第四章 2
「汝何を望む…………」
ぽちゃん、と水面に映る月に石が投げ込まれ、揺らめいた。アンジェラは背後から近づいてくる気配を知るがあえて振り向きはしなかった。
「ぐり子」
アンジェラはなんと言うべきか悩んだ。まさか連れ戻そうと思っていた“のかな”が怪物となり、自らの意思で凶行を繰り返しているなど口が裂けても言えるはずがない。しかし、ぐり子相手に嘘は通用しないだろうと代わりに口をつぐんだ。
その心中を察してかぐり子は聞かず、代わりに言葉を紡ぐ。
「打ちひしがれているみたいね」
「チェンのヤツに裏切られちまってよ。そのせいかもな」
「あなたってナイーブな人よ。私のために傷ついているように見えるわ」
アンジェラは苦笑した。
「言わないでくれよ、格好悪いじゃないか。これでもお前の前では格好いいヤツで居たいんだぜ?」
「今更よ。誰もが夜明けを待つただの人間なら、闇を平気なはずがない。克服なんてできるはずがない。格好良くなんてなれないわ」
「だけど、あいつらは平気に見えたんだ」
「我慢しているだけよ。無力だと知りながら、抗うから人間なのよ。完全に邪悪を捨て去ってしまったらもはや人間ではないわ、それは『歪完全』よ」
「『歪完全』?」
「生物は不完全だわ。でもそれは状況に対応するための許容でもある。その許容を取り除いても完全にはなれない。むしろ負荷を逃がすために歪に変形してしまうはずよ。人のあるべき姿たる『超人』ではなく、薄っぺらい理想の体現。それは美しくも脆い、硝子の羽。だからこそそれに対面する時、人は恐怖を感じるわ。生体のシンメトリーは滅びの象徴。人という種の破滅回路に電流が流れた事を知ればその膨大な圧力に押しつぶされる。あなたの恐れはそれを感じ取っているからよ、『歪完全』な『神』に挑もうとしているからなのよ」
アンジェラは改めて意識したように言う。
「そうだ。俺はこの世に邪悪を生みだした奴に喧嘩を売るつもりなんだ。邪悪の克服が叶わないのだとしたら俺は奴に勝てるのか? 不完全な人間が『歪完全』な『神』に勝つ方法があるというのか?」
「それはあるわ。そしてすでにあなたはその力を持っている」
「それはなんだ?」
ぐり子は言った。
「勇気よ。人の最初の剣である勇気が、克服しようとする意思そのものが『歪完全』に打ち勝つ切り札になりえる。だけど、みんな忘れてしまっているの。自分が初めから勝つ手段を持っていて後はそれを正しく組み立てるだけだって事を。その剣はあまりにみすぼらしく、小さくて頼りないから心の奥底に隠してしまう。みんな他の何かを見つけていくわ、そしてそんな物があった事すら忘れていく。けれど、私は思うの。もし何も代わりを見つけられなくて誰もが持っていた勇気だけを磨き続けた人間が居たとしたら、邪悪に負ける事なく戦い続ける事ができたとしたら、その存在はきっと人間の『基底』になる。居るはずがないと思いながらも、そんな人が現れる奇跡を私は信じたい。その人は弱さを振りかざす事のない強さを持つ。心を縛る重力から抜け出して真の空へと行きつく事ができる」
嘆くようにアンジェラは言う。
「俺は俗人だ。そんな事できるはずがない。体を機械に変えても、いまだ未熟だ。天才に努力されたらおそらく敵わない。誰にも負けないなんて言えるほど無謀にもなれない。けど、そんな俺でも天才共に一矢報いる方法があるとするならばそれは…………」
「それは?」
「俺が俺自身である事だ。俺が俺として生きる事で培ってきた精神性こそが誰の劣化でも無い唯一のオリジナルなんだ。それでもやれるかどうかは可能性に過ぎない。奴らが実力という完全性で戦う中、俺は可能性という不確かな物で戦わなければならないんだ」
ぐり子は微笑んだ。
「あなたならできるわよ。だって今までだってその不確かな物で戦ってきたじゃない」
それを聞いたアンジェラは驚き、苦笑いを漏らす。
