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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編1:地球に落ちてきた女
20/204

第二章 2

(やっぱり上手くいかないや…………)

 デビッタの残した謎がスケィラという力に関係している事は分かったものの、それにどうやれば到達できるのか、まるで分からずにのかなはため息をつく。

 自分の部屋の床に座って魔法制御回路の痕に集中してみるものの、体をめぐるほんの僅かな魔力は焦げ付くような熱さを残すばかりで何の力も生み出しはしない。このままではオーバーヒートしてしまうとのかなは試すのを止めた。

(やっぱり、ただ魔力を流すだけじゃ駄目なのかな…………?)

 寝転がって実験結果をノートに書き記していく。すでに書き記されたいくつもの回路図でページは黒くなっている。記し終えたのかなはパラパラと前のページを振り返り、何が悪かったのかを考える。

(そもそも流すだけでパワーが生まれるのなら質量保存則の崩壊だよ。第一、私は疑似的な回路だから魔力伝達のロスも大きいし、この方法は何か違う気がする…………)

 のかなは難しい表情で思い悩む。しかし、こうやって考えていても仕方ないともうすぐ来る友人を迎える準備を始めた。

 そして少し経った頃、家のチャイムが鳴り、ドアを開けるとそこには友人の佐下るいが立っていた。

「早かったね、るいちゃん」

「おう。お邪魔するよ」

 自分の家のように入ってきたるいはのかなの部屋へと向かい、予め用意されていた座布団の上に座った。のかながテーブルにあるポッドからコップに麦茶を注ぎ、るいはそれを少し飲んでふぅと一息ついた。

「のかなの家に来るのも久しぶりだなぁ。漫画の数がまた増えてないか?」

「よければ最近読んで面白かったのを貸してあげるよ。るいちゃんが私の好きな作品を好きになってくれると嬉しいからね」

「相変わらずありがたいヤツだよ、のかなは。私のお小遣いは少ないから助かる」

 そう言ってるいは苦笑を浮かべる。だがそれはすぐに真剣な表情へと変わる。

「お前も分かってると思うけど、今日来たのは別に無心をしに来たわけじゃないんだ。お前も薄々気づいているだろうけど、ぐり子の事を相談しに来たんだ」

「最近、ぐり子ちゃんの様子がおかしいって事?」

 こくりとるいは頷く。

「ああ。妙に落ち着きがないっていうか上の空っていうか。一体何が起きているのかちょっと心配なんだ」

「本人には聞いてみたの?」

 ふぅとるいはため息をつく。

「そりゃね。でも、はぐらかされるだけで、何の手掛かりも得られなかったんだ。最近付き合い悪いしさ、ぐり子は一体何をやっているんだろうね。のかなは気にならない?」

 のかなは難しい顔をする。

「気にならないって言えば嘘になるけど、ぐり子ちゃんの問題なんだろうしあんまり踏み込んじゃいけない気もするんだ」

「うーん……そっか。今日、のかなん家に来たのは一緒にぐり子の偵察しようって誘うためだったんだけど、そう言われると気が引けるな…………」

 るいに普段の飄々とした様子はなく、ただどこか寂しげだった。

「分かってるんだ。ぐり子にも自分だけで解決したい問題があるって事は。でも、長年相棒みたいに付き合ってきた私くらいには話して欲しいとも思うんだよ。私はそこまで頼りにならないのかって悲しくなる。ま、アイツにしたら私なんて手のかかる顔見知りくらいの認識で、実際は私が深入りしすぎてるだけなんだろうけどさ。それでも私は心配しちゃうんだ。そう簡単に割り切れるほど、人間ができちゃいないからさ」

「るいちゃん…………」

 ふぅと息を吐いたるいはごまかすように笑った。

「悪い。学校で言えばよかったんだけど、誰にも聞かれたくなくてさ。ほら、私にもイメージってあるじゃん。悩みの無いバカっていうか、なんていうか。実際もそんな感じだけどさ、たまには考える時もあるんだよ。だから……今日は聞いてくれてありがと。何か変わったってわけじゃないけど少し気が楽になったような気がするよ」

