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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
望夜編1:ホメロスタシス オーバードーズ
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第二章 1

「お前様」

「んー?」

 公園のブランコに座りながら手元のゲーム機を弄っていた望夜が生返事をしたので、えまは呆れたように言った。

「刺客が狙っていると言ったはずなんだけどねぇ。こんな所で呑気している場合じゃないだろうに」

「そうは言っても、れもんちゃんを探さなくちゃいけないからねぇ。連絡先を聞き忘れたのは致命的だったね」

 ぴこぴこという電子音が響き、えまはがさごそと袖の中からまんじゅうを取り出した。

「食べるかい?」

「うん」

 それを包んでいた透明なラップを外し茶色の塊にかぶりと噛みつくと望夜はもぐもぐと咀嚼し、やがて呑み込んで感想を漏らした。

「苦い」

「そりゃ重曹で膨らませているからね」

 もう一口噛んで中の餡子まで行き着くと望夜は言った。

「死んだおばあちゃんの作ってくれたものと同じ味がする」

「お前様が喜ぶかと思ってね」

「………………」

 望夜は問う。

「死んだらどうなるの? 多くの宗教で語られているようにあの世で生きるようになるの?」

「死んだらそれまでさね。極楽浄土が待っているわけでも、地獄の閻魔が裁きを下すわけでもない。あの世とは人の死の先にある場所ではないんだよ」

「なら、あの世ってなに? 死にかけの人が垣間見た平行世界に過ぎないの?」

 えまは語る。

「あの世とはこの世の記憶の蓄積する場所。ある種の掃き溜め。しかし、そこは人間の望む通りに振る舞う場所でもある。故にそこには悪があり、裁きがある」

「正義は?」

「存在しない。正義為されるべきはこの世であるからね。多くの者が死後の裁きを望みながら、誰もあの世での正義を想像すらしなかった。だからそこに芽生えた悪はただ増大し、やがてこの世にまで浸食してきた」

「………………」

 望夜の表情を見て、淡々とえまは聞く。

「失望したかい? 誰も正義を望みもしない世界に」

「正義なんて望むものじゃないよ、それ自体には何の意味も力も無いんだから。人知れず悪と戦う人が「どうして強いのか」と聞かれた時に返すジョークみたいなものだよ」

「……お前様は強いね。どうしてそこまで強く在れるのかい?」

「それは…………」

「オーッホッホッホ!」

 途中まで言いかけた望夜は不敵な笑い声に気づいてその方向へと視線を向けた。

「お前が救世主(メシア)とか呼ばれてるヤツかい? ただのガキじゃないの」

 そこに居たのは船長帽を被った海賊風の若い女だった。得物であるサーベルを腰から下げ、単純に浮世離れした装いとは別に非現実的な気配を纏っている。

 例えるなら幽霊のようなもので、おそらく望夜以外の人間にその女の存在を感知することは極めて困難だろう。

「私が“ただ”なら、あなたは自分でお金を払わなくちゃ買ってもらえなさそうだね、おばさん」

「このガキ! ちょっとばかり若いからって調子に乗って!」

 忠告するようにえまは語る。

「お前様、言わなくても分かっているだろうがアイツは『B』の刺客さね。もし不覚を取るような事があればその時点で世界は終わり。努々(ゆめゆめ)忘れる事のないようにね」