「ふっ、違いない。未来が不確かだって事なんて初めから分かっていたさ。ただそれを根拠も無しに信じ続けるのは少し辛くなってきたんでな。ここいらでちょっと女神の加護が欲しかったんだ」
「御利益はあった?」
「それはこれから確かめるさ」
長い戦いになる。アンジェラの背中はそう語っているようであった。帰ってこられる可能性はあまりにも低い。
しかし、それでも行かなければならないのだろう。自分達が神の生み出した人形に過ぎない事を否定するために、邪悪を持たないが故に誰よりも邪悪な存在を打ち倒すために。
「もう行ってしまうの? 傷はまだ癒えていないんでしょう?」
アンジェラは自らの体に巻かれた包帯をそっと指でなぞる。
「時間が惜しいんだ。俺の見立てじゃチェンの雇い主は時間を必要としている。その思惑が成就してしまう前に手を打たなくちゃならない。知らない“誰か”が神になってこの世を好き勝手するなんて想像するだけでも恐ろしい。いつから始まっているのかは分からないが、手が届く内に妨害しておくぜ」
「そう…………」
明らかに生き急いでいると傍目から見て感じられたが、ぐり子は止めようとはしなかった。この大いなる流れの中で人はあまりにも無力だ。アンジェラ程の力の持ち主でも容易く飲みこまれてしまうのならば、どうして自分程度が抗えようか。そう思い、ぐり子は何も言わなかった。
感情を心の奥底に押し込めた代償としていつか後悔をするのだろう。勇気というものはあまりに脆く、闇など打ち倒せるはずがない。
体が自然と太陽を求めた。あの光だけが不可能を可能にし、全ての悲しみに終止符を打つ力なのだから。
(のかな…………私達を救って)
去りゆくアンジェラの背中を見ながらぐり子はいまだ戻らぬ友に祈った。その行為に意味は無いのかもしれない。だとしても、彼女は人々の思いを力にできる。孤独な心に感応し、どんな深い闇の底からでも救い出してくれる。
彼女は魔法少女としては未熟だ。空も飛べなければ、ろくに魔法も使えない。魔法の使えない少女ならばそれは魔法少女ではない。魔法少女『未満』だ。まだ何者でもない、魔法少女になろうとしている一個の人間に過ぎない。故にその可能性は無限大だ、空っぽであるならば失う物は何も無く、何も持たないのならば勇気が陰ることはない。
しかし『未完成』である事が力であるならば『完成』してしまった時、そこに何が残るのだろう。魔法少女になったとしても何かが変わるわけではない、むしろ到達してしまった事で目標を失い、その無限のパワーも失せてしまうかもしれない。無から生まれ、やがて無に還るのだとしたらどこに希望があるというのか。生きている事に何の価値があるというのか。
(でも、あなた達ならどんなに決めつけられても『NO』を突きつけられるんでしょうね。理解するために『分からない』が初めにあるように、生きるための初めに『NO』がある。だから私は心配しないわ。もうすでにあなた達の中に答えはあるんだもの。またあの時みたいな空の下で語り合いましょう? 私はここに居るから、ずっとあなた達の事を待っているから…………だから)
必要な言葉などいつも一つしかない。出会えた偶然、分かり合えた奇跡。そして再び巡り合えるなら、そこに理屈など必要ない。
(いつか『おかえり』を言わせてね)
廃棄されたビルの隅で月の光の中で佇むコンスはまるで死人のように身動きをしなかった。一体どれほどの間そうしていたのだろう。いや、時間など関係ない。そこに自らを照らす太陽が無ければ指一つ満足に動かせないのだから。
今、この体の中に太陽は無い。その残り香でかろうじて動いているが節約しても一体後どれほどの時間動く事ができるのだろう。意識が途切れ途切れになり、記憶がバラバラになっていく。その事自体は悲しくない。いずれ無に還るのならば忘却を惜しむ必要はない。ただ、もはやそれに何も感じないという事がコンスの心を痛ませた。
(けれど懺悔はしないわぁ…………。自らの行動にとやかく言うなんて『悪役』としてカッコ悪いでしょう?)
