最終章 それは魔法少女な のかな
マリーの世界が破壊された事で時間は巻き戻された。あの時の事を覚えているのは通常とは違う時の流れに居た私達くらいな物だろう。
事実、なのかは全く覚えてなかったし、そもそも『魔法少女』という物がどこにも無くなってしまったようだ。ぐり子は覚えているようだけど“あの子”が居なくなった事は分からないようだ。
どうして私だけが“あの子”の事を覚えているのかは分からない。多分、少しの間体を使わせてあげた“NO”とかいう子の影響なんだと思うけど、確認しようにもその子はいつの間にか私の中からは居なくなっていて聞く事はできない。
お兄さんに聞こうにもやっぱり記憶が無くて、でもなんとなく誰かが居なくなった事だけは感じているようだった。もし、お兄さんさえ覚えて無かったら私も自分の記憶に自信が持てなくなってたと思う。
でも、お兄さんですら『魔法少女』の事は覚えて無くて、私はたまに自信が無くなってしまう。
魔法少女は居るんだ。
ぐり子にそう言っても正気を疑われるばかりで、いつからか相手にされなくなっていた。あの時から時間が経つにつれて記憶も曖昧になっていって、大切だったはずの“あの子”も繰り返す日常の中に埋もれていく。
私はせめて忘れないようにスケッチブックに“あの子”の事を描いた。どんなに才能が無くても、ひたむきに立派な魔法少女を目指し続けて、最後には世界すら救った人の事を。
「君がこの絵を描いたのか?」
探してもらうためにポスターとして張っているとギターの男が質問してきた。「そうだ」と私は答えた。すると連れの女の人と何かを話し合い、神妙な顔で言った。
「彼女に会いたいか?」
その言葉の意味を私は測りかねたし、怪しいとは思ったけど気持ちに嘘をつくことはできなかったので「もちろん」と返した。
すると連れの女の人が言った。
「なら、大丈夫。あなたがその気持ちを忘れなければ。彼女は子どもの期待を裏切るような真似はしないわ」
その人は彼女の事をよく知っているような口ぶりだった。私がその事に気づいたのはその人達が行った後で、慌てて後を追いかけた。
急いでいたせいか、角を曲がってきた所で人にぶつかって弾き飛ばされる。思いっきり尻餅をついて痛みに呻いていると目の前に手が差し伸べられた。
「大丈夫ですか?」
やや大きな体の外国人女性に訛りのある日本語で話しかけられていた。ぶつかったのはこっちだけど、なぜか向こうの方が申し訳なさそうな顔をしている。平気です、と返して立ち上がり、お尻の汚れを払うとその人は微笑ましそうな顔をした。
「人探しですか?」
どうして分かるのかと驚いて聞くとその人は茶目っ気っぽく笑った。
「職業柄そういうのは詳しいんです。特徴を聞かせて頂けますか?」
私がさっきの人の容姿を説明すると頷き、向かった方角を教えてくれた。その事にお礼を言って立ち去ろうとすると呼び止められる。
「彼女に会えたらお礼を言っておいてください。ありがとうって」
さっきの人とは知り合いだったのかな、と私が首をかしげていると銀髪の外国人少女がやってきた。
「シェーラ! こんな所に居たのですか!」
「あらら、見つかってしまいましたか。立派になってくれたのは喜ばしいのですが、サボリにくくなったのは問題ですね…………」
「そもそもあなたは上級執行官としての自覚が…………」
私は説教される外国人の女性に手を振られながらその場を後にした。
少し走っても見つからないので汗を拭って少し考える。さっきの人はそんなに遠くには行ってないと考えておそらく道を間違ったのだろうと思い、近くにあった公園でジャグリングをしている道化師の女の子に話しかけた。
挨拶をして人探しをしている事を説明するとその子はにこりと笑って「知ってるよ」と答えてくれた。私がそれに喜んだ表情を見せるとその子は意地悪く言った。
「でも、ただじゃ教えられないな。対価はお前の魂なんてどうかな?」
普通なら冗談だと一瞬で分かるそれが何故かそうじゃないように感じられた。でも、背に腹は代えられないと口を開いた時、少女は詰まらなそうな顔で言った。
「冗談だよ、冗談。まったく嫌になるな、魂を躊躇なく捨てられるほどアイツの事を思ってるなんてね」
道化師は語る。
「人は無力だよ。でも、それでいいんだ。たった一人が世界を変えるほどの力を持ってしまうくらいならね。お前は身を持ってその恐ろしさを理解しているはずだ。アイツの存在がまた新たな火種になるかもしれない、その戦いで大切な誰かを失ってしまうかもしれない。それでもアイツに戻ってきてほしいのか?」
