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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編1:地球に落ちてきた女
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第一章 3

 放課後、のかなは家に戻ると魔法少女に変身し、昨日メールしたパウラに変身デバイスを介して通信してマリー=マールの世界へのゲートを開いてもらった。

 空中に開いたワームホールのような物を通ると、やたら元気の良さそうな少女が遠くに大きな城の見える花畑の中でのかなを出迎えた。

「おっ、よく来たな。待ってたぜ」

 その少女はパウラ=マッカートニーという。マリーの友人であり、暴走したマリー=マールをのかなと共に止めたという過去を持つ。

オリジナルのパウラはすでにこの世になく、ここに居るのはマリーにより作られた限りなく本物に近い複製(コピー)であるが、本人はそれについて悩む様子は無い。パウラ曰く、「生きようとする意思に本物も偽物も無い」そうだ。

 ぐっと肩を組んで来るパウラにのかなは照れくさそうに言う。

「別に迎えなんていらなかったのに」

「ははっ、マリーの恩人にそんな無礼は働けないよ。それにお前を一人にしたらそこらの魔法少女に目移りして一生城までたどり着かなそうだしね」

「うーん、それもそうかも…………」

 マリー=マールの世界にはあらゆる時代の魔法少女の複製(コピー)が住んでいる。その中には実在しないアニメや漫画の中の魔法少女も居るため、彼女達に憧れを抱いているのかなにとっては夢のような世界であった。

「なんて言うかさ、アニメの中の魔法少女と話していると自分まで立派な魔法少女になれた気がするんだ。まあ、錯覚だっていうのは分かってるけどね。みんな優しいからついつい甘えちゃうんだ…………」

「のかな…………」

 いくらマリー=マールを倒せるほどの可能性を持ってしても、空すらまともに飛べないというコンプレックスはぬぐえないのかとパウラは少ししんみりとした。

「本音を言うと、ただ魔法少女が好きなだけなんだけどね。ちょっとアレな事をしてもみんな大目に見てくれるし、優しさってありがたいなぁ」

「よーし、一体何をしたかお姉さんに言ってみようか。事と次第によっては鉛玉をプレゼントだ」

「じょ、冗談だよ、冗談」

 銃型の魔法補助装置(マテリアルドライブ)を頭に押し当てられたのかなは焦りながら否定する。同じく、「こっちも冗談だ」と言ったパウラは展開したマテリアルドライブをしまった。

「ま、お前がそんな事をするとは思ってないけどね。アンケートによると、優しくて頼りになるけどなんか残念というのがお前の印象だからな」

 のかなは知らずにされていた自分の評価を聞かされ、ショックを受けた。

「えっ、なにそのアンケート」

「ここの住人は基本フォーマットが同じでいつでも繋げるネットワークがあるからそういう事がやりやすいんだ。アンケートによると、一位が優しくて頼りになるけどなんか残念、二位が私でも勝てそう、三位がなんか私騙されてませんか、って所だな」

「なんか実際にその通り過ぎてどう反論したらいいか分からないよ…………」

「少数意見としては『気に入った、私の妹にしてやる』とか『実験体にしたい』とかちょっと危ないやつもあるけど、おおむね好評だから気にすんな。第一、中には『パンツくれ』とかいうふざけきった物もあるくらいだから、別に真剣にやってるわけじゃないのさ」

 のかなは困惑したような複雑な表情をする。

「うーん、冗談でもそんな風に考えてる人が居るって思ったらちょっと怖いかも」

 からからとパウラは笑う。

「大丈夫だって、リアルでやるような分別の無い奴はいないよ。それにもしお前に手を出す奴が居たらあたしがぶっ飛ばしてやるって。これでもこの世界での権限はマリーの次くらいに持ってるんだ。さらに言うならあたしはネットワークの管理人だから、色々と面白い事ができるしね」

「へぇー、よく分からないけどなんだか凄いね」

「まあね。だから困った事があったら迷わずあたしに言いなよ」

 こくりと満面の笑みでのかなはうなづいた。

「うん、ありがとう。パウラちゃん」

 曇りの無いのかなの表情に照れくさくなったのか、ごまかすように頬を掻きつつパウラは言った。

「あー、立ち話もなんだ。とりあえず城まで行こうぜ、ジャネットも待ってるしマリーにも顔を見せてやって欲しいからな」

「そっか、マリーはまだ眠り続けているんだね…………」

 のかなの機転でマリー=マールは一命を取り留めたもののいまだに目が覚めないという。もういつ目覚めてもおかしくない状況だと医者は言うが、何かが足りないのかマリーが目覚める様子は一向にない。

「私は正しかったのかな? 本当にこれで良かったのかたまに分からなくなるんだ。命はできる限り救えた方がいいけどその命が生きていくには場所が必要なんだ。吃音が軽くなって私は改めてみんなに助けられていた事を感じた。声が出ないだけの私でもそう感じたんだ、自分で動くこともできないマリーを生かし続けるにはたくさんの労力がかかるはず。私はそんな周りの人の事を考えてなかった。一体どうすればみんなが幸せになれたんだろう? 何が正しくて何が間違っていたのか私には分からないんだ…………」

