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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編2:完璧なキッスをして
36/204

第二章 3

 件の放蕩娘、ケリィ=オズボーンは城の屋根の上に降り立つときょろきょろと辺りを見渡した。そしてお目当ての物を見つけると嬉しげな顔をして背後から抱きついた。

「なーにしてるの? 魔王様」

「ケリィ、か」

 城の頂上から風を感じていたのかなは無愛想な表情のまま口を開く。

「太陽を探していた」

「この世界にお日様は昇らないよ?」

「知っている。だが、我が力は太陽を暗示する。その衛星軌道をなぞる事により魔法の力は何倍にも跳ね上がるのだ。体を回転させる事でも威力は上昇するがやはり太陽の道筋を知らなければ真の力は発揮されない」

「へー、どうやって探すの?」

「星と月の関係から計算する。そのためには学術的な話になるが聞く気はあるか?」

「ぜーんぜん。あたしそういう難しいのダメなの。どうせならもっと楽しいお話をしてよ。白馬の王子様とか悪い魔女とかのね」

「フッ、素直なヤツ」

 その時、のかなはケリィが自分の事をじっと見ている事に気付く。

「どうかしたか?」

「んー、なんか魔王様って変ね」

「変?」

「うん。普段は邪魔をするなら誰でも殺すって感じだけど、不意に見せる笑顔がとっても優しいの。どっちが本当の魔王様なのかな?」

「………………」

 のかなの本質は間違いなく後者であると自身では思っているが、前者の方も完全に否定できるわけではなかった。暗黒時代とされる時期を生き延びてきたのかなは一種の『スイッチ』を持っている。それは倫理感や罪悪感などをたちまち消し去り、殺戮機械へと変化させるものだ。

 この『スイッチ』は戦闘技術の向上と共に使用される事は無くなったが、絶体絶命の危機に陥れば再び発動するだろう。例え自分が殺されるとしても『スイッチ』は入らない。大切な誰かが傷つけられる時、己の全てを捨てても倒さなければならない相手が現れた時だけ『スイッチ』は入るのだ。

 今まではなんとか戻って来れていたが、次に『スイッチ』が入ってしまったらおそらく正気には戻れないだろうとのかなは薄々感じ取っていた。仲間という安らぎを知ってしまってから心に弱さが生まれてしまった。明日を捨てる事ができなくなってしまった。精神を暴走させた者は死ぬまで元には戻れない。

 今までは常に死んでいるような状態だったためになんとかなっていたが、今度はそうはいかない。生き還ったばかりに死ななければならないとはなんという皮肉だろうか。しかし、のかなに後悔はなかった。空っぽ(ラヴハート)だった自分がそれだけの何かを得られたという事だけで胸が熱くなる。これこそが人間の温度なのだと感じられただけでこの人生はあまりに十分過ぎた。

「私に偽物も本物も無い。全てが私だ」

「って事は怖い魔王様も優しい魔王様も本当なんだ。かなり豪勢ね」

「フッ、仮初(かりそめ)(うつつ)ならば欲張りくらいでちょうどいい」

 その時、ばさばさという翼の音が聞こえてきた。上がってきた配下のガーゴイルはのかなに呼びかける。

「魔王様、そろそろ時間です」

「分かった。私は準備がある。ケリィ、先に行っていてくれ」

「ええ。じゃ、またあとでね」

 ふわりと浮かび上がったケリィは下へと降りていく。その浮遊感は独特で飛ぶというよりは糸に吊られているような挙動を見せる。静かになった所でのかなは中断していた会話を再開する事にした。

「待たせたね、望夜さん」

「それほどでもないよ」

 物影には望夜めろんが佇んでいた。先ほどまでのかなは会話していたものの、ケリィの闖入により中断を余儀なくされていた。どこにも組みしないという独立武力のめろんが魔王であるのかなと会話している所を見られるのはまずい。事情を知るめろんにとってはのかなでも、他の者からすればそれは魔王マリー=マールなのだから。

