第二章 3
外に出るとすでに日は落ちかけており、影が闇と同化し始めていた。そしてそれはえまが去らねばならない時間帯であるという事を意味していた。
「逢魔が時もここまでのようだ。今日の所は去らなければならないみたいさね」
「夕方しか居られないって不便だね」
「この世の者でないものが一時でも居られるだけでも御の字というものだよ」
「それを見越してやってくる人もいるみたいだね」
「なに?」
望夜の視線の先を追うと、そこでは『鬼道かすみ』が待ち受けていた。それを見たえまは苦々しい顔をして言葉を紡ぐ。
「まさか私の存在が分かっているのかい?」
「見えてはいないようだよ。でも、知ってはいるみたい」
「『B』の関係者……!」
時間切れのえまの体が足元から消えていく、口惜しそうに語る。
「お前様……気を付けるさね」
「うん、分かった」
望夜はとぼけた顔でかすみの横を通り過ぎようとしたが、呼び止められる。
「あなたが救世主なんだって?」
「………………えっと、どちら様?」
『かすみ』はにこりと笑って言う。
「初めまして、私は『鬼道かすみ』。知らない振りをしないでもいいよ、多分知っているでしょ?」
「あまりいい意味でじゃないけどね」
「そんなに警戒しないでよ。映画とかでよくあるエイリアンみたいに突然顔が割れて“グワァー”って襲ったりはしないからさ」
「………………」
近くの座れそうな車両止めに腰掛け、『かすみ』は語る。
「あなた、何か満たされない気持ちを抱えているようね」
「そんなの誰にだって当てはまるよ」
「身近な他人がそれに関わっている」
「アドラーに言わせれば全ての問題は人間関係に起因するらしいね」
「私ならそれを解消する手助けになれると思うよ」
「でもお高いんでしょ?」
「………………」
『かすみ』の髪が重力に逆らい宙へと浮かんでいく。しばらく無言でそうしていたが、望夜に効かない事を悟ると憎々し気に舌打ちをした。
「この狼マークの『J9バッチ』がある限り、私の思考に干渉する事はできないよ」
「趣味の悪い髪留めだね、どこでそんな物を…………」
望夜はサーベルの刃を実体化させ、『かすみ』に向けた。
「質問は私だけがするよ。どうして生き物を同一化させようとしているの?」
「それが気持ちよくて幸せな事だからだよ」
「今のままでいいって人も居ると思うけど?」
「だろうね。でも、世界は『私』になる。そんな人達の居場所は無いよ」
「そんな事、本当にできると思っているの?」
『かすみ』は口の端を上げて笑った。
「できるさ」
「!」
どこからともなく人が集まってくる。同じ顔を持つ人間達は望夜を取り囲むように一定の距離を置いて周りに立つ。
「さて、救世主様はどうやってこの状況に対応するのかな? 私達を殴り飛ばして、取りあえずこの場を収めるのか、それとも一般人には攻撃できなくてなぶられるままになるのか」
「………………」
望夜はサーベルを収め、手を下した。
「救世主らしい行動だね」
憐れむような視線を受けた望夜に『鬼道かすみ』達が襲い掛かる。戦闘訓練も受けていない素人の集まりに過ぎないが、少女一人を押しつぶす程度の狂暴性は容易く持ち合わせている。
「あっけないね、『B』は彼女の何をあれほど怖れていたんだろう……?」
『かすみ』は退屈そうな表情で立ち上がると踵を返した。しかし、背後から強烈な閃光を受け、驚いたように振り返った。
「なに!?」
望夜の居た場所から光の柱が天へと伸び、そこが聖域にでもなっているかのように誰も触れる事ができない。
純白の衣装でゆっくりと地面から浮かび上がる姿を見て、『かすみ』は思わず呟きを漏らす。
「聖者…………」
「魔法少女だよ」
その姿を見ていた『鬼道かすみ』達の姿が映像が乱れたようにブレる。やがて、それは元の姿へと戻り、支配から解放されたように気を失って倒れる。
「ふーん、どうやら憧れの気持ちが弱くなると元に戻るみたいだね。つまり、みんなはあなたより私になりたいらしいね」
