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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編1:地球に落ちてきた女
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第二章 3

 翌日、のかなが学校に行くとぐり子に使っていない教室に連れ込まれた。

 家に忍び込んだのがばれたのかとのかなは戦々恐々としたが、様子を見る限りどうやら違うようだ。どう切り出したものかとぐり子は珍しく戸惑っているようであったが、ずっとこうしていても仕方ないと意を決めて口を開いた。

「のかな……『デビッタ』って知ってる?」

「デビッタ…………!?」

 予想外の言葉がぐり子の口から出た事にのかなは驚く。聞き間違いでなければ確かにデビッタとぐり子は言った。どうしてぐり子からその言葉が出たのかは分からない。ただ、のかなは己の心臓が早鐘を打つのを感じていた。

「知っているのね?」

「どうして、その名前を?」

「答える気は無いわ。だって答えたらあなたは何も教えてくれないでしょう?」

 ぐり子は今まで見せた事の無いような表情でのかなを睨みつけていた。初めて向けられる威圧感にのかなは戸惑いつつも言葉を紡ぐ。

「あのロボットが言ったの?」

「…………!」

 ぐり子はのかなが秘密を知っている事に驚きと焦りを覚えた。動揺しながらも平静を装ってぐり子は言う。

「そうよ。だからなに?」

 のかなはほっとしたような少し嬉しそうな顔で呟いた。

「なんでもないよ、彼女が元気ならそれでいいんだ」

「デビッタとはどんな関係だったの?」

 昔を思い出すように寂しげにのかなは言った。

「悪友以上、友達未満って感じだったかな?」

「そう…………」

 のかなはそれ以上語らず、ぐり子も聞こうとはしなかった。代わりに世紀の難題に直面したような苦悩をぐり子はしているようであったが。

「ねぇ、その…………例え話なんだけど、もしその『デビッタを殺した』っていうヤツが居たらあなたはどうする? 記憶を無くしてぼろぼろになりながらもそれだけを伝えるために生きてきたヤツが居たらあなたはどう思う?」

「…………それは」

 ぐり子の言っている事が単なる例え話ではないとのかなは理解できた。おそらくあのロボットが言ったのだろう。のかなはあのロボットがデビッタなのではないかと考えている。ほんの少し会っただけだが、なんとなくどこか面影があるような気がしていたからだ。

 デビッタを殺したとあのロボットが言った理由は分からない。それが真実だとして、自分を怨んでくれとでも言うのだろうか。

会って話すのが一番いい方法だが、ぐり子の表情を見る限りそうするにしても時間が必要なようだとのかなは感じた。

「殺したって言われても、私はその人を知らないからどうすればいいのか分からないよ。今の私に怒りは無いけど、会ったらどうなるかは相手の出方次第だからなんとも言えない。……でも、その人が苦しんでいたら私は怒りを持てないと思う」

「……のかな」

 のかなの言葉を聞いたぐり子は少しほっとしたようであった。ロボットとのかなに親愛の情を持つぐり子としては二人を争わせたくは無かったのだろう。実際に会ったらどうなるかは分からなかったが、それでもぐり子はのかなの返答に満足した。

「後で会わせたい人が居るの。今日は駄目だと思うけどできるだけ近い内には会わせられると思う。だから心の準備だけはしておいて」

「うん、分かった」

 こくりとのかなが頷き、二人は自分の教室へと戻っていく。その一日はどちらも上の空と言った感じで話に入れないるいは一人つまらなそうにしていた。

 学校から家に帰って来たのかなはデビッタの事を考えながらベッドに横たわった。パウラから来ていたメールを確認するとそこには「スケィラの習得は困難」とあった。パウラ曰く、「目に見えない力なんて集められねぇよ」だそうだ。

 のかな自身も空間にあるスケィラをどうして集められるのかは分からない。おそらく過去にデビッタから学んだ事があるため、記憶はなくても体が覚えていたのだろう。魔法少女として貧弱な自分でも機械兵を倒せるほど強力なスケィラの力を他の者も使えれば、と考えていたのかなにはパウラの報告は残念だった。

 せめて教えられるほどに熟達していればとのかなは自分の未熟さを悔やむが、落ち込んでいても仕方ないと今日もスケィラの練習を始めた。

(やっぱり大事なのは反復練習だよね。練習で出来ない事を本番で出来るほど私は器用じゃないもん。魔法少女は一日にしてならずだよ)

 ある程度スケィラを試したのかなは大まかな特徴を把握した。それを分かった順からノートに書き留めていく。

(『まず、体の魔力を循環させる事によって空気中にあるスケィラを集めることができる。スケィラにはエネルギーに引き寄せられる習性があるからだ。次に、スケィラが集まると『重く』なる。物質的な重さはまるで無いがエネルギー量が凄まじく高くなる。と言ってもベクトルを持たないため、何かに影響を及ぼすことはなく魔法が強化されたりはしない。しかし、見せかけのエネルギー量だけは高いので与える精神ダメージが強くなる可能性はある。スケィラは霧散しにくいため集めるのは簡単だが、一定量以上を保持するのはコントロールの問題で難しい。エネルギーが高いためだろうが、上手く集める事ができれば“何か”が起きるような気がする』……こんな所かな。ベクトルの力場を突破できるとかはスケィラの特性じゃないから活用法の所にでも書いておいて、今度はどんな物にスケィラが乗りやすいか調べていこうかな?)