「しかし驚いたよ。まさか『四邪神』に喧嘩を売るなんてね。あなたは見ていて退屈しないよ。表の私が興味を持つわけが分かったような気がするね」

「望んでやったわけじゃないよ」

「そうかな? そのわりには上手くやっているようだけど」

「私は多分そういう人間なんだよ。前から思い当たる節はあったんだ」

「覇道の才を持つ平民…………。でも、毛並みが少し異なるような」

「私は平凡だよ。気のせいだよ、きっと」

 そろそろ時間だとのかなは立ちあがる。その背は元の姿より低く、だが影は全てを飲みこもうとするように際限なく膨張していく。体に精神が引っ張られるのか、無意識に闘争を求め、誰かを虐げる事でしか自らの存在を認識する事ができない。浅ましい生き方だと理解しつつも、これ以外では得られないのであればと修羅の道を行く。

 自己の欠如こそがのかなの強さであり最大の弱点である。しかし人がそれに『個性』というレッテルを張り続ける限り、永遠に変わらない事の一つなのだろう。

「あなたは怖い人だね。ボヘミヤの伍長程度でも世界は狂わせられる事を知らないんだ。ま、私にとっては面白ければそれでいいの。例え全てが破壊されたとしても、ね」

「…………情熱は防腐剤だ。それがある限り人は腐ったりしないさ」

「芸大に不合格を貰いそう。あははははは」

 笑い声と共に風の中に消えていっためろんを見て、のかなは自らの場所へと戻る。演説会場にはすでに多くの者が待っている。言わなくとも察しているのだ、近々『四邪神』へと戦争を仕掛ける事を。

(私の一言で世界は長い混沌に包まれるのかもしれない。多くの血が流れ、多くの悲しみを生むのかもしれない。だとしてもマリーなら喜んで命じるのだろう。邪悪だからじゃない、人が所詮動物の一種である事を理解しているからだ。一人一人に違う考えがあるようでその実、一定のパターンに沿ったものでしかない。そこに独創性や価値など存在しないんだ。一部の奇人を除いては。だから代えが利く、そういう人間達の命に価値は無い。私はそこまで割り切れないけど、私はことかちゃんを取り戻したいから…………。ううん、ごまかすのは止めよう。私は見知らぬ誰かの命よりもことかちゃんの方が価値があると思うから犠牲にする。これは罪だ。それでも私は罪悪感を覚える事すら許されないのだろう。血も涙も無い邪悪な魔王として永遠に時代に刻まれるんだ。はっきり言えば辛い。私は誰にも理解されないし、誰にも認められない。そう、私もまた犠牲の一人なんだ。もし、今ここで引き下がればその運命から逃げられるのかもしれない。けれど、何もかもを失ってでも欲しい物がある。だってそうだろう? このまま何も得られずに我慢するだけの人生なんて、作り笑いをするだけの生き方なんて絶対に嫌だ。そんな事しかできないというのなら私はどうして生まれてきたんだ。私は失い続けるために生まれてきたんじゃない。何かを得るために生まれてきたんだ。太陽のような輝きをこの手に宿すために生まれてきたんだ。そのための覚悟はもうできてる。全ての罪をマリーになすりつけ、私は平気な顔で生きよう。誰も理解してくれないというのなら、誰にも私を悟らせない。私は邪悪だ。それでも邪悪を克服して生きる。だってそれが人間なんだ。どんな闇の中でも光を求めるから私は人間なんだ)

 真に人を狂わせるのは世紀の天才などではなく、ただの凡人なのかもしれない。誰から見ても素晴らしい理想を掲げるが凡人故にそれが叶えられる事は無い。しかし、世の中に絶望した人間達は虫のようにその夢に群がらずにはいられない。例えそれが全身を焼く無情な炎だったとしても。

「私の声が聞こえているか? …………そうか、ならいい」

 後世に伝えられた所によると、彼女はまだ幼くあどけない可憐な少女であったという。学校の友人達と人形遊びでもしているようなそんな年の子どもであった。しかし、知能はすごぶる高く、複雑な計算を必要とする衛星軌道を暗算で割り出せたり、あらゆる物の構造を瞬時に把握できたりしたという。

 立ち振る舞いは『魔王』と称された通り威厳に満ちており、その身に纏う絶対的な雰囲気から大の男も頭を垂れずにはいられなかったとされている。性格は多重人格的であったが、ある時を境に落ち着き始めた。一説によれば太陽信仰に傾倒し始めた事と因果関係があるとされている。太陽という物の存在はこの世界においては空想的なものだが、偉大なる物の一つでもある。

