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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編1:地球に落ちてきた女
16/204

第一章 1

「ヘイ、のかな、こっちを見ろよ。今から面白い物を見せてやるぜ」

 そう言って生意気そうなオッドアイの少女はどこからか一本のスプーンを取りだす。少女向けの漫画を読んでいた桑納(かんのう)のかなは顔をあげてつまらなさそうにテレパシーを送る。

「『一体なに? デビッタ。今からホットドッグの大食い大会で始まるの?』」

「ああ、オレの胃袋は宇宙さ。…………じゃなくて! 今からこのデビッタさまがスプーン曲げの超能力を見せてやろうっていうんだよ!」

「『超能力?』」

 デビッタの言葉を聞いたのかなはハッ、と鼻で笑った。自分達は魔法少女であり超能力など魔法の応用かトリック、または何かの装置を使ったまがい物であると知っているからだ。

 科学者であるのかなにとって超能力とは詐欺の手口の一つでしかなかった。

「あっ、馬鹿にしてるな! ギークの癖に!」

 曖昧な微笑みをのかなは返す。

「『そんな事は無いよ。ただ、デビッタが昨日どんなテレビ番組を見たのか気になっただけでね』」

「シット! そいつが馬鹿にしてるっていうんだよ。よーし、今から超能力を見せてやるけどな、どうやってるかは絶対教えてやんないぜ。今日寝る前に馬鹿にした事を後悔しやがれ」

「『ふーん』」

 にやにやとしているのかなの前でデビッタはスプーンを左手に構え目を閉じて右手で念のような物を送る。

「ふぅぅぅぅ…………!」

 そしてカッと目を開き、叫んだ。

()ァ!」

 瞬間、くにゃりとスプーンが飴細工のように折れ曲がった。同時に余裕だったのかなの顔も予想外の出来事に驚きに染まる。

「『な、なんで!? 魔法も使ってないのに!』」

「へっへっへ、これが超能力ってやつさ」

「『ちょっ、ちょっと貸してよ!』」

 ばっとスプーンを奪い取ったのかなは色々と調べてみるがわずかに熱しているという事以外変わったところは見られなかった。

「『一体どこにタネと仕掛けが………?』」

 困惑するのかなを見てにやにやしながら得意げにデビッタは言う。

「言っておくが魔法も機械も使ってないぜ。もちろんトリックもだ。正真正銘、自分の力だけでやったんだ。そしてこれはお前にもできるはずだ。さて、お前にこの謎が解けるかな?」

「『…………ヒントは?』」

 挑戦者のような顔つきに変わったのかなを見てうれしそうにデビッタは笑った。

「ヒュー、そうこなくっちゃな。単に答えを聞くんじゃ面白くない。これはお前に対する謎かけだ。どうせなら何か賭けようぜ」

「『お金とか?』」

「それも悪くはないが…………。そうだ、いいことを思いついた」

 悪い笑みでデビッタは語る。

「もしお前がこの謎を自力で解けたとしたらオレの願いを一つ叶えてくれ」

「『解けなかったら、じゃなくて?』」

「そうさ。だからお前はこの謎を解かなくてもいいし、解いたとしてもオレに言わなければいい。まあ一種の縁起担ぎってやつだ。…………お前も謎を残したままじゃ死ぬことはできないだろうしな」

 のかなはこれからある魔法少女と戦わなければならなかった。かつて最高の魔法少女と呼ばれた『魔法少女の(Q.B.)掛け橋(FINEST)』マリー=マール。天地すら創造する圧倒的な力を持つ彼女にのかなが立ち向かう術はない。だが、のかなは戦わなければならなかった。なぜなら、のかなも彼女と同じ魔法少女であるがゆえにその暴走を見て見ぬ振りはできないからだ。

「『………うん』」

「あいにくオレにもやることがあってお前には付いていけない。このデビッタさまも万能じゃないんでね。ま、お互い元気にやろうぜ。今日が最後なんて洒落にもならないからな」

「『そうだね』」

 じりりりりり、

 セットしてあった時計が鳴り、デビッタはその頭を叩いて停止させる。

「時間か…………。オレはこの目覚まし時計ってヤツがどうにも嫌いでね。夢の中にまで押し掛けてくる無粋さが気に入らない。オレの部屋にはうるさく喚く時計は一個も無かった。そのせいでスクールでは遅刻ばっかりだったけどな。この音が鳴ったって事は夢ともお別れって事だ。お前との夢のような時間もな」

