第四章 2
「…………ちょっと待ったあぁぁぁぁぁぁ!」
「!?」
突然の声に驚いたマリーがその方向を見ると、そこには傷だらけのことかが杖を支えにしてマリーを睨みつけていた。
「運命の奴隷じゃと? ふざけるな! 運命は自分で切り開くものじゃ! 勝手に決めつけられてたまるか!」
「なんだ生きていたのか。だが、その体で何ができる? 立っているのがやっとではないか」
ことかは精一杯の力で不敵に笑って見せる。
「確かにそうじゃ…………。じゃけどな、ここで寝てたらあの世のアリスタに顔向けできんのじゃよ!」
「そうか。ならばこい、孤独の戦士よ。このマリー=マール、逃げも隠れもせん!」
マリーが再び杖を構えた時、傷ついた大地よりゆっくりと立ち上がる姿があった。装備は壊れ、全身から血を流していたがその力強さはいつもとまるで変わらない。
「一人じゃないよ、私も居る」
「望夜!」
二人ともすでに限界を越え、意地と根性だけで立っているようなものだ。それでも仲間が居るだけで不思議と勇気と力が湧いてくるような気がした。
「やれるか望夜」
「限界まで魔力を温存したから自分は十分だよ。でも杖の耐久値が心配、こんな状態じゃ二発撃てるか分からない」
「もう神サマに祈るしかないな。八百万も居るんじゃ、どれか一つには当たるじゃろ」
「じゃあ私はランボーにでも祈っておこうかな?」
「ランボーか…………そりゃええな、きっと願いも叶うじゃろう。…………タイミングはそっちに任せるよ」
「…………うん、分かった。なら少しだけ強引に行かせてもらおうかな?」
ことかは場所を移動し、めろんはチャージを開始した。しかし、光線系の攻撃はすでに一度破られている。いくら出力が違うとはいえ、効果は半減してしまうだろう。マリーは羽によるフィールドを形成し、めろんの攻撃に備えた。
「何を企んでいるのかは知らんが、お前達の攻撃は私には効かん。己の無力さを感じ、絶望に抱かれながら消えていくがいい!」
チャージが完了し、めろんはトリガーを引いた。
「シャイニングプラズマブレイカァァァァァァ!」
壊れかけの杖が軋みという悲鳴をあげながら光を吐き出していく。それがマリーのフィールドに直撃する瞬間、割り込んだ黒い衝撃がフィールドを吹き飛ばした。
「なに!?」
ことかは驚くマリーを見てにやりと笑う。
「本当に私の魔法が通じないのなら弾く必要は無い。じゃけど、お前はあの時弾いた。それは私の魔法が通じるという事の裏返しじゃ。そして、いくらお前でも今の状態で真正面から望夜の攻撃を受けたらひとたまりもない…………そうじゃろう? マリー=マール」
「くっ…………道下ことかァァァァァ!」
その叫びが響くと同時、光の奔流がマリーを呑みこんだ。全力で張られたバリアにより、マリーはなんとか無傷ではあるが、あまりの負荷にバリアの展開を補助するシステムが不具合を起こし、一時的に使用が不可能となる。
ダメージで怯んでいる隙に第二射をチャージしためろんはトリガーに指をかける。
「今じゃ、望夜!」
「うん!」
「調子に乗るなよ、有象無象が!」
もう一度杖のトリガーが引かれ、光が解き放たれようとした…………が、その瞬間、マリーより溢れだした凄まじい力の波動が世界を駆け巡った。
「屈しよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
この状況においてどこにその力が残っていたのかは分からない。それはマリー=マールの魔王としてのプライドの咆哮であった。全てを破壊するような凄まじい衝撃を受けためろんの杖に亀裂が入る。それでもめろんはトリガーから指を離さず、激しい風の中に全てを分かつ光を解き放つ。
(お願い! この一撃が終わるまで持って!)