 権力者のプロパガンダにそういうシンボルが使われるのは珍しくはないが、邪悪を自称する彼女が光の象徴を己のシンボルとしたのは謎の一つである。一説によれば己の所業を浄化してくれる物を求めていたとされるが、邪悪の克服を目指していた彼女が救いなど求めるかというと疑問である。

「諸君らがここに集ってくれた事を嬉しく思う。今日は特別な日だ。なぜなら諸君らは新しい時代の始まりを目撃しているからだ」

 彼女の遺品はほとんど残っていない。『創造』の力で何でも作りだせるが故に物欲が無かったのだろう。しかし、城の地下にどこかの町を再現した空間があり、生活の痕跡がある事から、人並みの生活こそが彼女の本当の望みであった可能性は高い。

「支配者達はその力を持って世界を支配してきたが、それは悪である。一方的な搾取の形を作り、世代の循環を阻害してきた。今こそ体制を打ち破り新しい時代を築くべきである」

 魔王と呼ばれながらもかなり寛容な人物であるとされ、多少無礼であってもそれが“粋”であればむしろ喜んで応じたという。逆に無能や向上心の無い者を嫌い、両方当てはまる者はそれ相応の扱いが待っていた。

 独裁者であったが暴君ではなかった。しかし、その声は怖いほど心地よく、意気揚々と抗議しに向かった反対派をものの数分で根っからの賛成派に変えてしまったという逸話もある。それは単に弾圧されるよりも恐ろしく、人間の尊厳を奪い家畜にしてしまう、まさに魔王の所業であったとされる。

「諸君らの力は支配者に比べれば微々たるものだ。しかし、無力ではない。その力が高潔なる魂と合わさり団結する時、古き体制に楔が打たれるのだ」

 彼女は自らの考えを後世に残さなかったが、一冊だけ日記のような物が見つかった。それは一見、魔法少女の日記というふざけた創作物にしか見えないが、わざわざそんな物を書く動機の欠如と所々に彼女の暗喩が見える事から高度に暗号化された戦術書である事は明らかであり、現にそこからさまざまな戦術が解析されているが、何故魔法少女なのかはいまだに分かっていない。

「私は太陽を支配する者である。その意思はこの世界を統括する運命の体現である。私に抗う者は至上の苦しみに抱かれ、私に従う者は大海のように穏やかな安らぎを得る事ができるだろう。私は人間を差別しない。抗う者全てを平等に殺し、崇める者全てに安らぎを与えてやろう。私にはそれができる。なぜなら私がマリー=マールだからだ!」

 瞬間、のかなを狙った凶弾がぱんという乾いた音と共に飛んだ。それを腕から出現させた顔の無い怪物(スケィリオン)の指先で受け止めると逃げる暗殺者に向けて楽しげに撃ち放つ。凄まじい力により飛びだした弾丸は足へと当たりその動きを止める。暗殺者の存在に動揺する人々のざわめきが自然に収まるまで待ってからのかなは刷り込むように言葉を続ける。

「奴らは私の存在を恐れ、このような姑息な手を使ってきたが、私は不当な暴力などには屈しない! 奴らの目的は我々から正しき精神を奪い去ることだ。さあ諸君、話を続けようではないか。それこそが支配者共への最大の抵抗になる!」

「すいません、ちょおっとお時間よろしいですか?」

 不意にやってきた予想外の言葉は上空の方向だ。そこに三人の男を捉えたのかなはその身に秘める力の大きさから『四邪神』であると理解する。まさか今居る全員で押し掛けてくるのは思ってもみない事だったので、のかなは己の浅はかさを悔やんだがとにかくこの場を切り抜けなければと気持ちを切り替える。