 研究熱心なのかなは魔法から果てはふと目に付いた消しゴムまでスケィラを乗せた。傍から見たら謎なチョイスも多かったが、研究に奇抜な事など無いと片っ端から試していった。

 そうして夕方から夜になってものかながスケィラの研究に夢中になっていると不意にデバイスが鳴り響いた。

 急な呼び出し音にびくっと体を震わせたのかなは電話をかけて来た相手の名前を見て首を傾げた。

(るいちゃん? もしかして機械兵に遭遇した……? でも、もうこんな時間だし、外に出ているような事はないと思うんだけど…………)

 とりあえず正体を隠すためにデバイスの変声機スイッチを入れ、のかなは電話に出た。

「もしもし?」

 電話の向こうのるいはひどく焦っているようであった。

「『サンハートさん!? ぐり子がヤバいんだ! 早く助けに来て!』」

「落ち着いて、佐下さん。ぐり子さんに何があったの?」

 少し落ち着きを取り戻したるいは言う。

「『実はさっきぐり子から電話があって、こんな時間なのに私に来てほしいって言うんだ。声も怯えているようだったし、何かあったのは間違いないよ。なんだかさっきから嫌な震えが止まらない。サンハートさん、ぐり子の家は昨日のかなを探してって頼んだ時に説明したから分かるよね? 今から私も行くからすぐに来て!』」

「佐下さんは危険だから行っちゃだ…………」

 のかなが言い終わる前にるいは通話を切った。がちゃんと切られた音にのかなは苦々しい顔をして、すぐに仕度を整えると外に飛び出した。

 変身し屋根を伝って一直線にぐり子の家に向かう。できればるいが家に入るのを止めたい所だが、家同士の距離の問題でそれは難しいだろう。せめて何事も無い事を祈りながらのかなは家々の屋根を飛び渡る。

 のかながぐり子の家に到着すると塀にるいの自転車が置いてあった。すでに中に入っているのだろう。のかなが塀を飛び越えて中に入った瞬間、敷地内に異様な気配を感じて思わず体を震わせた。

(この人の精神を壊すような瘴気は……まさか)

 妙に静かな屋敷の中に入っていたのかなは暗い廊下を進んでぐり子の部屋に向かう。そして、嫌な予感を覚えながら扉のドアノブに手をかけた。

(気持ち悪い臭いが扉から染み出してる……。常人なら一瞬で精神が狂ってしまうような凶悪な瘴気だ。私は浄化装置(サニティシステム)があるから平気だけど、こんなの魔法少女でも耐えられないよ…………)

 めろんに救援を要請したのかなは意を決して扉を開く。

「なに……これ…………」

 そこでのかなを待っていたのは部屋全体に巣食う異形の怪物と発狂の末に体からありとあらゆる物を出しながら気絶している友人二人の惨状であった。部屋はまるで異界と繋がったようにおぞましく塗り替えられ、ただの人間の二人では一秒たりとも正気では居られなかっただろう。

 絶望のあまり膝をついたのかなはしばらく放心していたが、あまりの気持ち悪さに急な吐き気を催しその場に居の中身をぶちまけた。まだ夕食を取ってなかったのが幸いしてか胃液くらいしか出てこなかったが、その酸味は苦しみそのものであった。ヴォン、とのかなの体が緑色の光に包まれ精神が正常化されるが、心にある苦しみは一向に和らぐ事はない。

 それでも気力を取り戻したのかなは湧きあがる怒りのままにこの惨状を作り出した人物の名を叫んだ。

「道下ことかぁぁぁ!」

 化け物の塔とも言える異形の内部から人の形が出てくる。体の大部分が変容し、汚染されているもののそれには道下ことかの面影があった。

 ただ、それをことかと呼ぶにはあまりにも邪悪過ぎたが。

「なんじゃ、こんな所までご苦労様じゃね」

「なんでこんな事をしたんだ! 二人は何の関係も無いのに!」

 ことかは地の底から響くような歪な笑いをする。

「キヒヒヒヒ、関係ないィ? ……あるよ! ありありじゃよ! ここの娘はアリスタを傷つけた機械兵を匿っとった! つまり仲間じゃ! 同罪じゃ! そしてそいつを助けようしたそこのヤツも同罪じゃ! だからぶっ壊してやった! この世に二度と戻ってこれないようイドの底にぶち込んでやった! のかな、お前と言えど邪魔をするなら容赦せん。ここから消えろ!」

「…………っ!」

 ことかは明らかに狂っているようであった。そもそもあんな異形の怪物と同化している時点で正気を保てるはずがないのだ。説得は無理だと理解したのかなは杖を構えた。

「……今のお前は魔女(ベルダム)だ。これ以上この世界を乱すというならば私が許さない!」

「許さないィ? それは強者が弱者に言う台詞じゃ! お前もそうやって私を馬鹿するのか!? ならば二度とそんな口が聞けんようイドの底にぶち込んでやる!」

 同時、化け物から伸びた無数の触手がのかなを襲う。それを展開してバリアで受けようとするが圧倒的な力の前に容易く破られ、のかなは大きく吹き飛ばされる。

 なんとか受け身を取ったのかなはサニティシステムを起動し、正気の光で触手を消し去っていく。

「ちィ! 忌々しい光じゃ!」

 ことかの力は空間に錯覚をさせて発動している。それを正気の光で正常に戻されると全ての力は失われしまう。闇は太陽には相性的に敵わないのだ。

 のかなは自身が有利と見て、ことかに直接光を入れるべく走る。魔力量の差を考えれば長期戦は圧倒的に不利だ。それに時間が経てばことかが何らかの対策をしてくる可能性もある。魔法少女としての差が歴然である分、のかなは早々に勝負を決めなければならなかった。

太陽光の(サンライト)波動衝撃(ストライク)!」

「くゥ!」

 ことかに拳の一撃を当てるが完全に入るわけもなく、パワーが全体に伝わりきる前に部分を切断して回避されてしまう。

(出力が足りない……! 相手が強大過ぎるんだ!)