「うん、分かったよ」

 女は腰からサーベルを抜いて構える。

「アタシの名はローアビス! 冥土の土産に覚えときな!」

 サーベルが振るわれた瞬間、世界の色彩が変化し、通常とは異なる空間へと移行したのが分かった。リズムを刻むように斬りこんでくる刃を望夜は巧みな体捌きで華麗にかわす。

「そらそらそら!」

「………………」

 魔法少女への変身もせず、ただ避けるばかりだった望夜は不意に呟きを漏らした。

「それだけ?」

 その言葉と共に帯電した体から電気が吸い寄せられるように近くにある金属製のサーベルへと流れていった。

「うぎゃあああああ!」

 感電したローアビスは小刻みに痙攣をしてサーベルを取り落とし、白い煙を上げてその場に崩れ落ちた。その凄惨な姿を見た望夜は困惑したように言った。

「あの世の人でも殺しちゃったら罪になるのかな?」

「この世の為の行いだ。人間の都合は分からないが、少なくとも閻魔はお目こぼしをしてくれるだろうさね」

「くっ……!」

 二人が呑気な会話をしているとローアビスがゆっくりと起き上がってきた。ダメージがあることは見た目から明確に分かるほどではあるが戦闘不能になるほどではないようだ。

 それを見た望夜は興味深そうに語る。

「ふーん、体の表面に電気が流れて心停止を(まぬが)れたのだとしても火傷が無いって事はタンパク質で構成されてるわけじゃないみたいだね。分かっていたけど、あんまり物理的な存在じゃないんだね」

「なに訳の分からない事をぶつぶつと…………」

「第二世代の魔法少女はあまりに現実的過ぎて、第一世代が当たり前に持っていた超常的な力なんてどこにもないから、あなたみたいな存在とやり合うのはちょっと荷が重いんだ。まあ、爆弾とか化学兵器でどうにかできない相手に対して私みたいな真っ当な人間が戦わなくちゃいけない事自体が間違ってると思うけど」

「………………」

 ローアビスは背中からフリントロック式の拳銃を引き抜くと素早く狙いをつけて引き金を引いた。望夜は落ちていたサーベルを蹴り上げて手に取ると弾丸を切り払う。拳銃はいつの間にか両手に握られており、見た目から想定される装弾数を完全に無視した連射で弾幕を形成するが、望夜は平然と弾丸を斬り裂きながら接近していく。

「とおりゃんせ、とおりゃんせ」

「うっ…………」

「天神様の細道じゃ」

「ううっ……………」

「行きはよいよい、帰りは…………」

「うおおおおおおおおお!」

 一閃。

素早く退いたローアビスの手にはおよそ銃とは言えない握り手程度の残骸しか残っていなかった。思わず流れた冷や汗を拭うと吐き捨てるように言った。

「何が真っ当な人間だよ……アンタに比べりゃエイリアンの方がよっぽど人間らしいね!」

「えー? 本当にただの人間だよ? 強化手術も受けてないし、サイボーグでもないもん」

「あの世じゃ弾丸を斬りながら平然と近づいて来るイカれたガキを普通とは言わないんだよ」

 踵を返したローアビスは空間に赤黒く禍々しい扉を出現させた。

「こんな対人用装備じゃ手に負えないねぇ。もっと強力な武器が要りそうさ」

「逃げるのかえ?」

 ローアビスは口の端を上げて笑った。

「ここで終わっちゃお互い詰まんないだろ?」

扉にローアビスが入り、それが煙と化して消えると空間が元に戻っていった。望夜は己の手に残されたサーベルをどうしたものかと眺めていたが、見せつけるように軽く振るうとえまに聞いた。

「似合う?」

「賊か軍人か、その恰好じゃ玩具にしか見えないねぇ」

 刀身を持ち主の意思で消せる事に気づいた望夜はサーベルを柄だけの形にして腰のベルトに引っ掛けるように吊り下げた。

 えまは淡々と聞く。

「しかし、生身で刺客とやり合うとはいささか蛮勇が過ぎるんじゃないかい?」

「生身? ……ああ、見た目が変わってないからかな?」

「と言うと?」

「魔法少女の『変身』には段階があるの。確かにダメージアブソーバーが機能するレベルまで『変身』してはいないけど、身体能力はかなり上がってるよ。流石に素のままじゃ弾丸が来る事は分かっても反応までは出来ないからね」