「のかな…………」

 正直に言えば目覚めぬ様子の無いマリーの介護を続けるのは精神的にも肉体的にもつらい所がある。しかし、それをありのままにぶちまけてしまう事はお互いの心に深い傷を残す事になるだろう。

 だが、ここでつらくないなどと嘘をついたとしても何の意味も無いのは明白だ。

 どう答えるべきかとパウラは悩んだが、自分はそんな上手い事を言えるような人間では思い不器用でもありのままの言葉で語る事にした。

「あたしは口下手だから上手く言えないけどよ、お前は周りが駄目と言ったら人を見捨てるのか? 違うだろ? 助けたいって思ったら助けるでいいじゃねぇか、それの何が問題なんだ?」

「でもそれじゃ周りの人を苦しめる事になるよ」

 きっぱりとパウラは言った。

「いいじゃねぇか、それで。あたし達は子どもだ。そういう面倒くさい事は全部大人に任せちまえばいいのさ。大人はずるいけど、子どもはもっとずるいんだ。あたし達は自由に生きればいい。人一人満足に助けられない世の中なんてクソ食らえだってぶっ飛ばしてやればいい。あたし達は魔法少女なんだ。お前の好きな魔法少女だってきっとそうするはずさ」

「…………!」

 その言葉を聞いたのかなの目は大きく開かれ、心の底から湧きあがる衝動に体を震わせた。

 決して自分の行いが正当化されたわけではない、パウラ達の苦しみが和らぐわけでもない。それでものかなは自らの中に確固とした何かが蘇った事を感じた。

(私の行っている事は間違っているのかもしれない。狂ったマリーが言っていたように私は愚か者なのかもしれない。それでも私はこの衝動を止めたくはないんだ。例え愚かでも間違っていてもいい、誰かを苦しめて時には恨まれるような事もあるかもしれない。だけど、私は魔法少女なんだ。魔法少女が救わなかったら一体誰が救うんだ。私は今でも弱い子どものままなのかもしれない。変われないっていうならそのままでも構わない。その代わり子どもらしくずるく、誰よりも貪欲に生きてやろう。それが私にできる精一杯のことだから)

 体の中に溜まっていた憂鬱を追い出すように大きな息を吐いたのかなは苦笑した。

「ありがとう、パウラちゃん。なんだか難しく考えすぎてたみたいだよ」

「物事は単純に良い方向を見てればいいのさ。マリーもその内ひょっこり目覚める。そう考えればつらい今日も無駄じゃないって思えるだろ?」

「うん……。マリーは目覚める、絶対に」

 にこりと満足げにパウラは笑った。

「よし、その意気だぜ」

 こんな慰め合いに何の意味も無いという事は分かっていた。しかし、同時に言葉という物が力を持つという事も理解していた。

 二人は魔法少女である。その言葉で世界を変える魔法を紡ぐのだ。他愛無い会話に魔力など欠片も存在しない、それでも祈りにも似た彼女達の気丈な言葉は全てを良い方向に持っていってくれそうな空気を感じさせた。

「……さて、お前は飛べないだろうからあたしが城まで運んでやろうか?」

「うーん、そんな急ぎでも無いし歩いていこうよ」

 パウラは元気よく頷く。

「そうだな、たまにはそれも悪くないね」

 何気ない調子で話を逸らしたものの、正直のかなは誰かに運んでもらう事を恐怖していた。一応バリアと身体強化が効いてるため落下してもダメージは無い事は理解しているが、誰かに掴まった自由の利かない空中は高々数メートルだとしてものかなには心臓が縮む思いであった。

(不意に手が離されるんじゃないかっていう恐怖感、みんな当たり前のように飛んでるから分からないんだよなぁ。私もいつか空を自由に飛んでみたいよ…………)

 未来から孫が猫型ロボットでも送ってくれないかなとのかなは妄想するが、これ以上毎日が騒がしくなったら大変だとその妄想を慌ててかき消した。

 マリーの世界の街は相変わらず混沌としており、中世的な建物が立ち並ぶ通りがあると思えば、唐突に現代的な一軒家が立っているなど見ている者の頭を混乱させるようであった。

「やっぱりこのごった煮感がマリーっぽいよね。おもちゃ箱って感じでさ」

 それを聞いたパウラは苦笑する。

「確かに。マリーって自分の好きな物をなんでもかんでもぶち込みそうな性格だもんな。この混雑さはマリーそのものだな」

「あっ、面白そうなお店が開いてる。ちょっと見てきてもいいかな?」

「おう。見てこい見てこい」

 年相応の子どものように駆けだしたのかなを楽しげな表情でパウラは見送る。なんだかんだであいつも可愛い所があるんだな、とパウラがぼんやりと思っているとにこにこ顔ののかなが何かの本を持って戻ってきた。

「なんだか嬉しそうだな、何買ったんだ?」

「オーガニックマジカルの資料集だよ。古いやつだからまさか手に入るとは思ってなかったけど、こんな所で巡り合えるなんて今日はついてるなぁ」

 うきうきとした様子で語るのかなを見て、パウラはそれほどのものかと少し興味が湧いた。

「ふーん……。あたしにもちょっと見せてくれよ」

「うん、いいよ」

 のかなより差しだされた本は表紙から淫靡な裸の少女が描かれており、パウラが少し見ただけでも性を強調したようなページがたくさん存在していた。

(こ、これは俗に言うエロ本ってやつじゃねぇのか……!?)