 のかなのシステムはあくまで自身を対象にしたものだ。それを応用して攻撃に使うとしても限度がある。

「弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱い弱いィ!」

 お返しと言わんばかりに触手を束ねた柱がのかなの体を薙ぎ払い、人間とは比較にならない圧倒的な暴力の前にのかなの内臓はぐちゃぐちゃにされる。

 痛覚を鈍らせているとはいえ少なくない痛みに耐えながらものかなは不死炎により体を再生させたが消耗は少なくない。皮が破けて中身が飛び出さなかった分だけ幸運だと思えるほどに、今のことかの力は圧倒的だと感じられた。

(やっぱり強い……! いや、弱いはずがないんだ。狂っていると言ってもことかちゃんはトップクラスの魔法少女。それが異形化してさらにパワーが増しているのだから、手がつけられないと言ってもいい強さだ。おそらく対抗できるのはめろんちゃんくらいだけど、この瘴気の中、システム無しで行動するのはいくらめろんちゃんといえども自殺行為だ。ここは私がなんとかしなくちゃいけない。……でも、出来るのだろうか。理性も情も無い力だけの怪物を相手にこの私が…………!)

 勝機が見えなくてもやるしかない。やらなければ殺されるだけだ。ならばとことんやってやろうとのかなは体の中の魔力を循環させ始めた。

(パワーで勝てないのならそれを超える何かを持つしかない。今の私にある“それ”はスケィラの力だ。こんな謎だらけの力でどこまでやれるのかは分からない。それでも信じるんだ。この力が私の未来を切り開くと!)

 スケィラの力が溜まると同時に火の鳥の札に乗せて投げ放つ。バリアによってことかはその攻撃を受けるが、まるでハンマーで頭を殴られたようによろめいた。

「バリア越しにこれほどの衝撃……(くだん)の超能力か!」

「もう一発!」

 追撃の火の鳥が放たれる。だが、それはことかから大きく外れて壁に直撃する。もちろん、そこを狙って投げたわけではない。ことかの力により逸らされたのだ。

「甘いィ! いくらエネルギーが高くても、ロジックを破壊するくらいわけないんじゃ! 化学反応の抑制、気体濃度の調整。どんな魔法でもリリースポイントから放たれた一瞬で全部ぶっ壊せる。このベルテルスの前に魔法は通用せんのじゃ!」

 ことかの力は世界を支配する。世界を介して魔法を使う限り、攻撃が通る事は絶対にない。ロジックの無いただのエネルギー攻撃なら通用する可能性もあるが、魔力量が全くないのかなにそんな事ができるはずもなかった。

(私の魔法はパワーと燃費を両立するために複雑で繊細な物になっている。それでもリリース前に修正すればいくら場が荒れていてもなんとかなった。けど、リリース後に場が変更されたらどうしようもない。まるで後だしジャンケンだ。私の出す手が全て上から押さえつけられている…………)

 かつてめろんがことかの事を「手加減されている」とぼやいていたのを思い出す。その時ののかなには意味が分からなかった。相手に強烈な催眠をかけ、概念すら破壊することかのどこに手加減が存在するのかと不思議だった。

 今、こうして対峙して初めて分かる。あれは確かに“手加減”だったと。ことかの力はあまりに強大過ぎて脆い人間の精神ではまともに扱う事ができないのだ。故に異形と同化し、“手加減”を捨て去った今のことかは間違いなく最強の存在といえる。現に強化された精神力で魔法を使うまでもなく事象を操っている、まるで神のように。

 しかし、これは例え神だとしても邪神だ。のかなの友人二人の精神を壊し、のかなだけではなく立ち塞がるもの全てを破壊しようとしている。おそらくこれは復讐という目標を果たしても止まる事がないだろう。もはやことかは人間ではなく、この世に仇をなす怪物なのだから。

 魔法少女として、何より友人としてここでことかを止めなければならないとのかなは強く思う。

(でも私じゃ勝てない。ここで私がするべきはことかちゃんを惹きつける事。けれど魔法が封じられた今の私じゃ戦うどころか注意を惹く事もままならない。……ここは逃げよう。もしここに居た機械兵が“彼女”ならばきっとなんとかしてくれるはず…………)

 警戒しながら友人二人を回収したのかなは振り返ることもせず逃げ出す。のかなのトラップを警戒したことかは念のため追わず、代わりに本来の目的であった機械兵の探索を再開する。

(さて、どこに隠れたのか……。ここから逃げてはいないはずじゃ。使い魔どもが見逃してなければ……な)

 脳内で屋敷の中を探す使い魔の視界映像を切り替えながらことかは遠くから近づいてくる巨大な魔力反応に気付いて舌打ちをした。

(ちィ。望夜のヤツ、もう来たんか。これだから優等生は……。いつもいつも私をサンドバック扱いでボコボコにしおって。影じゃ私の事馬鹿にしてるんじゃろ? ああ、憎い、ぐちゃぐちゃの肉片にしたい。……違う、優先順位を間違えるな道下ことか。私の目的はあくまで復讐じゃ、アリスタをあんな目にあわせたヤツへの……。ああ、憎い憎い憎い! ……くそっ! 感情が制御できん! 体もどこからどこまでが私なのか分からなくなってきとる。限界なのは分かっとる。けどあと少し、あと少しでいいんじゃ。もってくれよ、私の精神……!)

 なんとか自分を安定させようと苦しんでいたことかの表情が変わる。裂けたように口の端をあげて邪悪な笑みを浮かべて言った。

「見つけたぞ!」

 どぷん、と闇の中に沈み込み、一気にそこまで移動する。

 穏やかな風が吹く屋根の上で月の光を浴びながらその機械兵は立っていた。左手には一風変わった弾倉を持つ銃が握られ、顔の半分の機械がむき出しのその機械兵の目はまるでオッドアイのように左右の色が異なっている。どこか哀しい目は黒にまみれたことかの事をじっと見つめていた。