 るいはしばらく無理に笑っていたが、やはり落ち込みは隠せない。のかなは静けさの中でしばらく考えていたが、やがてポツリと呟いた。

「なんだかるいちゃんらしくないね」

「え?」

 驚くるいに淡々とのかなは言う。

「るいちゃんってさ、もっと自分勝手で暴走してるイメージなんだよね。池のコイを釣ったり、遊泳禁止の所で泳いだりって感じでさ。とにかく無茶苦茶なんだ。でも、その無茶苦茶がたまに回り回って良い方向に向かっていくから不思議なんだ。つまり……えーと、なんて言ったらいいか分からないけど、るいちゃんにはもっと自由でいて欲しいんだ」

「のかな…………」

 話を聞いてるいは思う。慎重になりすぎるあまりぐり子を遠ざけてしまったのではないかと。確かにぐり子は大切な友人だ。

 しかし、宝玉のようにただ大事に扱えばいいというものではない。相手は自分と同じ人間なのだ、泣いたり笑ったり感情を持っている。そんな相手に理屈だけでぶつかっていくのは間違いだ。

 感情には感情を。それでも上手くいかないこともたくさんあるだろう。だが、それが人を相手にするという事で、それが友達付き合いというものなのだ。

 恐れを抱く必要はない。改めてるいは理解した。

(そうだね……こんな事で悩むなんて私らしくないや。嫌われる事を恐れて何もできないくらいなら、いっそとことんまでやってやろう。それが佐下るいってヤツなのさ)

 元気を取り戻したるいはのかなを見て笑った。

「ちぇっ、のかなに諭されるなんて、私もまだまだみたいだなぁ」

 ぷぅとのかなは不機嫌そうにふくれる。

「ひどいなぁ、私だって頑張ってるのに」

「私達三人の中ではのかなが一番子どもだからさ。背伸びしても駄目だって」

 立ち上がったるいはのかなに手を差し出す。

「行こうよ、ぐり子の家に」

「でも、迷惑じゃないかな?」

「構いやしないさ。だってぐり子だぜ、私がバカやるのなんてお見通しさ。『またこんな事をして』とか言って私にだけ文句を言ってくるのさ。それが私達の暗黙の了解、だろ?」

 るいの手を取ってのかなは立ち上がり苦笑した。

「確かに」


 その後、のかな達はぐり子の家に忍び込みにいった。

 木の枝に縄をかけて塀を越えたが、子どもの体重とるいの卓越した運動神経が無ければそれは不可能だっただろう。そのまま草むらにまぎれてぐり子の部屋の前まで行き、るいは木を伝って部屋の中の様子を見た。

(ぐり子は居るかな…………っと)

 おもむろに部屋の中を覗き込んだるいは思わず目を丸くした。

(なっ…………! ロボット!?)

部屋の中ではぐり子が不気味なロボットと親しげに会話をしていたのだ。とにかく異様でるいは得体のしれない恐怖感を感じずにはいられなかった。

(ぐ、ぐり子、な、なんなんだよ、そいつは!)

 あまりに動揺したため、るいは木の枝を折って音を立ててしまう。ぱきっという音に気付いた室内のぐり子が勢いよく窓を開ける。

「誰!?」

(くっ…………!)

 見ていた事がばれるとまずいと思ったるいはとっさに木の影に隠れた。そのままぐり子が窓を閉めるのを待ってのかなの元へと戻っていく。

「ぐり子に気付かれた。完全にばれる前にここを出るよ」

「うん、分かった」

 普段から悪戯をしているおかげか、るいの撤収は鮮やかでのかなは安心してついていく事ができた。だが、その表情からは明らかな困惑が見受けられたが。

 ある程度家から距離を取った所で、走ったせいで乱れていた息を整えながらるいは言った。

「ふぅー…………。正直ヤバかったよ。見つかってたら間違いなく殺されてたね」

 膝をついて肩で息をしながらのかなは聞く。

「るいちゃんは一体何を見たのさ」

 ヤケになったようにるいは言う。

「ロボットだよ、ロボット! あれはどう見ても宇宙から来たやつだったね。ぐり子のヤツ、宇宙人の侵略者に操られてるんだ。ああ、私はどうしたらいいんだろう。こんな事、大人に言っても信じてもらえないよ。もうこの星は終わりだ、アーメン」