「ほぅ、これはこれは『四邪神』共。わざわざ祝いに来てくれたのか? 今日は一体足りないようだが風邪でもひいたか?」

 生意気そうな少年が馬鹿にしたように言う。

「クシシシ、お前なんかに教えてやるとでも思ってるの? 身をわきまえるのサ」

 冴えない感じの猫背のおっさんが困ったように言う。

「なーんかベルテルスのヤツさぁ、行方不明なのよね。マリーちゃん、何か聞いてない?」

 神経質そうな青年が苛立ったように言う。

「余計な事を言うな、ライオネル。ヤツは敵だ」

「だけど悪い敵じゃないよ、オズボーン。彼女はフェアだ。不意打ちもしないし、ちゃんと情報もくれる。今回、ぼく達はアポ無しで来たんだし、これくらいは教えてあげてもいいんじゃない?」

「…………チッ、好きにしろ」

 オズボーンは腰に挿していた長剣を抜くとのかなにその切っ先を向ける。

「久しぶりだな、(しろ)(からす)。あの時は翼だけで済ませてやったが、イカロスの翼で再び天を目指すというのならその命、貰い受ける」

「情と甘さは違う。それが知れて良かったな、オズボーン。だが私は二度やられるような甘さは持ち合わせてはいないぞ?」

「ふん、俺の娘を人質に取っておいてよく言う」

「貴様の娘は自ら進んで我が元へと来たぞ? 良い子じゃないか。なぁ、オズボーン」

「嘘をつくな!」

 激昂したオズボーンはのかなに斬りかかろうとするが、寸前でライオネルに肩を掴まれて止められる。

「どうどう。こんな所でやったら大きな被害が出ちゃうよ。マリーちゃんもさぁ、あんまりウチのオズボーンを挑発しないでよ。血の気が多いんだからさ、この子」

「嘘は言ってないぞ。そもそもなぜ私が貴様などを相手に人質を取らねばならん。家庭内環境の悪さを私のせいにするな」

「ぬ、ぬうー、俺を愚弄するか、(しろ)(からす)。どうせ貴様が得意の話術で誑かしたに決まってる。俺の娘が非行に走ったらどうするつもりだ! もしかしたらすでに悪い男に騙されて…………くっ、許さんぞ、マリー=マール!」

「………………」

 のかなは少しの沈黙の後に他の二人に聞いた。

「コイツ馬鹿?」

 二人はこくりと頷く。

「見ての通りの親バカなのサ」

「悪いね、マリーちゃん。ウチのバカが迷惑かけちゃって」

「おい、貴様ら! 誰が馬鹿だ! 誰が!」

 場の雰囲気がおかしくなってきた事に気付いたオズボーンは吐き捨てるように言う。

「とにかくだ! 娘は必ず取り戻す、首を洗って待っていろ!」

「ちょっ、オズボーン」

 言いたい事だけ言って去ってしまったオズボーンを見て、ライオネルは困ったようにため息をついた。

「はぁー、全く。自分勝手なんだから。ぼく達はお話に来ただけなのに。過半数居なくちゃ決定できないじゃないか」

「散々だな。しかし、元より話しあいなど不要だ。二度目だからな」

「本当にそうかな? 案外ぼく達が求めている物は似通っているかもしれないよ?」

 見透かすかのような言葉にのかなはどきりとする。

「貴様…………」

「ま、一度来てみてよ。お茶受けくらいは出すからさ」

 今日の用事は済んだのか、ライオネルはテレポートして消える。生意気そうな少年はのかなの事を一瞬睨むような目で見たが、それはすぐに飄々とした笑みへと変わり姿を消した。

「………………」



 城に戻ったのかなは少しの休憩を取り、仲間を会議室に集めるとオズボーンとの戦いのための話し合いを始めた。

「さて、皆の集。そこの家出娘の父上が大層お怒りのようだがどうする?」

 ハロルドが口を開く。

「やはり一度帰って貰った方が良いのではないでしょうか。誤解されているようですし、戦いが始まれば親子敵同士になってしまいます。それは避けた方がいいでしょう」

「ふむ。だ、そうだが?」

 件のケリィは不機嫌そうにうつむいたまま黙り込んでいた。意見を求められるとふくれっ面でぼそぼそと呟くように言った。

「やだ」

 それを聞いたカイツはめんどくさそうに言う。

「ああん? 何がやだなんだよ。てめぇのオヤジだろ。てめぇでどうにかしろ」

「やだ! 絶対パパの所には戻らない!」

「駄々こねてるんじゃねぇ! ぶっとばすぞ!」

「まぁまぁ、御二方。少し落ち着きましょう」

「…………チッ」

 険悪な雰囲気の中、ペドロがのかなに忠言する。

「我が魔王。このような小娘一人に下僕達が振りまわされるくらいであればくれてやっても良いのではありませんか?」

「それを決めるのは私ではない。来る者は拒まず、去る者は追わず。ケリィ=オズボーン。自分の居る場所は自分で決めろ。ここに居たいというのなら、その胸中、このマリー=マールに打ち明けてみよ」