私の答えは決まっていた。
みんなが忘れたって魔法少女じゃなくなって“あの子”は友達だ。それにどんな困難が立ちはだかったとしても、私達ならきっと乗り越えていけると思う。これまでだってそうだったんだから。
少女は呆れたように言った。
「お前は魔法少女の才能があるよ。魔法少女にとって一番重要なのは魔力が多かったり色んな魔法を扱える事じゃない。困難に立ち向かう心だ。どんなヤツが相手だって勇気を引っ込めずにいられる事だ。お前は誰よりも平凡だったけど、どんな時でもいつも通りで居られた。私達が負けたのはそういう所だったんだろな」
ポケットから取り出した風船に「ぷぅ」と息を吹き込むと、それを破裂させた。すると中から尾が二つある黒いイタチのような生物が現れる。
「そいつが探し人の所まで案内してくれるよ。だけど、気を付けて。見失ったら一生会えなくなるからね」
ケラケラケラ、と気持ちの悪い笑い方に気を取られていると黒いイタチはすでに遠くまで行ってしまっていた。本当に一生会えなくなるとは思わないけど、手がかりが無くなるのは問題だ。
私は慌てて追いかけるが、イタチのスピードは速くて足がもつれて転んでしまう。痛みをこらえながら立ち上がろうとするが膝に痛みを感じて動きが止まる。どうやら擦ってしまったらしくそこからは血が滲んでいた。
こんな所で立ち止まってる暇ないのにと気持ちだけが空回りするが、体は付いていかずに心が折れそうになる。私の事など気にも留めないイタチが悲しくて思わず泣きだしそうになっていると不意に声をかけられた。
「大丈夫? るいちゃん」
それはお兄さんと同じ高校の番長さんだった。私が泣きそうな顔をしているのを見て、何かがあった事を悟ったのか注意深く体を見てきた。そして膝の怪我に気づくとそっと手を添えて緑色の光を放ち魔法のように治してしまう。
「これでもう痛くないかな? それで、何があったの?」
私が人探しをしていて、その案内をイタチにしてもらっている事を話すと疑う様子も無く真剣に聞いてくれた。その後、おもむろに携帯を取り出すとどこかに向かって話し出した。
「あ、草薙君? 花村もそこに居るかな? ちょっと手を貸してもらいたいんだけど」
番長さんは電話を切ると共に別の所へとかけ、それを何回も繰り返した。連絡は一通り終わったのか「ふぅ」と息を吐くと私に笑いかけて来た。
「人海戦術だ。番長の肩書なんてこんな時にしか役に立たないからね」
私がどうしてこんな事をしてくれるのかと聞くと、くすりと番長さんは笑った。
「るいちゃんだって、私が困ってたら同じようにしてくれるでしょ?」
迷いの無い答えだった。私はただただ胸が熱くなって泣きながら「ありがとう」と言った。そしたら、まだどこか痛むのかと慌ててたけど、やがて優しく頭をなでてくれた。
「さて、手分けして探そうか。ぐずぐずしてると本当に見つからなくなっちゃうよ」
分かれ道で番長さんと別れ、私は再びイタチを追う。どこまで番長さんの連絡がいったのかは知らないけど、道行く人に応援の言葉をかけられるのは少し恥ずかしい。それでも着実に答えに近づいているという感覚はあった。
「るいちゃん、向こうだよ!」
何気ない日常と、
「番長も人使い荒いっての!」
「(…………こくり)」
奇妙な非日常、
「やれやれ、手間をかけさせるヤツだ」
ここじゃない世界、
「チッ、ガキが。…………頑張れよ」
点と点が繋がって線になるように何かが繋がっていく。ぼやけていた輪郭が段々と鮮明になっていく。そして最後にはやはり見知った顔が待ち受けていた。
「るい、全くこっちの気も知らないで大暴れだったようね」
ぐり子は呆れたように言うとしょうがないとでもいうように苦笑した。
「私も連れていきなさい。影で支えてるなんてまっぴら御免よ」
名も無き草原で私達は立ち止まる。そこには幾つもの見知らぬ風が駆け抜けていた。後ろからやってきたイタチを一緒に付いて来たみんなと追いかける。すると大勢に追われてびっくりしたのか木に寄りかかって寝ている人の影へと逃げ込んだ。
私はふと気づく。ゆっくりと立ち上がったその人をとても良く知っている事に。
これからも私達にはいくつもの困難が待ち受けているのかもしれない。辛くて、悲しくて逃げ出したくなる時もあるかもしれない。時には死にたくなる時だってあるだろう。でも、それでも生きていたくなるのはこんな魔法みたいに素敵な事があるからなんだろう。
「のかな!」
私は名前を呼んだ。




