第三章 3
「第一軍を前に」
ことり、と駒がボードに置かれる。部屋は暗く、そこにはのかなとその後を任せるためのケリィしか居ない。側近も仲間たちもそこに入ることはできない。戦場から入ってくる多くの情報を処理するのに、余計な物体を置いていくスペースなど無い。
眼前に広げられたボードは戦況を即座に反映し、また指示を立体的に行うための物だ。そして指揮官が扱ってる物が人ではなくただの駒であるとして罪悪感を軽減させるための仕組みでもある。
「泥人形たちはその領域にある生産装置を破壊しない限りは無尽蔵だ。配下たちも善戦してくれてはいるがやはり決め手が足らんか」
のかなは改めて自らが恵まれた環境に居たことを理解した。自分が落ちこぼれだとしても強力な魔法少女たちが手を引いてくれた。しかし、今は自分がその強力な魔法少女であり、皆を導いていかなければならないのだ。その責任とプレッシャーは相当なものだった。
(命に価値はない。そう覚悟したじゃないか。だとしても割り切れないっていうのか。私はことかちゃんよりも見知らぬ誰かの方が大切なのか?)
それは違う、とのかなは自ら否定する。
(消せないんだ。魔法少女としての自分は。どんなに無謀でも誰一人失いたくないんだ)
何もかもを救うということが不可能だということは分かった。ゆえに人は取捨選択をし、その決断が最善であったと信じ込む。それを悪く言う権利は誰にもないだろう。力には限りがあり、誰もが超人にはなれないのだから。
(しかし、それは大人の理屈だ。いつか知る事だ。でもその“いつか”は決して今じゃない。ならば、私のやるべき事は決まってる)
それは策と呼べるものではなかった。感情的で愚かで、だからこそ救いであった。己の死が大惨事を生むと知りながらもその身を危険に置く。ゆえに伝説と呼ばれたのだろう。常識や限界を遥か彼方に置き、わずか一本の剣で無限の悪を討つ。不可能を可能にした者だけがその誉れを得る権利がある。
(力はあまりに足りていない。だけど、気持ちなら十分だ。この情熱を糧として私は不可能へと挑戦する!)
のかなは静かに立ち上がった。そして傍らに立つケリィに言った。
「後は任せたぞ」
「魔王様、死なないで…………」
それを聞いたのかなは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを作りやさしく告げた。
「私を誰だと思ってる。我が名はマリー=マール。邪悪なる魔王にして、『創造』の力を統べる当為の存在」
故に
「無敵だ」
扉を開けて光の世界へと飛び出す。城を離れれば残された時間は僅か五分にも満たない。最前線にテレポートしたのかなは出現と同時に辺りに激しい爆発を起こす。続き、古の魔王を何体も召喚し、戦線を補強する。そして本体はまっすぐにオズボーンの元へと突入する。
ほの暗い城の中で襲いかかってくる泥たちを『太陽』の力で瞬時に砂へと変えて、炎の軌跡は虚空を切り裂く。
「邪魔だ!」
その輝きは燃え尽きる前の蝋燭のように一瞬の物なのかもしれない。だが、自らの存在を時代に刻み込むように焼けつくような光を放つ。その小さな体のどこにそこまでの力があるのだろう。どうしてそこまで出来るのだろう。この現実の前では何もかもが愚問だ。そこに一切の不思議はなく、答えがあるとすればそれは彼女の存在そのものだ。
「単身乗り込んでくるか、白鴉。その姿、まるで勇者ではないか」
「褒め言葉と受け取っておこう。だが、せめて魔王と呼べ」
「今のお前に魔王と呼ばれる資格があるのか?」
「なに?」
オズボーンは無表情に剣を抜き、何か結界のような物を展開した。とっさにのかなはバリアを展開するがそれは謎の力により消滅する。
「やはり、お前は白鴉ではない。マリー=マールであれば『四邪神』が概念を統べるものであり、俺が概念を『否定』する者である事を知らないはずがない」
怒りを露わにしてオズボーンは叫ぶ。
「痴れ者が! 貴様ではマリー=マールの足元にも及ばぬわ! その器の浅さを知り、すぐさま消え失せろ!」
光の線のような閃光の一太刀。魔法を『否定』されたのかなは左腕に意識を集中し、顔の無い怪物を展開する。
「スケィリオン!」
だが、その防御はごく短い時間しか持たず、再充電にも時間を必要とする。それでも今ののかなには至極ありがたいものだった。オズボーンの剣技をやり過ごし、なんとか距離をとるが左腕からは稼働熱による白い煙があがっていた。
(この体、熱に弱すぎる! 再生能力も無いから無理もできない。魔法が使えないだけでここまで弱体化するのか!)