「お前がアリスタを! ……殺す!」

 ことかはもう自分を制御するつもりはなかった。理性という手綱を放し、自らの力が最大限に発揮されるよう全てを投げ出した。人間が完全なる怪物になった瞬間だった。

「があああああああ!」

 獣の叫びだ。夜の闇を吸いこむように広がっていく黒は月すら覆い隠すほどに巨大に醜く成長していく。まるでこの世の全てを我が物とするかのように。

 しかし、そんな圧倒的な存在を前にしても機械兵は平然としていた。

「悲しいな……心が痛むっていうのか? 血の代わりにオイルが通うこの体に心があるっていうのか? そんな馬鹿な…………」

 自らのおかしさを笑うように機械兵は肩を震わせた。

「なあ、オレが人間に見えるか? オレが天使に見えるか? 鏡の中の自分の姿を見る度、彼女がイカれてるんじゃないかってオレは思うんだ。でも、優しい彼女の言葉を聞くとそんな事どうでもよくなるんだ…………。オレも十分イカれてるのかもしれない」

 目に見えない力が左手の(ガン)に集中していく。凄まじいエネルギーの奔流、しかし誰もそれに気付かない。誰も知りえない彼女だけの世界。

「この痛みはどこまで続くんだ? 教えてくれ。もし、この目覚まし時計のベルのような怨嗟の声が永遠に続いていくものなのだとしたら……オレはしなくちゃいけない事がある」

 ゆっくりと銃が上がり、右手が左手の下に十字架のように添えられる。

「この痛み(ハァト)を破壊する。オレは破壊者(ブレイカー)。おそらくそのためにあの世から戻ってきた…………」

「があああああああ!」

 駆け引きも何も無く、うごめいた黒が凄まじい速度で全方位から機械兵を襲う。嵐のような勢いに機械兵は動く事ができない―――いや、“動かなかった”。

「ハートブレイカー!」

 銃のトリガーが引かれる。発射された弾丸を核として空間内のスケィラが凄まじい勢いで集中する。やがて一定量のパワーを持ったそれは力あるビジョンとしてこの世に顕現する。

《ビビビビビ…………》

 両面円錐に顔のような模様の付いたそのビジョンは高速回転を始め、機械兵に襲いかかろうとしていた辺りの闇を見えない力の波動で吹き飛ばす。

「『キング・ビーズ』! 回転によりスケィラの乗ったパワーを拡散させ、空間を制圧する!」

「あああああああ!」

 力の波動により吹き飛ばされたことかは夜天に蝙蝠のような翼を広げて飛び上がり、周囲に展開した魔法陣より上空からいくつもの黒い光線を放つ。概念を破壊する力により空間を傷つけ、そこから存在自体にすら損傷を与える波動を繰り出し、光線と合わせて機械兵を襲う。

「ぎぃぃぃぃ!」

 だが、圧倒的な力を前にしても機械兵は一歩も退く事はなかった。その下にはぐり子の屋敷がある。そこは過ごした時間は短くとも機械兵にとって大切な物であった。魔法により簡単に修繕できるとしても、目の前で破壊されるのを黙って見てはいられない。

(受けられるか? いや、やってみるしかない!)

 手を交差させた十字に祈るようにして銃のトリガーを引く。

「『マニッシュ・ボーイ』!」

 打ち出された弾丸が散弾のように空中に広がっていく。その一つ一つに集中したスケィラの力が鋼鉄の騎士へと変わり、壁のように機械兵の前に顕現する。

 騎士は機械兵を守る盾としてことかの攻撃を受けとめる。だが、あまりに凄まじい攻撃のため受けきれずに機械兵に攻撃が届く事も少なくない。だが、それでも機械兵は怯むことなく屋敷を守り続けた。

(……ッ! この力、ベルテルス式か! 防御無視の概念破壊相手に長期戦はキツい。ここは強引にでも切り抜けるしかない!)

 機械兵の銃より上空のことかに向けて弾丸が放たれる。それに集まったスケィラは死神のような形を取り、自分に来る攻撃を下にたたき落とす。

「『ザ・ロウアー』! スケィラの“重み”を味わえ!」

 ビジョンがことかに向けて鎌を振り下ろす。だが、それは周囲に拡散された瘴気に触れた瞬間、分解されるように消え去ってしまう。

 だが、それだけで十分だった。『ザ・ロウアー』を囮にして跳躍した機械兵はすでにことかを射程圏内に収めていた。

「全ての痛みを破壊しろ! ハートブレイカー!」

 機械兵がトリガーを引く…………。いや、引けなかった。

 持病の腕のしびれが再発し、硬直した指はトリガーの一ストロークを動かす事ができなかった。

「クソッ! こんな時に!」

 腕を膝に叩きつけて無理に動かそうとするが生じた隙はあまりにも大きく、ことかが攻撃の準備を完了するには十分過ぎるほどだった。

「がああああああ!」

 腕を巨大な触手の鞭へと変えて、ことかは機械兵を地面にたたきつける。薙ぎ払われた機械兵は衝撃のあまり動く事ができない。

 そこにとどめとばかりにことかは闇の中から巨大な槍を生み出し機械兵に投げ放とうと構えを取る。

「ぐるるるるる…………」

(ちぃ……脆い体だ、指一本動かねぇ。バリアの代わりの力場も大して役に立たないし、万事休すか…………?)

 死に直面した状況にあっても機械兵はあまり恐怖を感じなかった。それが、もはや生物ではないのだという事を強く認識させ、機械兵は行き場の無い苦しみに震える。

 だが、そんな物がどうでも良くなるほどの激しい感情が機械兵の胸にはあった。執念というべきほどの思い。この世界に残してしまった災厄を片づけるまでは死ぬわけにはいかないと機械兵はエラーとクラッシュの海の中で必死にもがいた。

(諦めて……たまるか! オレはこんなところで終わるわけにはいかないんだ。全ての痛みを消して、あの場所に帰るまで死ぬわけにはいかないんだ!)