 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたパウラをよそにのかなは楽しげに本の解説をする。

「少し見ただけでもとてもオーガニックな本なんだって感じがびんびん伝わってくるよね。……ん? パウラちゃんどうしたの?」

「いいい、いや何でもない。そ、それよりなんか喉乾かねぇか? 飲み物でも買ってくるよ」

 逃げるように走っていったパウラを見て、のかなはきょとんとした顔で首を傾げた。

「……? 変なパウラちゃん」

 やがて戻ってきたパウラから飲み物を受け取ったのかなはありがたくそれを受け取り、歩きながらちびりと飲んだ。

 パウラは飲み物に口をつけ、頭を冷やしながらのかなの言葉を聞き返す。

「超能力?」

「そうなんだ、スプーンを曲げる超能力が何か大きな力と繋がっているんじゃないかって調べているんだ」

「ふーん、超能力ねぇ…………」

 パウラは正直胡散臭い話だとは思ったが、相手がマリーの恩人であるからにはそれなりに手を尽くしてみようとも思った。

 話をしながら歩く内に二人はマリーの城へとたどり着く。いつかの時とは違い、全体的に光が満ちている城内はどこか暖かさを感じられた。

「私はマリーに顔を見せてくるね。あとそんなに難しく考えなくていいよ。簡単に答えがでる問題じゃないみたいだからさ」

「そうか。なら、とりあえずあたしはジャネットの所に行ってるよ」

 パウラは別れてジャネットを探しに城内を歩いていく。マリーの部屋へと向かったのかなは扉の前に居る親衛隊らしき少女たちに軽く挨拶をして中へと入っていった。

 巨大なベッドで安らかに眠るマリーに近づくとのかなは優しい表情でしばらくそれを見つめていたが、やがて気持ちを切り替えるように大きく息を吐くと厳しい調子でのかなは言った。

「……出てこい! もう一人の私!」

 その声に呼応するようにマリーの体から黒いもやが溢れだし、それが虚空に人の形を作りだす。やがてのかなと同じ顔になったそれは怒りと憎しみに満ちた表情ののかなをあざ笑うかのように薄い笑みを張り付けていた。

「あら、あなたが呼ぶなんて珍しいわね。一体何の用かしら?」

「とぼけるな、マリーが目覚めないのはお前の仕業でしょ?」

 戦いの果てにマリーの心のバランスを壊してしまったのかなはそれを修復するために自分の影をマリーに譲り渡していた。それによってマリーは一命を取り留めたものの、今度は目を覚まさなくなってしまったのだ。

 おそらく自分の影が原因なのだろうとのかなは思ったが、バランスが戻るまではどうすることもできなかった。もしかしたら影をどうにかする事によってマリーの生命が危険にさらされる可能性はあるものの、マリーの話をする時のパウラのどこか悲しげな表情を見逃す事ができなかったのかなはついに影を取り除く事を決意した。

「違う、と言ってもあなたは納得しないでしょうね。あなたは私の話なんてまるで聞きやしないんだもの」

「マリーの中からお前を取り除く。何か言い残すことはある?」

「そうねぇ……。私が死ねばマリーも死ぬわよとでも言っておこうかしら?」

 ぎりっ、と憎々しげに歯噛みをしたのかなを見て影は楽しげに笑う。

「うふふ、良い顔だわぁ。力の無さに打ち震えるあなたの姿はとても可愛いわよ」

 怒りは相手を増長させるだけだと思ったのかなは表面だけでも取り繕う。

「……お前の要求をある程度までなら呑む。けど、出ていかないのは無しだよ。そしたら躊躇無くお前を殺す。マリーだってお前に寄生されたまま生き続けるのは望んではいないだろうからね」

 明らかなる殺意を感じ取った影は楽しげに笑う。

「うふふふふ。自分でこの状況を作ったのに勝手ねぇ。ま、いいわ。この子の心も大分安定したし、私も十分成長できたからね。そろそろ入れ物を移すのも悪くないわね」

「分かった。私の中に戻ってくればいい。私の影なら苦しめるのは私だけにして」

 仕方ないと悔しげに言うのかなを見て影は楽しげに笑う。

「うふふ、慌てない慌てない。まだ私の要求は終わってないわ」

「…………くっ!」

「身構えなくていいわよ。そんな大それたものじゃないから。私の名前が欲しいのよ、どっちも『のかな』じゃややこしいでしょ?」

 名前という物は単なる名称にとどまらず魔術的な意味合いも持つ。影に名前を付ければ『のかな』とは別の一個の存在となり、それと同時に自己が確立されて力を持つ事になるだろう。

 そんな事になれば自分の中に影を戻した後にサニティシステムで殺そうと思っていたのかなの目論みは水泡に帰することになる。

 これ以上影に苦しめられるのはごめんだと思っていたのかなにとっては厳しい要求であった。

「……そうすれば本当にマリーは救われるんだよね?」

 だが、自分の苦しみよりもこのままマリーが目覚めない事の方がのかなにはつらい事だった。どちらにしてもつらい選択だが、のかなは魔法少女として自分が苦しむ方を選択したのであった。