「なるほど。……ふむ、そういえば魔法少女の事をよく知らなんだ。この機会に魔法少女について詳しく教えてもらってもいいかい?」

「いいよ、別に機密でも無いしね」

 望夜は近くのベンチに腰掛けると説明を始めた。

「まずは基本から話していくね。魔法少女には『第一世代』と『第二世代』の二つのタイプがあるよ。『第一世代』は身体改造をしていて、細胞を代替物質に置き換えたりしてるよ。それをデバイスとか自分の意思で活性化させる事で魔法少女になるんだ。『第二世代』は体を弄る必要はなくて、パラダイム空間って言う疑似空間を現実に重ね合わせて魔法少女になるよ。例えるなら、元から毛皮があるのと毛皮を着るのとの違いって感じ。単純な出力自体は第二世代の方が上だけど、一体型である第一世代の方がシステム構造が強固だし、瞬発性や持続力も比べ物にならないくらい高いの。さっき私が見た目が変わらなかったのはその違いのせいだしね」

「『変身』に隙があるのかい?」

「うん。第一世代はデバイスすらなくても戦闘しながら魔法少女状態にスイッチできるけど、第二世代はちゃんとデバイスを使用して『変身』プロセスを踏まないと魔法少女になれないんだ。『変身』してないとさっきみたいに見た目が変わってないのに魔法が使えてる中途半端な感じになるよ。見た目が変わるのはそれがダメージアブソーバ―そのものだからで、それが無いって事は攻撃を受けたら一溜りも無いって事なんだけどね」

「すると先ほどは実はまずい状況だったという事にならないかい?」

「そうでもないよ。ダメージアブソーバ―は起動してないけど、バリアは張れるから。『変身』は魔法少女の能力を読み込む事だから、各能力を単独読み込み(ブート)させることもできるんだ。『変身』はだいたい二十秒くらいかかるけど、時間がかかるのは主にダメージアブソーバ―の展開と飛行機能、マテリアルドライブ実体化だからそれらを全部オミットして、魔法制御回路だけをブートすれば三秒以内に終わるよ。その三秒も魔法制御回路を順に展開させてるから、初めからバリアは張れるし、隙は全く無いよ。まあ、欠点もあって一回システムを再起動しないとオミットした機能は使えないままだとか、性能は本来に比べて格段に落ちるとか、アルト君にねちねち小言言われるとかの見過ごせない問題も多いんだけどね」

「アルト君?」

 望夜は意外そうに言った。

「あれ、知らないんだ。えまちゃんってどんな人の事でも知ってると思っていたのに」

「私が分かるのはこの世とあの世の住人の事だけさね。つまり、そのアルト君とやらには少々気を付けた方がいいかもしれないね」

「えー、アルト君だよ? 変な事なんて考えて無いよ」

「今から騙しますと言って騙すのは手品師だけさね。そういう思い込みに足元をすくわれる」

「そうかなぁ? …………でも、別にアルト君が裏切っても平気だよ」

 淡々と望夜は続けた。

「私はただ自分の選んだ道を行くだけ。そこに誰も付いて来てくれなくても、誰もが敵になったとしてもそれを変えるつもりはない。行く道が悪ならば自ずと滅びるだろうし、正しければ少しは長持ちするかもしれない。私っていう人間はなんとなくだけど、あんまり長生きできない気がする。だから、他人を縛り付けたくないの。いっそ裏切られるくらいの方がすっきりするんじゃないかな?」

「そういう悲観主義は若者にありがちな事だね」

「普通ならそうやって笑い飛ばせるかもしれないけど、魔法少女なんて危険な事をしてたら遅かれ早かれ死んじゃうと思うよ。ちゃんと現実と向き合わなくちゃ」

「ならば何故、危険だと分かっていて魔法少女を続ける? 別に生まれた瞬間から救世主になる事を知っていたわけでもあるまいに」

 すると望夜は冗談めかして言った。

「気持ちいいから」

「……本気かい?」

「もちろん。本気も本気、大本気(オオマジ)だよ。私は空をこの体で飛ぶのが気持ちいいから魔法少女をやっているの。他の人はどんなに飛ぶのが上手い人でも苦しそうに飛ぶけど、私だけは違う。初めて飛んだ時、分かったんだ。この空の全てが私の物だって、私は『特別』なんだって」

