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太陽と不死炎の少女  作者: 木戸銭 佑
スケィリオン編4:夜明ケモノタチ
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第五章4 太陽と不死炎の少女

「…………諦めるくらいなら」

 拳を握り、気持ちを吐き出すように言った。

「才能が無いくらいで諦めるくらいなら初めから夢見てないよ。叶わない事を嘆くくらいならここに居たいとは思わないよ」

 悲しみを背負いながらものかなは立ち上がった。

「私はお前を倒し、立派な魔法少女になる」

「なにを言い出すかと思えば、私を倒すだと? その怒りと憎しみでか」

「怒りでも憎しみでもない」

「ならば愛か? そんなチープな言葉は聞き飽きた。もはや貴様には何も残っていないだろうが、念には念をだ。――――魔法仕掛けの神(デウス・エクス・マギカ)!」

 白と黒の鼓動が世界を包み込み、光さえ追いつけない地平の先へとマリーは到達する。その暗黒の世界で銀色の幻影が蠢く。

「どうだ! 貴様のような凡人では本来一生たどり着けないこの場所こそが真理だ! 見えていたとしても指一つ動かす事もできまい。血肉の一欠けらも残さず、刹那に塵と化せ!」

『オォォォォォォォォォォォ!』

 銀色の幻影が静止した灰色の体に拳を打ち込んだ瞬間、マリーは勝ちを確信して笑みを浮かべた。だが、それはすぐに驚愕へと変わった。

「なに!? 貴様…………!」

「『虚空へと回帰せよ(SKYRE:ON)』」

 のかなが鮮やかに色を取り戻すと共に銀色の拳を受け止めた顔の無い怪物は反撃の拳を繰り出す。

THE・RE:ON(ジリン)! THE・RERE(ジリリ)RERERE:ON(リリリン)!》

「くっ、どこにそんな記憶(メモリー)が!? お前にはもはや何の能力も残っていないはずだ、なのに…………!」

「おおおおおおおおおおおお!」

「なのに何故、私を圧倒する? お前を支えているその熱い塊は一体なんだと言うのだ!?」

 のかなは咆哮した。

「私は勝つ!」

 先の地平から通常空間へと戻り、殴り飛ばれたマリーは受け身を取る。顔の無い怪物は容赦なく追撃するが、不完全であるからか銀色の幻影に叩き伏せられ、消滅する。

「所詮は紛い物だ!」

 だが、その隙に接近したのかなは腕を竜の物へと変化させ、力を溜める。

「おおおお…………!」

 自分の為では無く、誰の為でも無く。

「おおおおおお…………!」

 初めから終わりまでここに在る。

「おおおおおおおお…………!」

 それが万物の希望(パラダイム)であるならば。

「おおおおおおおおおおおおおお!」

 思考のままに駆動した肉体は限界まで引き絞られた弓のように次の瞬間には蓄えられた爆発的なエネルギーを解き放つ。

真祖の波動衝撃(リィド・ストライク)!」

 銀色の幻影が蠢き、絶望と対面する以外の全ての未来を奪う。

終魔天焉殺滅(デッド・エンド・マギカ)!」

 激しくぶつかり合う力と力は均衡したままその余波で互いを傷つけあう。だが、どちらも一歩も引かずに激しく競り合う。骨が軋み、血が噴き出したとしても激情が体を突き動かし、止まる事は無かった。

 精神は互角であった。永遠(とわ)に争い合ったとしても決着はつかなかっただろう。しかし、肉体は違った。偽りの記憶で塗り固められたただの人間の体は未来を奪う銀色の化け物の前にはあまりに脆過ぎた。

「!」

 左腕が負荷に耐えきれず砕け、のかなは反動で仰け反った。マリーはすかさず、追撃の為に拳を振りかざした。

「ここを! お前の人生の終着駅とする!」

 死を目の前にして、のかなはひどく冷静だった。愚かにも空を眺めていた。偶然にも己とマリーの間に割り込み、目を眩ませてほんの一瞬だけ時間を与えてくれた針の穴ほどの太陽の光を見つめていた。

 一秒にすら満たないほどのごくわずかな物に過ぎなかったが、太陽の軌道を理解するには十分すぎるほどの時間だった。

 何千、何万回も繰り出してきたその技はお世辞にも強力とは言えない。だとしても正しく太陽の軌道をなぞる時、のかなはそれを誇りにする。

未来を奪わ(NO Change)せはしない(The Future)!》

 破壊されていた概念が戻り、先ほどから『再生』できずに体の中で渦巻いていたエネルギーが最もダメージの大きい場所へと集束し、のかなの左腕を瞬時に書き戻す。それを見てもマリーは止まらない。だから、構える。

我らが光を求める(RE:Veil)ように(Us)太陽は何度(RE:Veil)でも昇る(a Sun)

 歯を食いしばって拳を握り直し、上体を起こすと力のままに解き放つ。

太陽光の波動衝撃(サンライト・ストライク)!」

終魔天焉殺滅(デッド・エンド・マギカ)!」

 のかなに魔法少女の力は無かった。繰り出された拳には不思議な力など何も無かった。だが、奇妙な事にいつもと同じように光彩が弾け、音は束の間暗闇の中に響いていった。

 打ちつけられたのかなの拳が破け、血がしたたり落ちる。その無残をあざ笑うようにマリーは口の端を上げた。未来を見たのだ。この後、拳だけではなく今度は全身が砕けるのかなの姿を。退かずに踏み込んだ理由はそれだった。