「もちろんよ、自分の事は信じなさい」

 自分を長く苦しめてきた存在の言葉など信用などできるはずがない。だが、ここは言う通りにするしかなかった。

 精神を研ぎ澄ませたのかなは脳裏に浮かんだ言葉を確かめるように呟く。

「『コンス』……。お前の名前は『コンス』よ」

 影はやれやれとのかなのセンスの無さに苦笑した。

「なんだか男みたいな名前ねぇ、あとなんでトートの方じゃないのかしら。月関係でヘカテーやルナとかにしてよ」

「知らないよ、文句があるんなら勝手に名乗ればいいでしょ。どれも呼び方が違うだけで暗示は同じなんだから」

「まあ、別にコンスでも構わないわよ。せっかく微妙なセンスのあなたが一生懸命考えてくれたんですものね。おおらかな心で受け入れてあげるべきよねぇ」

「そんなに消し飛ばされたいのかな、こいつは…………!」

 いらいらとするのかなを笑いながらコンスはその影の中へと入っていった。久しぶりの合体だというのに何の違和感も無くなじんでしまう事がのかなを余計に不機嫌にさせる。

「マリーは本当に目覚めるんだよね?」

 のかなの内側から声がする。

「『ええ。今は私が出て行ったから少し荒れているけど、落ち着いたら目が覚めるはずよ。信じるかどうかはあなた次第だけどねぇ』」

「どうでもいいよ。目覚めなかったらお前を殺してやるだけだから」

「『うふふふふ。じゃあ目覚めたらどんな事をしてもらおうかしら、楽しみだわぁ』」

 声が聞こえなくなると共にのかなの中で渦巻いていた黒い塊は拡散して感じられなくなる。居る事は分かるのだが、マリーの中で成長したと言っていた通り隠れるのが上手くなっているのかそれがどこに居るのかを感じ取ることはできなかった。

 マリーに別れの挨拶をしたのかなは部屋を出てパウラ達の元へと向かった。広い城ではあるがマリーの親衛隊らしき少女達に道を聞いていたのでなんとか迷わずにたどり着く事ができた。

 のかなが部屋に入るとそこには無表情でどこか頭のネジが外れているような少女がパウラの話も上の空でどこか遠くを見ていた。

 入ってきたのかなに気付くとその少女はぐりんと首だけを動かして挨拶をした。

「やぁ、のかな。久しぶり」

「ジャネット! 元気そうだね!」

「うん。君は相変わらず人間かぶと虫のようだ。そしてボクもまた、かぶと虫に違いない」

 ジャネット=レオンは圧倒的なパワーを持つ魔法少女である。あらゆる法則を無視するその力は本気ならばマリーすら凌駕するとも言われているが、かぶと虫好きと独特のセンスが相まってそれほど凄い人物だとは見られていない。

「君が超能力を調べていると聞いて、ボクも久しぶりに念力のトレーニングをしていたよ」

 その言葉を聞いてのかなは驚く。

「念力!? ジャネットは超能力が使えるの?」

「脳をエンジンにして現実に干渉する事を超能力というのならばボクのそれは超能力と言えるかもしれない」

 ジャネットの言っている事が嘘でないならばそれはまさしくのかなの探し求めていた超能力であるはずだ。まさかこんな身近に超能力者が居るとは想像もしていなかったため、のかなは驚きすぎてしばらくの間言葉を纏められなかった。

「えっと……とにかくやってみてよ」

「うん。じゃあ、まずはスプーン曲げからいってみようか」

 うつろな目で手に持ったスプーンをジャネットが見つめるとそれはまるで飴細工のようにぐにゃりととろけて曲がった。

「す、凄い。本当にスプーン曲げだ。一体どうやってるの?」

「うーんと、魔法で起きる現象を脳の形を変えて別フォーマットで再現してるんだ。要するに脳自体を術式にして脳物質を燃料にして発動させたって感じ。これって脳を生体電池にしてるから使いすぎると廃人になるかも。あっ、だから漫画とかに出てくる超能力者って血とか吐いたりするのか、なるほど…………」

 一人で納得している様子のジャネットをよそに、のかなはこの超能力は何かが違うと違和感を覚えていた。

(この超能力は(タイ)の魔法少女であるジャネットだからできたもの、私じゃ到底真似できない。確かに超能力ではあるけど、これじゃデビッタの謎を解いた事にはならないはず)

 ジャネットに礼を言ったのかなは自分の探している超能力がどういうものであるかという事を知ってもらうために二人にデビッタと彼女のスプーン曲げの話をした。

 話が終わると、パウラはテーブルに置かれた曲がったスプーンをしげしげと眺めた。

「ふーん。胡散臭さ満載だな。そいつもジャネットと同じ方法で曲げたんじゃないのか?」

 のかなは首を横に振った。

「それはないと思うよ。デビッタは私と同じくらい才能が無いから魔法がまともに撃てなくて魔法を込めた弾丸で戦ってたくらいだもん。脳のコントロールなんて凄い事ができるわけないって」