「………………」

 ケリィとてこのまま戦いになる事を望んでいるわけではなかった。それでも父の元へはどうしても戻りたくなかったのだ。過保護と言えば聞こえがいいが、それは所詮一方的な愛情だ。相手を人間として見ず、ペットか人形であるかのように扱う。きっとその意思に沿う“イイ子”以外は必要ないのだろう。その日もケリィは“イイ子”になるための勉強をしたり、どこかの貴族と話したりして過ぎていくはずだった。マリー=マールの名前を聞くまでは。

 始まりはほんの少しの興味からだった。街の者がまるで灯りに惹かれる虫のように一か所に集まっていくのだ。それはまるで救いを求めているかのようであった。一体、その先にどんな素晴らしいものが待っているのだろう。ケリィにはまるで想像がつかなかった。この世に勉強の後に食べるケーキ以上に素晴らしい物があるなどとはとても考え辛かった。

 しかし、何故かその素晴らしい物へと向かう人々の姿が羨ましく目に映った。生まれも育ちも考え方も違う人々を一緒くたに惹きつける絶対的な物。それは冷めきってしまっているケリィに熱さを、生きていく内に失ってしまった何かを取り戻させてくれるような気がした。自然と足がその方向に向いていた。物語の中で万物をいつも照らし出してくれるという『太陽』。鞄をゴミ箱に放り込んでその方角に走り出していた。

 そこには熱があった。箱入り娘のケリィはこれほどたくさんの人間を見た事がなかった。それ全体が一個の生物であるような、そんな印象を受けるほどに持つ意思は同じだった。やがてその場に姿を表わした『太陽』は子どもの姿をしていたが、そんな事がどうでもいいほどの絶対的な力強さを感じられた。父を越えるような、もしかしたらそれ以上のパワーの持ち主。素晴らしいとケリィは思った。それは確かに誰もが求めてやまない“何か”であったからだ。興奮しすぎて何を言ってるのかはまるでケリィの耳に入らなかったが、その目が自分を見たかと思った瞬間、人がひれ伏し地面に道が出来た。運命だと思った。こんな大勢の中から自分だけを見てくれて、導いてくれるなんて。

 ケリィは思った。この人の傍で生きていたいと。その熱さを自分も手に入れて、この時自分が救われたように見知らぬ誰かを救ってあげたいと。

「やっぱり私は戻らない」

「おい」

 すっ、とハロルドが無言でカイツを制し、次の言葉を待つ。

「多分、きっと戻るべきなんだろうと思う。はっきり言ってパパの事は嫌いだけど、殺したいって程じゃないし死んだらきっと悲しいと思う。でも、そこに今の私は居ない。ここに来て、初めて私は生きてるって感じたの。我儘かもしれないけど私は一個の存在として生きて居たい。私の事は全て私の物なの。誰の物でもない私の、私だけの、私のためだけの物なの。誰にも自分の居場所は渡さない。私はこの場所を守り作っていく。だから魔王様、お願いがあるの」

「言ってみろ」

「初めて会った時、私は望みを言わなかった。だから今言うね。私の望みは『オズボーンの全てをできるだけ無傷で手に入れたい』。それが私の望み。叶えてくれる? 魔王様」

 はっきり言えばそれは困難を極める願いであった。オズボーンの力はのかなの物より強大だ。戦略次第でそれはどうにかできるレベルだが、そこに縛りがつくと一気に厳しくなる。間違いなく皆に負担を強いる戦いになるだろう。下手をすれば負ける事すらあり得るかもしれない。のかなの最終目標がことかを取り戻す事であり、手段はいとわない事を覚悟した以上、この条件を飲む事はできない。