 のかなは悲しげな顔をする。

「『デビッタ…………』」

「しけた顔すんなよ。今生(こんじょう)の別れじゃないんだ。また会えるさ、きっと」

 軽い抱擁を交わしたデビッタは魔法少女へと変身すると暗い空に向かって飛び立っていった。のかなは曲がったスプーンを強く握りしめ、それを見送った。

『じゃあね…………ううん、またね』

 後にのかなは思う。もしこの時無理やりにでもデビッタを止めていたら未来は変わっていたのだろうかと。いまだ会えぬ友の姿が銀の鏡面に映っているような気がしてのかなは曲がったスプーンをじっと見つめた。


 


                       ☆




「ふぁーあ」

 だらしなく大きなあくびを漏らしたのは道下ことかであった。広島からやって来た魔法少女であることかはパートナーであるアリスタの説教から逃げだして、そのついでにのかなの家に遊びにくる事が多い。

 わざわざ遠くからご苦労な事だとのかなは思うが、魔法少女を管理する組織の移動ポータルを利用する事でものの五分程度で広島からのかなの家まで来れるというのだから時代は変わったものだ。

 のかなが魔法少女になった頃は意思を伝え合うのに魔法で手紙を送りあっていたというのに、今ではデバイスを利用した通信で済んでしまう。良くも悪くも時代は移ろいやすいというがいささか変化が激しすぎる感は否めない。

「ちょっとことかちゃん、口に手くらい当ててよ。女の子なんだからさ」

「ん、悪いな。どうにも平和じゃけぇね、気も緩むというもんじゃよ」

「まったくもう…………」

 猫のようにだれていることかを見てのかなはため息をつくが窓から入ってきた温かい風を感じてそれも分からなくはないと思った。

「マリーを倒してから怪物もめっきり出なくなったしね。気が抜けるのも分かるけどさ、こういう時こそ気を引き締めて訓練しなくちゃ」

 無駄にやる気のある友人をことかは微笑ましく思う。

「のかなは訓練中毒じゃからなぁ、アルトのヤツが訓練時間を見た時心配しとったよ。『一体いつ休んでるですか、ナポレオンですかあなたは!』ってね。よくもまあ、敵も居ないのにそんなにモチベーションが保てるもんじゃ、私とかやる気もなくてアリスタに小言を言われてる始末じゃのに」

 しみじみとした様子でのかなは語る。

「私は才能無いからね、人より努力してやっと人並みになるかならないかなんだからサボってられないし、それに最近は楽しいからさ。色んな魔法少女に会えるだけでやる気が湧いてくる感じだよ」

 にひひ、とことかは意地の悪い笑みを浮かべる。

「本当に楽しみなのは相手の反応じゃったりしてね。のかなと会う魔法少女の大半がビビってて笑えるんじゃよね。しかもその理由が『望夜(もちや)めろんの友達だから』っていうんじゃから納得というかなんというか…………。アイツは破壊神じゃからなぁ、交友関係も破壊しまくりじゃったりして」

「えー、そんな事ないよぉ」

 すたっと窓際に降り立った白の魔法少女がことかに返答をする。その声を聞いた瞬間、ことかの顔からさーっと血の気が引いていき冷や汗をだらだらと流し始めた。

「も、望夜(もちや)さん、い、一体いつから………?」

 わざとらしく顎に指を当てて望夜めろんは思い出す振りをする。

「うーんと、私が破壊神って所からかなぁ。全く失礼しちゃうよ、人を化け物みたいに呼んでさ。私はほんのちょっぴり人より魔力が多いだけの普通の女の子なのに」

「ふ、普通…………? いやいや、なんでもないんじゃよ」

 ことかは色々と言いたい事があったが、わざわざ藪をつつくような真似をする必要はないと言葉を飲み込んだ。変身を解いためろんは稲妻を跳ね返せそうな見た目の変身アイテムを髪留めにして、部屋の中へと入ってきた。