コンスは常に巨大な悪としてのかなの前に立ちはだかった。それはのかなを『魔法少女』にするためだった。『魔法少女』でもないのにのかなは勝ち残ってしまった。『終鳴延奏』の精神を移植された者達の中でもっとも相応しくない者が残ってしまった。
どうしてのかなだったのだろう。時を止め、瞬間を飛ばす超越者ではなく、億兆の能力を自在に操る万能者でもなく、因果すら逆転させる神でもなく、どうして何の力も無い彼女だったのだろう。
仮に答えを出すならそれらは全てのかなに劣っていたのだ。他に何も持たないから勇気だけを鍛え続けた存在に持てる者が勝てる道理が無い。
『基底領域』、のかなの勇気が昇華された力を名付けるならばそんな感じになるだろうか。存在の認識はおろか、偶然の行動すら対象になる異常な能力。一切の耐性を貫通し、どんなか弱い存在でも自身と同じ実力まで引き上げ、どんな強大な存在でも勇気だけで克服できるようにする。
誰にも勝てず、誰にでも勝てる最弱にして最強の能力。力を求め争うならば、誰も欲しがらない力で頂点にいればいいというのかなの屈折したエゴの体現。一種の『基準点』であるために消し去る事はできず、その境地にたどり着く事が初めから決定されているため、例え過去に戻れたとしても発現を防ぐ事はできない。
この呪いのような力を唯一無効にできるとしたらそれは誰かが譲り受けた時だろう。基準点は一つしか存在できない。いかに宿命づけられようともそれだけは誰にも覆す事はできない事実だ。もっともこんな最弱の能力を欲しがる者はおらず、勝つために奪おう物ならこの世の底で抗う事もできずに埋もれていくだろう。そういう意味ではまるで死角の無い完全な能力であるとも言える。
(私は選択を間違えたのかしらね。本来六人の予定だった『不死炎の魔法少女』に急遽加わった七人目。現れた時は血塗れで何の記憶も無い。そもそも人間なのかどうかも定かじゃない。あれほど空っぽな存在を私は見た事は無かったわ。まるで自分の全てを懸けて何かを成し遂げた後のようだった。そんな屍のような体なら利用しても文句はないでしょう? 候補者は多い方がいいと思った。生贄が多い方がより強い個体ができる。だけど、よりによって魔法少女としての才能を持たないあの子が勝ち残るなんて思ってもみなかった。ありえないわ、常識的に。どうしてそんな事ができたの? 一番『終鳴延奏』に近かったから? それとも『基底領域』のおかげ? まるで理解できない。分かっているのはあの子が魔法少女にも満たない人間で、それを完成させて願望機に食わせなければならないという事だけ。どうしてこうも上手くいかないのかしらねぇ…………)
ふと暗闇の中から白い毛並みの小熊が現れる。それは現実にはおらず、コンスの思考の中にだけ居る。表向きは精神安定装置、その実『なのか』を生みだすために魔法少女を食らう願望機、それがラ―=ミラ=サンという物の正体だった。
「『コンス、オレはお腹が空いたぞ。のかなじゃなくてもいい、誰でもいいから魔法少女を食べたいぞ』」
「『駄目よ、のかなでなければ。七つに分かれた『終鳴延奏』の魂に不純物が混じる事は許されないわ。確かに今はまだ魔法少女未満、だけど『四邪神』を越えればきっと魔法少女になる事ができるはず。それが駄目でもまだ手はあるわ』」
「『のかなは何が足りないんだろうな。もう十分立派な魔法少女なのに』」
「『むしろ足りている物を上げた方が簡単でしょうね。あの子は持ってないものが多すぎる。何より一番足りてないのは…………絶望よ』」
「『絶望?』」