 当然か、とパウラは考え込む。

「まあ、ジャネットくらいしかそんな芸当できるわけないもんな、それもそうか。おい、ジャネッ、ト他に何か思いつかないか?」

「そうだね……。気とかオーラとか呼ばれるもので曲げてみるのはどうかな?」

 何やら凄そうな響きの単語にのかなはワクワクと目を輝かせる。

「それって私でもできる?」

「うーんと、君のセンスだと一生かかって何かの間違いが起きればできる……かも」

 がくりとのかなは肩を落とした。

「だよねー……なんとなく分かってたよ」

 こういうことは慣れっこだと落ち込むのかなをパウラは軽く励まして言う。

「しっかし、分かんねぇな。何の才能も無い奴が魔力も無しにスプーンを曲げる方法なんて本当にあんのか? お前、本当は担がれたんじゃねぇの?」

 パウラの言う通り、その可能性を考えない事は無かった。このスプーン曲げは死地に向かうデビッタの軽いジョークで帰ってきたらトリックだったと種明かしをするつもりだったのかもしれない。

 だが、短い間だったが一緒に戦ってきた戦友だったからこそ自分に特別な何かを託してくれたのだとのかなは思いたい。

 そして、この謎を解く事によってデビッタの真意を知り、あの時叶えられなかった彼女の願いを知る必要がある。

 背中を預けた戦友として、あの時は素直になれなくて違うと否定し続けた『友達』という存在として。

「ただのハッタリだったらそれでいいんだ。死んでからも騒がせるなんて迷惑な奴だってお墓の前で笑ってやればいいんだから。でも、そうじゃなかったらきっとデビッタは真実を知ってもらいたいと思ってるはず。それに私には何となくわかるんだ。あいつは自分が知った事を他人に話したがるから、話せなくなって天国で悔しがってるだろうって事がね」

 前にめろんが自分とデビッタが似ていると言った事の意味をのかなはなんとなく理解できたような気がした。

(あいつも私もどうしようも無いくらい寂しがり屋なんだ。だからこんなにも気になるのだろう。人知れずひっそりとあいつが死んでいったのか、それとも仲間に見守られて満足げに死んでいったのか。できれば後者であって欲しい。あいつが寂しいと私も悲しいから。デビッタ、この光景はあなたの居る場所にも届いているんだろうか。あなたが残した謎がこんなにも騒ぎになってるんだよ。だから……少しはその寂しさも和らぐかな…………?)

 過去を振り返っていても仕方ない。だが、過去を振り返れないようでは生きている意味がない。この先に何が待ち受けているかなど誰にも理解できないが、せめて過去だけはいつも心に留めておこうとのかなは思った。

 空気を変えるようにのかなは元気に言う。

「なんだか辛気臭くしちゃったね。それじゃあ、気持ちを切り替えて私がスプーンを曲げるにはどうしたらいいかを考えていこうよ」

「お、おう…………」

 さすがにパウラは即時対応というわけにはいかなかったが、マイペースなジャネットは何もなかったかのように会話を続けた。

「うーんと、君がスプーンを曲げるとしたら才能的な面では無理だと思う。それはデビッタという魔法少女も同じはずだ。となると必要となるのは技術的な何かになってくるのかな?」

「技術的な何か…………?」

「彼女がスプーンを曲げた時に何か変わった事は無かった? たとえば景色が歪んだとか、放電現象が起きたとか」

 ジャネットの台詞によりのかなは過去の記憶を振り返った。

「確か……あの時のスプーンはわずかに熱していたような気がする」

 それがどういう意味なのかは分からないが、ヒントであることには違いなかった。

「わずかに熱していた……か。そうなると方向性は絞れてくるね」

「どういう事?」

 曲げるために用意されていたスプーンにジャネットは魔法により熱を送り始めた。

「熱という物はエネルギーを与える事によって発生する。逆にエネルギーを奪うとそれは冷却となるんだ」

 何を今さらとパウラは呆れたように言う。

「そんなの当たり前だろ」

「いや、その当たり前が重要なんだよ」

 ジャネットが熱を送り続けたスプーンはそれに耐えきれずついにぐにゃりと曲がってしまう。その曲がったスプーンを二人の前にジャネットは差し出す。

「触ってみてよ」

「おい、ばか。そんなクソ熱いもんに触れるわけねぇだろ!」

「……あっ!」

 何かに気付いた様子ののかなを見てもジャネットの表情は変わらず淡々と言葉を紡ぐ。

「『わずかに熱していた』ということは触っても大丈夫な温度であるという事。スプーンが飴のように曲がる温度がそうであるはずがない」

「……すなわち、このスプーン曲げは力技で行われたって事?」

「または瞬間的にエネルギー集束させ、同時に瞬間的にエネルギーを拡散させるような『技術』によって行われたって事だろうね」

「そんな事が本当に…………?」

 にわかに信じかたい話ではあったが、何の能力も無いデビッタが力技で曲げたとは考えづらい。どちらかと言えば謎の技術によって行われたと考えた方がデビッタの性格的にもしっくりと来るようにのかなには感じられた。

「エネルギーを自在に操る技術ねぇ……。一体どうやって行われたんだ?」

「うーん、さすがのボクでも見当がつかないな。せめて他にもヒントがあればもう少し考えられそうなんだけど…………」

「ごめんね、これ以上はちょっと…………」

 いくらのかなが記憶を探ってみてもこの謎の技術を紐解く鍵は見つかりそうになかった。スプーン曲げを見せてもらったのは一回だけなのだ、それだけではこれ以上の発見などあるわけがなかった。