 もはや体は動かない。指一つ動かすことすらできない。

 だから呼んだ、友の名を。あの時呼べなかったその名前を。

「のかなぁぁぁぁ!!」

「があああああああ!」

 ことかの手から槍が放たれる瞬間、どこからか飛んで来た緑の光を纏った存在がバリアに勢いよく体当たりをし、弾かれて空中に投げだされる。力を失い、落下を始めたそれは何故か諦めてはいなかった。

「一瞬でも隙があれば!」

 はっとした機械兵は目にも止まらぬ速さで飛ぶ白い光に気付く。大砲のように杖を構えたそれが止まった瞬間、膨大な光がそこから溢れだし辺りを白夜のように照らしだした。

「ハイパープラズマシュート!」

 凄まじい力を持つ光の奔流はことかの纏っていた闇ごと全てを吹き飛ばしていく。バリアも概念破壊も関係ない。空を引き裂いて雲も闇も何もかもを消し去って、漲る力のままに蹂躙していく。

 ほんの数秒が何十秒のように感じられるほどの衝撃。その眩しさが収まった時、大地に空いた大穴の中に傷だらけのことかがうつろな目で倒れていた。

「がっ…………あ………………」

 終わった。

 そう誰もが思った。しかし、その予想を裏切るようにしてことかは闇を纏い再び立ち上がろうとする。

「うっ……ぐううう!」

 すでに戦う力が残っていないのは明らかだ。杖を支えにして立っているのがやっとの状態だというのにことかの目に宿る怒りの炎が揺らぐ事はなかった。

 のかなは理解できないと叫ぶ。

「どうして!? どうしてそこまでして戦おうとするの!? こんな事、誰も望んでいないのに!」

 荒い息をしながら吐き出すようにことかは言う。

「そんな事はなぁ……そんな事は分かっとるんじゃ……! じゃけどな! そんな簡単に割り切れるほど人間ができちゃいないんじゃよ! マリー=マールの時もそうじゃった。私はお前達が望むならばと許した。怒りを心の奥にしまいこんで。でも、それは消える事は一向になくて行き場の無い怒りが薄氷の下に渦巻いていたんじゃ! 正しくても納得できん事はある。傷つけられた痛みは傷つける事でしかぬぐえない。できたヤツののかなや優等生の望夜にはこの気持ちは分からん、分かってほしくもない! こんな弱い人間の情けない気持ちなんて……! 大切な物が傷つけられた苦しみを堪えられず誰かにぶつけることしかできない。私がもっと強かったのならアリスタを守れたんか? アリスタがこうなったのは弱い私のせいなんか? 私は……どうしてこんな事しかできないんじゃ? 私は……私は……。ああああああああああああああああああああああ!」

 ことかは泣いていた。心を切り裂くような悲痛な叫びをあげながらもう一度怪物の姿へと変身する。望んでやっている事ではない。だとしても止まる事はできない。もし、止まってしまったら悲しみに心が潰されてしまうだろうから。

「ことかちゃん…………」 

 もはや友の声も届かない。説得は無理だと思っためろんはこれ以上誰かを傷つける前に引導を渡そうと杖のチャージを始めた。

 それを見たのかなは必死に訴える。

「めろんちゃん、止めて! これ以上やったらことかちゃんが死んじゃう!」

 それに対しめろんは淡々と告げる。

「今のことかちゃん相手に殺さないよう手加減するのは無理だよ。普通の人なら姿を見ただけで発狂する程の瘴気が出てる。私は自分の精神を自在にコントロールできるから平気だけど、魔法少女としてこんな危険な存在を放っておくわけにはいかないよ」

「でも…………だからって友達を殺すの!?」

 めろんはどこまでも深く黒い瞳できっぱりと言った。

「うん、そうだよ」

「…………っ!」

 子どもに言い聞かせるようにめろんは続ける。

「人はね、常に選択を迫られてるの。それは待ってはくれない。少ないタイムリミットの中で最も良いって思える選択をしなくちゃいけないの。どっちも守りたいからって駄々をこねてもどちらも守れずに終わるだけ。私はことかちゃんを殺してそこの機械兵さんを守るよ。侵略者の機械兵団に勝つ鍵を持っていそうだからね。ここでことかちゃんを取っても地球は救えない。命の大切さを数で決めるつもりはないけれど、やっぱりみんなの事が大切だと思うから容赦も手加減も全くするつもりはないよ」

「めろんちゃん…………」

 あまりにも迷いの無い、澄んだ瞳だった。自分の行う事全てが正しいと確信しているような…………。いや、現にめろんは正しいのだ。一人のために多くが犠牲になるならば少数を切り捨てるというのは種の保存的には何の間違いも無い。

 だが、のかなは納得できなかった。道を外れたからといって友を殺さなければならないなど理屈で理解できても感情が否定していた。

 しかし、納得できなくとものかなにこの状況を変える力は無かった。所詮は落ちこぼれの魔法少女なのだ。魔力も魔法適正も無ければ、道を切り開く力も無い。

 できる事と言えば諦めない事ぐらいだった。最後の最後まで考え、常に前向きでいて、どんな困難にもくじけない。そうやって耐えて、来る可能性などあるはずもないチャンスを待つ事しかできない。

 それでものかなは考えた。この状況を変える手段を。そして気付いた、“自分ではどうにもできない”と。

(そうだ……私は何もできない。魔力も適正もなくて、鈍くて弱くて情けない。でも、私にはそんな私でも気にしないでくれる強い人達が居るんだ。私では駄目でも、その人達の力があればできるかもしれない……!)

 のかなに組み込まれたサニティシステムは記憶から人の幻を作り出す事ができる。それを上手く利用すればことかを救える可能性はある。

 だが、それは諸刃の剣だ。作りだされるものは所詮偽物に過ぎず、下手に傷ついたことかの心を刺激するような事になればもう二度と助けるチャンスは訪れないだろう。

 命の重さを感じ、のかなの手が震える。しかし迷っている時間は無い。決断しなければならない。何もせず責任を放棄しあるがままを受け入れるか、それとも失敗と成功のコインを回し、その先の光景を手に入れるか。

 動けばどうやっても傷つかずにはいられない。だが、動かなければ生きている意味がない。

何もできず助けられなかったジャネットの事を思い出し、のかなは迷いを振り切ってシステムを起動した。

(お願い……! アリスタさん、私に力を貸して!)