「救世主め…………!」
「あはっ! その台詞、悪役みたいだね」
睨むような視線で『かすみ』は語った。
「あなたにも必ず『私』を認めさせる。そう遠くない内に」
『かすみ』は背を向けて歩き出したが、望夜がそれを追う事はなかった。おそらく、その体も『鬼道かすみ』の一体に過ぎず、それを捕まえた所で何の意味も持たない。望夜の力があれば一時的に洗脳を解く事も可能だろうが、根本的な解決にはならない。
問題は表面的ではなく、人の心という深い場所にある。
「憧れの気持ち……か」
誰にでもあるそれを弄ぶ行為は許されるべき事ではない。悪意が無いからこそ、より救いがたいのだという事はあえて語るまでも無い。
「おーい!」
望夜の変身を感知してか、パウラ達が空からやってきた。この場に倒れている人間達を見て、二人はぎょっとしたように言った。
「おそらくこいつらが正気を失ってたんだろうが……もしかして全員殴りとばしたのか?」
「いや、外傷はみられない。感応能力でなんとかしたのかも」
「私ってそんなにやんちゃに思われてる?」
「冗談のつもりかよ、『最強』」
パウラは言う。
「しっかし、いきなり強硬手段とは、ずいぶん荒っぽいヤツだな」
「エイリアンだからなのか、それとも元から無茶な事をしているという自覚があるのか。ともかくこの人達は記憶の辻褄を合わせてボク達が家に送り返しておくよ」
「うん、お願い」
ジャネットは語る。
「君という存在が認識された以上、周りの人間にも被害が及ぶ可能性がある。ちょっと心配だね」
「大丈夫だよ。直接的な手段が通じなかった以上、間接的に来るのが道理。でも、今日みたいなこすっからい手はもう使わないと思うからね」
「どうしてそんな事が分かるんだ?」
望夜は言う。
「彼女は『認めさせる』って言ったからね。スケールの小さい事じゃ、私は認めないから。次に戦う時が来るとすれば、大勢の人間を巻き込んだ大規模な戦闘になるだろうね」
「そこまで分かってるんなら未然に防ぐことはできねぇのか?」
しれっと望夜は言った。
「出来るよ」
「出来るんかい!」
「けど、今の『鬼道かすみ』には実体が無い、だから倒す事はできない。何度防いだってまた繰り返すだけなの。どうにかするには相手の策略を真っ向から打ち破らなくちゃね」
「相手は君の力を考慮した作戦を立ててくる。それを覆すのは非常に困難だ」
「だとしてもやらなくちゃいけないよ。さっきの『鬼道かすみ』とのやり取りで私が象徴になれる事が分かった。のかなちゃんもマリー=マールも居ない今、それが出来るのは私だけだよ」
ジャネットは語る。
「君は救世主と呼ばれたから象徴になろうとしているのかい? けど、それは無理だ。君は『最強』であっても『最高』ではないし、まして『伝説』でもない。君を畏れる者は居たとしても、君を語り継ぐ者は現れないだろう」
「………………」
望夜の表情を見たジャネットはため息を漏らした。
「言われるまでもない、か。君は本当にボクとよく似ているよ。もし、ボクの感情が失われていなかったら君と同じように行動していただろう。だからこそ、ボクは君に同じ道を歩んでほしくない。君は強い、でもそれは魔法少女としての強さじゃない。魔法少女として強くなれなければきっと君は過去の魔法少女達と同じように…………」
「死んじまう……か」
「パウラ………………」
下らないとパウラは笑い飛ばす。
「平気だよ。こいつはあたし達のようにはならない。なにせ、あたし達が付いているからな」
「パウラ……それは何の確証にもならないよ」
「うるせぇ、とにかくさせねぇって決めたんだ。未来がどうなるのかなんてあーだこーだ言ってるくらいなら、その分だけ何かした方がマシだ。違うか?」
「どうかな……? よく考えなかったからああなったのかもしれないし…………」