「おそらく重要なのはそのスプーン曲げだけじゃないんだと思う。彼女は君にもできると言ったけど、正確には君にしかできないんじゃないかな? 君はデビッタという魔法少女と一緒に戦っていた。おそらくその中にヒントがあるんだ。彼女は君にだけ真理に行きつく鍵を渡したんだ。それは他の誰にも到達できない二人だけの世界。その案内人である彼女は言うなれば『世界を売った女』という所かな?」

「世界を売った女…………。なんだかロマンチックだな」

「実際はそうでもないけどね」

 苦笑したのかなは曲がったスプーンを手に取ってじっと眺める。この何の変哲もない金属に未知なる力へのヒントが隠されているとは信じられない事だったが、思えばデビッタは度々自分に何かを教えようとしていたというのは確かな記憶であった。

 しかし、今は時の流れと汚染除去のための記憶消去で忘れてしまっている事も多い。そんな頭でどこまで思いだせるかは分からないが少しずつでも思いだしていきたいとのかなは思った。

「今日はありがとう。二人のおかげで大分真実に近付けたような気がするよ」

 肩をすくめて苦笑いをパウラは返す。

「まっ、あたしはいまいち役に立てなかった感はあるけど」

「パウラは机に向かうってタイプじゃないからね」

 手を頭の後ろで組んでパウラは椅子によりかかった。

「行儀よくお勉強なんて面倒くさい、実戦で活躍できればいいんだよ。学問よりは機械でもいじってた方がよっぽど役に立つっての。な、のかな?」

「えっ? あっ、うーん…………」

 曖昧な笑みを返すのかなの反応を見てパウラはショックを受ける。

「なに? のかな、お前も頭脳派だってのか!? 魔法もろくに使わずに拳で戦ってるから、あたしと同じ筋肉勢だと思ってたのに!」

「いや、好きでやってるわけじゃないからね? 私だってめろんちゃんみたいに湯水のように魔力を使いながら空中戦を繰り広げたいんだからね? っていうか筋肉勢って何?」

 話も聞かず、この世に絶望したようにパウラは打ちひしがれる。

「おおお……! のかなが頭脳派だったなんて…………お、おしまいだぁ! ここにはインテリしかいねぇ! このままじゃ勉強漬けにさせれちまう…………こんな知的空間に居られるか! あたしは逃げさせてもらうぜ!」

「あっ、パウラちゃん!?」

 そういうとパウラは風のように勢いよく外に飛び出していく。あまりの突然さにのかなが茫然としているとジャネットが「あれは病気みたいなものだから気にしなくていいよ」と言った。

(…………前に何かにあったのかな?)

 パウラの行動は謎そのものではあったがあまり深く立ち入ってはいけない気がして、のかなは忘れる事にした。

「さて、どうしよっか」

 ジャネットに問いかけられたのかなは考え込んだ。

「うーん…………私は一旦家に戻ってみんなの報告を待つよ。もしかしたらことかちゃん達が何か見つけてきてるかもしれないし」

「そっか。じゃあ、またね」

「うん、パウラちゃんにもよろしく」

 別れの挨拶をしたのかなは部屋を出ようとする。だが、その瞬間勢いよくドアが開かれ、弾き飛ばされたのかなはしりもちをつく。

「あうっ!」

 何をするんだと文句の一つでも言ってやろうとのかなが顔をあげるとそこには息を切らせ青ざめた顔をした魔法少女が居た。

 その少女は吐き出すように言葉を紡ぐ。

「た、大変です、ジャネットさん!」

「落ち着いて。…………どうしたの?」

 すぅ、と深呼吸をした少女は真剣な調子で言う。

「突如ゲートをこじ開けて現れた機械兵が街を襲っています。戦闘員はすでに迎撃に当たっているのですが、敵は独特の力場を持っていて魔法が通じません。パウラさんに援護に向かってもらったのですが魔法が通じないのでは厳しいでしょう。ジャネットさんのパワーならば敵の力場を打ち破れるはずです。手を貸してください!」

 こくりとジャネットは頷いた。

「分かった。すぐに行くよ。のかな、危険だから君は退避しているんだ」

 立ち上がったのかなは首を横に振りジャネットに訴える。

「私も行くよ。あんまり戦力にはなれないかもしれないけど、不死炎の力なら怪我した人を治せると思うから」

「…………のかな」

 のかなの瞳に宿る強い意思の光を見たジャネットは止めず、ただ短く呟いた。

「急ごう、敵は待ってはくれない。君はのかなを運んであげて」

「はい!」

 変身したジャネットは空へと飛び立ち、その後を追ってのかなも魔法少女の背中に乗せてもらい街に向かった。

 先ほどまでにぎやかだった街は火の海と化しており、所々に応戦している住民達とそれを襲う機械兵の姿があった。

(あれは昨日見た鋼鉄の天使と同じ…………!?)

