プロローグ
自分は要領の悪い人間だった事を覚えている。だからいつまでたってもそれらの違いが分からなかった。怪物と人間にどんな違いがあるのか理解できなかった。姿形が違うのは分かる。しかし、それ以外にどんな違いがあるというのか。血の詰まった皮袋が生存本能に従って食い合う事にどんな意味があるのか自分には分からなかった。
あの日、自分は死んだ。精神的にではない、内蔵を抉られ汚い血を撒き散らしながら生命活動を停止したのだ。ここに居るのは人間の皮を被った怪物。誰も知らないのを良い事に死者を冒涜し続けるおぞましきモノ。
それを『模倣者』と呼ぶ事を自分は知っている。偉大なる何かへの模倣者。今の世界にとっては異物であり、混乱をもたらすモノ。自分の任務はそれを全て破棄する事だ。死者がこの世に戻ってくるような事があってはならない。
任務に疑問は感じない。しかし…………それが一体誰によって命じられたのか自分は思いだす事ができない。だが、大した問題ではないだろう。神による天啓であれ、悪魔による誘惑であれ自分には些細な違いだ。
どんなに高尚な言葉を重ねても所詮は生きている間の暇つぶしだ。仮に天国というものがあるのなら少し違ってくるのかもしれないが、少なくとも自分が死んだ時に天国があるかないかを感じ取る事はできなかった。その時の記憶をこちらの世界に持ってくる事ができないのならやはり天国などあっても無くても同じ事だ。
「………………」
誰かが自分を見ている。子どもか。こうやって自分が地べたに倒れ込んでいる意味など理解できないだろう。その瞳にあるのは好奇心だけだ。かぶと虫を採集しケースに入れて飼う。それと同じ目で自分を見ている。
大人たちはそれを純粋と呼ぶのだろう。子どもの描く絵を自由だと褒め称えるのだろう。よく見れば一定の傾向に従った陳腐な物だというのに知らないから知ったような口でそんな事を言う。己が全てを知っていると思っている、または他者を認める事ができる己に酔っているのだろう。尊敬を持たない言葉に何の意味があるというのか、誰もが尊敬を忘れてしまったから“奇跡”は失われてしまったのではないか。
この世は地獄だ。そうでなければ泣きながら生まれてくる事があろうか。この世は地獄に違いないのだ。
「見世物じゃない、あっち行け」
いつまでものびていても仕方ないと自分は体を起こそうとするが、こっぴどくやられたらしく動くことすらままならない。確かに敵は強大であったが初めからこれでは先が思いやられる。自分の任務はまだ始まったばかりなのだ。次はもっと上手くやらなければ。
ギター型の武装を杖代わりにしてなんとか起き上がる。こんな冷たい場所で倒れていてもよくはならない。かと言って自分に行く場所もないのだが、せめて雨風を防げる壁をと求めるのは人間であった時の性か。
一旦立てばなんとかなるものだ。次座りこめばどうなるかは分からないが、ともかく今は休む場所を探そう。
「あなた」
まだ立ち去っていなかった子どもが口を開く。
「――――模倣者でしょ?」
瞬間、自分の手は素早く動きその子どもにギターを振り下ろす。それは容易くかわされ、しかし満身創痍の体では満足に戦う事すらできず、当てられなかった一撃の後は続かずに膝をつく。
「そう殺気立つなって。やりあうつもりはないよ。あたしもこの体に慣れちゃいないんだからさ」
「模倣者か」
「お互いに仲良くやろうじゃん。せっかく体を得たんだから」
同類。改めて自分が人間ではないと理解する。人が人を殺す事を禁忌とするならば模倣者である自分が模倣者を殺すのもまた“咎”なのだろう。
「名前」
「え?」
子ども、いや少女は言う。
「あなたの名前を教えてよ。私はウィタカ。この体の名前なら『宗像ゆたか』。親からの愛を受けず、魔法少女として生きて誰にも知られる事なく死んだ。そんな惨めな女。だからあたしはせめてその分だけでも楽しんでやろうと思っているのじゃん?」
「出会ったばかりなのにおしゃべりなんだな」
「他の奴らは気が触れていて全然話にならないのよ。ま、怪物が皮袋の中に入っているわけだから当然と言えばそうね」
彼女は仲間を求めていた。模倣者としては異常だが、それをちょうどいいと自分は思った。この狂った存在を隠れ蓑として模倣者を狩ろう。この世に蘇ってしまった支配者共をあるべき場所に還すために。そして最後は………………
「ハヤタ=ヨウ」
自分は言った。
「それが自分の名だ」




