第一章 2
翌日、
「おはよー」
望夜が教室に入るとゆりが手を振って笑いかけてきた。一瞬前まで和やかに会話していたくみは途端にぴりっとした表情になり、気まずそうにしていたが望夜が普通に挨拶してきたので仕方なしに返した。
「……おはよ」
「なんだか元気ないね、調子悪い?」
「昨日の今日で平然と話せる方がどうかしてるわ」
「別にいつもの事じゃない」
「だからあんたは嫌いなのよ」
「私はくみちゃんの事、好きだけどなぁ」
「………………」
その言葉を聞くとくみはあからさまに不機嫌な表情を見せたが、望夜はどこ吹く風だ。だとしても意地というものが少なからずあったが放課後までいつもの調子で振る舞い続けられては流石のくみも折れざるをえなかったようで、降参したように肩をすくめた。
「はぁ……負けよ、負け。あんたって私以上に頑固なんだから」
「なにが?」
「じゃあ、仲直りの印にどこかに遊びに行こうよ」
「ゆり、そもそもあなたがダメ人間だっていう事が原因だって分かっているのかしら…………?」
呑気な二人の友人にため息をついたくみは仕方なしに放課後の寄り道に付き合う事となる。口では厳しい事を言っているが小学生らしく遊びたいという気持ちが無いこともなく、その表情は困りげながらも少し嬉しそうでもあった。
「…………?」
不意に足を止めたくみにゆりは不思議そうに聞く。
「どうしたの?」
「ねぇ、なにか聞こえない?」
くみが草むらに耳を澄ますと不意にそれが揺れて、中から犬のような生物が飛び出して来た。
「ひっ」
犬のような――――と形容したのはそれの認識が甘かったからではない。頭が触手である動物を犬と称する文化が地球には無かったからだ。
「ななななな、なんなのあれ!?」
「ふぇ……怖いよぉ、くみちゃん」
「泣くな、ダメ人間!」
「………………」
望夜が咄嗟に二人を庇うように前に出るが、正体がばれるこの状態では魔法少女に変身できず、少し面倒に感じた。魔法少女としての望夜はまさに無敵であるが、生身ではただの少女に過ぎないのだから。
(うーん、二人の記憶を後で消してもいいけど、あんまりそういう事はしたくないんだよね…………ん?)
「にゃあ!」
その時、草むらから少女が飛び出して来た。ブロンドヘアのそれは頭にヘルメットをかぶり、体の各所にプロテクターを付けて靴の裏にローラーを装着している。しかし、なにより目立つのはその手に持ったSFチックな光線銃だった。
少女は犬のような生き物に狙いをつけると素早く引き金を引く。一撃目で動きを封じると躊躇なく連射する。そして、苦しむかのようにもがくそれを見下すかのように眺めながらトドメの一発を放った。
「にゃー」
「なに、あれ…………」
状況が理解できずに硬直する三人へと少女は視線を向けた。そして、気流でも吹いているかのように髪を逆立てた時、ゆりとくみは頭を押さえて突然苦しみだした。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「いたたたたたたた!」
「?」
そして平然としている望夜を置いて逃げるように走り出した。そして望夜と二人になった少女は髪を逆立てるのを不意に止めた。
「へぇー、私の力が効かない人間なんて居るんだ」
望夜はとぼけたように聞き返す。
「え? 何かしてたの?」
「ちょっと記憶操作をね。こういう物があるって言いふらされても困るし」
少女がどこかに電話をかけると少しして保健所の車のような物がやってきた。車から出て来た防護服たちが犬のような生き物の死骸を回収し、その跡を念入りに洗浄して去っていった。
「あなたは何者?」
「エイリアンなんだ、私ね。そっちは?」
「魔法少女」
「ふーん、中々悪くないんじゃない?」
少女が手首のリストバンドの下にある体に埋め込まれた銀色の鉄球に銃器を押し当てるとそこに吸い込まれるかのように光線銃は消え去った。
鉄球を隠すためのリストバンドに触れた時、ふと望夜の視線を感じて悪い笑みを浮かべて言った。
「レモン味」
「何の話?」
少女は能力の影響で乱れていた髪を整えると望夜に聞いた。
「お茶しない? 友達先に帰っちゃったし、暇でしょ?」
「うーん、さっきの怪物の事、皆に報告しなくちゃいけないと思うんだよね」
「あれは別に怪物でもなんでもないよ。同化しちゃっただけ」
「同化?」
「他者を取り込み、“同化”つまりは同一となる事。さっきの犬のような何かは複数の生き物が混ざってキメラ化した元々は何の変哲もない地球の生き物達なんだ」
聞き覚えのある単語を聞いた望夜は昨日の事件情報を思い出して呟く。
「『鬼道かすみ』…………」
「!」
一瞬、視線を惑わせた少女は何もなかったかのように聞く。
「……誰の名前?」
「えっとね、さっきの怪物を作ったかもしれない人の名前」
「へぇ、それは怖いね。……ねぇ、もし私がその『鬼道かすみ』だって言ったら君はどうする?」
「え? あなたが『鬼道かすみ』なの? わっ、すっごい偶然」
苦虫を噛み潰したように少女は言う。
「……君、人の話を聞かないってよく言われるでしょ?」
「うん、よく分かるね、もしかして占い師さんだとか?」
「………………」
ため息をついて少女は語る。
「『もしも』の話はいいや。とにかくその『鬼道かすみ』に近づくのは止めた方がいいよ。魔法少女なんてよく分からない物が取り込まれたらこっちの対処が追いつかなくなる」
「何か知ってるの? なら、協力し合おうよ」
馬鹿にしたように少女は笑った。
「人間なんかが信用できるとでも?」
