああ、恋しき我が魔王…………。急いで向かわなければ」
完全というには程遠く、今にも壊れそうなほど不安定な生き方をする。だが、その瞳は熱く燃えて、その意思でここまでの長い道を歩いて来たのだ。
「…………これは」
だから、ここから先も、
「まずい!」
きっと進んでいけるだろう。
「下がれクソガキ!」
「あっ」
例え誰かを失ったとしても。
賑やかなパーティー会場もその裏に策略が張り巡らされていると考えると居心地が悪いものだ。怪物の胃とも言えるライオネルの城でのかなはサービスされたドリンクを口に運んだ。一体どこから仕掛けてくるのかと気を張り巡らしていると、ライオネルが姿を表わした。
元が冴えないためか整えられたスーツに負けているような印象を与えるのはやはり背筋がしっかりしていないのとどうにもだらしない雰囲気が抜けないからであろう。そのちゃらんぽらんな体とは裏腹にその目は猛禽類のように鋭かった。
「どう? 楽しんでる? マリーちゃん」
「お招きいただきありがとうとでも言ったおいた方がいいか? 何を企んでいるのか知らんが私には通用せんぞ」
肩をすくめてライオネルは苦笑を漏らす。
「『私には』ね、確かにそうだ。君って凄いもんねぇ、ぼくなんかじゃ到底太刀打ちできないよ。まあ、でもさ、これでも無駄に歳食ってるわけじゃないんだ。なんだかんだで結構やりようはあるもんだよ」
「一体何を…………?」
ライオネルはとぼけたように言う。
「君の部下たちさ、ずいぶんと遅いね。何かあったのかな?」
「ライオネル、貴様!」
宙に浮かぶ銀河水晶より飛びだした刃を寸前に突きつけられてライオネルは両手を上げる。
「おほっ! 乱暴しないでよ。ぼくは結構小心者なんだ。そんな事されたら漏らしちゃうよ」
お付きとしてケリィは居る。それもまたライオネルの策略なのだろう。オズボーンの娘を守ると共にのかなの無茶な行動も封じる。完璧な策だ。
「マリーちゃん。お話しようよ」
「話だと?」
「そうさ。君がベルテルスを探している事は知っている。ぼくもそうだ。つまり目的は同じなんだよね」
「なら、何故こんな真似をする」
ライオネルは鋭い表情で言う。
「――――君は操られてないかい?」
「…………どういう意味だ?」
「例えばだ、ベルテルスの失踪も君がこの世界に招かれたのも、探し始めたのも全て誰かの思惑通りだとしたらどうだろう。自分の意思でやっているようで誰かにやらされているとしたらどうだろう。なんだか君は誰かの操り人形のように見えるよ。それだけならいいんだけど、その糸がぼくにも絡まってきているみたいなんだ。それってちょっと見過ごせないと思わない?」
「どこから知っている、ライオネル!」
憤るのかなにライオネルは飄々とした笑みを見せる。
「質問するのはぼくだよ、偽物ちゃん。素直に話してくれれば悪いようにはしないよ、まあ逃がしはしないんだけどね」
「くっ!」
のかなは焦りを覚えた。おそらくこの男は情報聞きだした後にベルテルスを探す事を止めさせてくるだろう。もし立場が逆でも同じ事をしただろうとのかなは思う。実際、乗せられている感は強い、しかしそれでも立ち止まるわけにはいかないのだ。ここで立ち止まればチャンスは永遠に途絶えてしまうのだから。
(みんな…………!)