「落ち着いてよ、るいちゃん。そんな侵略者だなんて…………」

 キッ、とるいはのかなを睨む。

「魔法少女が居て、どうして宇宙人の侵略者が居ないって言えるんだよ!」

「うっ!」

 それはごもっともだ、とのかなは一瞬何も言えなくなる。だが、閉口してもいられないとせめてるいからもっと情報を聞き出すことにする。

「そ、そいつはどんな感じのヤツだったの?」

「正直ショックが大きすぎてよく覚えてないんだけど、顔の半分が内部の機械むき出しで背中に片方だけ天使っぽい羽の生えた不気味なヤツだって事だけは覚えてる。ああ、親切心なんかでぐり子の様子なんて見にいかなければ良かった…………!」

「隻翼の天使…………?」

 るいの言っている事が間違いでなければ、それはこの前のかなが見たロボットの特徴をよくとらえていた。

(どうしてぐり子ちゃんの家に…………?)

 のかなの見たロボット、ことかを襲ったロボット、ぐり子の家に居るロボット。それらはとてもよく似ている。同じ物と考えるよりは同型のロボットが複数居ると考えた方が自然だが、のかなには何故かそれらが全て同一の存在であるかのように感じていた。

(確かめたい…………あのロボットの正体を)

 デビッタがもうこの世に居ない事は分かっている。だが、どこかデビッタの面影を持つあのロボットがのかなにはどうにも気になって仕方がなかった。

 そのせいかのかなの足は自然と今来た道を戻ろうとしていた。だが、るいが手を掴んで引き留める。

「待ってよ、のかな。どこに行く気なのさ」

「ロボットの正体を確かめに行きたいの」

 必死にるいは説得する。

「止めとけって。今は警戒されてる。忍び込むのは無理だし、中にも入れてもらえないよ。せめて数日待とう。そうすれば嫌でも向こうからのお誘いが来るさ」

「…………うん」

 るいは早く安全な場所に行きたいという風に明らかな疲弊を見せていた。一刻も早く帰ろうとするための言葉だったが、それも一理あると思ったのかなはるいの精神状態も考慮して今日の所は家に帰ることにした。

 るいが怯えているようだったので、のかなは家まで付いていき、そこから自分の家へと向かう。

だがその途中、唐突に一体の機械兵がのかなの前に立ちふさがった。

(なんでこんなところに…………?)

それがぐり子とロボットの邂逅を知った自分にかかった追手なのか、それとも偶然遭遇してしまったのかは分からないが、ただ一つ確かなのは戦いを避けるのは無理だという事だ。

(スケィラの秘密も分かっていない私に倒せるの…………?)

 考えている暇はないとのかなは変身し、平行空間であるパラダイム空間を展開する。たったそれだけで少なくない消耗をしてしまうのがのかなに立ちはだかる魔力量という名の壁だ。

 のかなは懐から取り出した札を火の鳥へと変え、機械兵へと飛ばすがそれはいともたやすく力場に弾かれて消えてしまう。

 あらゆるベクトルを自在に操る機械兵に生半可な攻撃は通用しない。そもそも鉄壁とも言える力場を打ち破る方法は三つしかないのだ。一つはジャネットのように力場を無効にする事、二つは強力な攻撃で力場を突破する事、三つめはスケィラという謎の力を使う事。

 のかなには無効化能力も強力な攻撃も無い。つまり謎そのものであるスケィラの力を発見しない限りのかなに勝ち目はないという事だ。

(無限の攻撃力を持つスキャット詠唱なら力場を打ち破れるかもしれない。でも、みんなの援護が無くちゃそこまでボルテージを上げられない。ここは他の方法でどうにかしなくちゃ…………!)

 もし、のかながめろんを呼んでいれば来るまでの数分間を耐えるだけの簡単な戦いになっただろう。驚異的な再生能力と反射神経を持つのかなならばそれくらいは余裕だ。しかし、前の戦いで機械兵相手に何もできなかったのかなはそれだけはしたくないと思っていた。

(ここでめろんちゃんを呼んだら、私はもう魔法少女ではいられないと思う。今まで必死になってごまかしてきた自分は何もできないっていう事実を認めるしかなくなる。そんなの絶対に嫌だ。こんな私でも何かができるって信じたい。まだ私は魔法少女だから)

 だが、のかなの思いなど関係無いというように現実は非情であり、全ての攻撃が通用しないままじりじりとのかなは追いつめらていく。

 幸い相手の動きは鈍く、対応しきれないという程ではないが、逆にそれが真綿で首を絞められているような苦しさをのかなに与えていた。

(…………逃げたい)

