第一章 3
望夜が店を後にして、家に戻ると玄関に家族以外の靴があった。約束も無しに学校の友達が来るとは考えづらいので、それとは別に友人が来たと確信した望夜は期待に胸を躍らせて、自分の部屋のドアを勢いよく開けた。
「のかなちゃん、ひさしぶ……」
「よっ、お邪魔してるぜ」
マリー=マール配下、『技』の魔法少女『パウラ=マッカートニー』の顔を見た望夜は一瞬で真顔になり、淡々と言い放った。
「チェンジで」
「なんでだよ!?」
大きなため息と共に地面に突っ伏したように倒れた望夜は小動物用のクッションに座っているアルトに目線を合わせて不機嫌そうに聞く。
「なんでのかなちゃんじゃないのぉ? 昨日巻き込んでくれるって言ったじゃない……」
するとアルトは淡々と語った。
「僕もそのつもりだったんですが、のかなさんが古代エジプトの女王に憑りつかれているとかのたまいながら虚空を怒鳴っているような異常な精神状態だったので諦めました」
「のかなちゃんの事だから気が触れているわけじゃなくて多分本当だと思うよ」
「でしょうね。でも、『あの世』だけでも対処限界に近いのに古代エジプトなんてわけわかんないものが混ざってきたら、僕はパンクします。向こうがなんとかするまで放置です」
「それでパウラちゃんってわけ?」
「はい。ことかさんは広島に帰ってしまいましたし、すぐに動けて実力もある方となるとそう多くはありませんから」
パウラは苛立ったように言う。
「全く、せっかく来てやったのにいきなり『チェンジ』とはひでぇ言い草だぜ。あたしだって別に暇ってわけじゃないってのにさ」
現在、創造の魔法少女であるマリー=マールは事情により長い眠りについている。マリーが目覚める時が来るまでパウラにはマリーの作り出した世界を管理するという役割がある。それは語るまでも無く重大な役目である。
望夜は起き上がると申し訳なさそうに言った。
「ごめんねぇ。期待してた分、落差が大きくて」
「まあ、分かればいいんだよ、分かれば。どうせあたしはなに言われたって付き合わなくちゃいけないんだろうしさ」
「どうして?」
「そりゃこいつのせいだよ」
がちゃっ、とドアが開き、青髪ツインテールの少女が部屋に入ってきた。
「ジャネットちゃん」
「あれ? 帰って来てたんだ。『お帰り』くらい言おうと思ってたんだけど、ちょうど席を外してて、タイミングが悪かったね」
パウラはため息をついて語る。
「こいつがお前を手伝いたいって言うからあたしはそれのお守だ。この能面女は放っておくと無茶ばかりしやがる。ストッパー役が居ないとすぐにお陀仏だろうぜ」
「勇気を持って戦い、そして死んでしまってもボクに悔いは無い」
「そういうとこだぞ」
ジャネットはテーブルにホットケーキを置きながら語る。
「夕食前のおやつにと思って作ったんだけど、帰って来るのが遅いからちょっと時間帯的にまずいかな……?」
「これくらいなら平気だよ、ハンバーグセット食べようと思ってたくらいなんだから」
アルトは苦虫を噛み潰したかのように言った。
「めろん……帰りが遅いと思ったらまたそんな…………」
望夜はもぐもぐとホットケーキを咀嚼しながら何気なく呟きを漏らした。
「おいしー! ……あっ、そういえば『鬼道かすみ』ちゃんに会ったよ」
「は?」
「うっかり連絡先は交換し忘れちゃったんだけどねぇ」
慌てたようにアルトは聞き返す。
「まままま、待ってください! あなたは何を言ってるんですか!?」
「だから、事件の中心人物である『鬼道かすみ』ちゃんと話してきたんだよ」
「え? え?」
混乱するアルトを置いて、ジャネットは聞く。
「変な事されなかった?」
「え? え?」