「お邪魔しまーす」

 奇妙な所から入ってくる客にのかなは苦笑を漏らす。

「うーん、やっぱり窓からなんだね」

「いちいち近場に降りて変身を解くのも面倒だからね。誰かに見られちゃう可能性もあるし、やっぱり変身の力で迷彩がかかっているから直接来た方が楽だし」

 魔法少女である事を誰かに知られてはならないというルールは無いが、暗黙の了解としては存在していた。人の口に戸は立てられない。いかに約束を守らせようとしても、どこかから秘密が漏れる時があるだろう。

 多くの人間に騒ぎ立てられれば当然動きづらくなる。故に魔法少女は秘密裏に行われなければならないというのは当たり前の事であった。

「めろんちゃん、今日は何しに来たの?」

 思い出したようにめろんは言う。

「あー、そうそう。さっきアリスタさんから連絡があって、ことかちゃんがこっちに来てるだろうから模擬戦でもやってあげてくださいって。…………あ、ことかちゃんどこ行くのかな?」

 そーっと抜けだそうとしたことかはびくっと体を震わせる。

「うっ。ちょ、ちょっとおなかの調子がなぁ…………」

 ガシッ、と満面の笑みでめろんはことかの肩を押さえる。

「駄目だよ。そう言って前はトイレの窓から逃げ出したよね。今度は逃がさないんだから」

「いや、前の時は逃げる間もなく消し炭にされたんじゃけど…………。ほ、ホント勘弁してな、私が望夜に勝てるわけないじゃろ? こんな雑魚とやっても時間の無駄じゃけぇ、見逃した方がお互いのためじゃよ?」

 にこにこしながらめろんは言う。

「弱いんならのかなちゃんみたいに努力しなくちゃね。友達としてビシバシ鍛えてあげるよ」

 逃げ場が無い事を知ったことかは悲鳴をあげた。

「うぎゃー! のかな助けてぇぇ! このままじゃなぶり殺しにされるぅぅぅ!」

「じゃ、じゃあ、私はちょっと出かけてこようかな?」

 そそくさと逃げ出したのかなを見て、ことかは叫んだ。

「この裏切りもんがぁぁぁ! 後で覚えとれぇぇぇ!」

「ふふふ、心配しなくても仮想空間のトレーニングだから痛くもなんともないって」

「お前とやると色々えげつなくて心が折れるんじゃよ!」

 ことかは知っていた。めろんと訓練をした魔法少女は誰も彼もが真っ白な灰のように燃え尽きてしまう事を。関西では一、二位を争うほどの実力者であることかですらそこまでいかなくともトラウマになるほどの恐怖をめろんに植え付けられていた。

「魔法を相殺しても駄目、ガードしても駄目、そもそも攻撃が見切れない。かと言って攻撃したらその隙に差しこまれるし高速連携でもガードが崩れない、どのタイミングからでも即死コンボじゃどう戦えっていうんじゃ! しまいには泣くよ! 望夜がドン引くくらいに大泣きするよ!?」

 やけくそ気味のことかを見ためろんは困った顔をする。

「だから手加減してるんだけどなぁ、これ以上手加減すると訓練にならなくなっちゃうよ」

「訓練? 一方的な虐殺の間違いじゃろ?」

 自虐的になることかだがめろんの考えは違った。

「そんな事無いよ。初めは一瞬も持たなかったのに今は十秒以上耐えられるじゃない。これってすごい進歩だよ。正直、ことかちゃんに初めて会った時はこんなにできるようになるなんて夢にも思わなかった。なんて言うか生きたまま死んでるみたいでさ。あの時のことかちゃんだったら今みたいに私に立ち向かってくるなんて絶対になかったはずだよ」

「…………そうか?」

 自分が変わったという事をことか自身も理解していた。宿敵であるマリー=マールを倒したのもあるが、それ以上にのかなの存在が大きかった。

 人一倍実力が無く、努力したとしても到底追いつけるものではないと分かっているのに人一倍努力するのかなのひたむきな姿がことかの考えを変えた。魔力量や魔法の適正を絶対視する才能に縛られた人間ではなく、純粋な気持ちを持った魔法少女になりたいとことかは思うようになった。

 今までのことかだったら圧倒的な力を持つめろんに立ち向かうために努力などしなかっただろう。それほどまでに魔法少女の才能の差は大きく、絶対的な物なのだ。そのカーストに屈しても仕方ないとことかも思っていた。