 不意に浮かんだ諦めの感情をのかなは振り切ろうとするが、圧倒的な絶望を前に段々と心が折れはじめていた。

(届かない……私の全てが。今まで必死に練習してきた事なんて何の役にも立たなかった。しょせん私はこの程度で、今までは運が良かっただけなんだ。私はそれを実力と勘違いしていて、どこかめろんちゃん達と同じになれていたような気がしていたんだ。でもそれはただの錯覚で私はいつかのようにやっぱり何もできないままなんだ。私はもう……戦いたくない…………)

 懐から変身デバイスを取りだしたのかなはそこからめろんに救援を頼もうとする。だが、ボタンを押そうとする手は何故か動かず、代わりにデバイスを投げ捨ててしまう。

「なっ…………!?」

 自らの意思に反する行動にのかなは驚きを覚えるが、それをさせた存在に気付くと抗議の声をあげた。

「コンス! 何をするの!?」

 のかなの内に集まった影が目の前に自分と同じ顔の幻影を形作る。その幻影は呆れたような顔でのかなに言う。

「『我ながら甘ったれねぇ……。初めから勝てないってしっかりと状況判断ができてるなら押させてあげてもよかったんだけど、戦ってみて敵わなかったから助けを呼ぼうだなんて情けなさ過ぎて笑っちゃうわ。そんな甘ちゃんにはお仕置きよ』」

「そ、そんな…………」

 不意に与えられたさらなる絶望にのかなは言い返す気力も無く、ただ敵の攻撃を受け続けることしかできなかった。

 死の恐怖に駆られたのかなは必死にコンスに訴える。

「こ、このままだったらお前も死んじゃうかもしれないんだよ? コンスはそれでいいの?」

「『生き恥をさらすくらいなら死んだ方がいいでしょ? 前のあなたならそう思っていたはず。殉教者は嫌いだけど、ある意味最後まで戦った人間だわ。だからこの前は私が手を貸してあげたのに今じゃそんな事も分からないのかしら? やっぱり人間以下のデク人形ね』」

 恐怖のあまりパニックに陥ったのかなが悲痛に叫ぶ。

(いや)……(いや)……。誰か、誰か助けてよ! どうして誰も助けてくれないの! 私はこんなに苦しいのに!」

 冷酷な瞳でコンスはのかなを淡々と見つめている。

「『戦う気の無い人間に生きる価値は無いわ。翼をもがれた天使のように泥の中でもがいていなさい。その無様な姿を遥か高い場所からあざ笑ってあげるから』」

「ひっ…………!」

 ちぎられたコンクリートの壁を避けきれず、のかなは壁に叩きつけられ倒れる。その衝撃でパラダイム空間を保てなくなり、現実世界へと戻される。もはや体力も魔力も精神力も空っぽに近いのかなは身動き一つもできずに段々と近づいてくる死の足音に身を震わせた。

「…………く……ぅ…………」

 目の前では機械兵が力場を向けようとしている。それでも諦めてしまったのかなはぼんやりと見つめているだけで微塵も抗おうとはしなかった。

「『終わり……ね。もしかしたらと思ったんだけど、勘違いだったみたいね』」

 ため息をついたコンスはのかなの精神を殺して体を乗っ取ろうとする。だが、その瞬間、のかなの手が何かに反応してぴくりと動いた。

 コンスは驚きを隠せない。

「『そんな……どうしてここに?』」

 機械兵に向けて投げられた石により、のかなへの注意が外れ代わりにそれを投げた人物にターゲットが変更される。

 そこに居たのは佐下るいであった。

「へへっ、ヒーロー見参ってね」

「るい……ちゃ……?」

 まるで奇跡のようであった。たまたまパラダイム空間が解けた時にるいが居るなど、一体どれほどの確率なのだろうか。だが、これも佐下るいの無茶さなのだと不思議とのかなは納得できるような気がした。