しかし、もともとこの体に魔法の力は無かった。つまり『創造』の力があればオズボーンは倒せるはずだ。のかなは『創造』の助けとなる『銀河水晶』を宙に浮かべ、戦闘態勢をとる。
(練習はしてきている。後は戦いの中で学んでいくしかない)
残された時間はごく僅か。迷っている暇はない。のかなは浮かぶ球体から剣を取り出し、オズボーンと斬り合う。それはすぐさま『否定』され、形を保てなくなった剣は崩壊する。だが、瞬時に次の武器を取り出して応戦する。
のかなは武装した相手に対抗するためにあらゆる武器の心得を持っている。だが、それは所詮手習い程度で達人相手には通用しない。マリーとてそれは同じだろう。ならば、いかにしてこの剣神に勝ったのか。今ののかなに足りないものは努力では決して補えない才能、すなわち創造力であった。
「どうした、その程度か! 力に振りまわされているぞ!」
「くっ!」
どちらかと言えばのかなの思考は理論的で発想力には優れているものの、突飛な考えには中々至らない。意思が強いという事は柔軟性が無いという事であり、現実的という事は否定的であるという事だ。
ある物を活かすのは上手くとも、ない物を取り寄せて使うのは苦手。ここに無いのならば望んでも手に入らないのが現実というものなのだから。『創造』という空想の力はのかなの性格には致命的な程に噛み合っていなかった。
(行動の選択肢が多すぎる。そこに思考を割けば判断が遅くなり、その隙は命取りとなる。頭の作りが根本的に違うんだ。マリーは天才で私は凡人。処理能力が高くないとこの能力は使いこなせない…………!)
十分過ぎるほどにロジックを組んだはずであった。だが、それは足りない何かを補うための保守的な物であった。供給、防衛。のかなという魔法少女は常に耐える事でチャンスを引き寄せ、一撃で逆転するような戦闘法しかできなかった。組んだロジックも敵の行動をどうやって対処するかに終始し、自分の行動についてはまるで考えていない。無限の体力があり、敵の全ての行動に対処する事ができればいつかは一撃を与える事ができるからだ。
今も同じ事ができるつもりで居た。マリーの持つ魔力は素晴らしく、適性ものかなが夢にまで見るほど欲しかったものだ。全てが元の上位互換だと思っていた。
だが、実際は違った。ここには無限の体力も再生力も無い。ただのか弱い少女の肉体しかありはしないのだ。まるで恐れの無い怪物から人間に戻されてしまったようにのかなはその脆さに震えた。
命は限りある物だ。腕の一本、いや指の一本でも失えば瞬く間に弱っていく。そして二度と再生はしないのだ。のかなにはそれが恐ろしくてたまらなかった。
だが、単に恐ろしいだけではなかった。失うのが怖いからこそ、守りたいという気持ちもより強くなった。不死炎というゆりかごから抜け出し、本当の人間になれたような気がした。
(私は強くなった部分の代わりに弱くなったのかもしれない。だけど、それを悪い事だとは思わない。弱さの裏側に本当の強さがあるはずだから。人は弱さを克服して生きてきた。自力で遠くに行けないから車を作り、自力で飛べないから飛行機を作った。私はマリーに劣る。けど、その“弱さ”を良い事として受け止める事にする。この“弱さ”を基点としてここから逆転への布石を作る!)
刹那、のかなは変わった。
「コイツ…………動きから迷いが消えた?」
捨ててしまおう。のかなはそう考えた。どうせ自分には扱いこなせないのだから、この素晴らしき武具達も記憶の中で腐らせてしまうだけだ。ならば、捨ててしまう。記憶の中にある武装全部を雪崩のように発射する。
「でたらめな! この俺を舐めているのか!?」
持ってこよう。のかなはそう閃いた。この脆い体を補うために古の記憶の中からあらゆる戦闘技術を持ってくる。人の進化の歴史、それは争いの連鎖。だが、同時にそれを終わらせようと運命に抗った者達の反逆の記憶でもある。
「踏み込みが深く鋭くなっていく…………」
創りだそう。のかなはそう願った。不確かな一瞬を積み重ねて確かな未来を作っていく。誰にだって否定させない。この情熱だけは誰にも負けない。例え否定されたとしても何度だって取り戻す。それを大事だと信じる限り何度だって奪い返す。
「進化しているとでも言うのか!? 限界が無いとでも言うのか!?」
動け、
「おお…………!」
体が軋み、心が渇いていったとしても、
「おおおお…………!」
可能性を信じ、抗おうとするならば、
「おおおおおお…………!」
必ず道は開けるから、
「おおおおおおおおおお!」
「くっ…………泥人形共!」
おそらく通じないだろうとあえて出さなかった泥人形をオズボーンは呼び出す。燃え盛る炎のような勢いに対抗するには一度場を仕切り直す必要があった。
(マリー=マールとタイプが違うが、実力は同等か。追い詰められて初めて力を発揮するタイプのようだが、この俺が見誤るとは…………!)