 しかし、それでは絶え間ない努力と直感だけで強敵を打ち破っていくのかなの友人としてはふさわしくないと思った。何よりことかのプライドが許さなかった。関西一の魔法少女とも呼ばれる『BMG』道下ことかのプライドが才能も何も無い無名の魔法少女に劣るという事を許さなかった。

(正直、こんなにムキになるなんて私らしくないとも思う。じゃけど、のかなにだけは負けたくない。あいつは私の友でありライバルじゃから)

 ふぅー、と大きく息を吐いたことかは苦笑いをする。

「ま、ええわ。望夜の相手になれるのは私くらいなもんじゃけぇね、訓練相手に事欠いてたんじゃろ? サンドバッグ代わりにはなってあげるよ」

「そうこなくっちゃね」

 いまいち乗せられた感はあるものの、あの望夜(もちや)めろんが一目を置いているというならばそう悪い気はしなかった。

 今のことかは表面には出さないものの他人の評価を気にするほどに不安であった。他人の協力を借りながらもマリー=マールを打ち破ったのかなと最強の魔法少女のめろんの近くに居ると自分の存在価値が揺らいでしまうのだ。

 自身が優秀であるという事は分かっている。魔力と適正に優れ、ベルテウス式という世界すら支配できるとされる魔法を使える自分が優秀でないはずがない。

 しかし同時にそんな事は何の意味も持たないということも分からせられた。魔法どころかまともに飛行する事すら危うい癖に根性だけで強敵を打ち破っていくのかなと関西一のことかすら圧倒する力を持つめろんは良くも悪くもことかの常識を破壊する。

 のかなには力の意味を見失わされ、めろんには天才の風格を見せつけられる。その板挟みでことかは苦しんでいた。

 こんな時、その二人に相談すればそんな悩みは吹き飛ぶのだろうがことかは絶対にそれはしたくなかった。この悩みを二人に打ち明けてしまったら対等ではなくなってしまうような気がするのだ。

 もちろん二人はそんな事を思いもしないだろうが、ことかは幼心にも弱みを見せたくはないと考えていた。

 魔法少女として何かが二人に劣っている。分かっていてもその差は埋めようがない。足りない物はすでに遠い昔に無くしてしまった物なのだから。

(純粋さ……素直さ……優しさ……その他諸々魔法少女として大切な気持ち。そんな物、あの戦いの日々で全部忘れてしまったんじゃよ…………)

 ことかやのかなが魔法少女になった頃は俗に言う暗黒時代であり、今は禁止されている術式や魔法が多く使用され、多くの少女達が人体実験の犠牲となった。ことか達も少なからずその影響を受け、ことかは視界が異様に狭くなる狭窄症を、のかなは吃音を患う事となった。

 今は一新された魔法少女を管理する組織による治療で症状は快方に向かっているものの二人にとっては思い出したくもない過去である。

 実験の影響で狂ってしまった魔法少女が自分を襲ってきた時の表情をことかは今も鮮明に覚えている。人そのものの醜さをありのままにぶちまけたようなその顔を見せつけられては人に希望を、増して魔法少女に幻想など抱けるだろうか。

 自分にはそんな事できない。

 それが普通なのだとことかは信じたい。のかなのように盲目的に魔法少女をやり続ける事などできない。それが自分の心の弱さが原因ではなく、平凡さに起因するものだと思い込みたい。例えそれが真実から目を背け、自分に嘘をつくことなのだとしてもこの巨大な闇に立ち向かう勇気をことかは持ち合わせてはいなかった。

(私は弱くてもええんじゃ。強いこいつらが居れば私が無理に戦う必要も無いんじゃからな…………)

 心にしこりのようなものを感じながらもことかはいつもと同じ表情でめろんとの訓練に興じるのであった。


(めろんちゃんの訓練はキツイを通り越して無茶だからなぁ、ことかちゃんには悪いけどしばらく時間をつぶしてから戻ろっと)

 家から出たのかなは行く当てもなくぶらぶらと歩く。忙しく訓練に明け暮れるのも悪くはないがこうやって穏やかな時間を過ごすのもいいものだとのかなは思う。

 あの小熊が来るまではこんな気持ちになれることは稀だった。裏切られたと思い込み自分のパートナーを憎み、苦しみながら毎日を生きていた。あんな悲しい日々にはもう二度と戻りたくない。だから、真実にたどり着かせてくれた小熊には感謝をしてもしきれない。

 今は居ない小熊にのかなはそっと思いをはせる。

(ねぇ、ラー。あなたもこの世界を感じているのかな? 私が今こうやっていられるのもあなたのおかげなんだよ。ねぇ、ラー。あなたは今どこに居るのかな?)