「ダメかな? じゃあ、人間は信用しなくてもいいから、私だけは信用してよ。多分、何かの役には立てると思うんだ」
「傲慢だね、他の人間からはさぞ神の如き大層なお名前で呼ばれてるんじゃない?」
「えー? そんな事ないよ、定食屋さんと似たようなものだし」
「メシ屋? ああ、救世主…………」
困惑したように少女は言った。
「救世主!? これが救世主って……何の冗談?」
「ほんと、ジョーダンじゃないよね」
「冗談じゃないの?」
このまま望夜のペースで居させるわけにはいかないと少女は聞く。
「君、なんて名前なの?」
「『望夜』とか『めろん』とか呼ばれてるよ、あなたは?」
少女は少し考えて言う。
「そうね……じゃあ、あなたが『めろん』なら私は…………『れもん』で」
「れもんちゃん? なんだか親近感を感じる名前だね」
「……そう、なら良かった。これから君には役に立ってもらわなくちゃいけないからね」
「信用してくれるって事?」
少女は笑みを浮かべて言う。
「そういう事でいいよ」
「やったぁ! ……ところで決め手は何?」
「救世主って所がぐっと来たかな。こういうのは責任感が大事だから世界を救うっていう立場だと安心感が違うよ」
「ふーん」
望夜が曖昧に相槌を打った所で、れもんは「立ち話も難だし」とどこかに向かって動き出した。そして適当にファミレスを選び出すとそこに入って席に着いた。
「何か注文する?」
「うんとねぇ、ハンバーグセット!」
「夕飯が食べられなくなるから軽めにしといた方がいいよ」
「……じゃあ、れもんちゃんと同じでドリンクバーだけでいいや」
ドリンクバーより持ってきたコーラをすすりながられもんは聞く。
「そっちはどこまで掴んでいるの?」
「何か悪い事が起こるという事と『鬼道かすみ』が怪しいって事くらいだよ」
驚いたようにれもんは言う。
「そんな曖昧な情報だけで動いていたの?」
「うん、いつもこんな感じだし。私って毎回事件から少し離れた立ち位置に居るみたいで、こうやってぼやけた輪郭を追っているうちに気づいたら中心の隣に居るんだよね」
「隣? 中心じゃなくて?」
「中心は『のかな』ちゃんだから」
魔法少女仲間のね、と望夜は付け足して続ける。
「のかなちゃんはね、すごいよぉ。どんな事件にでも必ず巻き込まれてるの。だから、私はどんな複雑怪奇な謎が押し寄せて来たとしても心配した事はないんだ。そこにのかなちゃんが居る限り、事件は解決するからね。私はただ、思うままに行動していればいいの」
「他力本願だね」
望夜は悲観したように言った。
「人には決められた領分というものがあるよ。私がどんなに強かろうとのかなちゃんと同じように事件を解決する事はできない。私は守る事も癒す事もなく、ただ壊すだけだから」
「ふーん……とぼけた顔して意外とコンプレックスがあるんだね」
「空を飛ぶ鳥にだって悩み事はあるものだよ」
「そしてプライドもある。一番面倒なタイプ」
れもんは問う。
「エイリアンと宇宙人の違いは何だと思う?」
「人型かそうじゃないか、かな?」
「ぶっぶー、外れ。答えは『共生』能力を持っているかどうかでした」
れもんは続ける。
「地球侵略を企んで戦争を仕掛けてくるエイリアンなんて現実には居ないよ。実際は人と融合して二体で一つの存在になろうとするのがエイリアンってヤツなんだ」
「それは寄生じゃない?」
「相利共生と言って欲しいね。『共生』した個体は現人類より優れた肉体的資質を持つようになるし、別に元と比べて人格が変わるとか、人間を襲いたくなるとかの不都合があるわけでもない。強いて問題をあげるなら『共生』している状態が普通になるって事かな。でもそれは細胞内のミトコンドリアが共生してそうなったように生物進化としては自然な事だよ」
「『幼年期の終り』みたいな話だね」
「別に絶対者を気取って超越者を作り出そうしているわけじゃないよ。私達の目的は個体を同一化させることじゃない。むしろ、それを防ぐ事だ。一体化は高尚なように見えて、多様性の消失、成熟した社会がかかる病気だからね。それを行おうとしているのが『鬼道かすみ』というわけ」
「一体どうやって? テレビのチャンネルから歌でも流すの?」
「それが失敗に終わった事は君達も知ってるでしょ? 外から干渉して無理に同化しようとしてもそれはただの侵略行為だ。その生物が持つ自我が反発して、よく分からない物体になるのが関の山さ」
「逆に言えば自ら望んでそうなろうとすれば反発しないって事?」
れもんは肯定するように微笑んだ。
「冴えてるね。君、本当にただの人間の子ども? 実は体の縮んだ高校生だったりしない?」
「違うけど……もしそうだったらちょっと面白いかもね」
真面目な顔でれもんは語る。
「なりたいもの、憧れるもの。そういうモノが手を差し伸べてきたら、人は進んで受け入れるだろうね」
「だからアーティストって事?」
「君にだってなりたいものがあるでしょう?」
望夜は、はっと何かに気づいて周囲を見渡した。雑誌の表紙、キーホルダー、ラジオから流れてくるニュース、広告のポスター。それらに同じ顔がある事を。
そして、その顔と同じれもんを見るとその口は言う。
「止められる? 君達はこれを。誰かになりたいって気持ちを」
「………………」
おもむろに席を立ったれもんは会計を済ませると外に出ていった。望夜は物思いに耽るようにしばらく佇んでいたが、やがて失敗に気づいたかのように気まずそうに呟いた。
「あっ、連絡先交換するの忘れちゃった」