 翼が無い所や各部の形状はやや異なるものの、その見た目はのかなの見た天使と酷似していた。最前線より少し離れたところに降ろされたのかなは機械兵の正体を見定めるべく、自分を制止する魔法少女の声を振り切って前線を目指した。

 機械兵は先ほど聞いた通り謎の力場のせいで魔法が拡散されて通用しないようだ。それだけではなく、静止している物体を手も触れずに飛ばしたり固体の魔法を跳ね返したりとまるで超能力のような特性を持っているようであった。

 凄まじい力ではあるがのかなはこれにどこか見覚えがあった。

(似ている……デビッタの使っていた技に…………!)

 デビッタの武器は魔法を圧縮した弾丸であったが、それ以外にも不思議な技を使った。銃型の魔法補助装置(マテリアルドライブ)『ハートブレイカー』の弾倉を手も触れずにギミック無しで回転させる技、相手の魔法を衛星のように周回させブーメランのように流し返す技。

 あの時はただのトリックだと思っていたが、今になって考えるとあれは何か特殊な技を使っていたのだろう。

 機械兵たちの力を見れば、デビッタと完全に無関係とは考えづらい。もしかしたら偶然似ているだけなのかもしれないが、気にせずには居られなかった。

 怪我をしている者を不死炎の力で回復しながら、のかなは機械兵の観察を続ける。その身を覆う力場はどちらかと言えばシールドのようなものではなく、攻撃を受け流す『流れ』を作り出しているだけのようでそれに気付いた一部の魔法少女は仲間と連携し、その『流れ』に負けないほどのパワーの攻撃で機械兵を破壊し始めているようだった。

 初めは押されていた魔法少女達も攻略法を知ると、独自のネットワークで情報を伝達しすぐさま戦況を盛り返し始めた。

 治療の手が空いたのかなは最前線のジャネットの援護に向かう。そこではジャネットが相変わらずの圧倒的なパワーで機械兵の力場を完全に無視して無双していた。

「無駄、無駄なんだ、この程度の力では。ボクを倒す事などできはしない…………」

 いつかのかなと戦った時と同じようにジャネットは凄まじい速度とパワーを持って敵を倒していく。まるで激流が全てを押し流しているかのごとく敵はろくに行動する事もままならないまま鉄くずへと変えられる。

 ある程度敵を一掃した時、急に敵が引いた。

 何が起きたのかとジャネットが警戒していると空から一体の悪魔が地上に落ちてきた。ズン、という音と共に大地に巨大な~足跡クレーターを作る。若干他の機械兵とは違うそれは悪魔のようなまがまがしい翼を背に持ち、圧倒的な存在感と破壊的な力を身に纏っていた。

「君がボスというわけか。君を倒せばこの戦いも終わりかな?」

 言葉の終わりと共にジャネットは駆け出し、必殺の一撃を敵に向けて放つ。力場の影響を受けない圧倒的なパワーはその悪魔を簡単に粉砕する…………はずだった。

「なっ!?」

 打ち出したジャネットの拳は悪魔の目の前で止まっていた。

「こいつ…………ボクのパワーを利用して攻撃を無力化したのか?」

 本来ならジャネットの攻撃によって力場は破壊されるはずだが、悪魔は拳のヒットするほんの僅かな時間差を利用して後続の力と上手く相殺し、ジャネットの攻撃を止めたのだ。

単なる力技ではない高度な技術を持つ事を知り、ジャネットはこの悪魔に強さと底知れぬ恐ろしさを感じ取った。

「これならどうかな?」

 逆の手で指一本だけの形を作り突き刺すようにジャネットは打ち出す。拳を防ぐというのならどれほど面積を減らせば攻撃が通るのか試してみようというのだ。

しかし、それはあまりにも迂闊な行動だった。

 ジャネットは魔法制御回路の影響により感情という物が欠けている。その中には危機感という物も含まれていた。生物として一番重要とも言える危険を感じ取るという事ができないジャネットはこの悪魔がどれほど恐ろしい物かというのを理解する事ができなかったのだ。

「…………あれ?」

 ジャネットは突然片腕を襲った鋭い感覚に困惑し、ゆっくりとその部分を見た。本来そこにあるはずの物が無く、同時に赤い液体がその付け根からドクドクと流れ出している事を知ったジャネットはやれやれとため息をついた。

「これはまずいや」

「ジャネット!!」

 片腕を吹き飛ばされたジャネットに悪魔が力場を向けた。とっさにのかなは飛び出し、注意を自分に向けるために呪文の書かれた紙を火の鳥に変え飛ばそうとするが間に合わない。

 爆発するかのように吹いた風が全てを薙ぎ払い、それにのかなは吹き飛ばされる。再び起き上がった時にはそこにジャネットの姿は無く、抉られた地面だけが何があったのかを淡々と物語っていた。

「あ…………あああ…………」

 今が戦闘中である事も忘れ、絶望のあまりのかなは膝をついた。喪失感が胸に立ちこめ、何もできなかった事実にうつむいていた。

「…………っ!」

 やがて、その後悔は目の前に立つ機械兵達への怒りへと変わる。拳を震わせ顔を上げたのかなの瞳は炎のように燃え盛っていた。

 怒りに我を忘れたのかなは実力差も忘れて悪魔へと向かっていった。

「よくもジャネットを!」

 懐から出した札を火の鳥へと変え、悪魔のような機械兵へと飛ばす。だがそれは力場によって跳ね返され逆にのかなを襲う。

「くぅ…………!」

 爆発の激しい衝撃の中、のかなは初めて食らう自分の技に困惑している暇も無く、悪魔のような機械兵に目前まで踏み込まれる。そこから繰り出される力場、煙で浮き上がったそれは全てを混沌に変えるかのように渦巻き、全て飲み込もうとする。