 汚染されたのかなの精神を浄化するために体に組み込まれた精神正常化装置(サニティシステム)。その化身である白い小熊のラー=ミラ=サンはその役目を終えると共に姿を消した。

 元々バグのようなものだったのだ、消えるのは必然だとしてものかなは自らの半身を失ったように寂しく感じていた。小熊はのかなを魔法少女として蘇らせ、真実まで導いてくれたかけがえのない親友であった。今ののかなはかつてのパートナーと小熊を失ってしまった。それは悲しい事ではあるが、だからこそより強く魔法少女でありたいと願う。

(どんなに悲しい事があったって、うつむいていちゃ駄目なんだ。きっとみんな悲しい顔なんて望んでいない。だから私は悲しみを振り切って前に進んでいくんだ)

 自分は何もできないとは思わない。自分にできる精いっぱいをしようとのかなは常々思う。段々と変わっていく魔法少女の在り方にいつかついていけなくなる日が来ると分かっていても、のかなはその時まで魔法少女であり続けようと心に決めていた。

(それが彼らへの弔いになると思うから…………)

 少ししんみりとしたのかなはどこか寂しげな表情で歩いていく。帰る場所を忘れた子犬のようなその背中は見ている者の心に訴えかけるものがある。

 とぼとぼと下を向いて歩いていると不意にのかなは何者かに声をかけられた。

「おや、のかなさんじゃないですか」

 その声でのかなは顔をあげて辺りを見渡すがどこにも人の姿は見られない。不思議に思ったのかなが首を傾げると苦笑したように声の主は言った。

「ここですよ、のかなさん」

 ようやく気付いたのかながコンクリートの塀の上を見るとそこには二つの尾を持つ黒いイタチが存在していた。

 それを見たのかなは一瞬驚き、そして嬉しそうな顔をした。

「アルト君! 久しぶりだね、いつ戻って来たの?」

「つい先ほどです。仕事がひと段落したのでちょっと息抜きに来ました」

 イタチの姿の彼はアルトゥース=ルービンシュタインという望夜めろんのパートナーだ。マリー=マールを倒した後、一新された組織で寝る間もなく仕事をしているらしい。

 めろんの話によれば重役へと一気に出世したらしいが、組織が一新されたせいで仕事量が半端ではないとよく愚痴っているそうだ。

「執行官の手入れでだいぶ人が居なくなりましたからね、もう猫の手も借りたいほどの忙しさですよ。異例のスピード出世は悪くないんですけど、この肩書に実が伴うのは一体いつになることやら…………」

 はぁ、とため息をつくアルトは前見た時よりもやつれているようにのかなには感じられた。

「大変そうだね…………」

「ええ、まあ。こうしてここの景色を見ているとめろんと色々やっていた事が遠い昔のように思えますよ。あれからまだ一カ月も経っていないというのに」

 時の流れは早いものですね、とアルトは言う。のかなは肯定するように頷く。

穏やかな日々は流れるように過ぎていく。こんな当たり前の普通に浸っていると自分が魔法少女であるという事すら忘れてしまいそうだが、緩やかに忘れていけるのだとすればそれも悪くは無いとのかなは思った。

 のかなはアルトに最近のめろんの事などを話しながら道を歩いていく。ふと目の前でゆらゆらと揺れるアルトの尻尾をふと触ってみたい衝動に襲われるがさすがに失礼だと思いぐっとこらえ、気を紛らわせるようにのかなは話を変えた。

「ねぇ、アルト君。どうしてアルト君は人の姿にならないの?」

 アルトの基本形態は人型だ。魔法少女の勧誘をする時は警戒心を解くために動物の姿を取る事もあるというが、のかなの前ではそれは関係ない。人間用にできている街で動物の姿でいるのは少し不便ではないのかとのかなは疑問に思う。

 アルトは少しの沈黙の後に答える。

「うーん、そうですね…………。やっぱり楽だからですかね? こっちに慣れると人型の体が重く感じるんですよ。実際、動物の姿がいいと思う人も居て、一部では集落のような物を形成しているという話もあるくらいですから人の形が窮屈になるという人もそれほど珍しいものではないのかもしれませんね」