だが、祈りもむなしくすでに耐久の限界だった杖は発射の衝撃に耐えきれず、完全に光が放出される前に壊れてしまう。
「きゃあ!」
「くそっ! 限界じゃったか!」
マリーは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「最後の希望も潰えた! これでもう私を止めることはできん!」
「くぅ…………!」
それでも諦めきれないことかは何か手は無いのかと周囲を見渡す。見えるのは戦う自分達を祈るように見つめているパウラと壊れた杖を手にどこかを眺めているめろんだけだ。
(万事休す…………か!)
思わず諦めかけた時、ことかは何とも言えない違和感に気づいた。どこかを見つめるめろんが笑っていたのだ。初め、絶望のあまりめろんの気が狂ってしまったのかとことかは思ったが、めろんはそんなヤワな人間ではないという事はよく知っている。訳を知るためにその視線を追ったことかはそこにあるものに気づき、自らも笑みを漏らした。
「これで…………良かったんじゃな…………後は頼んだよ…………」
この後に及んで絶望の様子をまるで見せない事を不思議に思ったマリーは笑みの意味を探した。
「お前達、何を見て…………」
ハッ、としたマリーはその視線の先に何があるのかを瞬時に理解し、冷や汗を流しながら詠唱を開始する。
延々と煙を上げていた地表が晴れていく、そこにはバリアを張る狂志郎といまだに詠唱を続けていたのかなの姿があった。
「俺のバリアは例外無しには破れない。そういう理屈だ」
少し前、マリーの爆発によりことかとめろんが倒れてしまったため、無事に防ぎきった狂志郎はしばらく様子を見ていた。のかなのピンチに駆け付けた狂志郎はその絶対的なバリアの力でマリーの魔法が弱まるまでのかなを守っていたのだ。
「俺達がここに居る間、あいつらも意外と奮闘したようだ。後は今のお前でもなんとかなるだろう。任せたぞ、炎の」
「『うん!』」
バリアの解除と共にのかなは懐よりいくつもの火の鳥の紙を取り出し、巨大な火球を作りだす。残る魔力の全てを注ぎ込んだそれをのかなは勢いよく投げ放った。マリーへ向かう途中、それは巨大な火の鳥へと羽化し、さらに勢いを増して燃え盛る。
マリーは迎撃のために魔法を放つが、もはやそれに何の意味も無いということはマリー以外の誰にも分かっていた。
「何故だ! 何故止まらん! 私はマリー=マールなんだぞ! お前のような貧弱な存在がどうして私を追い詰められる!? 何か劣っていたというのか? 何か間違っていたというのか? 私は…………私は…………!」
ことかは怒りも憎しみも無く淡々と言い放つ。
「マリー=マール、お前は人を侮った。人は方程式なんかじゃない。お前は心の存在を知りながらもそれを理解しようとしなかった。前に進もうとする強い意志がマイナスすらプラスに変えていく事を分からなかった。人の因果を舐めたこと、それがお前の敗因じゃ!」
魔法が通じないと理解したマリーは黒き翼の手で火の鳥を押さえつけ、必死の抵抗をする。
「殺すというのか、この私を! 私が居なくなれば歴史は繰り返され、再び魔法少女達に苦しみと困難が訪れるであろう! 私は魔法少女に残された最後の希望なのだ! それでも私を殺すというのか! それでも私を倒すというのか! 愚かな勇者共よ!」
狂志郎は地面に刺さっている木に寄りかかり目を閉じた。
「うるさいぞ、さっさと裁かれろ」
「愚か者達よ! この世は善と悪のバランスで出来ている。私の代わりに生まれる悪が必ずしも私の様に理想を持つわけではない、ただ破壊のために存在する悪意の塊かもしれない。真実から目を反らし己の感性だけを頼りにするお前達に未来はないぞ! 私こそが正しき悪として人を導ける最後の存在なのだ! お前達はいつか必ずこの選択を後悔する時が来るだろう!」
めろんは大きなため息をついて苦笑する。
「杖を壊しちゃったからアルト君の小言がうるさそうだよ。これ以上の後悔なんてそうそうあるものじゃないね」