 助けられたのかなは一瞬前とは違い、救われたいとは微塵も思わなかった。自分が死ぬよりもるいが死ぬ方が何倍も恐ろしく感じられたからだ。

「私が来たからにはもう大丈夫だよ、魔法少女さん」

 るいは気丈に見えたが、本当は恐怖している事をのかなは知っていた。るいは自分のために嘘をつかない。だが、他人のためには平気で嘘をつく人間だ。

 それがこれほどまでとは思わなかったが、るいが来たからといって状況がよくなったというわけではない。嘘があくまでも嘘にすぎないからだ。

 しかし、のかなの心はその勇敢な姿を見て何かが変わり始めていた。

 何の力も無い、怖くないわけではない。それでも立ち向かう姿はかつてのかなが目指した魔法少女そのものであった。それを見せつけられたのかなは今の自分の姿を見て恥ずかしく思った。

(私は……バカだ…………)

 くだらないプライドを大事にして自分どころか友人すら危険にさらしている。初めからめろんに助けを求めていればこんな事にはならなかったのに。

 心のどこかにめろんに負けたくないという気持ちがあった。何もかもを持っているめろんに嫉妬し、敵視している部分があった。実際はかけがえのない仲間だというのに。

 るいに助けられてのかなは初めて気付いた。自分は守っているようで実は守られていたのだと。戦えない者を支えながら自分も彼らに支えられていたのだと。

(私は何の力も無い。でも、何もできないとは思わない。るいちゃんが私を支え、私がるいちゃんを支えるように、めろんちゃんに助けられる私はどこかでめろんちゃんを助けているはずなんだ。忘れていた、こんな簡単な事なのに。私はいつもみんなと一緒に戦っているっていうとても大切な事を)

「ああああああああ!」

 大きく息を吸ったのかなはわずかに残る力を振り絞って立ち上がる。杖を支えにして今にも倒れそうだが、その瞳には鋼の意志があった。

「『まだ戦うの? 注意が向いてない今なら逃げられるわよ、ほら逃げなさいよ』」

 荒い息でのかなは叫ぶ。

「うるさい! 私は逃げない!」

 やれやれとコンスはため息をつく。

「『攻撃が通用しないっていうのにやるなんて、頭が空っぽなのかしら』」

「勝つ方法なら……ある!」

 のかなはかつてのパートナーの言葉を思い出していた。

(勝利に必要な物はすでにそろっている、後はそれを正しく組み立てるだけだ)

 彼がそう言ったのならそれは間違いない事だ。今まで一度も彼の言葉は外れた事はないのだから。故にのかなはその言葉を信じる。彼がのかなのために言った言葉にのかなが応えていく。

 だからその言葉は間違わない。二人は最高のチームだ。その正しさが途切れる事は未来永劫ありえない。

 コンスを睨みつけたのかなは感情的にならないようにできるだけ淡々と言う。

「お前の力を私に貸して」

 予想外の言葉にコンスはきょとんとした。

「『あら、意外。てっきり根性論でも吐くかと思ったのに』」

「根性なんかじゃあれには勝てないよ。それに私じゃ勝つ方法なんて一つも思いつかない。でも、ここには機械兵に勝った事のあるお前が居る。自分に勝つ力が無いのなら別の所から持ってくればいい。お前の事なんか嫌いだ。けど、負けるのはもっと嫌なんだ。勝つためならなんだって利用してやる。仲間の力、果てはお前の力までも。魔法少女は戦うために居るんじゃない、誰かを守るために居るんだ。守れるんならそれがどんな力だって構わない!」

 コンスは興味ありげに問う。

「『へー、それであなたは私の力の対価に何を用意するのかしら? 体? 心? それとも命? 私はどれでも構わないわよ』」

 のかなは限界の中で無理に笑みを作って言った。

「そう言えば、お前から家賃を貰ってないよ。家賃も払わない寄生虫の癖に対価を要求するの? 笑っちゃうよ。お前こそ対価が無いなら私の中から出ていけ。私は何もしないヤツを住ませてやるほど優しい人間じゃないんだ」