「未来は私の味方だ。さあ、素晴らしき崩壊の音色をマリーに聞かせてみせろ!」

「………………NO(いやだね)

 のかなは壊れなかった。

 代わりに手の先から光が広がっていって、まるで変身しているかのようにその姿を変えていった。

 ピシッ、と何かがひび割れる音をマリーは聞いた。自分の知っている未来が揺らぎ、崩れていく事を感じていた。

「お前は……! お前には……! 未来すらもひれ伏すというのか!?」

『オォォォォォォォォォォォ…………』

 決定的な何かが破壊されたかのように銀色の幻影が殴られた手の先から砂のように変わっていく。それは本体であるマリーも同じだった。信じられない顔でのかなを見るが、魔法少女に見えたのは錯覚だったのかそこに居るのは傷ついた一介の少女に過ぎなかった。

 マリーは無意識に後ずさりながら驚きを隠せずに問いかける。

「どうして……どうしてこのマリー=マールが!? 何故だ、のかな。何故お前はここまで強い!?」

 のかなは揺るがなく答えた。

「太陽だからだ」

 それを聞いたマリーは理解できないかのように叫ぶ。

「なんだと!? 私は貴様のように不屈の炎を宿す魔法少女共を蹴散らしてきた。貴様はその全てに劣っていた。私に敵うはずがなかった。だというのに、こんなちっぽけな太陽の光が、不屈の炎を持つだけで魔法少女ですらないお前が! まるで変身しているかのように見えた! 何故だ! 何故なのだ!?」

 のかなは変身などしていなかった。そもそも変身するための力も能力もそこには無かった。だが、立派な魔法少女である事だけは紛れも無い事実だった。それを認めようとしないのはマリーの方だった。

「マリーが力一杯戦えばどんな相手にも勝てると思っていたのに、この世の全てを支配していると思っていたのに! こんなちっぽけな…………たかが太陽と不死炎の少女に私は負けた…………! うっ、うぐっ、ぐああああああああああああ!」

『オォォォォォォォォォォォ…………』

 銀色の幻影の断末魔の呻きのような物と共にマリーは砂へと変わった。その山はスケッチブックの灰と同じように風に飛ばされて、跡形も無くなった。今まで支配してきた途方も無い時間とは逆にほんの数秒の出来事にすぎなかった。

 のかなはしばらくの間、思いに耽るように沈黙していたがやがて口を開くと呟きを漏らした。

「マリー=マール、お前は強かったよ。でも善が欠如していた。こんな私にすら劣るほどに。お前が負けたのはきっとそういう事だろうさ。だって、私はそれ以外の全てでお前に劣っていたんだから」

 マリー=マールは邪悪であった。しかしそれは決して“邪悪”というものが長き時や絶え間なき意思によって培われたという意味では無かった。ただあらゆるバイアスに対して否定を示すだけの圧政者でしかなかった。全てを支配し、未来すら奪うその力はあまりにも強大だったが、そこに正義は無かった。陳腐だと吐き捨て、理解しようとはしなかった。

 全てを失ったのかなの中に残っていたのはマリーが見ない振りをしていた正義だけだった。それ以外の全てが始まりの時の朝と同じに戻されようとも、今まで歩いて来た軌跡がそこに刻まれていた。長い時をかけ絶え間なき意思を持って刻み続けた炎の道があった。

 無論、他の魔法少女達にもそれはあっただろう。しかし、彼女達には他に誇れる物があった、ありとあらゆる輝かしい道が広がっていた。炎の道はあまりにもみすぼらしく、険しかった。のかなにとって幸運だったのは何も持たないが故にその辛く厳しい炎の道を歩き続けられた事だった。

 もし、マリー=マールがのかなに偽りの勲章などでは無く輝かしい“何か”を与えていたら炎の道は消え失せ、間違いなく勝っていただろう。だが、そんな事は万が一にもありえない。

 全てを得ているが故に万物の素晴らしさを知るマリー=マールがどうしてその宝物たちを他者に分け与えられるというのか。ひれ伏すしか能の無い愚鈍な存在にそれを汚させなければならないというのか。

 マリー=マールは全てを持っているからこそ負けた。のかなは何も持たない落ちこぼれだからこそ勝った。この皮肉な結末をマリー=マールは理解しようとはしないだろう。だからこそ、もう二度と勝つ事は無い。

 太陽(のかな)から奪う事は誰にもできないのだから。

 (あるじ)の死亡と共に『マリーの世界』は崩壊を始める。欠片のように剥がれ落ちていく風景を見ながら、全力を出し切ったのかなは指一つ満足に動かす事もできずにその場に座り込んだ。

 思考すらままならず、ただ自分に落ちてくる針の穴ほどの太陽の光を見て、反射的に呟きを漏らした。

「もっと光を…………」

 祈りに応えるように光は与えられた。



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