マリーとは違い、『創造』の力は扱いこなせていないものの、『太陽』の力と泥の相性が悪すぎる。通常の炎ならなんともないが『概念否定』の通用しない物となると厄介だ。自然現象による攻撃は大本が巨大であるため『概念否定』が効かないのだ。
さらに生物そのものにも通用しないため、徒手空拳の得意なのかなの相手は困難を極めると言った所だろう。
(動きは平凡だが、こいつの反応速度だけは群を抜いている。予知能力者か? いや、それならもっと上手く立ち回るだろう。本当に見てから反応しているんだ。だからこそ異常だ。本当に人間か、こいつ)
オズボーンはのかなとやり合うのは不利だと理解した。城を離れている以上、守備に回れば余裕で勝利できるだろうがそんな考えをしてしまう事自体に嫌悪した。
(この俺が退くだと? 自軍最深部に踏み込まれて、直接では敵わなかったから耐えて敵の自滅を待つだと? ふざけるな! そんな物は勝利とは言わん。勝利のために一時的に撤退する事はあろうとも、逃げ回って勝利を得るなど小物のやる事だ。戦いとは単に勝利を得るためにやっているのではない、そこに至るための全てを満たす事が戦いなのだ。それこそ勝つだけなら寝込みを襲い、首を掻き、環境を汚染するような強力な兵器でも使い家畑を死の大地に変えればいい。今、ここで退く事は勝利に必要な物を手放す事だ。俺は断じて退かん。俺が俺自身であるが故に!)
持ち直したのは一重に気迫のお陰であった。自らのプライドによりオズボーンは力を取り戻した。のかながあふれ出る情熱で逆転したように対抗できるのは同じ感情のみと無意識に理解したのだ。
「先ほど白鴉の足元にも及ばぬと言った事を訂正しよう。貴様は我が敵として相応しい存在だ。それに応え、俺も本気を出す事にする」
剣を床に突き差し、そこから溢れだした泥が人型を形作る。それは強靭な泥の兵隊となってのかなの前に立ちはだかる。
「泥巨兵! その重量と破壊力は全ての力を否定され、己が肉体のみとなっても向かって来ようとする愚か者を殺すためにある。いくら貴様が『太陽』の力を持っていたとしても、こいつら程の質量を干上がらせるのは骨だぞ。貴様にこいつらを倒せるか?」
のかなは一つだけ聞いた。
「マリー=マールは越えていったんだろう?」
「無論」
「なら、私もそうするだけだ!」
それを聞いたオズボーンは戦いの最中でありながらも笑わずにはいられなかった。
「ふっ、ははははははは! やはり貴様は勇者がお似合いだ! 無謀なまでの勇気、困難などもろともしない情熱、だからこそ俺も倒しがいがある!」
のかなは残り時間の少なさから正攻法での攻略は無理だと判断した。何体もの泥巨兵を破壊するためには力を越えた力でなければならない。
「デビッタの偉大なる魂よ! 私に今一度の祈りを!」
顔の無い怪物の力を限界まで引き出すために銃型の魔導装置『ハートブレイカー』を創造する。それはオリジナルと何ら変わらない輝きを放ち、圧倒的な存在感を見せる。
「それが貴様の切り札か!」
無限の力で顔の無い怪物を放つためにチャージを始めたのかなを阻止するようにオズボーンは概念否定を放つ。それを創造した別の武装で防ぎながらのかなは太陽の力を放つ。
銃のシリンダーが回転し、唸りを上げる。泥巨兵は大振りの攻撃とその巨体でのかなを襲う。だが、凄まじい反射神経は刹那を見切り、背中に目でもついているかのように捉えさせない。
「俺がやる!」
オズボーンの剣が振り下ろされる。のかなはそれに徒手空拳で立ち向かう。魔力で強化されていると言っても人間の腕だ。打ちあえば必ず切断される。とても正気とは思えない。
刃が触れ合う瞬間、のかなは目を閉じた。観念した訳ではない。極限まで研ぎ澄まされた神経が死を反転させて生を取り戻す瞬間を探っていたのだ。
(『恐怖に先立つ者』)
それはかつて殺しあった執行官の技。発動には極度の集中を要し遠距離からの攻撃には全くの無防備だが、近距離に置いてはいかなる攻撃にも打ち勝ち、相手を倒すとされる正真正銘の必殺技。限りない勇気で恐怖を克服する時、体は鋼鉄と化し、いかなる刃であろうともその身を傷つけることはできない。
