第五章3 攻撃力∞
ことかは漆黒のオーラを放ち、周囲の空間を支配下に置く。そして想像し得る最大威力の爆発を『憎しみ』と『怒り』の周辺に書き込むと即座に解き放つ。核シェルターすら軽くぶち抜く熱と衝撃を受けてもあまりダメージを与えられてはいないようだが、すでに陽動としての役目は果たしている。
チャージの完了しためろんの杖が変形し、砲塔から全てを滅ぼすかのような光が吐き出された。
「ハイパープラズマシュート!」
初めに天と地を繋ぐように稲妻の蔦が駆け抜け、一瞬遅れて本体がやってくる。空間へのあまりの負荷の為か、何かが絞られるかのような異常な音が響き、世界は光を失う。壊れた虚空全てに光の遺伝子を書き込み、そこにあった旧いモノを押しつぶそうと馳せる。
光の奔流はやがて終息こそするものの、先ほどまで正常だった世界は歪んでおり、ひび割れなどがまるで砕けかけたガラスのように現れていた。
マリーは手下がやられた事よりも世界を壊された事に不快感を示す。
「相変わらずマリーを激しくムカつかせる奴だな、光の。私の最も嫌いとする事は自らの『創造』したイメージを汚される事だ。例えるなら、人の家に土足で踏みあがるような愚かで度し難い行為だという事が分からないのか?」
「どの口が言うか! もう一発ぶちかませ、望夜!」
「馬鹿め、チャージなどさせるものか」
尊大に構えたままマリーは語る。
「貴様らは所詮物事の上っ面を撫でて知った気になっているだけだ。しかし、このマリー=マールは違う。森羅万象の“空”を破り、真理へと至る事がどういう意味を持つのか、ちょっとばかし教えてやることにしよう」
マリーの体から顔の無いのっぺりとした銀色の幻影が抜け出てくる。その異様な気配にことかは圧倒され、茫然としていたが、予兆のように空間へと侵食していく力の波長を感じ取ると焦ったように叫んだ。
「望夜! 全魔力を防御に回せ! こいつは未来を」
「魔法仕掛けの神よ! 先の地平へと誘え!」
『オォォォォォォォォォォォ!』
洞穴を風が通り抜けるような叫びと共に白と黒が何度も明滅し、全ての物質は置き去りにされ、光さえない暗黒が訪れる。
未開の世界に一人降り立ったマリーは誰に言うまでもなく呟いた。
「これが真理だ。どれほど大仰に語ろうとも未来などただ一人の気まぐれで容易く捻じ曲げられてしまうほど脆いものなのだ」
灰色になって静止しているのかなに視線を向ける。
「お前だけには見えているのかな? まあ、どちらだとしても構いはしない。動けないからといって攻撃するような愚かな真似をこのマリー=マールはしないからだ。私はお前の持つ爆発力を高く評価している。そして、自身が傷つけられた時のみに発揮される事もよく知っている。出しゃばりのお前を傷つけずにそのお仲間を殺すのは普段なら骨が折れるが、こうして動けなければ関係ない事だな」
滑るように宙を動き、めろんの前に立つと意地の悪い笑みを浮かべた。
「悪あがきにバリアでも張っていたのだろうが、私の前では無意味だぞ。RE:Dの欠片である以上殺しても蘇るのだろうが、時間稼ぎにはなるだろう。杖を折るついでに殺しておくか」
『オォォォォォォォォォォォ!』
銀色の幻影がめろんの杖ごとその体を貫くと、衝撃とは裏腹に僅かに動いた程度で再び静止する。それを見てあざ笑うようにマリーは言う。
「真実は残酷なり」
光が通り過ぎ、世界が色を取り戻すと共にめろんの体は吹き飛び、壊れた空間に浮かんでいた石造りの壁にぶつかって停止した。
「書き換えようと。…………っ!」
ことかは起こった現実を理解して言葉を失って冷や汗を掻く。
「遅かった…………か…………」
マリーは不敵に語る。
「回復させてみたらどうだ? もしかしたらまだ生き返るかもしれんぞ。もっとも、杖無しではただの役立たずだろうがな」
「マリー=マール!」
「ベルテルス! 次は貴様だ!」
ことかが拭い切れぬ絶望感を闘志にすり替えようとした時、「がらっ」とめろんの近くにある瓦礫が落ちた。それは希望が見せた錯覚なのかと疑うが、次の瞬間にはめろんは立ち上がっていた。
本来ありえない事に流石のマリーも焦りを見せる。
「なぜだ…………なぜ死なん!? 例え、RE:Dの欠片だとしてもお前はただの人間だ。体に大穴をあけて生きていられるはずがない!」
「『ハイパープラズマボム』…………」
答えるようにデバイスの無機質な合成音が響いた。
「『シャイニングエクゾダス』」
チャージしていた魔力を呼び戻し、左手に現れた光輝く球体の力核が周囲のエネルギーを巻き込み、圧縮されていく。意思を感じられない淡々とした態度にことかは確信する。
「そうか……お前は防御など初めからするつもりは無かったんじゃな。その一撃を放つためなら己の死すらも通り道にしていくんじゃな…………」
マリーは驚きを隠せないかのように言う。
「死が避けられぬ事を理解して、あの一瞬の間に死後動けるよう行動をプログラミングしたのか? 納得はできても理解ができん。その意志力、お前は本当にただの人間だったのか?」
「………………」