火の鳥のパワーに耐えきれなくなった黒き翼にひびが入る。そこから翼は崩壊し、押さえの無くなった火の鳥がマリーの体をつきぬけた。
「うごあああああああああ! ……ん? …………な、何だ? 何も起こらぬではないか」
しかし何故かダメージは無く、マリーは困惑する。その疑問はやがて己の不安を紛らわすような高笑いへと変わる。
「ふっ…………ふはははは! どうやら不発だったようだな。のかな! これでお前の魔力も空っぽだ! 私も疲弊しているとはいえ今のお前達を倒すのは造作も無い。お前達はこれから我が傀儡となり永遠に私に仕えるのだ! 光栄に思うがいい。ふははははは、はーっはーっはっはっは!」
「『…………………』」
のかなは迷い無き瞳で静かに口を開いた。
「『魔法の力は魔力にあるんじゃない。磨かれた技術と心にあるんだ』」
「…………なに?」
瞬間、マリーの中より緑の光が溢れだした。全ての闇を照らしだすようなその光はマリーの中に潜む闇を消していく。
「あ、熱いぃぃぃ! な、何だこれは!? 私の存在の核になるものが焼かれていく! おおおおおお! のかなァァァ! い、一体何をした!?」
「『正気の光は闇を払い、人を狂気の淵から救いだす。出ていけ! マリーの中から! ここはお前の居ていい場所じゃない! 闇の中へ帰るんだ!』」
「おおおおおお! のかなァァァァァ!」
マリーは苦悶の表情を浮かべ身悶える。
(…………私が負ける? 私が…………死ぬ? 一体…………どこで間違ったというのだ…………私に間違いなど…………あるはずがない! …………我が名は魔王マリー=マール…………こんなところ終わるはずがない…………私はこの世に存在する最後の善たる悪なのだ…………それでも私を倒すというのか? …………私はこの世に存在する最後の希望なのだ………それでも私を殺すというのか!? 私は…………マリーは…………!)
死の間際にマリーは何かに手をひかれたような気がした。自分と同じ顔をした天使は優しく微笑んだ。
「『長い間、ごめんな。私が居なくて寂しかったんだろ? もう大丈夫だ、一緒に行こう』」
それを見たマリーは苦笑いの中で目を閉じた。
(そんな所に居たのか…………。私の大切な……………!)
やがて鎖がちぎれたような音が辺りに響き、マリーが素の表情へと戻ると、気を失った様子で空から落下を始めた。
それを見たパウラが受け止めに向かうが、途中で足がもつれて倒れてしまう。
「まずい、マリーが!」
あわや地面に激突という所でどこかからやってきたジャネットがそれを受け止めた。起き上ったパウラは「いいとこ持ってきやがって」と呟き、やれやれと肩をすくめた。
「マリー、大丈夫?」
呼びかけられたマリーはうっすらと目を開けた。その表情は先ほどまでの狂気は見えず、つきものが落ちたようにすっきりとしていた。
「ああ…………長い夢を見ていたようだ。それもとても恐ろしい夢を。体の震えが止まらない。マリーは怖くて泣いてしまいそうだ…………」
「大丈夫だよ、マリー。全ては夢だったんだ。悪い夢だったんだよ」
ふるふると首を横に振ったマリーは悲しげな顔をした。
「ごまかさなくともよい。私は知っている、全て現実であったと。弱き私の心はずっと闇に囚われていた。だからと言って私のした事は許される事ではない。私は長い間、多くの者を苦しめてきたのだから」
自らの足で立ち上がったマリーはことかを見た。憎々しげに見つめてくることかにマリーは深々と頭を下げた。
「すまなかった、ベルテルス。とても償い切れるものではないが、私の体をお前の好きにするといい。今の私にはそれくらいしかできん。これで許してくれとはいわないが、何もせずにはいられないんだ」
「そうか…………ええ度胸じゃな!」
怒りに満ちた様子のことかは拳を振り上げた。だが目を閉じて来る痛みにこらえようと体を縮こまらせているマリーを見るとその手を緩め、ぽんと頭の上に置いて撫でた。
「…………ベルテルス?」