「それは自惚れさね」

 望夜は曖昧にほほ笑んだ。

「確かに自分の事を『特別』だなんて吹聴する人は見るに堪えないよ。謙虚に振る舞って、でも本当は凄い人の方が一般的にはカッコよく映るだろうね。のかなちゃんみたいにさ。けど、私はそんな風に生まれて来られなかった。自分の中にある感激を全身で表現したくてたまらなかった。馬鹿にされたって自惚れだって構わない。私はね、『ロケット』なんだ。ロケットが宇宙に向かって飛び立つとき、誰も目を離す事はできない。それは激しい音や光のせいなんかじゃない。それが『特別』だからだよ。誰も到達した事の無い領域へと挑んでいるからだよ。私は『最強』の魔法少女。みんなはその『最強』がどれほどの物なのか知りたがってる。だから、私は『特別』。いつか重力に負けて地面に堕ち、泥に塗れて死ぬまではね」

「………………」

 そのあまりに超然とした思考に圧倒されてしまったのか、えまは頭を横に振ってため息をついた。

「なんとも業が深いな、お前様は。しかし、何故そこまで強いのかは分かった。お前様の根底にある物、それは『覚悟』だ。何かを成し遂げようとする時、必ず必要になるモノ。如何なる存在であろうとも容易には手に入れられないモノ。どうしてそこまでの覚悟が出来たのか、流石の私にも分からなんだ。ただ、それが正しい方向を向いている事を切に願うよ」

 それを聞いた望夜は鼻で笑った。

「覚悟? 私の中に覚悟は無いよ。『覚悟』は現実を受け入れる事、どうにもならないと妥協してしまう事。いくら覚悟を完了したと思っても、人間の弱い心では容易に揺らいでしまう。覚悟は瞬間に完了する物ではなくて、どんなに苦しくても一生続けていかなくちゃいけないんだよ。そんな事、私にだってできない。だから私は『決意』したの。決意は現実に抗う事、どうにもならない事に逆らう事。決意だって完了する瞬間は無くて、どんなに辛い時だって続けていかなくちゃいけない。でも、決意は覚悟とは違って『完成』する。そして一度完成した決意はもう二度と揺らぐ事は無い。自分がどうなろうとも決意だけは滅びないんだよ」

「『決意』…………」

 えまは望夜の中に太陽のように熱い塊が存在するのが分かった。それが本人の語る通りの『決意』の表れなのか、それとも俗に言う『魂』とでも呼ぶべき物なのかの区別はつかなかったが、どんな事があったとしても決して砕けないという事だけは確かだった。

「なんだかガラにも無く本音を喋っちゃったね。こういう物の考え方、人に話した事は無いんだけどなぁ。えまちゃんの前で隠し事はできないみたい」

「そもそも嘘をつく気も無いだろう? お前様は頑固な所はあるが、それほど裏のある人間でもないからね」

「えー? ホント? これでも結構気を使ってるんだよ。『最強』ってだけだと角が立つから天然な振りをしてみんなを和ませなくちゃいけないし、もっと食べたい所を小食で可愛さアピールしなくちゃいけないんだから」

 えまは思わず叫ぶように言った。

「素で天然な上にガッツリ食っとるさね!」

「またまたぁ、ご冗談を」

 猫のように望夜は笑うと立ち上がり、スカートのポケットからケイタイを取り出してメールを確認した。どうやら何かの約束を取り付けていたようで、その表情を見る限り上手くいったようである。

 近くに置いていた狼の顔を模したポシェットを身に着けると公園を後にする。途中、道端の猫や犬と戯れ、時に買い食いしながら目的の場所までたどり着く。


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