 祈るように手を合わせると、のかなの体が緑色の光に包まれその輝きが天を貫いた。光はまるで太陽のように辺りを照らしだし、暴走したことかやそれを倒そうとするめろんも戦意を喪失したかのように動きを止めた。

「光が広がっていく……。のかな、これがお前の力か…………」

 のかなの姿が変わる。自分では救う事が出来ないから、助ける力を持つ誰かになるために。のかなは犬のような従順な雰囲気を持つ、中性的な存在へと変わっていく。それはめろんの記憶違いでなければアリスタということかのパートナーそのものであった。

 ゆっくりと目を開いたアリスタの幻は茫然としていることかの元へと降り立つ。

「『ことか様…………』」

「アリスタ…………」

 それに触れようとして、ことかは悲しげに手を引っ込める。

「私にお前の傍に居る資格はない! ただ悲しみを紛らわすだけに当たり散らす愚か者じゃ。こんなヤツと一緒に居たらお前まで駄目になる。私はもう疲れたんじゃよ……。怒りを堪えるのも、それを吐きだすのも。だからここで眠らせてくれ。こんな弱い私を死なせてくれ!」

「『ことか様……』」

 アリスタは優しく微笑みながら言う。

「『別にいいじゃないですか、駄目でも弱くても。僕はそんなことか様の事が好きなんですから』」

「じゃ、じゃけど……私の手はもうこんなに真っ黒で…………」

「『大丈夫ですよ。あなたには僕だけじゃなくて、たくさんの友人が居ます。なんとかなりますよ、きっと。人間って案外適当な物なんです。痛みも悲しみも怒りも時間と共に忘れていけます。だから今は家に帰りましょう。みんなも心配していますよ』」

「あ、ありすたぁ…………」

 ことかの纏っていた闇が溶け落ちて、無垢な体が露わになる。見たままの子どものように泣き出したことかはアリスタの胸に顔をうずめて震えだした。

「っ……うっ……みんな、ごめん。ごめんなさい。怖かったんじゃ、自分で自分が止められなくて。何やってるのか分からなくなって、後にも引けなくなって。怖かった……怖かったんじゃよ……!」

「『大丈夫です。もう怖い事はありませんから』」

 そうしてアリスタはことかが眠るまで優しく見守っていた。ずっと気を張っていたためか安心したことかは死んだように眠った。

 上空でその様子を見ていためろんは光が収まりアリスタの幻が消えると共に戦闘状態を解除し、眠ったことかをデバイスから出した追加装備のマントで包んでいるのかなの傍に降り立った。

「やっぱりのかなちゃんって凄いなぁ。両方助けちゃった」

 のかなは苦笑いを返す。

「凄いのはめろんちゃんの方だよ。きっと、めろんちゃんならことかちゃんを殺さないよう手加減して止める事もできたはず。でも、それじゃことかちゃんの心は壊れちゃったと思う。めろんちゃんが発破をかけてくれたから私はこうやってことかちゃんを助ける事ができたんだ。ありがとう、めろんちゃん」

「あはは、買い被り過ぎだよ。そこまで考えてないって。私は発破なんかじゃなくて、本気で殺すつもりだったんだから…………ね」

 にこにこと笑みを浮かべるめろんの本心は読めない。それが真実なのか嘘なのかすら、誰も窺い知ることができない。彼女はただ圧倒的にきまぐれにそこに存在しているだけだ。

「とにかく救えてよかったね。私もことかちゃんとはもっと遊びたいと思っていたの。あれだけのパワーがあるのなら訓練のしがいがありそうだしね。うーっ、今からわくわくしてくるよ」

「あははは…………」

 こんな時でも調子の変わらないめろんの台詞に苦笑したのかなは大きく息を吐き、真剣な表情を取る。

「めろんちゃん、ことかちゃんの事を頼んでもいいかな? 精神を壊された二人は治しておいたから一応大丈夫だけど、汚染を除去した時の後遺症で記憶が消えているかもしれない。私はしばらく二人のケアに専念するから、めろんちゃんはことかちゃんの事を支えてあげてほしいんだ」

「んー、その必要はないと思うよ」

「え?」

 めろんが空に目を向けると、そこには本物のアリスタと付き添いの魔法少女が数人ほど浮かんでいた。地上に降り立ったアリスタはことかを一瞥すると二人に話しかけた。

「どうやらご迷惑をおかけしたようですね」

「あ、アリスタさん!? ゆ、幽霊?」

 ははは、とアリスタはさわやかに笑った。

「いやですよ、桑納様。死にかけましたがこの通り僕は元気ですよ。意識が戻ったのはついさっきですけどね」

「そうなんですか…………」

 のかなは少しためらないがらも思い切って言う。

「あの……できればことかちゃんをあんまり責めないであげてほしいんです。空回ってはいたけどアリスタさんの事を思ってやったことだから…………」

「………………」

 優しげな笑顔でアリスタは言う。

「大丈夫ですよ。僕が言わなくても、ことか様はもう分かっているはずですから」

「アリスタさん…………」

 のかなにふと疑問が浮かぶ。なぜアリスタはこのタイミングに来れたのだろう。誰も連絡をしていないはずなのに、と。それに答えるようアリスタは呟きを漏らす。

「さっき夢を見たんです。それはひどく現実味がある夢で僕はちょうどこんな感じの所で怯えていることか様を優しく抱きとめてあげるんです。そしたら迎えに行かなくちゃいけないっていう強い思いと共に目が覚めて、知らないはずのここに気がついたら着いていたんです。どうしてだかは分かりませんけどね」

「それは…………」

 偶然にしては出来過ぎているとのかなは感じた。サニティシステムが本人の精神と感応したと考えるのがもっとも自然だが、ただの精神浄化装置にそこまでの力があるはずもなくただ不思議であった。