「ジャネット、お前ちょっと黙れ。話がややこしくなる」
パウラは仕切り直すように言う。
「何かしらの騒動の元になってるヤツに会ったって事だろ? 偶然か意図的な物かは分かんねぇがな。どうしてそうなったのか最初から話してくんねぇか?」
「いいよ」
望夜は犬のような怪物に会った事、それを駆除した『鬼道かすみ』と同じ顔を持つ少女が『れもん』と名乗る自称エイリアンである事、特殊な能力を持つ事を説明した。
「あの世に続いて今度はエイリアンですか…………こういう時は『メンインブラック』に通報すればいいんでしたっけ? はぁ…………」
「生身で思考操作を使うって事はあながちエイリアンってのも嘘じゃなさそうだな。それにしてもなんでお前にはそれが効かねぇんだ? やっぱりエイリアンの仲間なのか?」
「『鬼道かすみ』と同じ顔……普通に考えるなら同一人物とするべきだけど、君はどう思う?」
「うーん、そうだねぇ…………」
望夜は口に入っていた物を飲み込むと言う。
「少なくとも、あの子は黒幕じゃないよ」
「どうして?」
「私に会うつもりなら一人になった所を狙うだろうし、偶然なら能力が効かない時点で逃げると思うよ。少なくとも一緒に話し合いなんてしない。うっかりボロが出ちゃう事もあるからね、記憶の修正が効かない相手なら猶更だよ。仮に魔法少女の情報を得るためと考えても、リスクが高すぎる。そんな選択をする人が黒幕なら私達の敵じゃないだろうね」
「なるほどな…………。でも、そいつが『鬼道かすみ』なんだろ? そいつが黒幕じゃなかったら一体誰が黒幕なんだ?」
「ううん、黒幕は『鬼道かすみ』で間違いないと思うよ」
パウラは理解できないかのように聞く。
「は? 今、お前がそうじゃないって言ったじゃねぇか」
「私はれもんちゃんは黒幕じゃないって言ったけど、『鬼道かすみ』が黒幕じゃないとは言ってないよ」
「だからそいつは同一人物なんだろ?」
ジャネットは理解したかのように呟く。
「『れもん』は『鬼道かすみ』であるが『鬼道かすみ』は『れもん』ではないって事?」
「そういう事だね、まだ確定ではないけど」
「なるほど、『同化現象』と合わせて考えれば十分に考えられる可能性ですね」
「え? あ? う?」
パウラは苦悩したように叫ぶ。
「お、同じ言語のはずなのに喋ってる内容が分かんねぇぇぇぇ!」
「パウラ、別にボク達は複雑な事は言っていないよ」
「嘘つけ! そうやってインテリ共はいつもあたしをバカにしやがるんだ!」
ふぅ、とため息をついてジャネットは望夜を見た。
「…………ねぇ、ホットケーキのお礼にちょっとパウラの知力を引き上げてくれないかな?」
「うん、いいよ」
じりじりと近づいて来る望夜にパウラは恐怖したように叫ぶ。
「ま、待て! なんでそんな事をする必要があるんだよ!?」
「パウラには一度、他者の視点という物を教えておかなくちゃね」
「止めろ! それ以上近づくな! なんだその手は!? 一体何をする気なんだ!?」
「痛くないから大丈夫だよ」
「全然大丈夫にみえな……アー!」
望夜の手が頭に触れたパウラは少しの間硬直し、やがて素に戻って全てを悟ったように語りだした。
「あ、そういう事か。確かに別に難しい事喋ってねぇな」
「改めて見るとめろんの能力はすさまじいですね…………外部から触れるだけで他人の脳を簡単に操れるんですから」
「そんな凄い事はしてないよ。今だって一時的に脳を活性化させてるだけだし。それにしてもパウラちゃんって普段全く脳味噌使ってないんだね。もっと考えて生活した方がいいよ」
「うるさいな、ほっとけよ。つーか、こんな事して何か副作用とかないのか?」
ジャネットは驚愕したように口を押さえた。