目を開き、不思議そうに見つめてくるマリーにことかはふぅとため息をつくとつまらなそうに背を向けた。
「…………止めじゃ、止めじゃ。これじゃ私が悪者じゃけぇ、ここで殴ったら天国のアリスタに怒られる。アイツの説教は長いけぇ、あんまり怒らせたくないんよ。お前が謝ってくれた事でアリスタの気も晴れた事じゃろう。もう私の怒る理由は無いんじゃよ」
「ベルテルス…………」
「あー、もう知らん! どこにでも行けばええんじゃよ。ムカつくんじゃ、その顔が。アリスタを殺した魔王とかいうヤツによく似ててな。けどそいつはもう死んだんじゃ、お前には何の関係の無い話じゃけどね」
許された事を知ったマリーは控えめな笑みを浮かべた。
「ありがとう…………ベルテルス」
「ふん…………!」
のかなの方を見たマリーはしばらくの間話すべきか迷っていたが、やがて躊躇いがちに口を開いた。
「あ、あのな、のかな。スキャットマンの事なのだが…………」
言いかけたマリーの口を手で押さえ、のかなは頭を振った。
「『あの人は長い旅に出たんだ。とても…………とても長い旅に。それは終わりの見えないくらいに長い旅だけど、いつかきっと報われる日が来ると思う。ううん、もしかしたらもう報われているのかもしれない。あの人が残した物は確かに私の中にあるのだから』」
「すまなかった、私は取り返しのつかない事をしてしまった」
「『謝らなくてもいいよ。代わりに喜んで欲しい、私達が出会えた事に。きっと彼も望んでいたはずだから、魔法少女が分かりあえるこの瞬間を』」
「のかな…………」
マリーはのかなの笑みを見てほほ笑みを返した。自分がまた笑える事をマリーは嬉しく思う。だが、この穏やかな時が永遠に続くわけではないとマリーは理解していた。のかなが差し出した手を取ろうとした瞬間、横をすり抜けたマリーは力無く倒れ込んだ。
「『マリー!?』」
とっさにのかなはマリーを抱きとめるものの、その体は熱病に侵されたように熱く明らかに異常であった。
「『どうして? 闇は完全に消え去ったはずなのに…………』」
焦るのかなに全てを悟った安らかな表情でマリーは語る。
「お前の闇が深かった分、光も強力だったように人は光と闇のバランスで生きている。光だけでは人は生きられないのだ。闇が消えた瞬間に私の中の何か大切な物も無くなってしまった」
『マリー! 死んじゃ駄目だ! せっかく正気に戻ったのに…………ここで死ぬなんて絶対に駄目だ!』
「いや、これでいいんだ。私という存在が消えれば、苦しめられた者達も少しは報われるだろう…………。私の罪も少しは償われる…………」
「『マリー!』」
そうしてマリーはゆっくりと目を閉じようとした。ここでそれを許したらおそらくマリーはもう二度と目を開けることはないだろう。だが、のかなの声はもうマリーには届かなかった。
(私にはどうすることもできないの…………?)
のかなが諦めかけた時、ふと目の前に影が差した。何が起こったのかとのかなが顔を上げるとそこには自分と同じ顔をした存在が立っていた。
「『あらあらー、無様ね。せっかく助けたのに死なれそうなんて惨め過ぎて笑えてくるわ』」
それが幻覚だとすぐに理解できたのかなは正気の光を投げつけようとする。
「『消えて! 今はお前に構っている暇はないの!』」
「『おー怖い怖い。力を手に入れると人ってこんなに変わっちゃうのね。昔はびくびくと可愛く怯えていたのに。私はこうなりたくはないわぁ』」
「『話が分からないようね、私は消えてと言ったのよ』」
キッ、と睨むのかなを幻影は嘲笑う。
「『そんな口を聞いていいの? 私なら彼女を助けられるかもしれないのに』」
「『…………あからさまな嘘は言わないで』」
「『自分自身の言葉なのに信じられないの? 愚かねぇ』」
確かに嘘は言っていないようにのかなには感じられた。しかし、長く自分を苦しめた闇なのだ。嘘はなくとも何か邪悪な考えを持っているに違いない。安易に警戒を解いて受け入れるわけにはいかなかった。
「『何が目的なの?』」
のかなの興味を惹けた事で幻影は楽しげな笑みを浮かべる。