「動物達の森かぁ…………」

 ふと、のかなはいつかテレビのCMで見た動物のファミリーの事を思い出した。そこに出てくる森の中の小さなおうちを想像し、ほんわかとする。

「まあ、現実はそれほどファンシーなものではないですけどね」

「わ、分かってるよ、それくらい」

 アルトのセリフで現実に引き戻されたのかなは安易な想像を慌ててかき消す。そんな所ものかなさんらしいとアルトは苦笑する。

「変わりませんね、あなたもこの世界も。願わくはこの平和が永遠に続きますように。…………おっと」

 ふと何者かの気配に気づいたらしいアルトが空を見上げる。そこにはアルトの所属している組織の制服を着た幸薄そうな男が辺りをきょろきょろと見渡していた。

 その男はアルトを見つけると怒ったような声で叫んだ。

「ようやく見つけましたよ、ボス! 目を話した隙にこんな所まで逃げ出して! 今日という今日は絶対に逃がしませんからね!」

「あらら、見つかっちゃったか。…………じゃ、また会いましょうのかなさん」

 そう言うとアルトは本物の動物のような俊敏さで去って行く、それに負けじと男も疾風のような勢いでその後を追いかける。

「クソッ! 日に日に野生化していってるような気がするぜ、ウチのボスは!」

 捕えようとする男の手をひらりひらりとかわしていくアルトの姿を見て、のかなは時の流れというものを感じて苦笑せずにはいられなかった。

「アルト君は変わったって感じだなぁ…………」

 のかなの知る昔のアルトは真面目な少年といった印象であり、仕事をさぼって息抜きをするというような人物ではなかった。しかし、よくよく考えてみればめろんのような曲者のパートナーを務めていたアルトがそんな一筋縄でいくような人物であるはずがないのだ。

 おそらく今の姿がアルトの本性なのだろう。表面的には誠実でありながらも、その実つかみどころのない雲のような人物。味方ならば心強いが、敵に回ると恐ろしそうだとのかなは思った。

「さてと…………」

 暇つぶしはこれくらいでいいかとのかなは家に戻る事にする。しかし、来た道をそのまま戻るのはなんとなくつまらなく感じて、入り組んだ小道をたどりながら家を目指すことにした。見知った世界であるというのに知らない道はまるで違う世界のようでのかなはそんな不思議な感覚を楽しんだ。

 やがて調子に乗りすぎたのかなは結局家にたどり着けずに迷ってしまうが、そんな事は気にする事も無いと空を渡るために魔法少女へと変身した。吃音の改善と共に変身を取り戻したのかなはこうして大した事もないのに変身する時がある。前から遅刻しそうな時などにも屋根を渡っていたので力を使うことに抵抗は無いのだろう。

 のかなにとって魔法とは人の持つ才能の一つであり特別なものではないのだ。その考え方は良くも悪くものかなを象徴するものであった。

「結構時間もかかっちゃったし、急いで戻ろっと」

 そう独りごちると足に力をこめて飛び上がろうとした。瞬間、背後に妙な気配を感じてのかなは振り返る。

「ん?」

 いつ舞い降りたのだろうか、そこには隻翼の天使が居た。

 金属のボディが暮れかけた太陽に照らされて鈍く輝いている。金属特有の冷たい感じは不思議としない、むしろ何故か温かみさえ感じさせる。その奇妙な違和感が天使なのではないかと錯覚をさせたのかもしれない。

 顔の半分はすでに破壊されており、内部の機構がむき出しになりそのせいで左右の光が違うアイカメラはどこか悲しげな雰囲気を漂わせる。

 しばらく二人は見つめあっていた。天使の体からは明かなる破壊の力が満ち溢れていたが、のかなが身構えるような事はなかった。代わりに脳に刻まれた記憶がかつての友の事を思い出させていた。

(綺麗なオッドアイ…………)

 体の奥から湧きあがった言葉がこの空間を乱すものだと知りつつものかなはその言葉を口にせずにはいられなかった。

「デビッタ…………?」

 時が動き出し、天使が空へと飛び立つ。巻き起こった激しい風の中でのかなはその姿を追ったが暗くなりかけた空へとそれは消えていった。

「…………何だったんだろう、今のは」


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