「副作用だって!? パウラがそんな頭の良い言葉を!?」
「それくらい普段でも分かるわ! あたしの事どんだけバカだと思ってんだ、お前は!」
「だってパウラ。君、知力25くらいしかないでしょ?」
「ふざけんな! 27はあるわ!」
「そこまでバカなんですか……パウラさん…………」
魔法管理組織の規定によれば一般魔法少女の平均知力は『40』である。これは知識などとは関係のない論理的思考能力の測定値であり、この値が低いと複雑な魔法を扱う事はできない。一般的な知能指標であるIQと違う点は知力の測定にテストを用いないという所である。変身システムの応用で行う身体スキャンにより脳の働きを完全にトレースするため、被験者の調子に左右されない測定が可能になっている。
ジャネットが手元のデバイスの数値を見て驚く。
「凄い! 今のパウラ、知力が60くらいある! これは超一流の棋士と同等レベルだよ!」
「脳のクロックを上げてんのか? いや、だとしても本来持ってる思考自体に変化はないから、頭が良くなるはずはないな。となると脳の活性化と共にこいつの論理思考が干渉してるってことだ。なら、長くやらなければ副作用と呼べるほどの影響はなさそうだな」
「言動が見違えるほど賢くなってる! ……っていうかパウラさんの言っている事が複雑すぎて分かりません!」
「いや……別に難しい事を言ってるつもりはねぇんだけど…………」
「まさかパウラの口からそんな言葉が出る日が来るとはね」
パウラはにやりと笑って言った。
「なんか『アルジャーノン』みたいで面白れぇな。バカだった奴が外部の力によって他のヤツより頭が良くなるってのはさ」
「でも、その話のオチは確か…………」
ふっ、とパウラは肩をすくめた。
「そ、バカはバカに戻るってね」
「!」
瞬間、望夜は何かに弾かれたかのように勢いよく手を放した。するとパウラは電源でも落ちたかのように頭から地面へと突っ伏し、沈黙した。
「あれ、もう止めちゃうんだ。どこまで賢くなるのか見てみたかったのに」
望夜は弾かれた手を確かめるように開いたり閉じたりを繰り返した。
「……拒絶されちゃった」
「拒絶?」
「頭を良くしていくと私より相手の方の能力が強くなるから、こっちが続けようと思っても切断を拒否できなくなるんだよね」
「パウラは自分から英知を捨てたって事かい? どうして?」
アルトは語る。
「頭の良い事が必ずしも幸せではないからじゃないでしょうか?」
「もしくは頭が負荷に耐えられなくなっての本能的な回避行動だとか?」
「お、お前らなぁー…………!」
「あっ、起きた」
パウラは怒りに満ちた表情で言う。
「人の事おもちゃにしやがって! 今度はこっちの番だ!」
両手を体の前で構えるとその中心にエネルギーが溜まり始めた。やがてチャージが完了すると共にその力を解き放つ。
「バカになるビーム!」
「うえっ!?」
その怪しく輝く光線が直撃したアルトの頭から煙が噴き出すとぐるぐると目を回し、知性の欠片も無く口から涎を垂らした。
「はれほれひれはれー」
「ひっ……。い、一体なんなんだい? その力は!」
「頭が良くなるとビームが出せるようになるんだよね。私が触れていなくても知力が完全に元に戻るまでなら威力は下がるけど使えるよ」
「知力の高まりでビームが出せるなんて、そんな馬鹿な事があるわけがない! 非科学的だ!」
「なにがバカだ! バカになんのはテメェだ、ジャネット!」
パウラは再び力を溜めて光線を放った。しかし、咄嗟にジャネットは身をかわし、その後ろに居た望夜に直撃した。
「あっ、悪い!」
「なにをやってるんだ、パウラ」
「うるせぇ! 元はと言えばお前が悪いんだろ!」