 それを聞いたコンスは驚きを覚え、同時に嫌悪感をあらわにした。

「『あらら、性格悪いわねぇ、一体誰に似たのかしら』」

「お前以外に誰が居るのさ」

 コンスはやれやれと肩をすくめた。

「『ま、いいわ。これほど馴染む物件から出ていくのは嫌だから家賃くらいなら払ってあげる。それに……寄生虫扱いも気に入らないしね』」

 その台詞を聞いてのかなは少しほっとした。ここでコンスが自身を消滅させてまで自分の邪魔をしてくるようであったら打つ手は完全に無くなっていた。

 そんな事はしないと分かっているものの、万が一ということがあり得る相手だったためのかなは内心ひやひやとしていた。

 まだ問題は山積みであるものの、コンスの協力を得られた事で大きな一歩が踏み出せたと言っていいだろう。

「さっそく家賃を払ってもらうよ。アイツの力場を打ち破る方法を教えて」

 コンスは気乗りしないといった様子で言う。

「『答えを教えるのはなんかねぇ……。ヒントならあげるわ。私が使ったのはスケィラの力、魔力を流すのは目に見えない力をかき集めるため、スケィラはベクトルを持たないけどパワーを持つ力。……こんな所ね。さ、せいぜい抗ってみなさい。回答時間は短いわよ』」

「これがヒント? こんな物で分かるはずが…………」

 ない、と言いかけたがのかなは言葉を飲み込む。ねだってこれ以上をくれるほどコンスは甘い存在ではない。無駄に話して時間を潰すくらいなら、このヒントで考えていた方がよっぽど正解に近付ける。

 機械兵がるいに迫る中、のかなは必死で思考を巡らせた。

(かき集める見えない力はおそらくスケィラの事だ。けど、ベクトルを持たないのなら攻撃力は無いはず。そんなパワーの無い空っぽの力で力場を突破できるの? ……いや、できると信じるしかない。それができるならばどうしてできる? ベクトルが無くてパワーだけがあるというのに…………。ベクトルが無くて……パワーだけが…………)

 はっ、とのかなは何かに気付いた。

(まさか……そういう事なの? これであっているの?)

 自らの出した答えに確信は持てない。だが、考えている暇は無かった。体に残る魔力を循環させ、集めた見えない力を火の鳥に集中した瞬間、のかなは何かが変わった事を実感した。

(火の鳥からもの凄い重圧を感じる! 威力は全く変わってないのに…………。一体なんなのこれは!?)

 投げ放たれた火の鳥はベクトルの力場を貫通し、ついに機械兵へと届いた。のかなは自らの考えがあっていた事を知り、ぽつりと呟きを漏らす。

「やっぱりだ。スケィラとは『重さ』の事だったんだ」

 のかなの言う通りスケィラとは特殊な重さを表わす言葉であった。空気中には気体以外にも目には見えない『重さ』が存在する。俗に言うならばオーラとでも表わされるものだ。それらはエネルギーに惹きつけられる習性がある。故に一流のスポーツ選手などからは『オーラ』が出ているとでもいうような感覚を受ける事になる。

 魔力の流れによって集められたそれを攻撃に集中する事により、ベクトルの力場を打ち破る事ができる。それ自体にべクトルが無くとも、『重さ』自体がパワーを持つからだ。重い物体を動かすのに多くのエネルギーが必要なように『重い』魔法のベクトルを変えるのは難しい。

 もし重さに関係なく力のベクトルを変える事ができるとしたら、巨大な重さを持つ星々や果ては宇宙そのものまで簡単に操れる事になるだろう。実際はそんな事はあり得ない。エネルギーの問題があり、発揮できる力には限度があるからだ。

 スケィラは質量も無く、それ自体にベクトルも存在しない空っぽの力だ。しかし、それが何かと結びついた時、思わぬ力を発揮する事がある。まるで人間の感情のように。目には見えなく存在も曖昧な物が意味を持つのだ。

「おおおおおおお!」

 最後の力を振り絞ってのかなは機械兵に向かっていく。その手にスケィラの力をみなぎらせて。精一杯の祈りを込めて。

 機械兵は力場を張るが、もはやそんな物に何の意味もなくのかなの必殺の一撃が炸裂した。

斜陽の(サンセット・)波動正拳(フィスト)!」

 走りの勢いと魔法少女のパワーが乗った強力な一撃だ。継戦能力こそのかなは他の魔法少女に劣るものの一瞬の爆発力だけなら負けてはいない。

 のかなの攻撃を受けた機械兵は大きく吹き飛んで地面を少し滑り、機能を停止する。どうやら力場の能力が強靭である分、本体の装甲はそれほどでもなかったようだ。ほっ、と息を吐いたのかなは糸の切れた人形のようにその場に倒れこむ。