「『そうねぇ…………。正直に言えばあなたを苦しめる事だけど、どうにも光が強すぎて消えちゃいそうなのよねぇ。だから今はここから逃げるのが目的かしら』」
直感的に意図を理解したのかなは憎々しげに睨む。
「『お前をマリーの中に入れろって事?』」
「『うふふ、ご明察。そうすればあなたもマリーを救えるし、私も救われるしみんな万々歳だと思わない?』」
幻影の口から出た物は予想外にまともな提案だった。自分の中のいらない物を譲り渡すことでマリーが救えるならこんなに楽な事はない。しかし、あまりに話がうますぎるとのかなは疑いの目を向ける。
「『一体何を企んでいるの? どうやって私を苦しめようとしているの?』」
自分を一向に信用しないのかなを見て、幻影は呆れたような顔をする。
「『我ながらお馬鹿さんなのねぇ…………救えないわ。一つ教えておいてあげる。光も闇も本質は同じなのよ。あなたの事が大好きで、食べてしまいたいと思っている。お互いが牽制しあっているからこそ人は食われずにいられるの。私が居なくなればあなたは今大切に思っているあのクマさんにいつか食べられちゃうのよ。それはとっても苦しいでしょうね、信じてた物に裏切られるんだもの。私はそれを見たいだけ、他に興味なんてないわ。だって私はあなたを苦しめることが大好きなんですもの』」
のかなには幻影の本心は分からない。だが、今マリーを救えるのはこの幻影に他ならない。疑念は一向に張れなかったが時間の無いのかなは幻影の提案に乗ることにした。
「『分かった…………。お前の提案を受け入れるよ』」
「『いい返事ね。さすがは私だわぁ』」
「『それでどうすればお前をマリーの中へ送り込めるの? 私の手をマリーの胸に当てればいいの?』」
にやにやとしながら幻影は言う。
「『そんなの決まってるじゃない。眠ったお姫様を目覚めさせるにはキスをするのよ』」
「『き、キスぅ!?』」
突然の事にのかなは慌てた。いくら女同士とはいえ、まだファーストキスも済ませていないのだ。それだけでも抵抗感は相当の物だというのに周りではみんなが見ているのだ、そんな中でキスをするなどのかなは恥ずかしくて死んでしまいそうであった。
「『で、できないよ! みんなが見てる中でそんな事をしたら一生からかわれるよ!』」
「『なら一生後悔する? 私はそれでもいいけどね』」
のかなは恥ずかしさで真っ赤になりながら叫んだ、
「『あああああ! わ、分かったよ、すればいいんでしょ! すれば! 人命は大事ですからね! もうネタにでもなんでも好きして!』」
追い詰められたのかなは涙目になりながら勢いに任せてマリーの顔に覆いかぶさった。しばらくの不自然な沈黙の後に起き上ったのかなの目にはほろりと小さな涙があった。
「『こんな恥ずかしい事させられて…………もうお嫁にいけないよ…………』」
そうしてしばらく落ち込んでいたのかなだが、己の中の黒い塊が消えた事とマリーが安らかな寝息を立て始めた事を知るとほっと胸をなでおろした。
「『とりあえずはアイツの言ってる事は正しかったのかな?』」
マリーが目覚めない限りまだ完全とは言えないが、幻影が自分の事を助けてくれたのは間違いなかった。今まで自分を苦しめていた幻影が消滅の危機だからと言って協力するなどとはにわかに信じられなかったが、のかなは幻影が嘯いたたった一つの事柄だけは信じてみてもいいと思った。
「『なんだかんだで私の事が大好き…………か』」
相手を苦しませるのが好きだというのはとても歪んだ愛情だとのかなは思う。しかし、自分の一面であるからか完全に理解できないわけではなかった。…………だからといって理解したいわけではなかったが。とにかく長年苦しめられてきたとはいえ、最後の最後は自分を助けてくれたのだ、少しくらいは感謝してもいい気持ちになっていた。
「『ま、アイツなら感謝より悲鳴の方がいいとか言うんだろうけど』」
苦笑したのかなは見守っていた皆に先ほどのキスの事を茶化され、赤面した。