望夜から噴き出した煙がモクモクと全身を包んでいたが、やがてそれが晴れると先ほどと何ら変わった様子の無い姿がそこにはあった。
「あー、びっくりした。急に来るんだもん」
「え? なんともないの?」
訝しむようにパウラは言う。
「もしかしてこいつ、相当なバカなのか?」
「いや、流石にそれはないだろう。何か理由があるんだろうね」
「うん」
望夜は見せるように狼が描かれた髪留めを外した。
「これ、お前のデバイスか?」
「それは反対側のだね。この髪留めはちょっと変わった物質で出来ていて、質量の小さい波長を吸収してくれるの。例えば、ビームとか電磁波とかね」
「なるほど、だからパウラのビームもエイリアンの記憶操作も効かなかったわけか」
納得したようにパウラは語る。
「流石に生身の人間が装備無しに色々防げたら正直ちょっと引くからな。ほっとしたぜ」
「え?」
「……『え?』ってお前……まさか!」
「はにゃーん! まうまうー!」
「あっ、そうだった。アルト君治さないと」
アルトに触れて正気に戻しながら、話を戻すように望夜は言う。
「私達は単純に『鬼道かすみ』を倒せばいいわけじゃなさそうだよ。『れもん』ちゃんの側に対する回答も用意しておかなくちゃ」
「『共生』、か。強く賢くなれるって触れ込みだけど、パウラはどう思う?」
「その話をするためにあたしの頭を弄ったってわけか? 悪趣味だぜ。……そうだな、別に悪いもんじゃなかったな。そもそも人間を含め動物ってのは様々な微生物や細菌と共生して生きてる存在だ。共生自体におかしさは感じないが、急激な変化による生態系のバランスが崩れる危険性は大いにあるぜ」
「君、まだ頭が良いままなのか…………」
「でも、『れもん』ちゃんだってそれは考えてる。様子を見ながら少しずつ行っていくんだろうね」
正気に戻ったアルトは語る。
「共生に対し自由意志があると嘯きますが、実際は拒否権なんてありませんよ。時代に淘汰されれば生き残れないんですから。能力に差があれば最終的にどうなるのかは明白だ」
「ボク達はこの『侵略』とも呼べる行為にどう反応すればいいんだろう? 魔法管理組織は『戦え』と言うのか、それとも『受け入れろ』と言うのか?」
「どうせ何も言わねぇだろ。もしくは悪いエイリアンと戦って、良いエイリアンを受け入れろと言うだろうさ。あたし達は自分で選ばなくちゃいけないんだ。何もしなけちゃ愚鈍だと罵られ、何かをすれば余計だと罵倒される。魔法少女ってのはそういうもんだ」
答えの出ない問に対し、一同は苦悩した。世界に影響する問題への回答をこの少人数で出すというのはあまりにも傲慢過ぎた行いだったが、彼女達にはそうしなければならない責任と義務と宿命があった。
「とにかく、あたし達が最も優先すべきことは『鬼道かすみ』を止める事だ。キメラ犬とかの直接的被害も出てるようだしな。このまま放っておいてエイリアン側の立場を悪くすんのもありだが、一般人の被害を見過ごしてまで腹芸をやるつもりは無いぜ。取りあえずムカつく順にぶん殴っていくしかねぇだろ」
「ようやく台詞の知性が下がってきたね。いつものパウラだ」
「お前は頃合いを見て一度ぶん殴っておく必要がありそうだな…………」
アルトは苦笑を漏らす。
「まあまあ……。とにかく方針は決まりましたね。僕達は『れもん』派のエイリアン達と協力して、『同化現象』を起こそうとしている『鬼道かすみ』を止める。そういう事です」
「謎は色々と残っているけどね。『れもん』ちゃんから聞き出せればいいけど、もしできなかったら…………」
「できなかったら?」
望夜は曖昧に語った。
「その時はその時だね」