 それを心配したるいが思わず駆け寄った。

「だ、大丈夫!? 魔法少女さん!」

「うん。ちょっと気が抜けちゃっただけだから」

 それより変身デバイスを拾ってくれないかとのかなは言い、拾ってきてもらったそれを受け取るとるいに礼を言った。

「ありがとう、るいちゃん」

 するとるいが不思議そうに首を傾げた。

「……あれ? 私、自己紹介したっけ?」

 のかなは自分の失敗に気付いて思わず口を押さえた。変身中はカモフラージュがかかっているために本人だとは気付かれていないのを忘れていたのだ。

「そういえばどっかで魔法少女さんの事を見たような気が…………」

 正体がばれそうになったのかなは慌ててごまかす。

「き、気のせいだよ。私ってそんなに特徴のある顔じゃないから色んな人によくそう言われてるんだ、あははは…………」

「へー、魔法少女さんも大変なんだな」

 今のるいは疑いよりも未知の存在への好奇心の方が強いようで普段なら疑われるような言いわけが通じたのかなはとりあえず安心した。

「なんか知ってるみたいだから今更かもしれないけど、私は佐下るいって言うんだ。いやぁ、さっきは勢いで飛び出したんだけど後先考えてなくてさ。魔法少女さんが倒してくれて正直助かったよ」

 とんでもないとのかなは否定する。

「助かったのは私の方だよ。あのままだったら心も体も駄目になってた。るいちゃ……佐下さんは凄いよ、特別な力も無いのに機械兵に立ち向かっていけるなんて。怖くなかった?」

 るいは楽しげに笑った。

「怖いも怖い、むしろヤバいって感じだったね。腰抜けちゃってさ、一歩も動けないの。こんな経験初めてだよ。漫画とかでさ、一般人がヒーローを助けるシーンがあるけど現実はあんなに上手くはいかないもんだね。今回で身に染みたよ」

「佐下さん…………」

 自分にとってはまるでヒーローのようだったとのかなは言いたくなったが、魔法少女である自分が言っても嫌みな感じになるだろうと心の中に留めておくことにした。

 再生能力によりだいぶ傷も癒えたのかなが立ち上がろうとするとるいが手を貸した。

「そういや魔法少女さんはなんて言うんだ?」

 のかなは困惑したように言う。

「あの…………本名はちょっと」

 分かっていないとるいはため息をつく。

「そういう事じゃなくて、通り名だよ。なんかあるでしょ? キュアなんとかー、とかマジカルなんとかー、とかさ。アニメじゃ当たり前なんだけど、現実じゃそういう事はないの?」

「一応、『不死炎の』って呼ばれているけど…………」

 るいはつまらなそうな顔をした。

「んー、微妙。不採用」

「ええっ!? 今までそれでやってきたんだけど!?」

 やれやれとるいは呆れたように言う。

「だって、堅苦しくて全然魔法少女って感じがしないんだもん。私はそんな風に呼びたくないよ。ちょっと待ってね、今魔法少女さんにぴったりの名前を付けてあげるから」

「拒否権は無いんだね…………」

 相変わらずの強引さにのかなはため息をつく。こうなったるいは誰にも止められない。適当に流すのが無難な所だ。

「よーし、今度から魔法少女さんの名前は『サンハート』だ! 夕日が目に入ったから『サン』、そして少女っぽさを出すために『ハート』をつけてみた。どう? 悪くないでしょ?」

「うっ、うーん…………。い、いいんじゃないのかな?」

 自分の杖の名前が『ラヴハート』なのでそれだとややこしい事になりそうだと思ったが、下手に断るともっと変な名前を付けられそうだったので、渋々のかなはそれで納得することにした。

「じゃあ、よろしくね、サンハートさん!」

「さんはいいよ……なんか名前と被ってるし」

「分かったよ、サンハートさん!」

「……………」

 そこはかとなく頭痛がするような気がしたが、呼び名などそれほど気にする必要はないとのかなは切り替えて話をする。

「佐下さん、私の事はあんまり人に話さないで欲しいんだ」

「どうして?」

「噂が広まるとやりづらくなるんだ。正体がばれるかもしれないし、噂をしている人間が人質に取られるかもしれない。みんなを危険にさらしたくは無いんだ」

 るいは残念そうな顔をする。

「そっか……サンハートさんも大変なんだね。でも、一人だけには話してもいいかな? そいつ魔法少女が好きみたいでさ、たまに作り話をしてくれるんだ。あまりにリアルなんでそいつが魔法少女じゃないかって私は思ってたんだけどさ、さっき考えが変わったんだ。あいつ優しいからさ、きっとサンハートさんみたいには戦えないって思う。多分、あいつは私と同じように魔法少女と出会ったんだ。実際そう言ってたしね。ま、あいつが本当に魔法少女だったらそれはそれで面白いけど」