 しかし、のかなにはそんな理屈などどうでもよく、ただ二人の気持ちが通じ合ったのだという事だけが大切に思えた。

「事の始末は後で付けるということで、今日の所はことか様を引き取らせていただいてもよろしいですか? 機械の方」

 いつの間にか動けるようになり、人知れず立ち去ろうとしていた機械兵は舌打ちをした。

「チッ……。好きにすればいいだろ。せっかく気付かれないで抜け出せそうだったのに邪魔しやがって」

「死にかけたお返しですよ。少しは苦しんでいただかないと」

「相方と同じで意地の悪いヤツだぜ、全く…………」

 ことかを連れてアリスタが去ると、のかなの視線は機械兵に向いた。逃げるタイミングを失った機械兵は苦々しい顔をする。

 のかなはためらいがちに言った。

「デビッタ……なんだよね?」

 しばらく沈黙していた機械兵はきっぱりと否定する。

「……違う」

「じゃあ、どうしてその銃を持っているの?」

「拾ったんだ」

「あなたはスケィラの力を使えるでしょ?」

「一人しか使えないわけじゃない、お前だって使えるだろ」

 のかなは追いつめるように言う。

「どうして私がスケィラの力を使えることを知っているの? 覚えたのはつい昨日の事なのに」

「…………ちっ!」

 閉口した機械兵は絞り出すように言う。

「オレは……デビッタじゃない。アンジェラだ」

「デビッタ…………」

 苛立った声で機械兵は叫ぶ。

「オレをその名で呼ぶな! オレがヤツを……デビッタを殺したんだ。殺しちまったんだ、この手で……デビッタを…………!」

 機械兵の肩はまるで泣いているように震えていた。のかなは迷いの無い瞳ではっきりと言う。

「話をしてよ、その話を」

「お前…………」

 のかなは挑発するように馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

「それとも怖いの? 私が怒りを持つことが。デビッタを殺したっていうのに恨まれるのが怖いんだ? とんだ腰抜けだね」

「……なんだと?」

 少しイラつきを覚えた様子の機械兵は言う。

「おとなしくしていれば調子に乗りやがって! オレのどこが腰抜けだっていうんだ。このギーク女!」

「腰抜けでしょ? そんなヤツ相手にびびってるんだから」

「ふざけんな! オレは罪の意識とかを感じてだな……複雑な気持ちなんだよ! お前みたいに単純な頭をしてないんだよ!」

「……馬鹿じゃないの?」

「んなぁぁぁぁ!?」

 当たり前のようにのかなは言う。

「殺したとか殺さないとかどうでもいい。あなたがデビッタの意識を持つというのならばそのままに生きるべきだよ。それが本物か偽物かは私達が決める。罪の意識を感じているというのならばなおの事そうすべきだ。デビッタもきっとそう望んでいるはずだから」

「のかな…………」

 納得した機械兵は悲しげに呟く。

「分かったよ……。でも、デビッタとは呼ばないでくれ。それはオレの名前じゃない。代わりにアンジェラとでも呼んでくれ。友達がそう名付けてくれたんだ」

「アンジェラ……」

 確かめるように呟いたのかなは近くに寝かせて置いたるいを背負って言う。

「めろんちゃん、ここの処理を任せてもいいかな? るいちゃんを送ったらアンジェラと二人で話したい事があるんだ」

「いいよ。久しぶりの再会みたいだし、ゆっくり話をしてよ」

 気前の良いめろんの台詞にのかなは感謝をした。

「うん……ありがとう」

 ぐり子の家を後にしたのかなは暗い夜道をアンジェラと共に歩く。るいを家に送り、のかなの家に戻るまで二人は一言も発することなく、触れ合う事を恐れるように沈黙していた。

 のかなの部屋の電気がついた時、アンジェラはポツリと呟いた。

「変わらないな、ここは」

「あれからそんなに経っていないんだもん。当たり前だよ」

「それもそうか……。オレの中ではもう人の一生分くらいの時が過ぎたような気がしていたんだけどな」

 机の上のスプーンを見て、アンジェラは懐かしそうな顔をする。

「まだ持ってたんだな、これ。お前ならすぐに曲げられると思ってたんだけどな」

 のかなは困ったような笑みを浮かべる。

「私は昔とは違うから……。記憶も穴だらけで最近の事以外は思い出せないくらいだし、スケィラまで行きつくのも大変だったよ」

「そっか……。変わっちまったんだな、お互い」

 のかなは首を横に振る。

「そうでもないよ。人間そんなに簡単に変われないからね。記憶すら吹き飛んだのに私はまだ魔法少女をやってるし、アンジェラだって意地っ張りで強情な所全然変わってないよ。……っていうかむしろ悪くなってない?」

 アンジェラは苦笑を漏らす。

「言ってくれるぜ。お前のそういう減らず口も全然変わってないってのによ。でも、言われてみれば思ってるよりは変わってないのかもな。オレはデビッタを殺してその記憶と命を奪った。見方を変えればオレがデビッタになったとも言える。お前がどう思うかは別としてな。デビッタは元々天涯孤独の身だ。今となってはお前くらいしかデビッタを知るヤツはいないだろう。そんなお前がオレをデビッタと呼ぶならばそれでいいと思わない事もない」

「でも嫌なんでしょ?」

「気持ちの問題さ。オレの中ではデビッタの時間が死ぬ寸前で止まっていて、ずっとあの冷たい床の上に横たわっているんだ。そして、そこから帰ってこれない。アイツはとても寂しい思いをしているのにどこにも行けないんだ……………」