拳が刃と交わる時、目も眩むような輝きが辺りを満たした。金属の悲鳴のような鈍い音が響き、力の波動が衝撃となって周囲を破壊する。
「人の身で概念を纏うか! 貴様の底が知れん!」
残像すら見せるほどの回避、それは相手の行動予測を上回っている事の証だ。この場においてもまだ進化を続けている。それは無限の力を持つ不死炎の力ではなく、のかなの意思の為せる技だ。自らの理想へと瞬間で成長していく。限界などありはしない。あるのは飽くなき未来への渇望だけだ。
《ジリリ…………》
チャージの完了した『ハートブレイカー』を構える。無限のパワーを持つそれは発動すればどんな相手でも必ず集束限界を越えた先の地平に連れ去ってしまう。左腕の下に右腕が十字を作るようにおかれ、祈るように引き金が引かれる。
「『ハートブレイカー! スケィリオン!』」
打ちだされた怪物は生贄を求めるかのように加速し、泥巨兵をただの土くれへと圧縮する。そして最後にオズボーンへと向かった。
「………………」
意趣返しと言わんばかりに目を閉じて集中する。そして正面から顔の無い怪物と激突する。
「ぬ…………おおおおおおお!」
吠えた。目を開き、己の全てを絞り出すように咆哮し、剣で顔の無い怪物を概念否定する。あと一瞬でも遅ければその重力に飲みこまれていた所だ。見事としか言いようの無い一閃だった。
「ヤツは…………どこだ?」
死力を尽くしたオズボーンはのかなの姿を見失ってしまった。だが、次の瞬間には弾丸のように低く地面を走ってきた姿に気がついた。
繰り出される拳、それに無窮の剣技で迎え撃つ。だが、怪物の如きパワーと重量はそんな物など低俗だと言わんばかりに叩き伏せた。
『無限太陽光の波動衝撃!』
「馬鹿な! どこにそんな力が…………!」
その時、オズボーンはのかなが何かを口ずさんでいる事に気付く。それが詠唱である事に気付くのに時間は要らなかった。のかなはひそかに自らの体に強化魔法を重ねていたのだ。つまり、『ハートブレイカー』は囮で本丸はこちらにあった。やはり王手は自らが一番使い慣れ、信用している技となるのは当然だ。派手好きのマリーの幻影に囚われるが故にオズボーンはその読みを違えてしまったのだ。
「ふ、ふふふふふ」
自らの負けを悟ったオズボーンは膝をついた。先ほどの攻撃で体は限界を迎えている。それでも倒れないのは意地からか。自らを倒した相手を褒め称えるように言葉を紡ぐ。
「見事だ。しかし、あまりに時間がかかり過ぎてしまった。残念だが、貴様の本拠地は残っていないだろう。勝負に勝って試合に負けた。つまりそういう事だ」
「………………」
のかなは静かに耳を澄ませていた。そうすれば何かを聞きとれるかのように。そして、その何かを聞きとった時、その口は笑みを浮かべた。
「オズボーン、私の仲間はあなたが思っているよりも強いんだ」
「なんだと?」
ばん、と乱暴に開かれた扉から美形の優男と無骨な大男が入ってくる。そしてのかなの姿を見つけると軽い調子で呼びかけた。
「おっ、魔王じゃねぇか。そっちも終わったようだな。こっちもなんとかなったぜ。泥んこまみれで洗濯が必要だけどな」
「ふむ、ご苦労。私が不在の間、城はケリィが繋いでくれたのだろう?」
「俺の娘が?」
ハロルドはこくりと頷く。
「はい、オズボーン卿。御令嬢は思われているよりも強かですよ」
「そうか…………」
模倣者の娘であるケリィのパワーなら少しの間だけのかなの代わりが務まるだろう。まだ子どもだと思っていたオズボーンはその成長を感じて喜びと少しの寂しさを顔に映した。
「どうやら俺の完敗のようだな。さすがは白鴉…………いや、お前は違ったか。詳しい話は後でしよう。今はただ、この清々しい気分を味わっていたい」
オズボーンの胸に一抹の風が吹いた。それはどこまでも飛んでいき、雲を消し去って太陽の光で体を満たしてくれた。