虚無を映すめろんの瞳に舌打ちをするとマリーは手下を復活させようとエネルギーを吸い上げる。
「もう一度甦れ、『憎しみ』と『怒り』!」
《未来を変える事は――――》
対応してことかは素早く詠唱する。
「我が名において命ず、【壊れろ】概念!」
虚空にぶちまけられた黒の力が色の反転と共に概念の崩壊を招く。破壊された『再生』を行使する事はできずに『憎しみ』と『怒り』は停止したままになる。
「ちぃ、猪口才な!」
「この私の前で何度も同じ技が通ると思うんじゃないよ!」
めろんは片膝を着き、力核を天に掲げる。その姿はまるで太陽を手に掴んでいるかのようであった。マリーは自分の周囲にいくつものの魔法陣を展開するとめろんに向けて紫色の光線を発射する。だが、力核の凄まじいエネルギーの反発力によって射線は曲がり、周囲の地面に着弾して穴をあける。
「くっ、魔法仕掛けの神よ!」
「させるか!」
突撃したことかはマリーへと組みつき、その動きを封じる。銀色の幻影に何度殴られようとも、決して離さずにしつこく付きまとう。
「貴様、不遜だぞ!」
「死なばもろともじゃよ! 地獄に落ちろ、マリー=マール!」
「邪神如きが、身の程を弁えろ!」
「ぐっ……あああああ!」
立て続けの攻撃に耐えきれなくなったことかは『再生』する事もできずに崩壊する。だが、死にゆくその目に闇は無く、突き抜けるような光だけが映っていた。
「望夜…………」
さっ、と光が空から落ちていくことかを包んで消し去り、発射された力核の光はマリーへと襲い掛かる。
「っ!」
咄嗟にバリアを展開するが到底耐えきれるものではなく、容易くぶち抜かれて飛行している事すらままならずに地面に叩きつけられる。だが、その光景をめろんが見る事は無かった。攻撃が放てるかどうかも知らずに死んだように、攻撃が成功したかも分からない内にその体は崩壊していた。
「うっ、うぐぐぐ……こ、このマリー=マールが…………っ!」
翼を破壊され、服すらも残骸と化したマリーはかろうじて形を保っていた熱で変形した杖を突きたてて立ち上がる。
最後の敵を殺すために。
「はぁはぁ…………」
ようやく顔を上げたのかなは目の前の惨状と仲間達の消失を知って、こらえきれずに嘔吐した。
「うぷっ、おえっ…………かはっ…………!」
もはやその目から闘志は失せかけていたが、容赦なくマリーは告げる。
「立て、のかな」
「はぁはぁ…………」
「立てと言っているのだ!」
曲がった杖で顔を殴られたのかなは地面を転がる。
「ぐはっ…………」
「戦いはどちらかが死ぬまで終わらない。戦いたくないのなら今すぐに死ねばいい」
「…………私は」
怯えた目ののかなをぶって、マリーは言う。
「なぜだ、なぜ貴様なのだ。圧倒的な力と意思を持つ光のやベルテルスではなく、なぜ貴様が生き残る。こんなにも脆弱で恐れおののくしか能の無い女が私を殺せるとでも思っているのか!?」
「あぐっ!」
マリーは戦う意思を見せないのかなを蔑んだ目で見ると近くにあるスケッチブックに視線を移す。そして、それに杖を向けるとその先から炎を出し、焼却する。
「貴様が何をやってきたかなど何の価値も無い」
「あ、ああああああああああ!」
のかなは慌てて火を消そうとするがすでに紙は黒い灰へと変わり、吹きすさぶ風に散らされて何も残らない。
「どうだ? スッキリしただろう。全てが始まった日の朝のように何も無くなった」
「マリー=マール……!」
「なにを怒っている? まさか何も持たない者の癖に着飾っていい気になっていたのか? ピカピカ光る金色のメダルを首からいっぱいぶら下げて立派になったつもりで居たのか? 愚かな。全ては『初めから』だ。魔力の量とか使える魔法の数とか持っている属性とか、全ては『初めから』決まっている。貴様にあるのは何の価値も無い私が与えた偽りの勲章だけだ。お前は空っぽなんだよ、のかな!」
「私は…………!」
『のかな』
はっ、としてのかなは己の内の声に耳を傾ける。
『大丈夫だぞ。何もかも無くしたって、お前が頑張ってきた事は消えない。お前はもう空っぽなんかじゃないんだ』
「ラー…………」
マリーは憎々し気に語る。
「まだ縋る物が残っていたか。その脆弱さは目障りだ、消えろ!」
手より放たれた光線から小熊は庇うようにのかなの前に実体化すると直撃を受けて、傷つき倒れる。
『のかな…………立派な……魔法少女になるんだ…………ぞ』
「ラー!」
映像が乱れるようにその体にノイズが走り、実体を保つ事ができなくなり崩れるように消えていく。空に昇っていく電子の欠片を茫然と見つめていると錯覚なのか空に針の穴ほどの小さな穴が開き、そこから太陽の光が降り注いだ。おそらく外ではもう日食は終わっているのだろう。だとしてもどうして隔離空間であるはずのこの場所でこんな事が起きるのかは不思議だったが、のかなは自分の中に強い気持ちが湧いてくるのが分かった。
「…………ラー………………」
サニティシステムはのかなに課せられたリミッターだった。それが無くなった今、空への帰還を遮る物は存在しない。籠の中の窮屈ながらも温かな世界を懐かしみながらも、翼はすでに空にあった。