(やっぱり私は魔法少女なんだね…………)

 しかし、どこまでも行っても甘さは変わらないのか、その口は笑みを浮かべていた。そしてマリーのように自信満々に言い放つのだ。

「いいだろう。それがお前の望みというのなら」

 事情を知るるいは驚いて立ちあがる。

「正気か、マリー!?」

「私はできない事を口にしない。ただ、今回の戦いは少々難しいものとなるだろう。お前達の力、存分に使わせてもらうぞ」

 方針は決まったとのかなは指を鳴らし、オズボーンのデータを各人の前に展開した虚空のウィンドウに表示させる。

「我が軍、生産力毎時98体。オズボーン軍、生産力毎時100体。改めて説明する事ではないと思うが、戦いは魔物の生産力で決まると言っても過言ではない。これは毎秒五体ほどの差から戦局が厳しくなりはじめ、10体以上の差になると勝つのは絶望的とされる。とは言ってもそれは何も無い原っぱで正面からぶつかり合った時の話だ。無論、そんな事はしない。私には『創造』の力がある。天候を操り、地形をこねくり回せばどんな相手でも敵ではない。しかし、敵とて相当の使い手だ。オズボーンは泥を操る力を持つ。泥の地形は踏ん張りが利かず、泥人形は不死の兵団として襲いかかってくるだろう」

「聞いているだけでもいやらしいヤツだぜ」

「対抗策としては『戦わない事』だな。我が『太陽』を持って段々と地形を浸食し、ミイラのように干からびさせれば泥も不死の兵団もただの土くれへと変わるだろう。だが、そうなればおのずと長期戦になる。それはお互いに凌ぎを削る消耗戦だ。互いに無傷ではいられないだろう」

「………………」

「故に今回はそれを行わない」

「相手の弱点を突かずに勝つ方法があるのですか?」

「できない事は無い。ただ、『443秒』が鍵になるだろう」

「『443秒』?」

 のかなは城や地形や兵力などのデータを出し、それらの運用パターンを詳細に表示した。

「この城は私の力により維持されている。私が離れればその機能が停止するのは自明の理だ。段々と出力の下がっていくそれが兵器として運用不可のレベルになるまでの時間が『443秒』だ。つまりこの戦いは私が城を離れてから『443秒』の間に勝たなければならないということだ」

「御身自ら敵陣に踏み込むというのですか、我が魔王!?」

「痛みの伴わない勝利は無い。痛みが無いのはただの虐殺だ。元よりオズボーンに引導を渡せるのは私だけ、それが早いか遅いかの違いだ」

 いくらのかなの力が膨大でもそれは明らかに無謀だった。しかし、同時に何か策があるのだろうとも皆は思った。この少女の思考はあまりに高度で誰にも理解できない。聞けばおそらく下々の者達でも理解できるように言葉を紡いでくれるのだろう。

 だが、それは自らの無知をひけらかす事だ。自らがのかなには敵わないとひれ伏し、屈服する事だ。いくら配下としてこうして肩を揃えているとしても人間としての自己まで捨てたわけではない。

 故に誰も聞かず、のかなが話してくれるのをじっと待った。それはのかながただの平凡な少女である事を知っていたるいの目にはとても滑稽に映った。

 何を己の恥とするのか。無知をひけらかす事か? それを笑われる事か? それとも誰かを救えなかった事か? どれにしろ自己を守るためのプライドだ。誰かにとっては下らない。でも自分にとっては大切なものだ。例え世界を滅ぼしても、己を曲げずに守り通す。だからこそ、彼女は邪悪であり、これほどまでに人を惹きつけるのだろう。

(こっちのお前とは大違いだな。なぁ、のかな…………)

 今、あのパンク少女は何をしているのだろうか。自らが傷つく事を恐れ、常に孤独で居たあの少女は。平凡さに苦しみ、自分なりの幸せを探しながら苦しみもがいていた。

 二人はまるで違う存在だ。しかし同じ物の裏と表なのだろう。その証拠に無茶ばかりをする。そして、この上なく不器用だ。しかし、だからこそ愛おしく、脆く、故に美しい。


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