のかなは祈った。そうすれば全てが解決するかのように。
「どうしてなんだよ…………」
震えた拳は怒りか、恐怖か。いや、どちらでも無かった。そこに感情など無く冷たい喪失感だけが胸をついた。赤い鮮血を止める事ができずに、立ちつくした。胃の中に鉛を入れられたように重い気分だった。何もかもを投げ出してこれは夢なのだと叫びたかった。
「カイツ!」
るいを庇って体を斬られたカイツは血塗れで倒れたまま力無く口を開いた。
「大丈夫か、ガキ…………」
「なんで…………」
「へっ、なんでだろうな。理由なんて聞いてもしょうがねぇ。下らねぇ、下らねぇんだ。俺ってやつの何もかもが」
死の間際からか、カイツは走馬灯のように過去を思い出していた。
(どこで生まれたのかも分からない。気がついたら盗みをやってた。とっつかまって殺されかけた時もあったさ。生き残るために強くならなくちゃいけなかった。弱いヤツは死んだ。幸運にもいくつかの年月を生き延びて俺は強くなった。強くなって俺の事を団長と呼ぶような仲間達ができて、お山の大将だって事は分かってたが悪い気分じゃなかった。傭兵団として各地を回って、俺達は名を広めていった。こいつらとならどこまででも行けると思った。だが、それは錯覚だった。どこまでも続くと思った俺の道は突然閉ざされた。そうだ、マリー=マール。テメェにケチつけられてな。久しぶりに会ったが俺の事を覚えて無いってのはムカついたぜ。俺なんて数ある人間の内の一人に過ぎないんだって見下しやがる。聞かなくても俺にはそれがよくわかった。俺もそうだったからだ。仲間だなんだ言っても、俺は自分より下の人間を見る事で安心していただけなんだ。支配者共となんら変わらない。クソみたいなヤツだったんだ。テメェが蘇った時、俺は復讐するつもりでいた。仲間を下に見て、結局何も変わらないんなら同じ過ちを繰り返すだろうからな。人間ってやつはそう簡単に変わらねぇ、変われるはずがないって思い込んだ。自分が変われないのだからテメェもそうだろうって決めつけた。だが現実は違った。お前は変われたんだ。まるで別人のようだった。お伽噺に出てくる『太陽』のような包容力を感じた。ああ、こいつはもう誰も見捨てるつもりはないんだなって、俺は確信できたんだ。お前だけが成長できた事が悔しくて斬りかかり、あの日みたいに叩き伏せられた。やっぱ強いぜ、テメェはよ。俺はお前のこれからを近くで見させてもらおうと思った。そうだ、これからなんだよ。俺だってもしかしたら変われるかもしれない。まだ可能性ってやつがあるかもしれない。テメェにできて俺にできないはずがねぇ。…………終わってたまるかよ、こんなクソみたいな所で。手の込んだ復讐みたいになったままで終われるもんかよ。俺は…………俺は! 負けられねぇんだ、テメェにだけは! 俺が俺自身であるためにも)
「絶対に負けられねぇんだ!」
カイツは地面に大剣を突き差すと最後の力を振り絞って立ち上がった。そして、自らに傷をつけた巨大なモンスターの前に歩み出る。
「カイツ!」
「おいガキ、気付けになんか吹かせよ。テメェのヘタクソな演奏でも目覚ましくらいになる」
それは死にゆく者の願いなのだろう。るいは何も言わずにトランペットを吹き始めた。その音色はどんな凡夫でも勇敢な戦士に変える勇気の歌だ。
「いい感じじゃねぇか。盛り上がってきたな、オイ!」
まるで狂戦士のようにカイツは己の身の丈以上の大剣を振るう。
「シャァラ!」
「気を付けてください、今までの敵とは格が違う!」
「関係ねぇな!」
敵が強かろうが弱かろうが自らの道を阻むというのなら全てたたき伏せる。彼女がそうするのならば自分もそうしようとカイツは思った。
(俺もヤキが回っちまったもんだ。ガキ一人に振りまわされるなんてよ。けど、それも悪くねぇってほんの少しだが思ったんだ。甘くなったもんだ。この場所の居心地がよく感じちまうなんてよ。テメェらとずっと馬鹿やっていたいって思っちまうなんてよ。…………まあ、でもなんだかんだで、俺は楽しかった…………ぜ)
鋭い一閃がモンスターを斬り伏せる。その暴力的な力は一瞬、どちらか化け物なのか分からなくさせるほどの狂気を秘め、辺りに血の雨を降らした。
大剣を地面に突き刺すとカイツは壁を背にして座り込む。
「ふー…………ちっとばかし疲れちまったな」
血塗れのカイツはるいの顔を見ると微笑んで言った。
「悪いな、俺は少しばかり眠らせてもらう事にするぜ。この体はお前が運んでくれ。できんだろ? “るい”」
「カイツ…………」
「取りあえずもう先も無いんだ。後はテメェらで謎解きしろ。俺が活躍するのはまた今…………度」
手が力無く落ち、カイツは目を閉じた。
「カイツ…………?」
るいは確かめるように呟いた。その事実を認めたくなくて、震えた声で何度も呟いた。しかし現実は無常に事実を突きつけてくるだけで何も変わりはしなかった。医師の心得を持つペドロも残念そうに首を振るだけで何かしようとはしない。
じわじわと体に染み込んでくる絶望感に堪え切れなくなったかのようにるいはカイツの体を揺らし何度も叫んだ。
「カイツ! いやだ! 起きてよ、カイツ!」
るいは涙ながらに耳元で叫んだ。
「カイツ―――!」
「うるせぇ!」
「…………へっ?」
ぱちりと目を開いたカイツはだるそうにぽりぽりと体を掻いた。
「眠るっつたろ、起こすんじゃねぇよ」
「し、死んだんじゃないの?」