「『抗えない絶望に直面した時、あの子は『スイッチ』が入る。そうなれば殺戮機械となり、再生能力さえあればどんな相手でも圧倒するでしょう。けど、それは強さの代わりに心を捨て去ってしまう諸刃の剣。あの子は自分の『基底領域』に気付いていない。普段なら無敵でもそこに付け入る隙があるわ。その時、『終鳴延奏』の魂は回収され。私は『なのか』へと至る事ができる』」
「『だけどコンス、お前の本心は』」
瞬間、小熊の姿が煙のように消える。闇の中に響く足音に目を開き、コンスはその闖入者を受け入れる。
「起こしちゃったかい? 女神さま」
「…………チェン」
見た目は少女だがやはり中身は相当な歳なのだろう、「どっこいしょ」と床に座る姿には隠しきれない歳月を感じられた。
「神へと至る道はまだ遠そうかな?」
「ええ、だけど時間が解決してくれるわぁ。一応釘をさしておくけど、余計な事はしないでね。あなたは引っ掻き回すのが好きみたいだから」
「心外だなぁ、俺ってそんなやんちゃに見える?」
「あなたほど信用できない人間も珍しいわ。報復をまるで恐れてないから平気で悪戯をする。社会性がないのよ。つまり畜生と同等」
チェンは声を上げて笑う。
「カカカ! 言うねぇ。まあでも、確かにそうだ。俺は退屈しなければそれでいい。誰が神でも俺が愉しければそれでいい。例え神がアンタでなくとも」
コンスは嫌な予感に顔をしかめる。
「…………あなた」
「―――当たってるよ、アンタの勘」
はっ、としたコンスは蒼い刀身のナイフを取り出し、攻撃に備える。次の刹那に飛んで来た瓦礫の塊を斬り払うが破片までは防げず、切れた肌に赤い滴が伝う。
「裏切ったってわけ?」
「いやいやとんでもない。俺はあなた様の忠実な僕。だけど従順に従うだけってのもつまらないだろうと思って、サプライズを用意した所存でございます」
「余計な事をするなと言ったはずだけど?」
「やったのは言われる前さ、今度からもうしないよ」
「………………」
頭が痛いと顔を押さえたコンスは憎々しげにチェンを睨みつけると招かれざる敵をどうにかするために窓から外へと飛び降りた。
そこに居たのはオッドアイの天使。しかし翼は片翼で顔からは育ちの悪さが窺える。どちらかと言えば堕天使か悪魔と言った方が似合っているかもしれない。
彼女は銃を携え、コンスを待ち受ける。
「夜分遅くにすいません。お宅が神を作りたいっていうんで急いで邪魔しに参りましたぜ、このやろう」
「これはどうも丁寧にやさぐれ天使様。天使が人間と同じように感じるのか気になって夜も眠れなかった所なので、今夜はぐっすり眠れそうだわぁ」
アンジェラは油断せずに言う。
「のかなの闇人格か。話には聞いていたが悪趣味そうなヤツだぜ」
「いきなり瓦礫の塊を投げつけてくるあなた程ではないけどね」
「俺は臆病なのさ、どうやらアンタはかなりの強敵のようだからな。軽く痛めつけておいた方が少しは楽になるだろうしな」
「藪蛇という言葉を知らないのかしら。師匠共々問題児ね」
「外人に無茶言うなよ。ことわざは専門外だ」
「そうね…………肉体言語なら分かるかしら?」
「ああ、それは得意だ」
言葉と共に銃の撃鉄が落ちる。真実を知るためにここに居るのだとしても、口を開かせるには相手を屈服させなければならない。
発射された弾丸はコンスのナイフによって容易く切り落とされる。射程的に不利と見たコンスは地面を擦るような低い姿勢で突撃し、発射された次弾をスライドするような奇妙な動きでかわしながらアンジェラの懐へと潜り込む。
(コイツ、早い!)