「アンジェラ…………」

 のかなはふと、デビッタの叶えて欲しかった願いの事を思い出す。結局聞けずじまいだったあの願いは一体どんな物だったのだろうか。

 その答えはすぐ目の前にあって手を伸ばせば届きそうな気がしたが、やはり永遠に謎のままなのだろうと知る事を放棄した。

 死んだ人間の気持ちは誰も分からない。例えその人物の完全なるコピーだったとしても、終わりの時が違えばその気持ちも違う。謎は謎のままなのだ。

 生きている者は推測するしかない。よりよい方向へと。おそらく死んだ者もそう望んでいただろうと願いながら。

「スプーンを曲げてみたいんだ。それがデビッタに繋がっているような気がするから」

 意思を秘めたのかなの瞳を見たアンジェラは言う。

「答えは……いらないだろうな。もう正解は失われちまったんだ。これで良かったと現実に折り合いをつけて妥協していくしかない。そんな苦難に挑むお前にオレからの選別としてヒントをやろう。スケィラにはデビッタ以外誰も到達した事のない領域がある。そこを『先の地平』とデビッタは呼んでいた。パワーの無いスケィラが唯一パワーを持つ場所。そこでスプーンは曲げられる」

「『先の地平』…………」

「知っての通りスケィラを集め続けるのは不可能だ。途中でバラけちまう。だが、何らかの方法でスケィラを圧縮する事ができればそのスケィラに引き寄せられたスケィラが自身を圧縮し、その繰り返しによって無限にパワーを集中させることができる。その境地は事象の地平の先に存在している。それが『先の地平』だ」

 のかなは難しい顔で考える。

「理屈は分かったよ。でも、スケィラを圧縮するなんて一体どうしたらいいの?」

 スケィラは形の無いエネルギーだ。物体のように押しつぶせばいいというわけにはいかない。仮に圧縮できたとしても増大するエネルギーをコントロールするのは至難の業だ。のかなでは一瞬でも制御する事はできないだろう。

 その疑問に答えるようにアンジェラは言う。

「スケィラは圧縮するんじゃない、させるんだ。こればかりは理屈で言っても説明できない。スケィラ自体にパワーはない。その事をもう一度良く思い出せ」

 アンジェラの説明はあまりに無茶苦茶で説明になっていなかった。他にもっと良い言い方は無かったのかとのかなは困惑する。だが、アンジェラがわざとそう言ったわけではないという事はなんとなく理解はできた。

 達人の技は理屈だけではなく、そこに至るまでの道のりがあって初めて完成するという。熟練された考え方や積み重ねがなければ理解できない事があるからだ。

 今ののかなに積み重ねは存在しない。全部崩れてしまったのだから。しかし、そこまでの道のり全てが無駄になってしまったわけではないという事はのかなにはよく分かっていた。

 頭が忘れてしまっても体が覚えている。その事実は才能の無いのかながヒントを得ただけでスケィラに気付いた事で証明されている。もし完全に忘れてしまったのならあらゆる事に人一倍の努力を要するのかなが咄嗟(とっさ)にスケィラを使えるはずがないからだ。

 過去の自分がどの領域まで到達したのかをのかなは知らない。だが、今の自分と同じように真実を探し続けていたのならば心配する必要はないと考えていた。

 のかながパートナーに関する記憶を思い出せたように、求め続けていればいつかどこかで真実に繋がるのだ。自分は“今”だけで戦っているのではない、過去の自分も同じく戦っているのだ、今と過去とを繋げるトンネルを開くために。

(アンジェラの言う事がなんとなく理解できる気がする……。私の中の何かが教えようとしている…………)

 まだ掴みかけただけだが、のかなにあった自身に対する違和感はいくらか薄れていた。

「……結局よく分かんないや。手探りでやっていくしかないかな。でも、その方が私らしいといえばらしいかもね」

 アンジェラは楽しげに笑った。

「確かに。お前の武器はひたむきさとガムシャラな姿勢だ。ガッツだけは一流だって所を見せてくれよ」

「ガッツ”だけ“……って。いや、実際そうだけどさ。アンジェラに言われるとなんかムカつくんだよなぁ…………」

 苦笑したのかなはふぅと息を吐き、一日の疲れを体から抜くように大きく伸びをした。すると夕食を食べていなかった事に体が気付いたのか腹がぐぅと鳴り、のかなは恥ずかしそうにごまかした。

「あはは……落ち着いたらなんだかお腹がすいちゃったみたいだね。軽く夜食でも取ろうかな? アンジェラはオイルでも飲む?」

 あり得ないとアンジェラは焦りながら否定する。

「いや、飲めねえよ。どこのアニメキャラだよ」

「えっ……?」

「いやいやいや、『どうしてできないの?』みたいな顔すんな。普通に考えてオイルを口から摂取するような愉快なギミックは現実的にあり得ないだろ。それにオレのエネルギーは力場のお陰で無尽蔵だからそもそも補給の必要がないんだよ」

 ショックのあまりのかなは愕然とする。

「そ、そんな……。『魔法起動アルミ』のアルミみたいなロボットにオイルをストローで飲んでもらうのが私の夢だったのにぃぃぃぃぃ!」

「あっそ」

 興味なさげに相槌を打ったアンジェラは棚から適当な漫画を取り、座り込んで読み始める。とぼとぼと台所へと向かっていったのかなはしばらくの間、残念そうにため息をついていた。

 その後、風呂に入り寝る準備を整えたのかなは壁に寄りかかってすでに寝ているアンジェラに気付いた。

 機械は疲弊しないといっても精神は別だ。デビッタを殺したという重圧やのかながそれを怨むのではないかという不安、記憶だけを受け継いだ全く別の存在という絶望感。

 それらの苦しみに耐えて今日まで生きて来たのだ。のかなに認められる事で重荷から解放された今、泥のように眠ってしまうのも至極当然といえる。

 安心しきったアンジェラの顔を見て微笑んだのかなは電気を消してベッドにもぐりこんだ。二人の友人の事や機械兵の事などまだまだ問題はたくさんあるものの、今は懐かしい友との再会をのかなは喜ぶ事にした。

(デビッタのようでデビッタじゃない。正直私も複雑な気持ちだけど、今はこの懐かしい感覚に浸っていたい。この夢のような邂逅は春先の雪のようにすぐに溶けて消えてしまうような気がするから)

 目が覚めたらいつかのようにアンジェラが去ってしまうのではないかと、のかなは少し不安であったが疲れがたまっていたのかすぐに眠りに落ちていった。


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