「勝手に殺すんじゃねぇぞ、クソガキ。こんな地獄の三丁目みたいな所でくたばってたまるか。俺は本物の『竜殺し』なんだよ。これくらいじゃ死なないっつーより死ねねぇんだ」
ハロルドは何かに気付いたように言う。
「聞いた事があります。竜の血を浴びた者は不死身になると。てっきりお伽噺だと思っていましたが実在するとは」
「不死身ってわけじゃねぇ、ちょっと人より死ににくいだけだ。首とか斬られたら普通に死ぬ。まあ、それでも心臓打ち抜かれてもなんとかなるレベルで頑丈だけどな」
ふー、と息を吐くとカイツは大剣を杖にして立ち上がる。
「頭の悪いガキがいやがるからおちおち寝てもいらんねぇ。どうだ、ペドロ。ここから脱出できそうか?」
「難しいですな。どうやらここから出られる事は間違いないようですが外からの手引きが必要そうだ。しかし、何分敵の本拠地では…………ん?」
瞬間、目の前にあったゲートのような物が開き、一人の少女が姿を現した。
「助けが遅くなって悪かった。早く脱出してくれ」
「あんたは?」
るいの質問に少女は笑って言った。
「救いのヒーローってやつかな」
「偽物ちゃん、ぼくと同盟を組もうよ。そしたら君の仲間は助けてあげるし、誰かの思惑も外せてお互いにハッピーだと思わない?」
「ちぃ…………姑息な」
のかなに選択の余地は無かった。マリーのように殺して蘇らせる真似などできない。すれば同じ結末をたどる事になる。
絶体絶命のピンチにのかなは冷や汗を流すが、ふとある時から不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ…………ははははは、あははははは!」
「あれ? 追い詰められたせいでもしかして頭がかわいそうな事になっちゃった?」
のかなは悪い笑みを浮かべながら語りだす。
「くくく…………いや、なに。私という人間がいかに恵まれているかという事を改めて知ってな。思わず笑ってしまうほどだったのだ」
「んー? どういう事?」
かつかつという足音と共に悠然と現れた少女はのかなを見ると気さくに話しかけた。
「よう、マリー。お荷物共は全員助けだしてやったぜ」
「ご苦労、パウラ」
パウラの姿を見たライオネルは目を丸くした。
「あれぇ? 君たちって確か仲違いしてなかった?」
「ま、色々あってね」
ふぅ、とライオネルは困ったようにため息をついた。
「ずるいなぁ、そういうの。完全にイレギュラーだよ」
「どうする、ライオネル。一戦交えるか?」
のかなのやる気満々な姿を見て観念したようにライオネルは肩をすくめる。
「遠慮しとく。策略が通じなかった時点でぼくの負けだ。元々君と事を構えるつもりはなくて勝てたらいいな程度だったし。ぼくの立場上一応やっただけでお祭りはお終いだ」
「ずいぶん素直だな。それも知略か?」
「それはないよ。さっき言ったでしょ、ぼく達の目的は同じだって」
ふむ、とのかなはその名を口にする。
「ベルテルスか…………」
「彼が居ないとぼくも張り合いがなくてね」
のかなは驚いた顔をする。
「彼? 『彼女』ではなくか?」
「そっか、君が知るのは『道下ことか』の模倣者であるベルテルスなのか」
「…………何を言っている?」
ライオネルは語る。
「君がどこで知り合ったのかは知らないけど、『道下ことか』に力を貸していたベルテルスはその代償として彼女の死と共に君の世界に引きずりだされた。あの戦争の生き残りは居ないらしいから君が出会ったのはベルテルスであったと考えるのが自然だろうね」
「…………そうか」
「軽いショックのようだね。それは親愛なる友が人間ではなかったという物かい? それとも別の誰かを模倣する怪物であったという事かい?」
のかなは苛立ったように睨みつける。
「貴様に答えをくれてやる必要はあるか?」
「おお、怖い怖い。んもう、冷たいなぁ、マリーちゃん。君とぼくとの仲じゃない」
「私にも付き合う者を選ぶ権利はある。そろそろ帰らせてもらうぞ、私は最後の邪神に挑む準備をしなければならないからな」
ライオネルは真面目な表情で語る。
「『世代の代弁者』アリィ=ジマーマン。ぼくの立場を抜きにして言えば一番怪しいのは彼だ。ぼくの密偵達も見慣れない輩が彼の城に出入りしているのを報告している。ベルテルスの失踪に関わっているのは間違いない。しかし、分かっていてもぼく達では手出しできない。力が強ければその分しがらみも強くなる。支配者達は支配する事に支配されているんだ」
「愚かな事だ」
「そうだね。でも、何かに操られない者などいないよ。君だってそうだ。分かっているだろう? 優しさや正しさといった偏見のコレクションを見せびらかす君なら」
「その発想は病的で軟弱だよ、ライオネル。いつだって時代は何も持たない者が切り開くんだ。そこに種を撒く者が違ったとしても、それが間違っている事の証明にはならない」
「…………君がマリー=マールになれた理由が分かるよ」
「理由など必要ない。私はここに居るのだから」
踵を返し、堂々と去っていくのかなの背中をライオネルは見送った。ここから先の戦いはいかに優秀な策略家といえどもまるで想像がつかない。最後の邪神が滅ぼされるか、それとも勇敢なる魔王が死に絶えるか。または別の誰かがそれらの死体をむさぼるのか。
「若さっていいねぇ…………。嫌いじゃないよ、そういうの」
今の内に良い見物席をとっておこう、とライオネルはぼんやり思った。