「そうなんだ…………」

 のかなは自分が魔法少女なのだと告白したい衝動に駆られた。それができればどんなに楽な事であろうか。だが、戦い続けるつもりならば自分の正体を明かす事は出来ない。戦士は孤独なのだ、寄り添えるのは同じ戦士のみ。

 ぐっと拳を握りしめたのかなはるいを守るために『サンハート』を演じ続ける事を心に決めた。それが友に自分を偽る事となろうとも、のかなの意思は固かった。

「佐下さん、あなたには私のデバイスのアドレスを渡しておくから何かあったら連絡して。機械兵と遭遇したあなたは危険かもしれないから」

「ありがとう、サンハートさん」

 るいが肩にかけているバッグにメモした紙をしまった時、のかなに疑問が浮かんだ。

「ところで佐下さん、どうしてそんな荷物を持っているの?」

「ああ、これ? 実は友達の家に機械兵が居るのを見ちゃったからさ、一人で家に居るのも怖いし一緒に見た友達の家に泊まりに行こうって思ったんだ。電話にでないし、なんか危険な予感がするんだけどね。あいつ、また見に行くとか言ってたし、もしかしてぐり子に掴まってたりしてるのかなぁ? そういうの止めてほしいよ」

 さすがにそこまで自分は無鉄砲ではないと、のかなはフォローを入れる事にした。

「買い物にでも行ってるんじゃないかな?」

「こんな時に? ……まあ、どんな時でも生活はしなくちゃいけないし仕方ないって言えばそうだけど、呑気過ぎだよ」

「うーん…………」

 このまま話していると自分の株がどんどん下がり続けるような気がしたので、のかなはるいを説得して自分の家に帰らせ、その代わりにのかなの様子を確かめる事を約束させられた。

 パウラに連絡し、その使いによる機械兵の残骸の回収を確認したのかなは家へと戻る。そして、それなりに時間が経ってからでっちあげた自分の報告をるいに送った。自分自身の事を他者の視点で送るのは奇妙な感覚だったが、これからもこういう事があるかもしれないとのかなはできるだけ慣れておこうと思った。

(あっ……そうだ。忘れないうちにスケィラの復習とめろんちゃんに報告のメールを送っておかなくちゃ)

 スケィラの力を見つける事はできたものの、まだ完全ではない事はのかな自身が一番良く理解していた。デビッタの使っていた力がスケィラのものだとして、今ののかなではスプーンを曲げる事はできない。まだ全ての謎が解き明かされたわけではないのだ。

 次の段階に至るには何かきっかけが必要だが、さすがにコンスに聞いても教えてはくれないだろう。あまり頼り過ぎるのも癪だし、何より貰いすぎるのも怖い。ただより高い物はないのだ。相手が相手である分、警戒しすぎる事はないとのかなは考えていた。

(コンスの力は頼りになる。でも、だからって信用はできない。アイツは私の記憶を隠し持っているんだから。完全な敵というわけじゃなくても、味方というわけでもない。アイツは体すら乗っ取ってくるんだ、隙は見せないようにしないと…………)

 黙々とスケィラの反復練習をしながらのかなは思考にふける。先ほど戦闘があったばかりだが、不死炎で体力が回復できるためかのかなに疲労の色は無い。

 代わりに精神的な面では疲弊していたが、新しい技術の練習をしているだけでのかなは疲れを忘れる事ができた。

(スケィラの力が『重さ』だとして、これからどう進んでいけばいいんだろう。今のままじゃ力場を打ち破る事はできても現実に直接干渉する事は難しい。この力にはまだ何か秘密があるんだろうか。たとえば『重さ』があくまで力の一部分だったりとか、力の集め方で性質が変化したりとか。色々可能性を模索してみる必要がありそうだね)

 まるで新しい玩具を手に入れた子どものようにのかなは研究を続け、夜は更けていった。これといった成果は得られなかったものの、中々充実した時間を過ごせたとのかなは満足した。


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