 圧倒的な暴力。

 それでもただではやられるわけにはいかないとのかなは動き、体の各所にセットしてある札を爆発させ、その勢いで距離を取ろうとする。しかし、それはあまりにも愚かだった。

 逃げられるわけがないのだ、この悪魔のような存在からは。全ての行き先を己が手の内に収めた相手に活路を求めるなど無謀にも程があった。

「!?」

 瞬間、のかなは何が起こったのか理解できなかった。

 爆発の反動により逆に引き寄せられたのかなは悪魔の力場により体を抉られた。

「う……あ…………」

 その場に崩れ落ちるのかなは薄れゆく意識の中で明確な死の足音を聞いていた。そこはとても静かで、あるのはこれから死ぬという事実だけだった。

 のかなの心では『救えなかった』という後悔よりも『もう戦わなくてもいい』という気持ちの方が強く、これから死を迎えるというのに肩の重みが取れるような解放感があった。

(………………私はやっぱり、何もできないんだね………………)

 無力でも戦い続けなければならなかったのかなは苦しみながらも運命に抗い続けていた。気丈に戦いながらも、心の奥底では楽になりたいという気持ちがあったのかもしれない。

 誰も助けられず、自分の身すら守れないのかなは絶望し、もはや死に抗おうともしなかった。

(…………でも、もういいや。今はただ眠いんだ…………)

 ゆっくりと意識を閉じようとした。

 だがその瞬間、燃える手で心臓を鷲掴みにされたような痛みでのかなは無理やり覚醒させられる。

「うあああああああ!!」

 あまりにも凄まじい痛みにのかなの気が遠くなりかけるが、それを許さぬかのように痛みは形を変えて耐性をつけさせない。体の芯から絞り出された不死炎によりみるみる内にのかなの体は再生していく。

「はあ…………はあ……………」

 のかなは体は元通りとなるが消耗した精神は指一本動かす気力も持たない。それでも自分にこんな事をした存在への怒りを燃やしてなんとか声を絞り出す。

「コンス……なにをするんだ…………!」

 見下すように傍らに立つコンスはつまらなそうに言う。

「『だって、あなたが死んだら私も死んじゃうじゃない。私はそんなの御免よ』」

「私は死ぬ事すら許されないの? もう戦いたくないのに!」

 のかなは限界だった。どんな方法でもいいからとにかくここから逃げ出したかったのだ。あまりにも厳しい世界と何もできない自分自身に嫌気がさし、自棄になっていた。

 コンスは失望したようにため息をつくと冷たく言い放つ。

「『じゃあ、そこで死んでいなさい。戦う気の無い人間が生きていいはずがないのよ』」

「…………あっ」

 体のコントロールを簡単に奪われたのかなはゆっくりと暗い闇の中に沈んでいく。沼のようなそこはもがけばもがくほど深みにはまっていくようで、抜け出すには時間がかかりそうだった。

(くっ…………! コンス!)

 コンスは軽く体の調子を確かめると悠然と機械兵達の前まで歩いていき、楽しげに笑った。

「さ、お人形さん達、遊びましょう。マリーから貰った力を試してみたいのよ」

 ゆっくりと歩き出したコンスは手に持ったナイフでいとも簡単に機械兵を切り裂いていく。優雅で華麗に、美しくともどこか狂気をうかがわせるように彼女は踊る。死者を冥界へと送る鎮魂のダンスを。

 おそらく彼女の力を持ってすればジャネットを助ける事ができたかもしれない。しかし、そんな事をする義理がどこにあろうか。また作ればいいだけの模造品に情を持つなどばかげている。

 なにより自ら内で燻ぶるのかなの負の感情が心地良かった。この愚かさが、この惨めさがコンスの心を高ぶらせ、体に力を湧きあがらせる。

「あら? もう終わりなの? 早いわねぇ…………」

 ガラクタの山の上で残念そうに呟いたコンスは頭を後ろにそらせ目線だけを悪魔へと送る。

「ねぇ、あなたもそう思わない?」

「……………」

 ふっ、とコンスの姿が消える。孤を描いて地面に着地した彼女は低い体勢で切り込む。交錯は一瞬。それだけでこの勝負の決着がついた。

「やっぱり粗悪品ねぇ……使えないわ」

 刃の折れたナイフをつまらなそうに投げ捨てたコンスは悪魔に背を向けて去っていく。

「………………」

 逃すわけがないと弾丸のような勢いで放たれた瓦礫はコンスの体をすり抜けて地面に落ちた。それと同時にコンスの姿が掻き消え、どこかから響く声だけが残される。

「『慌てずともまた会えるわよ。あなたが『生贄』ならばね』」

「…………」

 そっと悪魔は自らのボディをなぞる。そこには僅かばかりだが何かに切りつけられたような跡があった。

 それを知った悪魔は空へと浮かび上がると眼前にある全てのモノを見下すように言った。

「…………力を持った悪魔のサルめ」

 次の瞬間にその姿は消えていた。


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