「蒼刀――――月光夜裂」
咄嗟にアンジェラは力量全てを後退するために回し、光の早さで下がるが月光を集めたナイフはそれよりも早く伸びてバリアもろとも体を切り裂く。一瞬の判断でアンジェラは致命傷を避けるが、その一撃により本体の機械部分の一部が醜く露出する。
(やっぱり力場が役に立たねぇ! 次に近づかれたら負ける!)
しかしやられてばかりではないとアンジェラは次の弾丸を発射する。コンスはそれをかわそうとするが背後からの攻撃に気付き、やむなく一発を片手で受け止める。
血の滴る手をじっと見つめたコンスはつまらなそうに呟く。
「…………追尾の魔弾。かわしても戻ってくるなんて厄介ね」
「こちとら仙術の心得があるんでね。だが本当に厄介なのはこれからだぜ」
撃ちだされる弾丸、それがナイフで切り落とされた瞬間、コンスは激しい音と閃光に襲われて怯んだ。
「くっ!」
「弾丸に付けられる効果はせいぜい二つだ、物が小さいからな術式を書くスペースが無い。つまり効果を一つだけに絞った方が力は強くできるって事だ。追尾の魔弾が命中した事でお前に照準がセットされた。これで今度から強力なヤツを必中で使えるってことだ。もちろん今見たいなデコイも含めてな。アンタは強いからな、手を抜く気は毛頭ないぜ」
かわしてみろと言わんばかりにアンジェラは弾丸をばらまく。その中にトラップが仕込まれているのなら迂闊に斬る事はできず、コンスは逃げ惑う。
いつもならこの程度の小細工は容易く突破できるはずだが、体の自由が利かない今のコンスでは回避が精いっぱいだ。対抗策を練ろうにもナイフ一本では切り裂く事しかできず、それすら封じられるというのなら打つ手はない。
(こういう時、漫画とかなら誘導攻撃を相手にぶつけるっていうのがお決まりなんでしょうけどね、実際こんな弾丸程度じゃ方向力場を越える事はできないわ。接近して切り裂くしか私に勝ち目はない。だけど、あの絶えず高速で移動する砲台に近づくのは不可能。残る手段は…………)
コンスは感覚の無い血塗れの手を見る。普段なら近距離戦でおおいに活躍してくれるそれも、今はデッドウェイトであり敵の攻撃を誘導する邪魔な物だ。仮に切り取ってしまっても『なのか』になれば再生能力で後からくっつける事もできる。ここを切り抜けるために今はそれを捨てる覚悟が必要なのだろう。
(だけど、この体には『終鳴延奏』が宿る。蘇る前に欠損を修復できない以上、不完全な状態になるのは避けるべきよ。例え後からつけられても、『終鳴延奏』にとっては無いのが自然になってしまうのだから。ここはなんとしても完全な状態で…………!)
避けきれず寸断した弾丸が激しい音を出し、あまりのショックに耐え切れずコンスは膝をつく。
「がはっ!」
頭が割れそうな程の苦しみと、視界が歪むほどの吐き気。しかし、立ち止まっていてはいい的だ。無理矢理にでも体を駆動させ、戦闘を続行する。
「二発耐えるか。なんつー精神力だ。並のヤツなら一発だってゲロ吐くレベルだって言うのに。だが、安心しな。すぐ楽にしてやるぜ」
アンジェラの「こいつはスペシャルだ」という呟きがその弾丸の威力を強調する。ポイントされているからには外すことは無いのだがそれでも念のためにとコンスに狙いを合わせる。
「SHOOT!」
打ちおろされた撃鉄、銃口から弾丸が飛び出し意思を持つかのような複雑な軌道で獲物へと向かう。コンスの足はすでに止まり、じっと敗北を待つかのようだ。それを奇妙だと思いながらも、アンジェラは攻撃の手を緩めない事を優先し、相手の行動に対応するために身構える。
チュン、という音と共に弾丸が地面にめり込む。コンスは動いていない。
「馬鹿な!」
アンジェラは驚きながらも、その場所にある物を見て理解する。血塗れの腕。勝利のためにコンスは自らの腕を切り落としたのだ。
(まずい!)