「ジャネット! やたら考え込むのはお前の悪い癖だぜ、もっとシンプルに考えられねぇのか!?」
「パウラこそ、短絡的過ぎる! もっと考えて行動してくれ! 一体、ボクがどれほど苦悩していると思っているんだ!」
「なんだとこの野郎! こっちが心配してやっているのに!」
「ボクだってそうだ!」
顔を見合わせた二人はお互いに顔を背けるとぽつりと呟いた。
「……悪い、熱くなりすぎた」
「ボクもだ、ごめん…………」
「………………」
置いてきぼりの望夜はタイミングを見計らって言った。
「いちゃつくのは部屋に帰ってからにしてくれない?」
パウラは顔を真っ赤にして叫んだ。
「いちゃついてねぇから!」
「パウラ、実はずっと前から君の事が…………」
「テメェも悪ノリしてるんじゃねぇ!」
この場から追い出すようにパウラは言う。
「後始末を手伝う気が無いんなら、さっさと自分の家に帰れ! 邪魔だ!」
「はーい」
道の角に消えていく望夜の背中の見送り、パウラはため息をついた。
「まったく、アイツと居るとペースが乱れるぜ」
「そうだね。でも、不思議と悪い気はしないんだ。なんでだろう?」
「そりゃ、マリーにいつも振り回されているからだろ。巻き込まれ体質が染みついてるんだぜ」
ジャネットは言う。
「彼女が魔法少女として強くなる事は無いだろう、あまりに思考が現実的すぎる」
「じゃあ、やっぱり早死にしそうか?」
「でも、彼女は呆れるほどタフだ。敵を倒すためなら例え死んだって攻撃の手を緩める事はないだろう」
「まるで破壊衝動の塊だな…………。なにがあそこまでアイツを駆り立てるのか…………」
ジャネットが意外そうに聞く。
「不思議なのかい? パウラ」
「だってよ、アイツはあたし達と違って、血で血を洗うような戦いを経験してるわけじゃないんだぜ。魔法少女ってヤツが日曜日の朝にやっているような希望に溢れた物だって信じてたっておかしくないくらいの人間だ。なのにアイツときたら、ハイエナみたいに目をギラつかせていつでも戦闘に入れるように身構えている。はっきり言って異常だ。ぬるま湯に浸かった第二世代の中でアイツだけが私達と同じ場所に居る。どこもいじってないって言うが、本当は精神改造されてるんじゃないのか?」
「…………君は幽霊って見た事ある?」
パウラは怖気が走るように体を震わせた。
「おおおおお、おい! 話すのが面倒になったからってそうやって逸らそうとするの止めろ! あたしがそういう話苦手だって知ってるだろ!?」
「別に逸らしてるわけじゃないよ。最近、彼女の周りにそんな感じのオーラが付きまとっているんだ。もしかしたら憑りつかれて思考を操られているのかも」
「怖ぇ……超怖ぇ……。そんな話聞かされたら、アイツに近づきたくなくなっちまうぜ…………呪われたりしないよな?」
「解呪の得意な『のかな』か、呪いの専門家の『ベルテルス』にでも相談してみたら?」
「片方はしばらく居ねぇし、もう片方はすげー苦手なんだけど…………」
「まあ、彼女の様子を見る限り悪霊ではなさそうだよ。それに彼女は『プラズマ』を扱うだけあって幽霊と意思疎通や相互干渉が出来てるみたいだから、手に負えないって事もないだろう。いっそ君も彼女に幽霊と会話できるようにしてもらったらどうだい? 意外と気のいいヤツかもしれないよ?」
「やだよ。見えないからまだ我慢できてるのに、見えるようになったらあたしは部屋に引きこもるぜ。もう一歩も外出ねぇ」
「でも、幽霊って壁をすり抜けてくるから無駄じゃないかな?」
「あ」
パウラは考えを巡らせるかのように視線を惑わせ、やがて自分を誤魔化すかのように言った。
「………………さあて、お仕事お仕事」
何もかもを聞かなかった事にして、パウラは現実逃避するように倒れた人間達への処置を開始した。
「オネアミス…………やはりあなたは…………」
パウラ達の様子を遠くから眺めていた『鬼道かすみ』は憂うような表情を見せるとどこかに消えていった。