攻撃が来る、とアンジェラは身構える。だが予想に反してコンスは静かだ。反撃する力も残っていないのか? そんな事はない。しかし、だからこそ不気味だ。この静けさが恐ろしい。雲が凄まじい速度で流れていく。月が段々と満ちて、円に近付いていく。
(一体何が始まろうとしているんだ…………? だが、攻撃してこないのならチャンスだ。もう一度ポインターを打ちこんでいる暇はない、手動で狙いをつけていくぜ)
向けられた銃口、それを光の無い目で見つめながらコンスは呟きを漏らす。
「よくも、とは言わないわぁ。そんな事を言うのは三流。この傷はふがいない私への罰として受け止めるわ。こうなってしまったのは悲しいけれど、この不完全性が私の存在した証として残るのならそれもいいと思うのよ。綺麗な道具に己の名前を彫り込むような愚かしい行為と理解しながらもね」
(…………なにを言ってるんだ?)
月の光が空間に満ちていく。まるで昼間のように辺りが明るくなっていく。アンジェラはその光景の美しさに目を奪われ、一瞬ここに居る意味を見失う。ゆっくりとコンスの手が動く、まるで自害するかのようにナイフの切っ先を自分に向ける。
「…………攻撃!? やらせるか!」
正気に戻ったアンジェラが弾丸を打ち出す。だが、それはコンスに近づいた刹那、風船のように破裂し跡形も無く消え去る。
「蒼刀――――月光夜白」
一体、その目に何を見たのだろうか。光か、それとも限りの無い闇か。一切の攻撃軌道はなく、傍目からはアンジェラが自ら壊れたようにしか見えない。
「なにも…………見えなかっ………………!」
叫びをあげる事すらできずにアンジェラはバラバラに分解され、地面に転がる。かろうじて記憶メモリのある頭部だけは守ったものの、血肉と機械と油の海はこの世の汚い物を煮詰めたようでその匂いと共に敗者の醜さを際立たせた。
「理解をさせるつもりはないわぁ。私のイキかた全部私の…………くっ、うっ………………」
無理に力を使った反動か、それとも精神ダメージが限界に達したのか、コンスはその場に倒れ込み気を失う。
それを遠くから見物していたチェンはやれやれと呆れたような顔をする。
「痛み分けね。デビッタよ、あそこまで追い詰めて負けるとか情けなくないの? まあ、あいつ相手じゃ仕方ないか。しっかし今の技なんだろな。攻撃っていうよりデビッタの側から壊れたような…………。呪詛? 呪い? 俺でもさっぱり分かんねぇや」
地上に降り立ったチェンは気絶したコンスに近づくと悪い笑みを浮かべる。
「まっ、食べてみりゃ分かるだろ。悪いとは思うけど漁夫の利を活かさない手はないんでね」
仙人であるチェンは相手の魂を吸収する事ができる。協力すると言ったのも嘘ではないが、隙あらば食べてしまうと思っていたのも事実だ。一体この得体の知れない存在はどんな味がするのだろうかとチェンはワクワクとした表情で手をかけようとした。
「いただきま…………」
が、咄嗟に危険を察知して飛びのいた。いや、それはできずに足が影にからめ捕られていることに気付く。
「いぃ!? なんじゃこりゃ!」
チェンは下半身から浸食してくる影が昇ってくる前にその部位を切り離し、姿を鳥に変えて空高く逃げ出した。
上空から下界を見下ろすチェンは汚れのように広がっていく影が辺りの生命を吸い取っていくのを見て辟易したように呟く。
「コイツはとんだ化け物だな。土も木も生き物も関係無しか。半分も食われちゃったしやってらんねぇわ。帰ろ帰ろ」
アンジェラの頭部を足で掴んで回収するとチェンは遠くの空へと飛び去っていった。




